* * *

 

 

 

 薫が倒れたのは、6月の雨の日だった。

 その4日前からオレは風邪をひいて学校を休んでいた。そして久しぶりにいった学校で、葵から薫が倒れたことを聞いたのだ。

「薫・・・ちゃんが・・・・・・!?なんで!?」

 朝のホームルームの後、葵を廊下に連れ出した。

「えっと・・・昨日の昼前くらいかな、三年生が美術の授業あって美術室に行ってみたら、薫先生が倒れてたんだって。あわてて光先生を呼びにいって、光先生が薫先生を連れていって・・・・・・・・・薫先生、しばらくお休みするんだって」

「だからなんで!?」

「知らないよ!僕も聞いただけだし・・・・・・光先生は過労だとかいってたけど・・・・・・」

「!」

 そうだ、光だ。

 光に聞けばもっと詳しくわかるはず。

「サンキュ」

 オレは葵に手を振って、職員室へと向かった。

 失礼します、と職員室に入り、光の机の横に行くと、光はあからさまに嫌な顔をした。

(生徒に向かってなんて顔するんだよ)

 内心ムカッとしつつも冷静を装って、ぺこりと頭を下げる。

「光先生、いま、ちょっといいですか?」

「授業の質問なら後でな。もう一限が始まるぞ」

「・・・・・・薫先生のこと・・・聞きたいんですけど!」

 声をひそめてそういうと、ぴくっと光の眉があがった。そして椅子を回転させて光はオレと向かい合い、じろりとにらみつけてきた。

 そのまま光とにらみ合うこと、数秒。

「・・・ついてこい」

 吐き捨てるようにいって光は立ち上がり、さっさと職員室を出ていった。あわててオレはその背を追った。

 光はオレを振り向きもせずスタスタと歩き、校舎から出た。キーンコーンカーンコーン、と鳴るチャイムの音を背に、オレは光に連れられて植物園の奥まできていた。

(ここ・・・・・・・・・)

 確か、試合の日に光と薫がキスしてた場所だ。

 ついついしかめっ面になってしまう。

 植物園と自然の林の境あたりまできて、ようやく光は止まった。

「・・・・・・光先生、授業は?」

「一限は休みだ」

「へー、先生って気楽なんだ」

 言った瞬間、思いっきり冷たく流し目をされて、背筋がビリッとした。

(怖っ〜)

 今日の光はいつにもましてオソロシイ。光のいるほうから冷気が出てるんじゃないかっていうくらい。知らず知らずのうちに、足が後ずさってしまっていた。

 光はそんなオレに、もっとこっちへこい、というように手招きした。

(?)

 なんで?と思いつつ近寄ったオレの胸ぐらをガシッとつかみ、光はオレを大きな木に叩き付けた。

「痛ッ!!!」

 背中の痛みに、一瞬、息が止まった。

「なっ・・・なにすんだよっ!!?」

 抗議の声をあげると、オレの胸ぐらをつかんだ光の手に力がこもり、足が宙に浮いた。

(おいおい〜っ!!)

 自分の体重が全部首にかかり、気道が締め付けられる。

「苦し・・・・・・・・・・・・っ・・・」

(教師がこんなことしていいのかよ〜!?)

 文句を言おうと思ったけど、口から出るのは、ひゅうっという空気の出る音だけだった。

 光はいつもの冷たい目ではなくって、燃えるような目をしてオレをにらみつけていた。オレのことが憎くて憎くてたまらないっていうような、怒りの目で。

(オニっ!アクマっ!)

 光の手をふりほどこうと、必死に手で抵抗したけど、オレをつかんだ光の手にはどんどん力がこもっていっていた。少しずつ手足がしびれだし、意識がぼんやりとしだした。

(うわ・・・・・・オレ・・・このまま死ぬかも・・・・・・・・・)

 半ばそう諦めかけたとき、ようやく光の手が離れた。急に肺に空気が入ってきたせいでオレは思いっきりむせつつ地面にへたりこんだ。

「ゲホっ・・・・・・・・・てめぇっ・・・・・・!なんのっ・・・・・・つもりだよ・・・ッ!」

 痛むのどを押さえつつも、何とか抗議することができた。

「―――――おまえこそ、なんのつもりだ?」

(は?)

 質問返しだ。

「なんのつもりって・・・・・・?」

 ようやく息が整って余裕ができ、オレは目の前にそそり立つ光を見上げた。光は仁王像みたいに怒りのオーラを背負ってオレを見下ろす。

「・・・おまえがいったんだろう!?薫に!余計なことを!!」

「え・・・・・・・・・?」

(余計なことって・・・・・・・・・・・・?)

「あいつに、オレと二度とキスするなといった」

「それはっ・・・・・・・・・当たり前だろ!?」

 それに関しては、こっちも文句があったんだ。

 背中の木に寄りかかりつつ、ふらふらと立ち上がって、光をにらんだ。

「なんで兄弟でキスなんかすんだよ!?薫は・・・・・・オレのことが好きなんだ!あの時のキスだって、おまえが無理矢理したんだろ・・・っ!?」

「・・・・・・まったく、あいつもなんでこんなガキに惚れたんだか」

 フン、と光が鼻で笑う。

「あれはわざとお前に見せたんだ。さっさと薫から離れろって意味でな」

「っ!!」

「今からでも遅くはない。いい加減、薫から離れろ。いい迷惑だ」

「薫は迷惑だなんて言わない!!」

「―――――――――」

 そう言うと、ぐっと光が詰まった。そして忌々しそうに、「だからだ」と吐き捨てた。

「あの馬鹿は変なところに頑固で、自分からはなかなかひかない。だからおまえから退けというんだ」

「なんだよ、それ!オレだって退かない!!」

「―――――――馬鹿が二人、か・・・・・・・・・」

「なんっ・・・・・・・・・」

「薫が倒れたのは、おまえのせいだ!」

(――――――――――――)

