ヒミツのふたり

 

 

 

 部活の最中にケガして、レギュラー落ちしかけた日。

 夕暮れの保健室で、あの人は子どもにするみたいに「痛いの痛いの飛んでいけ」と魔法をかけた。馬鹿にしてる、と思ったけど、不思議と腹は立たなかった。それどころか、本当に痛いのがどこかにいってしまったみたいな気持ちになった。

 手当てが終わってもその人はオレと並んでベッドに座ってた。

「・・・どっかいけよ」

 トゲトゲした声で言ったオレに、その人は静かに笑い、いつまでもオレの隣にいた。

 そうやって二人並んで日が沈んでいくのを眺めているうちに、悔しいのとか悲しいのとかが消えていくのを感じた。

「麟(りん)くん」

 ぽつり、とその人がオレの名前を呼んだ。

 何でこの人がオレの名前を知っているんだろう?そう思って隣りに座った人を見上げる。その人は優しそうな目を細めてそっと顔を近づけてきた。

「――――――――――・・・・・・」

 キス。

 頭が状況を理解するまで、何秒かかかった。

 柔らかなその人の唇がオレの唇に触れている。

 呆然としているオレに、その人はちょっと困ったように微笑んで、こう言った。

「きみが好きです」

 と。

 

 

 

 放課後の夕焼けで赤くなった廊下をのんびりと歩く。

 下校時刻を過ぎたから、どの教室ももう空っぽになっていた。

 校舎の最上階の廊下から見える体育館には、まだ明かりがついている。自分がさっきまでそこにいたから、体育館の中の様子はよくわかる。今頃は一年生が部活の後の掃除をしているはずだ。部活後の後かたづけは代々一年生の仕事と決められている。なので、二年生のオレは、早々に着替えをすまし、体育館から本校舎へと戻ってきたのだ。

 人気のない校舎に、オレの上履きの足音だけが響く。

 さっきまでバスケをやっていたから、まだ体中が熱い。制服のシャツは着ないで、Tシャツにズボン、という格好だ。暑苦しい詰め襟は、引きずるように手に持ったカバンの中に突っ込んである。

(早く衣替えしろよー)

 7月まであと少し。だけど毎日夏のような暑さが続いていた。

 4階の教室まで来た。

 4階は芸術系の授業用の教室が並んでいる。奥から音楽室、被服室、そしていちばん手前が美術室だ。

 美術室の中も、しーんとしている。だけどオレは中にちゃんと人がいるのを知っていた。

「薫(かおる)ー」

 声をかけてがらがらっとドアを開けると、美術室の真ん中でイーゼルの前に座っていた人が振り向いた。

「学校では、『薫先生』、でしょう?麟くん」

 優しく笑ってその人――――――薫は手に持っていた筆を置いた。

「部活、終わったんですね」

「うん。疲れた!」

 カバンを放り投げて薫の首に抱きつく。

 薫はよしよし、とオレの頭をなでた。

 この人は坂崎薫。この学校の美術教師だ。いつも白衣で美術室にこもっている。大学を卒業してすぐにこの青嵐学園の高等部に来た。2歳上の兄の坂崎光(ひかる)ってやつも、この高等部で数学教師をしてる。薫はのんびりのほほんとしているけれど、光は冷たくって意地悪だ。クールでいいっていうヤツもいるけれど、オレにはどう考えても冷血なヤツにしか見えない。

「光のヤツがオレばっかりしごくからさぁ」

 坂崎光はうちのバスケ部の顧問だ。

 スーツのまま体育館に来て、練習を見て、口を出してくる。だけどオレは光がバスケをしているところを見たことがない。薫にいわせると、光はスポーツ万能らしいけれど、アヤシイもんだ。

 今日は光の虫の居所が悪いらしかったらしく、いつも眉間に刻まれているしわが、一本多かった。オレがそれを指摘すると、光はじろりとオレを見下ろして(光はばかでかいのだ)、グラウンド10周を命じた。

「見えましたよ」

「オレも見えた」

 美術室の窓からはグラウンドが見える。

 ひーひーいいながらグラウンドを走っているとき、校舎の4階からこっちを見ている白衣に気づいたのだ。

「光、オレのこと目の敵にしてるんだよ」

「どうして?」

「オレが薫のこととったから」

 そう言って、椅子に座った薫を上向かせ、キスする。

「光のヤツ、薫のことかわいがってるから」

 25歳のくせに、光は薫のことが大事で仕方がないのだ。オレと薫が付き合ってるって知ったときの、あの般若のような顔をオレは忘れられない。クールビューティーと称される整った顔でにらみつけられて、「オレ、いつか帰り道でこいつに殺られるかも・・・」と覚悟したものだ。

 

 

-TO NEXT-

 

モドル