* * *

 

 

 オレ、こと霧島麟(きりしま・りん)の通う私立青嵐学園には坂崎先生が三人いる。だから生徒や教職員は、彼らを名前で呼んでいる。

 長男、坂崎紫(ゆかり)。青嵐の理事で、いまは海外留学中。この人はオレが青嵐に入ったときにはもういなかったから、どんな人なのかは知らない。

 次男、坂崎光(ひかる)。高等部の数学教師で、生徒会と、オレのいるバスケ部の顧問。身長は190センチ近くあって、かなりでかい。よく言えばクール。でもオレに言わせればキツイ。だ円のメガネでさえ、光の突き刺す眼光を遮ることはできない。何でこんな奴が教師にって最初は思ったけど、授業はわかりやすいし、意外と面倒見もいいらしい。

 そして最後に三男の坂崎薫(かおる)。高等部の保健室の先生で、美術教師。究極の女顔で、美人。青嵐が男子校ってこともあって、男ばかりのファンクラブもあるらしい(ついでに光のファンクラブもある。怖いもの知らずのやつもいるもんだ)。いつも白衣を着てるから目立つけど、めったに美術準備室から出てこないんで、薫ちゃんを見ることができた日は、何かいいことがあるなんていうジンクスまである。保健室の先生のくせになかなか保健室にいないから、いざってときは大変なんだけど。性格は光と正反対で大人しくて、生徒からは「薫ちゃん」と呼ばれている。

 この「薫ちゃん」が今オレのことを悩ませている張本人だ。

 放課後の保健室で「好きです」とキスされて以来、オレは必死にその理由を考えていた。たとえば、1.薫ちゃんはその時寝ぼけていた、2.薫ちゃんはオレを誰かと間違えてた、3.薫ちゃんがオレをからかった、そして4.薫ちゃんは本当にオレのことが好き・・・・・・・・・

(まさかまさかまさかっ!!)

 だって、オレたちは男同士だ。

 青嵐は、中等部も高等部も男ばっかりだから、男同士で付き合ってるヤツもいないわけじゃない。うわさもきくし、そういう場面をたまたま目撃してしまったこともある。

(あの時はびっくりしたよなー)

 日が落ちかけた夕方、学校の裏手の植物園の中で、背の高い奴が小柄な奴を抱きしめてた。暗くって顔はわからなかったけど、体つきとか雰囲気で男同士だっていうのは何となくわかったのだ。

(うわ、ホモのホンモノって初めて)

 さすが男子校、なんてついうっかり感激してしまったりしたのだけど。

(――――――でも、自分のことってなったら別だ!!)

 17年間生きてきて、まさか男に告白されることになるとは思いもしなかった。

 薫ちゃんはそれはそれは美人だけど、だからって・・・・・・・・・

「麟ー、次、音楽だよ。移動しなきゃ」

 机に突っ伏して考え事をしていたオレの頭が、こんこん、と何かでたたかれた。顔を上げると、葵が音楽の教科書を片手ににこにこ笑っていた。

(そういえば葵もどっちかといえば女顔だよなー)

 華奢な身体に細面。目鼻立ちは西洋人形みたいにぱっちりしてて。

 葵瑞希(あおい・みずき)はオレが青嵐高等部に入学したときからの友達だ。葵は中等部からずっと青嵐にいたから、いろいろと教えてもらった。いつも笑顔で誰にでも優しくて、頭もいいし、完璧なヤツだ。現在、生徒会の副会長っていうのもうなずける。

「いこっか」

 芸術関連の教室は、いつもいる教室のある一号棟から渡り廊下を通って二号棟へ行かなければならない。青嵐は山の上にある学校で、土地が広い。校門を入って小庭を進むとまずあるのが一般教室や教務室のある一号棟。そのうしろに芸術野猿週間連の教室がある二号棟。で、その横に体育館で、グラウンドとプール。学校のわきには、オレが男同士のラブシーンを目撃した広い植物園があり、中でも温室は昼休みの憩いの場になってる。駅から離れているから通うのはちょっと大変だけど、環境は抜群、だ。

 音楽室は二号棟の最上階の角にあるので、いちばん移動が大変だ。時間があんまりなかったので急いで歩いていると、ふと、忘れ物をしていることに気づいた。

「うわ、忘れた!」

「えっ?なに?」

 ちょっと前を歩いていた葵が振り返る。

「悪い、先行ってて!」

 くるりときびすを返して教室へ駆け戻る。音楽の小山には悪いけど、今日は午後の数学であてられるから、内職をしようと思っていたのだ。うちのクラスの数学は光の担当だし、答えられなかったら後が怖い。

 教室に駆け込み、数学の教科書とノートを手にしたところで、授業開始のチャイムが鳴ってしまった。

(あー・・・)

 廊下に出ると、二号棟の4階の廊下を、小山が歩いていくのが見えた。

(遅刻だー)

 そう思った途端、授業に出るのがものすごく面倒になってきた。でも、仕方がないし、音楽室へ向かうことにした。

 その時。

 ガラッ。

 ちょうど歩いていた横の教室のドアが開いた。

 中から出てきたのは、白衣に薄茶の髪の・・・・・・・・・

「薫・・・ちゃん」

 オレの声に薫が顔を上げる。そして満面の笑みで嬉しそうに「麟くん」と笑った。

 

-TO NEXT-

 

モドル