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聴音て何なの?
聴音とは音楽を聴いてそれを楽譜に起こしていく作業です。
こういうと凄いことをするみたいですが、実際のレッスンで勉強する聴音や、音大の試験の聴音はたいてい高音部譜表だけで、曲想記号や、強弱の記号まで書き込んだりはしません。演奏する楽器も普通はピアノです。音大でも作曲科や指揮科の聴音の試験になると、大譜表の聴音や、弦楽曲もしくは管楽曲、強弱や速度曲想まで書き込む難しいものもあるらしいのです。あるらしいというのも、私はそんな超難しい聴音には縁無く過ごし、これから先も多分一生縁無く過ごす予定だからです。
レッスンや試験等で、取り上げられる聴音には大きく分けてメロディ聴音と和音聴音があります。
見て字の如くメロディ聴音はメロディを和音聴音は和音を当てていくものです。こんな風に書いたものを読んでも解りにくいかもしれませんので、実際に音楽と楽譜をお目にかけてみます。この音楽は8小節ハ長調 C-major C-dur 4分の4拍子です。大抵試験官は調性を日本語、英語、ドイツ語で言ってくれます。私もレッスン時日本語と英語で調性を提示します。これが絶対音感のある人だと調性の指示がなくても、大抵採ってしまいます。ここをクリックしてください。
こんなものがメロディ聴音です。
1回で採ってしまうのではなくて、4回位は弾いたものを楽譜に起こしていきます。4小節ずつ
2回に分ることも多かったです。
どうですか?面白いでしょう!と、言いたいところですが私はこの聴音というのが、ひどく苦手で大嫌いでした。なんとなくピアノを弾いたり楽譜をみたりしているうちに解るようになりそうなもんですが、難しいといえば滅茶苦茶難しいいんじゃないか?聴音と元聴音大嫌い学生だったわたしは感じるのです。何故なら色の違いというのは、言われりゃわかる、文字だって何回も見ているうちに普通理解できる。音だってこれはピアノの音、掃除機の音、パトカーのサイレンの音、、、、位はすぐ解る。ところが、ピアノの音を聴いてこれがドかレか、というのは訳わかんなくてとらえどころ無く、抽象的過ぎてゴチャゴチャで、、、
これは、私の幼少期の訓練が悪かったに違いない!
この私の思い込みはあながち見当外れでもなく、私が子供のころ受けたピアノのレッスンでは音感訓練をするという発想があまり無かったみたいで、私がついていたピアノの先生も読譜の訓練はしても音感の為の訓練つまり聴音の手ほどきをするということは全くありませんでした。
ただ!聴音のレッスンを幼少のみぎり受けなくても音がドレミ順にちゃんとわかるようになっちゃったという人もいるのです。中に凄い人になると、お気に入りの音楽を聴きながら、楽譜をチャッチャと作っていたりして。つまり早い話私は、子供の頃トレーニングしなかったことに加え、先天的にあまり鋭い音感に恵まれないで生まれついたのです。私こんな才能を持っている人が羨ましくて、次回生れ落ちる時には是非とも優れた音感を持って生まれてきたいものだ。とタメ息をつきました。
けれども、それだけ苦労をしたと言っても私の場合専門教育を受けたのが、高校で3年短大で2年その間に聴音苦手学生は苦手学生なりになんとかなってきました。
聴音のレッスンってなんの為にするの?
