わたしが使ってたいろおんぷ
わたしの実家から最近びっくりするよな写真が出てきたのですよ。そのうちスキャナーにとり込んで公開いたしますが、3歳のわたしの七五三の写真です。洋服姿なのですが当時洋服で七五三やるのはかなり珍しかったのではないかというのがオドロキなのですがわたしは3歳用の七五三着物というのも所有しているのです。つまりわたしは七五三でもお色直ししていたのです。
わたしはこの七五三姿でカメラの被写体に収まったはんの1,2年後のいろおんぷという教本使ってピアノを習いはじめたのです。この当時は幼稚園児向け教材としていろおんぷというのが画期的だったのかどうかはとにかく、子供のための楽しいピアノのレッスンを提唱し実践しようという試みだったには違いありません。
このいろおんぷは今ではちゃんと存在するらしいのですが、わたしは自分が卒業して以来使ってはいません。こんなのちっとも良くありませんからというワケじゃなく、わたしはこの音符の高低を色分けして認識させるというのはなかなかいい考えじゃないかと思うのです。ただこれは余計だったと思うのはまず、鍵盤幅に色分けされた短冊状の紙を鍵盤に挟み、幼い子供である生徒の5本指には色分けされた毛糸を結びつける。こういうことをすれば子供は楽しいのよ。という当時の大人の意図がみえみえなのですがわたし的にはものすごくうっおしかった。それにわたしはこの本の表紙のイラストがそれはそれはダサくて
嫌いでした。
これが現在なら色分け短冊と指の毛糸がうるさいし、表紙の絵がキライ。とはっきり子供でも意見を言うのでしょうが、わたしが子供の頃というのは生意気なこと言うガキはぶん殴られても文句言えないみたいな雰囲気が満ち満ちていたのです。わたしの母とわたしが当時ついていたピアノの先生のキャラからすると殴りつけたりはしないのでしょうが、ななちゃんは自己主張が強くて我侭な困った子。類に分類されて叱られるのは必至です。今の幼稚園児はこれくらいのことはっきり言ったって悪い子扱いはされません。まして殴られたりしたらこれは子供でなく大人の方が悪者扱いです。いい世の中になったものです。
わたしが現在も過去においてもこのいろおんぷを採用しなかったのは音符に色をつけて識別させるのが悪いと、思ったわけでなくダサいイラストと指毛糸及び短冊が今でも嫌いだからにほかなりません。
このいろおんぷだけでなく絵音符というのもあってこれはドはどんぐり、レはレモンの形の音符状のイラストで音別を認識させるという教材ですがわたしはこれも使ったことありません。
こうすれば子供は楽しいからという大人の意図と言いましたけれど、とりわけ就学前の子供にとって譜読みのお稽古というのは毛糸10本くらい用意したところで楽しくなるような作業じゃありません。更に言えば楽譜という概念に対する理解の早い子でも何ヶ月かで結果が出るものでもありません。これは根気よく少しずつ練習していくしかないのです。
だったら聴いて弾かせることに留めて、譜読みなんてもっと論理脳が発達するまで待ってたっていいじゃないかとも思うのですが、楽譜を読まないで弾くということを学習してしまうとあとになってのツケがどっとくるのです。
では読譜練習のホントの実践
このいかに読譜が上手になるように指導するかというのは試行錯誤の積み重ねだったのか知れませんが、結局は国語、算数と一緒で数書かせることが1番効果があるとわたしは信じてます。でも困ったことに音符というのは文字や数字よりずっと個別認識って困難なのです。だから国語や算数よりも時間かけて丁寧におしえなきゃわからない筈です。
♪がそのまま出てきても普通意味を持ちません。ただの飾り記号です。昔よくいたヒステリーなピアノの先生の教授法。5線ノートにドレミファソラシドの音符書いてふり仮名をつける。「ハイ、読んでみなさい。」字が読めればわかるから読む。次、ふり仮名外して読ませる。ドレミファソラシドくらい1度きけば覚えられるから間違いなく言える。次、「それじゃこれはなんの音?」ミの位置を指し示して質問。生徒、、わからない。「さっき教えたじゃない。なんでわからないの?!!あんたバカじゃないの!!」みたいなヒステリー起こされる。バカじゃない。わかるわけないよ。音符なんてみんな一緒のタマにしかみえないじゃん。
音符の音高も1ど認識してしまった人には本能的に覚えていた、と勘違いするくらいあたり前でも認知以前の人にとっては全部一緒にみえるに決まってます。あいうえおだって12345だって何度も書いて声にだして言ってみて学習するのですから音符もそうして覚えていけばいいのです。(でもなんでこんなこと昔のピアノの先生はきずかなかったんだろう?)