 一瞬、何をいわれたのかがわからなかった。それから、なんで?まさか?と頭の中が疑問符だらけになりだした。

「オレのせいって、なんでだよ!?」

「おまえが俺とキスするなといってから、薫は俺を受け入れなくなった」

「受け入れるって・・・・・・・・・っていうかっ!!そう言う考えのほうがおかしいんじゃ・・・・・・!!」

「あれは―――――薫にとっては食事なんだ」

「?」

(食事?)

 またまた思考回路が停止する。

 食事って何が?

 光を受け入れる―――――キスすることが、食事?なんで?

「どういう・・・ことだよ?」

「・・・・・・薫は人の精気をエネルギーにしている。普通に生活する分には、口から摂取する食物でも何とかぎりぎりやっていけるんだが、力を使った後は・・・・・・」

「力?」

「お前を治した力だよ」

 じろり、と光がオレをにらむ。

「バスケットの試合前、お前の折れた足を治した。それから試合の後、体育館の床に打ち付けたお前の頭と身体を治した」

「え・・・・・・・・・・・・?あれは・・・・・・たまたま軽い怪我ですんだって・・・・・・」

「――――――軽い怪我なんかじゃない。すべて、薫が治してやったんだ」

(あ――――――――!)

 思い出した。

 ボールを踏んで転んだとき、保健室で薫はオレの足をなで「痛いの痛いの飛んで行け」とおまじないをした。試合の後も、「痛い」といったオレの頭や顔を薫はなでて。その後、痛みが和らいで――――――

(あれが!?)

 まさか。

 まさか、とは思ったけれど、事実、薫にさすられた後、痛みはひき、怪我も軽くなってた。

(でも、普通、そんなことできないだろ・・・・・・・・・!?)

 なでるだけで怪我が治って、栄養は人の生気で・・・・・・・・・!?

「・・・怪我を治した後は、誰かの生気を補給しなければ、薫自身の生命活動に支障が出る。薫の『治療』は自分の生気をわけ与えて癒すものだから」

「じゃあ・・・キスは・・・・・・・・・」

「栄養補給だ」

 信じられない。

 光がオレと薫を別れさせたくて言ってるんだ。

 頭の一方ではそう思うものの、もう一方では光の言葉を肯定している。

 薫がオレの怪我を治してくれたんだって。

「だいたい薫は甘いんだ。どんなやつの怪我も病気も治そうとする。だから紫が養護教諭から美術教師に変えたのに・・・・・・・・・」

 はぁっとため息をついて光は髪をかき上げた。

「こんな馬鹿ガキに惚れたっていうのも馬鹿だ」

「馬鹿馬鹿言うなっ」

「事実だろうが」

 オレと光の視線の間で、バチバチッと火花が散る。

「ま、わかったら薫からさっさと離れるんだな」

「離れない!!」

 おまえ、本当に馬鹿だな、と光の目が言っている。オレはその目を必死ににらみながらこぶしをにぎった。

「栄養補給がいるなら、オレからすればいい!誰でも治せるなら、誰からでも栄養補給できるんだろ!?」

「!」

 本日初めて、いや、光と知り合ってから初めて、光が本気で言葉に詰まった。

(できるんだな・・・・・・)

 光は無言のままだったけど、その態度がオレの言葉を裏付けてくれてる。

「薫のとこ、連れてけよ!」

「駄目だ」

「連れてけ!じゃないと、光がオレに暴力働いたってばらしてやる!!」

「―――――――――」

「問題になるだろうなー、暴力教師って。学校中に・・・・・・いや、学校の外にもうわさばらまいてやる!マスコミとかもきちゃうかもよ〜」

「―――――――――」

 般若のように顔をゆがめて光はオレを見て、唇をかみ、オレに背を向けた。

「光!」

「――――――今日の放課後、授業が終わったら車の横にいろ」

 そう吐き捨てて、光は去っていった。

(勝った!!!)

 高校に入学して、バスケ部に入部して以来、生まれて初めて光に勝った!!

 小さくなっていく背中にむかってガッツポーズを取ったものの、光の気迫に長時間あてられたせいで、ふらふらと木に寄りかかってしまった。

「つ・・・疲れた・・・・・・・・・」

 気合い負けしないように握りしめていたこぶしがしびれている。光に捕まれていた首のあたりもズキズキ痛かった。

「はー」

 大きく深呼吸すると、ようやく落ちついてきた。

(薫・・・・・・・・・・・・)

 光の言ったこと、本当なんだろうか。

 薫は、不思議な力を持ってて、栄養補給はキスじゃなきゃ駄目で・・・・・・?

(あー、それよりも)

 薫に会いたい。

 頭の中のごちゃごちゃした問題や疑問よりも、何よりも。

(オレ、本当に薫のこと好きになってたみたいだ)

 どんなことを言われても、薫を否定する気にはならなかった。

 早く薫の顔が見たいな・・・・・・・・・・・・

 オレは空を見ながら、二限が始まるまで植物園で寝転がっていた。

 

 

 

 

-TO NEXT-

 

モドル