音感をつける為です!それ以外にありません。
私は若い頃はそう思って来ました。今だって全然そう思わないわけではありません。音に対する感覚はやはり、出来るだけ早いから訓練した方が良いにきまっています。
私は音大受験の生徒をみたことはありません。でもこれは結果としてそうだったというだけで、うちは趣味の生徒しか教えません。という訳ではないのです。今いくら大人のためのピアノレッスン、大人になってから始めるお稽古がトレンディだといっても、やはり圧倒的に多いのは小学生でそれも女の子がやはり数の上では優位を占めています。大人の人なら私は趣味でお稽古しますので、という申告をうのみにしてしまっても差し支えないのでしょうが、子供というのはこれは全員が発展途上人間です。趣味でお稽古します。と本人も親御さんが申告していても、何時何処で気が変わったり、音楽に取り組む姿勢が変わるか解らないのです。それにこれは十代でロン・ティボーコンクールはいくらなんでも無理だといっても、ピアノ以外のことを専攻して音大を受けたいナドナド(例えば声楽を専攻したいなんていうのはピアノの練習嫌い、でも音楽は大好き生徒が高校生くらいになって言出しそうなセリフの最右翼なのではないか!)と絶対に言わないという保証はどこにもないのです。
そうです。専門が歌でも管楽器でも聴音の試験と授業は必ず付いてきます。受験の半年前になって慌てることはありません。私みたいに生まれつきの音感がいくらかニブくてもちっちゃいうちに訓練すればきっと良い音感を身につけることができる筈です。それに大抵の子が専門家にならないにしても、音高やリズムがわかるようになって欲しい、、
まあ最初はそんな動機でピアノとコミで始めた聴音のレッスンですが、実際に聴音のレッスンをやっていくうちに、私の考え方も変わって行きました。音感訓練ということもありますが、それ以上に聴音のレッスンを続けるうちに音楽全般のルールが次第に理解出来るようになってくるのです。
読譜の項目でも書いたように私は割りに苦労せずに楽譜を読めるようになってしまったのです。自分が聴音では苦労しても読譜ではあんまり苦労しなかったもので、私は読譜というものこそやっているうちになんとかなるものだと思っていました。でも音の高低をドレミに置き換えて当てる作業も抽象的で解り難いことですけれど、楽譜が具体的かつ解りやすいかというと、とてもそうとは思えません。両方とも出来るようになってしまった人には当たり前のことが、解る以前に人にとっては、楽譜なんてこれが音楽のモトというより、ブラウスやTシャツの柄見本みたいなんじゃないかと思います。いくらピアノの譜面台に楽譜を置いてト音記号の場合は5線の一番下のその下に線で串刺しみたいになってるのがドでヘ音記号の場合は下から2番目の間にあるのがドといっても初心者のレッスンする曲は聴いて覚えてしまった方がはるかに早く、とりわけ今日びの耳のいい子たちは自分の技量以上の曲さえ聴き覚えてしまい。弾けてるから好いだろうと気をゆるすと楽譜なんぞはさっぱり見ていないで、ちょびっとづつ難しい段階に進む。そこで在る日突然悲劇が始まるのです!楽譜を読まなきゃ弾けない曲まで進んじゃうと、さあ大変今まで楽譜を読まないで聴いて弾いてたものがどうしても譜読みしなきゃ弾けないとなると、音感とテクニックの割りには譜読みが全然出来てない!
この悲劇は実は昔からあったらしいのですが、大抵はピアノがある日突然難しくなり過ぎたので、やめたとか、それまで順調に進んでいたのが急に伸び悩んだ。とかで片付けられていたのです。それにピアノのレッスンがつまらないのは小さな子供には読譜の稽古は退屈だからで、聞き覚えで弾かせた方がいいと考えられていた時期もあったのです。
コンチェルトだろうと、ベートーヴェンの後期ソナタだろうと、バッハの平均率の5声の曲だろうと全部聴いて覚えて弾ければ、暗号解読よりももっと面倒なんじゃないかと思うような読譜なんてしなくてすむのですが、多分そんなことが出来る人なんていません。
小学校の低学年くらいまでは、この音を5線に書き取らせるという作業はなかなか大変な仕事なのですが、実際に自分で楽譜を音高、リズムを認識しながら書いて行くことによって楽譜のしくみが理解出来るようなって、目で音符の玉をおっていくのが上手になっていくのです。そんなこと全てをふまえて、聴音のレッスンは音感訓練ばかりでなく、読譜の勉強に特に初心者の場合役に立つのです。勿論これで読譜の為の勉強は万全とはいえないのですが、毎週毎週通って来るだけじゃ上達しないのが、ピアノです。そして上手にならないのはおうちで練習してこない自分が悪いのよ、と言ってばかりもいられない感じの今日この頃、何かひとつでも通って来るだけで身につくものとして聴音、読譜は最適なレッスンじゃないかって気がするのです。
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