ステージママ

2008年3月4日

薔薇が咲いた。3月に薔薇が咲くものなのか?でも咲いた。初冬や晩秋に咲く薔薇を「なごりの薔薇」というような詩的な言い方するけれど、3月じゃ単なる狂い咲きじゃあないか?

この薔薇は去年4月に植え、蔓はすくすくと成長しそれに合わせて棘もまこと立派に成長したのだけれど、去年5月に花は咲かず、秋に咲かないで、なにをやっているんだ!うちの薔薇!!と思ってまぁ、植えて1年や1年半咲かないことだってあるだろう、、、。と、思ってたら去年12月たった一つ蕾がついていた。わたしは嬉しさのあまり「やるじゃないか!!うちの薔薇」と心の中で叫び、花開く日を待ったのだが、この冬の寒さでいっこうに蕾は開かず3月になってやっと咲いたのです。咲いてみると巨大輪種というだけあって、花は小ぶりの牡丹のように大きく、花の重みでなんだか下向いてしょぼくれているように見えなくも無い、、。けれど、よくぞドライフラワーにならずに咲かせたものだ!うちの薔薇に拍手♪

わたしの実家はけっこう広い庭があって、わたしの母は庭作り、今ふうに言えばガーデニングにとても熱心な人で、このうちの狂い咲き薔薇ピースも実家の庭でそれは美しく華やかに咲いていたのです。しかし花育てには大変熱心であったわたしの母も娘をピアニストにするという願いは非常に薄く、わたしがとうとうメジャーデビュー果たさずにいるのは、なにに恵まれなかったかってステージママに恵まれなかったせいではあるまいか?

わたしのその思いは強く、1度はっきりと母親にそのことを言ったのです。そして母の返事は「そうよ。」、、、。と、あっけない肯定。母曰く、要するにステージママというのは好きじゃなきゃ(つまりステージママをやることが。)務まるような甘いものではない。然るにステージママ業に向いているとも思えない自分がやってみたところで母娘ともに不幸であり、(ここからがうちの親の主張のカナメ!)更に言えばコンクールで賞を取ったり、頻繁にリサイタルを開いたり、オーケストラと共演させたところで、ピアニストというのは職業として成り立たせる。つまり採算が取れるくらい稼げるようにはならないケースの方が圧倒的に多い。ということは、娘が小娘でなく大の娘(というのか)になった後も生きてる限り一生ステージママ続けなくてはならぬ。だからムリ。

ではでは、ピアニストになるためには絶対に熱心なステージママ(ステージパパでもステージお婆さんでもお爺さんでもなんでもいい。)は必要かというと、完璧にそういうわけでもないとは思うのだけれど、少なくとも子供のうちや10代のうちから演奏家にさせる!ことを目指すには必須ではないかと思うのです。何故かって、単にレッスン受けさせて上達を目指すだけならとにかく、演奏活動子供のうちからするとなると、マネージメントその他子供だけじゃ手がまわらないことは当然誰か大人がやらなきゃならないわけです。稀にはステージやコンクールに関する雑用一切から、練習の見張り?!、生活全般の管理までピアノの先生あるいはその他の大人が引き受けてくれる。という、少女マンガの世界みたいなことがないわけじゃないみたいですが、ホントに稀です。(たぶん)

でも重要な疑問。わたしはもういい中年女で当然、ステージママが絶対必須な年齢はとうの昔に過ぎています。それでも、一人前のリサイタルしたことなく、オケと共演したこともなく生きています。ということは、残念ながらわたしには最初はステージママに恵まれず、その次にはなにがあっても演奏家でいたい。という、情熱というか執念が欠けているのです。

これは特に男子に多いと思われるケースですけれど、ピアノばっかり弾いていて他のことにはあまり興味持たず、「ピアノはテキトーでいい。」という周囲の思惑省みず、ついには親をはじめとする周りの人間が根負けして演奏活動に邁進するのを応援するようになる。

なんというか、確率見てさっさと撤退決め込む。という、現実的、常識的な見解は、ステージママになってくれなかったとかなんかじゃなく、要するに母親からの遺伝だったことがわかってきたのです。

ただ岩をも砕く情熱を持って演奏活動してもそれだけじゃ、職業としてはなかなか成立はしません。それは何が悪いの??!は、おそらくピアニストというのは慢性的に供給過剰なのです。つまりは何が悪いと言ってもワリが悪いのです。町内ひとつの区画にひとりずつ需要があるのならいいんですけれど、、、。

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