多分ピアノ学習というのはCD-ROMと同じく楽譜は読み込み専門で、書き込みというのは作曲や楽理めがける人の専売特許だという認識がハバをきかせていたのでしょう。
したがって効率の良い読譜学習というのはな〜んだ。ってくらいあたり前のことをあたり前にやるのです。用意するもの5線ノートもしくはただの紙、カレンダーの裏、広告の白紙の裏。鉛筆。クレヨン。あればおはじき、更にあれば丸型シール。
まず5線ノートを用意するのですが、文字どおり5線ノートと言っても5線幅のハバがあるのですが、これは学習者の年齢及び○書き能力によって選びましょう。まだ3歳くらいの子だと○じたいを書くのが難しかったり、小さな○を書くのがまだ下手だったりするので横開きの1段ノートがお薦めです。180円くらい20枚くらいのが楽譜やさんや大きな本屋さんに売ってます。このあいだネットで売っている楽器屋さんもわたしはみつけました。2段のも4段のもあります。○書きが上手になったら8段のものもあります。
学習者が大人や子供でも小学校の5,6年生以上ならば、子供向けでなく普通の文具店でも売っている音楽ノートでOK。細かい5線の普通学習版音楽ノートならばノートの使いきりもそうは簡単に先が見えないのですが、1段となるとすぐになくなりますので、それがもったいないと思う方はまたは学習者が小さくて○書きが1段でもうまくいかない場合は画用紙やお絵描き帳、カレンダーの裏や広告の裏に5本線を引いてやって練習しましょう。
次に鉛筆、クレヨンの用意ですがこれらの文房具は常備しているのが普通なので入手法については省略します。ト音記号から覚えていきますのでト音記号を書きましょう。これは本人が書いても練習をみているおうちの人でもよい。そして全音符でドを書きましょう。なんで全音符で書くかというとここでは音符の種類でなく音高を覚えるのが目的なので全音符書くのが1番簡単だからです。したがってどうしても8分音符や32分音符が書きたい人はそれでも可。
1コ書いて覚えてくれるのならば誰も苦労しないんですがね。位置把握の天才児童でない限り10個や20個書いてもおぼえないので、1日5個くらいから毎日書いて読んでそれが出来たらピアノで弾いて覚えましょう。おはじきや丸型シールを貼るやり方もあるのですが、おはじきは1枚の5線紙で何度でも使えるのがいいところですが、ピアノの譜面台にはおけないのが欠点です。丸型シールを使えば○書きがまだ下手でも学習できていいのですが紙、シール両方の消耗が激しいのが欠点です。
10日も毎日やってればいい加減覚えてかつアキますので次はレを覚えます。しつこくレばかりを書いて読んで弾いたところでもうドは覚えているのでドとレとりまぜての読み書き弾き学習をします。ドとレを覚えたくらいの時点ではまだランダムに音符並べしてもそう面白くもないのが欠点ですがこれにミが加われば1人前の曲っぽくなってきますのでメゲずに頑張りましょう。こんな感じで1個ずつ音を増やしていって1オクターブまで到達すればランダム音並べ学習も趣あるものになってきます。ト音記号が1オクターブに達したら今度はヘ音記号に移行しましょう。
この学習卒業の目安はドの位置からドレミファソラシドを1つずつ数えて確認しながら音を拾わなくてもその音の位置を見ただけで認識できるようになること。
この学習法に対する問題点
その1
あのう、うちではとてもそこまで手がまわらないのですが、、。
という事情はあると思います。いえあると思うどころか普通なかなか子供のピアノの練習につきあってやることが出来なくて多くのピアノの先生にヒステリー起こさせているのです。(わたしはおこさないけどね。ふふふ)全部が全部そうではないけれども子供のころからリサイタルしてたり、神童とか言われる子達は本人の才能努力もさることながら親がもう10歳にもなった娘(もしくは息子)の口にごはんを運んでやるような面倒をみてやった賜物なのです。わたしだってかつてわたしが10代の頃からコンチェルトを弾くようなピアニストになれなかったのは母親がそこまでのステージママになってくれなかったからだ。とのたまわったりしました。だから、下の子が風邪ひいたとかおばあちゃんが入院したとかPTAの役員押し付けられたなんてのは後回しもしくは人任せにして頑張りなさいよ。とはわたしは性格的に言えないんですね。わたしはとても現実的で常識的なんですよ。
それはとにかくこの訓練はわたしの実感として集中的に短期間やって済ましてしまうのが利益が大きいとは思えないのです。ピアノの練習と平行してちょっとずつでも気がついたら間があいてしまってても、学習しているのが幼稚園児でド3個書いたら飽きちゃったらそこでやめて次の日残りの2個書いてそのまた次の日声に出して読んでピアノで弾く。っていうようにして続けていつの間にか音符が読めるようになっていて、卒業していた。というような感じで進んでいきます。
その2
こんな訓練しなくても音符読みには苦労したことありません。
ハイ!実はわたしもこういった練習したことありませんが音符というのはいつの間にか読めるようになりました。わたしはそれはそれは音感鈍い子でした。そして多分今でも音感ありません。6歳児に戻れたらピアノの先生に読譜の練習はしなくてOKだけど音感の訓練は人の3倍はして欲しいと言うでしょう。どうも読譜、音感に関してはとても個人差が大きいのです。いつの間にか音符が読めるようになっていて読譜に全然苦労感じてない人は改めてこんな練習はしなくてもいいのです。ただ中には音符を書くのが好きなので!?もう明らかに読譜練習は卒業してもいいのに続けたがる人というのもいるのです。ちなみにわたしは音符書くのは大嫌いです。