* * *

 

 

 放課後、掃除当番もそこそこに、オレは教室を飛び出した。

 教職員の駐車場。

 光の車は、この前、病院に送ってもらったときに乗ったから覚えてる。

 モスグリーンのその車に寄りかかって待っていると、光がやってきた。光はオレをちらっと見ると、無言のまま鍵を開け、「乗れ」と言った。

 車を走らせている間も光は無言のままだった。何か話しかけると嫌みを言われそうだったから、オレも外を眺めたまま口をつぐんでいた。さわらぬ光にたたりなし、だ。

 薫の家―――――坂崎家は、学校からさらに山のほうに入ったところにあった。周囲は木ばっかりで、他の家は見あたらない。家は、家というよりもお屋敷って感じでどかーんっとそびえ立っていた。

(庭だけでうちより広い・・・・・・)

 綺麗に手入れされてる庭の一角の駐車場に車を止めて、光は歩き出した。光の後を追いつつ、ふと、駐車場の隅のほうに大きなバイクがおいてあるのに気づいた。

(まさか、あれが薫のバイク・・・・・・!?)

 大型二輪だぞ、あれ。

 華奢な薫には不釣り合いな感すらある大きなバイクだった。

 近くで見よう、と思ったけれど、光が「何やってるんだ」という風ににらんでいたので、あきらめて光の後ろについた。

「・・・・・・でっかい家ですねー。何してるんですか、家?」

「学校経営」

「―――――は?」

「青嵐はうちの学校だ」

「うっそっ!じゃあおぼっちゃまじゃん、光!」

 つい叫んでしまい、あわてて小声で「・・・先生」と付け加えた。光はそんなオレにふん、と鼻を鳴らし、「そうだよ、世界が違うんだよ」というふうに笑った。

 大きなドアを開くと、だだっ広い玄関があり、大きな階段と、ぴかぴかにみがかれた廊下が続いている。ぽかんと周りを見回していたら、光はさっさと二階へ上がりだした。

「待てよっ」

 大きな屋敷だけど、人の気配がなくって、ちょっと怖い。こんなとこにひとりで置いていかれるのは嫌だった。

(なんか、生活感ない家・・・・・・・・・・・・)

 この家はどこかテレビのセットみたいな感じがする。薫と光と、その家族とか、もしかしたらお手伝いさんとかもいるんだろうけど、そういう雰囲気がかけている感じがした。

 二階は長い廊下の両側に似たようなドアがいくつか並んでいた。光はそのいちばん奥の部屋の前で止まり、ドアをノックした。

「薫?」

 はい、と中から返事が返る。

 三日ぶりに聞く薫の声だ。

 薫が中にいると思うと、心臓がドキドキいった。

(早く会いたい)

 だけど、部屋に入ろうとしたオレを光が手で制した。なんでだよ?と見上げると、「しばらくここにいろ」と小声でいい、ドアを少し開けたまま、光は中へ入っていった。仕方なくオレはドアの外から聞き耳を立てた。

「・・・・・・どうだ、気分は?」

「・・・だいぶよくなりました。もう体も起こせますし」

 ぎしっとベッドのきしむ音がした。たぶん、薫が起きあがったんだろう。

「まだ顔色が悪い」

「そうですか?でも本当に・・・・・・・・・」

 答える薫の声は、遠くで聞いているせいか、いつもより細い気がする。

「いい加減、強情張らずに俺から精気をとれ」

「―――――――嫌です」

「なんでだ?あのガキと約束したからか?」

「・・・・・・・・・・・・麟くんのこと、ガキだなんていわないでください」

(薫っ)

 薫がオレのことをかばってくれてる。感激だ。そして、ザマーミロ、光。

「だけど、お前、このままじゃいつ学校に復帰できるかわからないぞ?普通に生活できるくらいに回復するまで、後どれくらいかかると思う?」

「――――――――・・・・・・」

「どうせばれやしない、俺から精気を吸えよ。そうしたら明日からでも学校に戻って、愛しの麟くんとも会える?」

「―――――――――」

 しばらく沈黙。

 それから薫は小さく「駄目です」とつぶやいた。

「麟くんとの約束・・・・・・破れません」

(薫・・・・・・・・・・・・)

