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演奏活動しててなにがイヤだったかっていうとそれはもう練習しなきゃなんないより、なにより開演30分前から始まるあの恐怖の時間がイヤ!

毎日でもコンサート勤めてりゃしまい慣れちゃうような気もするし、何回やっても絶対慣れない感覚なような、そもそも緊張するというのは演奏するということにツキモノなのだから、免れ様とするのが間違いじゃないか?と考えながら緊張しまくりながら思索的になったりして。

それじゃ、私ってあがり症かっていうと全然そんなことはないんです!自慢だけど、私は試験でも舞台でも楽屋でも脳貧血おこしたことは1度としてなく、幼少のみぎりより、本番で泣いたことなく、本番前に熱出したことなく、吐いたこともなく、度胸のよさに呆れられたことはあっても、トラブルおこして周囲の人困らせたことはいっぺんとしてありません。
ホントかよ!って思う人いると思いますが、大人のコンサートでも音大の試験でも子供の発表会でも、やっぱり人前で弾くのって大変で、試験で脳貧血起こしちゃう学生とか、舞台で倒れちゃう人とか、発表会の朝熱だしたり、吐いたりする子ってけっこういますよ。

これはどうも、その人の資質によるものらしくていくら頑張っても、あがって上手に弾けなくなる人と、どういうわけか本番に強いたちの人というのもいて、これは私思うに努力してもどうにもならないものらしい。
そして!その生まれながらにして本番に強い私からして、成人した後でのコンサート前のあのカウントダウンして行く時間てなによりも恐怖でした。子供の頃は本番前および演奏中の頭の中が真っ白になる、って経験なく、なにがそんなに緊張するんだかわからなかったのです。それが歳を経るに従い段々恐いものを知るようになってくる。

そーなんです。開演前って恐い。幽霊が出るわけじゃないけど恐い。幽霊でないけど、なにが起こるかわかんないから恐い。フツーはなんとか弾けちゃうものの、もしなにかが起きたら!!途中で頭が白くなって急に指動かなくなったら、どうやってその場を収集したらいいのだ!泣いて許されるトシじゃあないし。
考えれば考えるほど恐い。恐いなら考えたってしかたないんだから考えなきゃいいのに、考えてしまう。仮にその演奏会が生涯最悪のコンサートになるにしても、立ち直るのに時間がかかる!!?なんてことは絶対なく、喝采の瞬間はしつこく覚えてても、悪かった演奏なんて終わったとたんに忘れ、あとあと人に指摘されるのがむかついてたまらぬ!という自分の性格をよ〜く知ってるくせに、やっぱり恐い。(そーなのだよ。私は立ち直りの早い女なのだよ。)

そして時計を見る。みたってどうってことないけど見る。このコンサートが喝采と祝福に中で終わるにしても、生涯最悪の出来で終わるにしても、何時にはケリがついている。それで妙に納得してしまう。それに演奏家はラクなんだと無理にでも思ってみる。だって私がどんなに公衆の面前で恥かくことあっても私は死なない。胸ドキドキしたくらいじゃ死にゃしない。でも、これがボクサーやレーサーは事が終った後生きてるって保証ないんだから、本番前の苦しさなんて私どころじゃないだろう。

そして毎度おなじみなんだけど、必ず「2度と人前でピアノなんか弾くもんか!!これが最後だー!!」と言うトコに行きついて、いっくらこれが最後だ最後だって思っても、1週間後にはまたコンサートがひかえてたりするんだけど、その場はこれが最後になって欲しいと願う。
そしてなんでこんなことやる気になっちゃったんだ。と後悔をする。
でもね。どんなに後悔してもおっかなくっても泣きたくてももう、ここまで来たらひき返せないいんです。聴衆の前に出て行くしかない!舞台に足踏み出したら落ち着くかっていうと、残念ながらそう言うワケにもいかず自分のハイヒールの靴音にビクつくんです。
そして恐怖も後悔もとにかく最後の一音を弾き終わるまで。終っちゃえば多少出来が悪くても、なんでもその日のうちのもう1回くらいコンサートしたくなっちゃうくらい大満足。さあ次回のコンサート目指し今日もこれから練習に励むのだー!!というノリで非常に非常に気分がハイになるんですね。自然の覚醒剤が効いてるようなもんです。

こんな感じで自分自身と戦いながら続けた演奏活動ってなにか?っていうと、己に勝つためよ。とか、精神の強化に役だったとかそんな高踏的な問題じゃなく、つくづく私って懲りないたちなんだなー。とその点だけは自分で自分に感心しちゃうんですよね。
(2001年5月28日)
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