秋の深まりを感じる今日この頃です。わたしは木々の葉が色づき始めて町中に山茶花のほのかな香りが漂うこの季節が大好きなのです。とはいえ、5月ならば若葉が萌え蜜柑の花の香り漂うこの季節が大好きになるのですが、要するにわたしは根が頑丈に出来てるせいか精神的に非常に落ち込むような事態に遭遇してなきゃどの季節も好き、という極めて単純な人間なのです。
つるべ落としながらも秋の陽光が降り注ぐ(この家は日当り良好。本当に明るい光に満ちています。)リビングでわたしはやっとピアノの練習を開始いたしました。最初は疲れるだろうから?!ベートーヴェンのエコセーズなんかをちょこちょこと練習したのですが、1年半全くピアノ弾いてなかったとはいえこれはなんとなく、、弾けるようになりました。
思ったよりカンの戻りはいいみたい☆って、思ったけど、ちょっと待って?!わたしは過去に1日の大半をピアノの練習につぎ込んだこととてある人。いくら永きに渡ってピアノ弾いてないっていってもやはりもっと難曲、大曲に挑戦してみてはどうなのか???
ハノンのスケールやアルペジオはたまた例のドミファソラソファミを朝9時からお稽古をして中途までやったツェルニー60番を再開!というのがピアノ道の王道なのでしょうが、1日の大半はおろか日々1時間の練習時間の確保とて難しい今の生活。ハノン全曲踏破はまたの機会に譲ることにして、わたしがチャレンジしたのはショパンのポロネーズ第6番別名英雄ポロネーズです。
これだってすぐに弾けるようになりました。とは残念ながらいきませんでした。だいたい曲が長い!それに最初の部分の右手4度進行はやはり難物、ところどころで指強化訓練の必要性を非常に非常に感じる。(やはりドミファソラソファミは必要ぢゃ。)だいたい自慢じゃないがまだ1曲最初っから最後まで弾き通していない、、。
わたしはこの英雄ポロネーズがとても好きなのですね。上手なピアニストが演奏しているの聴くのも好きだし、自分でおさらいするのも好き。とはいえこれがコンサートで弾く予定が入ってたり、ショパンを課題曲で与えた生徒がいてそのための勉強をしてた時期は、わたしなんでこの腺病質なポーランド人のせいてこんな苦労しなきゃなんないの??!!!と喚きつつ苦しんだのですが、もはや人前で英雄ポロネーズを弾く予定はまるきりなく、かつ生徒そのものが存在しない状態で練習するのはさぞや張り合いがなかろうと思いきや、これが楽しい。
聴衆とか先生とか生徒とかの厳しい目を意識することなく、わたしってなんて上手なのかしらもしかしたらフレデリック・ショパンはわたしの背後霊なのかも知れないわ。なんぞと勝手な想像力をたくましくして自分が気分よく弾いてりゃいいのです。ほほほほほ。
そんなわたしの練習態度はとにかく、ところでポロネーズってなんですか?なのですが、じつはわたし8分音譜16分音譜16分音譜8分音譜4連結が出てくる3拍子の曲がポロネーズと勝手に子供の頃解釈してたのです。この自己流解釈はまあアタリ、ポーランドの舞曲です。更に言えばショパンの専売特許というわけでなくわたしはバッハのポロネーズも弾いたことあります。ベートヴェンやリストも作曲してるそうですが、わたしはどんな曲があるのかは知りません。
ポロネーズ第6番もそうですが、わたしはショパンの曲は随分たくさんのレパートリー(というほどのものでもないけど最近は。)持ってます。何曲かは仕上げて暗譜して人前で弾いているし、アンプロンプチュは全曲レッスンしました。どこか私とショパンは同調し心の琴線が共鳴するところがあるに違いないのです、、も言えなくはないのですが、なぜかわたしにはショパンの曲というのは弾きやすいのです。(簡単だという意味ではない。)
ショパンについでわたしはモーツァルトが好きなので、、それはわたしの天才的才能がモーツァルトみたいな天才型作曲家とシンパシィするからですわ☆な筈ないだろうが、、。(すみません。)わたしは手が小さい。足も小さいけれど手も小さい。そして指先が細めの手なので日々張り切って練習してもあんまり指先に肉についてこない質の手をしています。そのせいかわたしの音は透明感はあっても硬質な音です。きっと才能やハートは同調するかしないかはとにかく、肉体的な特徴がシンクロするに違いなく、だからきっとわたしは手が小さかったとウワサされる作曲家のピアノ曲が弾きやすいのだわ。
と思ってました。
ところが最近とんでもない反対審議??がわたしの中で出てきてしまったのです。つまりはだからリストみたいなNBA級のでかい手をしていたと言われる作曲家の作品は苦手なのだ。だからわたしはリストのレパートリーは少ない。そうなのよ。と、納得していたのでしたが、、じゃあシューマンはどうなんだ??!正直に申し上げてわたしのシューマンに対する苦手意識はリストどころじゃなく、カナバルとかパピヨンとかちゃんとレッスンした形跡があるのです。が、これはいちおうシューマンの曲だって勉強しないわけにいかないじゃないかといようななげやりな動機からおさらいはしたもののもう2度と弾いてみようという気にはなりません。ははは、うちはもう音楽教室廃業しちゃったのでもしシューマンのコンチェルトを弾けるピアニストになるのが夢!の生徒が入会してきたらどうしよう!!という悪夢に怯えなくてすみます。
シューマンファンの方々許してください。わたしはシューマンの曲が嫌いと言っているのではなく、シューマンの曲を弾くのが嫌いなのです。なんでって滅茶苦茶難しいからですが、シューマン的難しさとういうのは体育会的頑張りで克服できる類の難しさでなく、精神世界の崩壊を招きかねない難しさなのです。
話もとに戻しますが、わたしはショパンを腺病質で病弱と思いこんでおりましたが、実はショパンはもとはむやみと元気青年であんまり元気に張り切りすぎて結核に取り付かれたという説もあるのです。さらにこれはたしか遠藤郁子さんのエッセイだったと思うのですが、ショパンは結核で呼吸が速くなっていたので、ショパンの曲を弾くときは呼吸を速くして歌うイメージで弾くと良い。というのがありました。これは効果的な気がします。
なおこれらのお話はヤマハやピティナが送ってきてくれる情報誌に記載されていたものがほとんどなので参考文献はなんなの?と言われてもあの手の本はたまり次第地区センターのリサイクルボックスか町内会の資源ごみと化してしまうので、提示できないことを御許しください。