 泣いちゃいそうだ。

 薫の気持ちが伝わってきて。

(うたがってごめん)

 光と薫のこと。

 そして、二人の間に何もないって信じてよかった。

 はぁ、と光のため息。それから廊下の外に向かって「だとさ、クソガキ」と毒づいてきた。

「クソガキって言うなっ!!」

 つい答えてしまった。

 もういいや、と思い、ドアを開けて中に入る。

 中は、オレの部屋の三倍くらいの広さがあった。木目調の家具と、グリーン系のカーテンやベッドカバーが、優しい雰囲気を醸し出している。

(・・・薫の雰囲気だ)

 屋敷に入ったときとは違って、この部屋は、確かに人が暮らしているぬくもりがあった。

「麟くん……?」

 薫が目を丸くしてこちらを見ている。

 ベージュっぽいパジャマに包まれた体は、服の上からでも痩せたってわかった。

「薫!」

 名前を呼ぶと、薫は花が開くみたいにぱぁっと笑顔になった。

「麟くん!嬉しい、来てくれたんですか!?」

 ベッドの横まで行く。光はむっとしたままだったけど、少し後ろに下がってオレに場所をあけてくれた。光、意外といいヤツだ。

 薫は全身から「嬉しいオーラ」を出してオレを見上げた。

「カゼはもう大丈夫ですか?」

「オレなんかより、薫の方は大丈夫かよ」

「だって、麟くん、長く休んでたから……」

 心配だったんです、と薫はうつむいた。

「オレは全然元気」

「良かった」

 光はそんなオレたちをじろっとにらみつけると、

「帰りたくなったら言え。街まで送ってやるから」

 と言い残して部屋を出ていった。

(ほんとにいいヤツじゃん)

 二人っきりにしてくれるなんて思わなかった。光、オレと薫をあんなに会わせたくなさそうだったのに。

「…麟くん」

 光の出ていったドアを見ていたオレの肩に、薫がこつんと額をぶつけた。具合が悪くなったのかと慌てたけど、そうではなかったらしく、薫はオレにもたれて微笑んでいた。

「会いたかった」

「ん…オレも」

 薫に会うの、久しぶりだから、ちょっと照れる。自分の鼓動がちょっと早くなったのがわかった。

 オレは薫のベッドに座って、そっと薫を抱きしめた。

 いつもの白衣じゃない、肩。

 いつもよりも薫の身体の形が感じられる手のひら。

(やっぱり痩せた………?)

 パジャマの上からふれているせいかもしれないけど、薫の身体がいつもよりも簡単に腕の中におさまってる気がする。

(…オレが光とキスするなっていったせい………だよな)

