* * *

 

「霧島!何やってたんだ!!」

 制服からジャージに着替えて体育館に入った途端、坂崎光のバリトンがオレの鼓膜を突き刺した。

(うわ、よりによって光がきてる〜)

 体育館の中に光の黒いスーツを発見して、さぁっと血の気が引いた。

 光は薫の兄で、バスケ部の顧問だ。といっても、生徒会の指導とか他の仕事が忙しくって、体育館に来ることは滅多にないはずだったのだけど・・・・・・

「すいません・・・・・・・・・」

 体育館のステージにもたれて腕を組んでいる光の前に、おそるおそる近寄っていって頭を下げる。光はそんなオレをだ円のメガネの中から、じろり、と見下ろした。

「おまえ、試合前だってことわかってるのか?一応レギュラーだという自覚ぐらい持て」

 地の底から響いてくるような声に、冷や汗が流れる。

「は・・・はい・・・・・・」

 もう一度「すみませでした」と頭を下げて、いそいそと練習している部員の中に逃げ込んだ。光は人を威圧する空気を持っているから、近くにいるだけで疲れるのだ。

(ホントに薫と血、つながってんのかなー?)

 薫のほわ〜んとした雰囲気とはかけ離れすぎている。

「運悪かったなー、麟」

 オレの姿に気づいて、バスケ部レギュラー陣がわらわらと寄ってきた。

 部長で三年生の日渡先輩、副部長の不破先輩、それから戸田先輩ととオレと同じ二年の大和。

「光センセ、試合前だから一応、調子見に来たみたいでなー」

 こそこそっと光に聞こえないように不破先輩が小声でいう。

「これから試合まではずっと来るらしいぜー。麟、ただでさえあいつに目ぇつけられてるっぽいし、しばらくは真面目に練習きた方がいいぞぉ」

 ぐしゃぐしゃっとオレの髪をかきまぜて、戸田先輩がいう。

「光、あいつ、バスケのことなんてわかるんですかー?」

「そういえばオレも光がバスケやってるとこ見たことないですー」

 大和と顔を見合わせると、部長がくすくす笑った。

「できるよ、あの人は。めったにボール持たないだけで、かなりうまいよ」

「そうやったなぁ。何年前だっけ、確か俺らが中学ん頃、一回見たんやったなぁ」

「へぇ〜」

 できるんだ、バスケ。

「おまえら!基礎練終わったのか?」

 光の怒号に、オレたちは5人全員びくっとなった。

「へーへー、ほな、練習しましょか。試合まであと三日だしな」

 肩をすくめて不破先輩が言い、オレたちは練習に戻った。

 今週末のバスケの試合までは、しばらく放課後のデートができないなぁ・・・と思いつつ。

 

 

「薫、試合見に来てくれるんだ!」

「えぇ」

 土曜日の午後、急いで昼食をかき込んで、部活が始まるまでの時間、薫に会いに来た。薫はいつも通り美術室にいて、息を切らして走ってきたオレに、美術準備室の冷蔵庫(なんてものがあるのだ)から冷たいお茶を出してくれた。

「会場はここの体育館なんでしょう?」

「うん。だけど、日曜なのに、学校来るなんて面倒じゃない?」

「麟くんの姿が見られるなら、なんてことないですよ」

 まっすぐに見つめられて微笑まれると、ちょっと照れる。

 えへへ、と笑うと、薫も笑った。

「・・・試合が終わったら、お試し期間も終わりますね」

「あっ・・・そっか」

 薫が提示した「お付き合いお試し期間」の二週間は、試合の次の日までだ。その間に薫を好きになったら「お買いあげ」してください、と言われていた。その期限がやってくる。

「オレ・・・・・・別にこのままずっとお試し期間でもいいよ」

「・・・・・・それじゃあ・・・・・・・・・」

「オレ、薫のこと、好きだよ?」

 誰かに告白するなんて生まれて初めてだから、かなり照れるぞ。

「麟くん・・・・・・・・・!」

 きょとん、と目をまん丸にして、それから花が開くみたいに笑った。そしてぎゅうっと抱きしめられた。

 誰かに好かれてるっていうのは、嫌な気分じゃない。たくさんいる人の中で、オレを選び、好きだって言ってくれたってことが、すごく不思議で、うれしくって。

「・・・だから、もっといろいろ教えてよ」

「いろいろ?」

「例えば・・・・・・・・・」

 ほんの少し顔を上向けて薫にキスする。

「・・・この先、とか」

「麟くん」

 薫の顔がちょっと赤くなった。

「オレ、いろんなこと、全然知らないから、薫が教えて」

 知らず知らず甘えた声になってた。自分がこんな媚びるような声を出せるだなんてちょっと驚く。

 薫はうれしそうに微笑って、オレのおでこにおでこをくっつけた。

「僕でよければ」

 そして、オレたちは今までよりもちょっと大人なキスをした。

 

-TO NEXT-

 

モドル