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私が演奏活動をやめた日


私は約3年前演奏活動から引退しました。私が引退しても別に世の中はなにも変わらりませんし、どこかに引退声明を出した訳でもありません。早く言っても遅く言っても私の演奏活動範囲は知り合い、親戚、生徒、友人を招いての小さなサロンコンサートを開いたり、ピアノの先生達の団体主宰の子供向けコンサート、そしてたまに友達の友達の教室の発表会で弾かせてもらったりする程度のものでした。つまり、町のピアノ教室の発表会の大掛かりバージョンと考えてみれば間違いありません。

ピアノのレッスンを受けることも、人前で弾くことも辞めてしまって久しい感じがするのですが、私は演奏活動を辞めてしまっても精神的におちこんでしまうことはありませんでした。もう何時間も何時間もピアノの前に座って練習しなくてももういいんだ!ということが物凄い開放感でした。そしてコンサートが始まる前のカウントダウンして行くあのイヤな時間。時計を見てこのコンサートが成功しても失敗しても何時間後にはカタがついているんだ。とミョウに納得しその場から逃げ出したいでも絶対に逃げる訳にいかないあの恐ろしい時間ももう経験しなくてもいいのです。

ひとつには純粋にピアノを練習するということが、かなり肉体的に苦痛になってきたのです。私はもともととても腱鞘炎になりにくい体質だったのですが、その今まで縁のなかった腱鞘炎になり(右手の4の指の付け根あたり)少しまとまった時間さらうと肩から頭のてっぺんまでバリバリ音を立てそうに凝ってくるし、ソフトペダルを多く使う曲をさらうと翌日ウエストのへんから尾低骨まで痛い。こんなのは立派な老化現象に他ならないのですが、いくら肩凝っても尾低骨が痛くても私は残念なことに天才に生まれつかなかったので、練習しないことには弾けません。その頃ついていた先生から、適度に運動することと、マッサージを受けることと両方するのが効果的だとの助言を得ましたが、当時の私には(今だってそれは大して変わりませんが)水泳やフィットネスのクラブ会員になって、定期的に一種のスポーツマッサージを受けるような、時間的、経済的余裕はどこにもありませんでした。
ピアノの練習というものはむやみやたらと時間を食って成長していくシロモノです。幼少のみぎりよりピアノの練習なんて嫌いなのですが、嫌いでも練習しなきゃ弾けない、弾けなきゃ公衆の面前で恥をかく、結果我慢して練習しなきゃいけないみたいな克己心の為みたいなことより、ピアノの練習というものもしなきゃしないで楽にきまっているのですが、始めるとムキになってきて嫌いだイヤだといいながらも中毒症状が出たみたいに止まらなくなるところがあるのです。

それにこの演奏活動というヤツはお金にならない。ならないだけならいいのですが、出て行く。こればっかは音楽教室はもうからないとか、OLは丸1日拘束されるのにお給料安いとかいう次元の問題ではなく。衣装自前で、レッスンだってかなり受ける。けれどもその程度ならまだいい。一番困るのはピアノの買い替え時期にまとまったお金がかかること。素人の方はご存知ない方が多いのですが、ピアノというものは半永久的にはもたないのです。趣味のピアノくらいの練習時間しかひかなければ、うまくすると親子2代位もつのですが、平均して1日4時間さらい、さらにその後生徒のレッスンに2,3時間弾くと、多分もって10年へたすりゃ5年で寿命がくる。それに演奏活動でどれくらいペイするかというと、私程度の演奏家じゃまず仕事といえる程ギャラの貰えるコンサート出演の話しを釣り上げることは不可能に近く、良くて交通費お気持ちくらい、なんにもなしでもあたりまえ、会費を徴収されても我慢する。それなら、いくらかでも貰える話以外は断りゃいいじゃないか、と思いますがこれがお声がかかるとつい嬉しくなって承知してしまうのです!自主コンサートやっていくらか入場料もらったって、私の観客動員力じゃ大抵赤字です。

こんな時とるべき道はふたつ、肉体的苦痛と経済的苦痛になんとか折り合いつけて、出来る範囲で活動するか、やめちゃうか。私が採ったのは後者です。私は何か夢中になり始めるとなかなかな集中力と頑張りを発揮して、結構モノにしちゃうのですが、(だからピアノだって人に教えたり、演奏活動できるくらい弾けるようになったのです。)ヤメタとなると未練も何もなくサッサとやめちゃう。

演奏活動の苦しみへのグチをえんえんと述べましたが、やはりコンサートをしていたということは栄光の思い出です。いくら開演5分前からの恐ろしい時間がやってきても、どんな小さいコンサートでも主役は私です。喝采を受けるのは私です。(ブーイングだって受けますが悪いことはさっさと忘れます。)それに今はうちの押し入れの奥深く眠っているコンサート用の衣装。本当に役に立たない衣装の数々ですが、普通の女性だったらあれだけデコラティブな晴れの日の衣装を着る機会なんて一生のうちにそう何度もない筈です。私が演奏活動していた頃は大きくスカートをふくらませたドレスがはやっていました。そしてコンサートには欠かせない花束、私だってうち中の花瓶を動員しても間に合わないくらい花束を貰ったこともありました。これだって考えてみりゃ一生のうち花束を沢山貰える機会なんて演奏活動してなきゃそうはめぐってきはしません。
やはり演奏活動の思い出は、栄光の思い出です。
(2000年7月)
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