 光からキス……で栄養補給さえしていたら、薫は倒れなかったし、倒れてもすぐに回復できた。それを止めたのはオレ………

「ごめん…薫………」

 薫の事情も知らないで、わがまま言って。

「どうしたんですか?」

 きょとんとして薫は顔を上げた。その目をまっすぐに見て、オレは光から薫の体質について聞いたことを告げた。人を治す力と、エネルギー補給の仕方を。

「ごめん……オレ、なにも知らなくって………」

「…当然ですよ。そんな人間の方が特殊なんですから」

 薫は弱々しく微笑んだ。

「でも、もう光からは生気は分けてもらいませんから。あ、他の誰からも、です」

「―――――でも、それじゃあ薫が……」

「……生気がなくても、こうやって休んでいれば、そのうち元に戻りますから……!」

「それには、ものすごく時間がかかるんだろ……」

「………………………」

 しゅーん、と薫がうつむく。オレはその顔をのぞき込んで言った。

「誰からでも生気とれるんなら、オレからとれよ」

「えっ…………?」

 一瞬、薫は目を丸くして、それから首をあわてて振った。

「駄目ですよ!麟くんからだなんて……!」

「なんで?」

「だって……僕が麟くんの生気をもらったら、麟くん、疲れちゃいますよ」

「疲れるだけ?……なんだ、オレ、寿命が短くなったり、枯れちゃったりすんのかと思ってた」

「麟くん…………」

 不安そうな瞳でオレを見上げる薫に、笑って見せる。

「大丈夫だって。オレ、普通のヤツより頑丈だし、薫に生気あげたって平気だよ」

「…………ごめんなさい……迷惑かけて…………」

「なんで?オレは薫の役に立ててうれしいんだけど?」

「ありがとうございます」

 ようやく薫が笑った。

「で、生気あげるのってどうしたらいいんだ?やっぱりキス?」

「………体液をもらうんです…」

 ほんのりと薫が頬を赤くする。

「キスじゃなくても…他にも方法があるんですが……キスは簡単で効率がいいので、光にはそうしてもらっていました」

「他の方法って?」

「…僕の体が誰かの体液に触れれば、そこから僕は生気を摂取することができます。だから、指を誰かにくわえてもらうだけでもエネルギーはもらえるんです。……この方法は、あまりたくさんの生気をもらえないんですけど」

「ふーん、じゃ、キスするのがいちばん効率いいんだ」

「いえ………いちばんは…………」

 どんどん語尾が小さくなっていく。オレが首をかしげていると、薫は耳まで赤くして「セックスです」とつぶやいた。

「―――――――――――へっ!?

「……………………」

 薫は自分の熱くなった頬を冷やすように、両手を顔にあてた。

(セックスって…………)

 少し遅れてオレの顔もかぁっと熱くなった。

(でも、それはそうか)

 体を触れ合わせ、体液を交換することで薫が回復するのなら、「それ」がいちばん深く……「体液の交換」できるわけで………

「あっ……でも、普段はキスで充分なんですよ!

「うん」

 ふたりで顔を赤くしあって見つめあい、笑ってしまった。

 それから、そっとキスを交わす。

「……どのくらいのキスで、薫、元気になる…?」

「もう少し…………」

 今度は薫の方から唇を寄せてきた。

「ん……………」

 唇の合間から薫の舌がそっと入ってくる。オトナなキスはまだ不慣れだったけど、オレは一生懸命それに返した。

 今までにないくらい長いキスをして、離れるのがさみしいなぁって思いながら身体を離し、薫の頬に手をあてた。最初見たときよりも、ずっと顔色が良くなってる。痩せた雰囲気はそのままだけど、表情が元気そうになっていた。

「麟くん」

 幸せそうに薫が微笑み、オレの手に手を重ねる。

「……これで学校来れそう?」

「はい。明日からでも、すぐに」

「薫に会えないとさみしいから」

 ちょっと照れるけど、ホントのことだから。

 薫はその言葉にゆっくりとうなずいた。

 

 

 

 そして、オレのせいで一度取り消しになった「お付き合い」が再びスタートした。

 薫は今まで通り美術室にこもって絵を描いている。

 オレはひまを見つけて薫のところへ遊びに行く。

 光は相変わらずオレのことを目の敵にしているけど、前よりは態度が軟化してるかな、と思う。それに薫が倒れた一件のおかげで、オレは光が実はいいヤツなんじゃないかと思ってる。とはいえ、授業中にめちゃくちゃ難しい問題をあてられたり、部活中にしごかれたりすると、「鬼〜っ!」って泣きたくなるけど。

 なにはともあれ、オレはしあわせだ。

「薫は夏休みってどうすんの?」

 もうすぐ夏休みだ。学校は休みだけど、オレは部活があるから、週のほとんどはいつもどおり学校にくる。

 薫は手に持っていた筆をイーゼルにおくと、うーん、と宙を見た。

「日直のある日はいつもどおり仕事で……あとはここで絵を描いてると思います」

「じゃ、オレ、部活終わったら遊びにくるよ!休み中はいつもより早い時間に解散になるから」

 いつもよりもたくさん、薫と一緒にいられる。

「はい、待ってます」

 にっこりと華のように薫は微笑んだ。

「・・・お茶、いれますね」

 

 

 

 夕暮れの美術室。

 薫のいれてくれたお茶の香り。

 廊下の物音にドキドキしながら交わすキス。

 この関係をずっとずっと続けていきたいから、二人の関係は、ヒミツ。ヒミツ。

 

 

 

- end -

 

モドル