ショパンエチュード
2008年11月12日
ね、猫が狼藉を働く!ピアノの上の花瓶はとうとう倒す、壁紙をひっ掻く、雀を嬲り殺しにする。ピアノを弾く??!ピアノの蓋に足跡をつける、、!それなので、、とうとうピアノの上に生花飾るのはやめて、次回壁紙張り替え時期には腰高の板張りにする箇所とあらかじめ猫の爪砥ぎ場を設置を検討して面倒だがこまめに猫めの爪の先っぽを切る。雀や鼠を生け捕りにするのは猫なのだから諦める。猫がピアノ弾いても最近はたまげなくなったので許す。ピアノに足跡つけるのは拭けばいい♪
ところが!猫の足跡が拭いてもおちない。この足跡は今や大猫となった黒猫プクの足跡。なぜ特定出来るかというと白茶猫ちゃちこはとろいのでピアノの上には登れず、白猫カールはピアノの上より箪笥の上を好む。あの黒猫魔女仕様の猫なの?もー、怖いよわたし。
しかしにゃんこの足跡の原因についてはあっさり判明。調律師さんが、「こちら弦楽器される方いるんですか?」いや、ギターを弾く子供は(間違い今や大人になってしまったわたしの子供とその仲間。)何人かいるがここでいう弦楽器とはヴァイオリン属のこと、そのような方はおりませぬ。うちのピアノは松脂様のものがべたべたとついている。ヴァイオリンとその仲間の楽器は音を鳴らすのに弓に松脂塗るのでピアノのそばでヴァイオリンしょっちゅう弾いてるとうちのピアノのようになる。が、それにしても松脂様のものが付着しすぎてる。
謎は解けました。うちのピアノに付着してしまったのはヴァイオリンの弓の松脂じゃなく、野球用の松脂です。うちはピアノのすぐ近くに、ほれピッチャーマウンドに置いてあるロージンバックとご丁寧にスプレー式ロージンまでがある!したがって猫の足跡がとれなかったのは、猫の足跡は広範囲にへばりついていたロージンが猫の足形に剥がれたからついたものでしたがって消すにはへばりついたロージンそのものをこそげ落とすことが先決。
で、あれってなんのため?は、おそらくヴァイオリンの弓と目的は同じです。滑り止めです。今は高校生でもバッティンググローブをはめているので甲子園大会でもお目にかからなくなったけど、かつての高校球児は芸者さんの白塗り化粧みたいに手と腕にロージンつけてたのです。う〜ん、なつかしいな。というか年がばれるな。
そしてわたし早速、ロージン落としにとりかかったかというと、面倒なのでそれはやめにしてピアノの蓋は完全に閉めてそのうえに布を敷いてさらにその上に譜面台を置いて、今度こそは本気に内輪の音楽会でピアノを演奏するための準備、つまりは練習にとりかかったのです。
ピアノの練習するにはなにが肝心かってエチュードを弾かなければなりません。すべてのピアノ道はエチュードに通ず!かどうかは兎に角、こうも長年エチュード弾くのが習慣になってきてしまったわたしとしてはエチュード弾かなきゃ練習にならない。気がして気合いがはいらないのです。そこでわたしはツェルニー60番の23番練習してみたのですが、一応まぁ弾けるくらいになって嫌になってきたのですね。エチュード道というのはいつの間にか手段が目的にすり替わってしまう危険性孕んでて、一種の麻薬的効果あるのです。つまり、楽しくない!とほざきながら丸1日エチュード弾いてたりするのです。
ピアノを1日10時間でも12時間でも弾いていられた頃ならそれでも良かったんでしょうけど、いくらわたしがけっこうヒマといっても、駄犬の散歩に猫の狼藉の後始末その他、さまざまな時間を食いつぶす作業に従事している今、効率のいい練習をしなければなりません。そしてわたしはもう、ツェルニーは卒業することにして、エチュードではあるけれど音楽的完成度は人類の文化遺産的に高いエチュード、ショパンエチュードを始めたのです。
わたしがかつて弾いたことのある曲はOpus10では1番3番8番12番Opus25では2番、以外に少ない。いや少なすぎる。本当、本気にツェルニーさんにはおヒマもらってショパンエチュードにとりかからなければ間に合わなくなる。それなのでわたしは、今までの弾いた曲の焼き直しはやめにしてあらたな課題曲選び、練習にとりかかりました。
選んだ曲はオーパス10のほうの4番嬰ハ短調プレスト、ツェルニー60番に比べて難しい?って、はぁ、格段に難しいです。それはやはり他のエチュードと違って音楽的内容や表現を踏まえて弾かなければならないからでしょう?てような問題じゃなく、譜面だけ見た時は、単純にツェルニー60番の2ページ分の3倍の分量な分だけ手間かかる。くらいに思ってましたけれど、やはりエチュード最高峰のショパンエチュード表現がどうの以前、いいえ技術がどうののそのまた以前、もうー、譜読みすることじたいがちょー難しいのです。子供のころから叩き込まれている他の曲だってそうだけれど、とりわけエチュードはプレストだろうとビバーチェだろうと最初はラルゴよりゆっくりとひとつひとつの音を丁寧によく自分の弾いているのを聴いて、ぜえったい横着しないでおさらいしましょう。を実践するもしないも早くも3小節目でもう足をつかまれたわたし。横着したくったって出来やしません。
このショパンの多彩な調性が仕上ってしまえば、安直過ぎる比喩ですが妙なる調べとなるのですが、それ以前の以前の1番最初の段階ではピンセットで音をひとつずつ拾い上げていくよな、気が遠くなりそうな作業が必至。以前ショパンのポロネーズをさらってた頃は、発表する気が全然なかったので気の向いたときだけ気分よく弾いていればよかったのだけれど、いちおうこれからは内輪の発表会で弾こうという気になっているのでぬるい稽古は許されないのです!
難曲のおさらいしててなにがうれしいかって、例の缶コーヒーのコマーシャルと一緒です。達成感!仕上がれば2分ちょいになるはずのエチュードを1音1音、間違えないようにいい音が出るように膨大な時間費やして練習して、とにかく形になれば爆発するくらいうれしい。そこからまた、何10回も弾いて指が勝手に動いてくれるくらいまで練習していると自分で自分が怖くなってくるのがまた、うれしい。それにこれは現実的な本音ですが、あんまり練習してショパンと同化して結核になってしまったらどうしよう?!(ははは、今は結核は治る。)と思うくらい弾きこまなきゃ弾けない曲というのは、ある意味本番に持っていくのに楽できるのです。というのは、はんぱな練習じゃ弾けない曲のほうがからだが覚えててくれるのでかえって失敗しないのです。
わたしにはもうあまり時間が残されていないので、(病気なわけじゃありません。単純に若くないという意味です。)ショパンエチュード全曲リサイタルは無理としてもあと何曲かは仕上げなくてはなりません。
(2008年11月12日)
ロージンまみれのピアノとショパンエチュードについて