「マンハッタン〜悲嘆と憤怒と」
2001年9月11日 NYにいた「よし」は歴史的大事件「米国同時多発テロ」に遭遇した。
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被害のあまりの大きさ。言葉を失う。
| 9月11日(火) | 8:30 | 前日の嵐が運命を変えてしまう可能性もあった 前日の午後、BAでロンドンからJFK空港へ到着。そのままラガーディア空港へ行きデルタ航空でオハイオ州コロンバスへ向かう予定であった。しかし、突然の嵐により欠航となり、急遽、空港近くのマリオットホテルに宿泊した。今、思えばこの嵐のためにNYで足止めされることとなった。 朝、時差ボケのため6時には起床し、8時30分にラガーディア空港へ到着。普段と変わらぬチェックイン、セキュリティチェックを受け、9:30発のデルタ便をゲートで待つ。抜けるような青空のいい天気だ。 |
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8:45 9:03 |
運命の時間 ラガーディア空港から車で30分程度のマンハッタンでは、8時45分、ワールドトレードセンター(WTC)北棟にアメリカン航空11便が激突。続いて9時3分にWTC南棟にユナイテッド航空175便が激突。この時、空港では誰もそんなことを知る由もなく、離陸を待っていた。 ラガーディア空港に爆弾が仕掛けられていたり、ここ発の飛行機がハイジャックされていたら、、、完全にアウトだった。。。 |
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9:45 | 避難命令 「また、遅れるのか。」と出発時間を過ぎても飛び立たない飛行機にうんざりしていたとき、突然、避難命令が発動された。「NY州の指示により空港を閉鎖。乗客、乗務員は直ちに降機のうえ、空港から避難すること。」事態を知らない空港内はうんざり顔でゆっくり立ち去る人が殆どで、空港に爆弾予告があった程度にしか思っていない様子だった。危機意識の薄いアジア人(よしも含む)は、なんとか解除されて飛行機が飛ばないか、とのんきに空港内でねばっていた。ちょうどこの頃、国防総省にアメリカン航空77便が激突。 |
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10:00 | 途方に暮れる 追われるように空港の出口まで来ると、テロが発生したため今日いっぱいは空港閉鎖が確定したことを近くの人に教えてもらった。「2日連続で欠航とはついてない、何しにアメリカに来たんだろう。」とうんざりしてロンドンの秘書に電話で事態を伝えていると、突然不通になった。その後、ホテルを押さえようと何度も電話をかけようとするが、全く通じない。近くにいるアメリカ人に携帯を借りようとするが、携帯もつながらない状況だという。 タクシーでマンハッタンに行くしかないと思い、タクシー乗り場の長蛇の列に並ぶが、マンハッタンは封鎖されており、行けないとのこと。ここで初めてただごとではないことが起きたという予感がしてくる。 電話は不通、近くのホテルは全て満員、マンハッタンにも戻れない、空港からはだんだん人が減ってくる。そして、一体何が起きているのかがわからない。どうしようもないが、とにかく時間が経つのを待つしかなく、途方に暮れる。 |
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10:30 | このまま空港にいてもしょうがない だんだん人が減ってきた。「このままいてもしょうがない。タクシーがなくなり、夕方までいる羽目になって暗くなったら違う意味で危険になる・・・」 近くにいた日本人男性に声をかけ、一緒に白タクに乗ることにした。この男性は国立大学大学院教授で、英語も不慣れで、土地勘もなく、オレ以上に途方に暮れていた。「困ったときはお互い様」の精神で、行動を共にしましょうと申し出た。 実はこの直前、日本人ビジネスマンに声をかけたのだが、今から会社の車が迎えに来るとのことで、オレも乗せてもらえるのかと期待したが、何も言ってこない。空港に長くいるのは危険で、こっちも困っているのは分かっているはずなのに。世の中にはいろんな人がいる。笑。 |
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11:00 | イスラムの友人 白タクを捕まえ、乗り込む。料金は1時間50ドル。「足下見やがって!」と思ったが、乗るしかない。車に乗って、運転手は開口一番「マンハッタンがテロに攻撃された!WTCに飛行機が突っ込み、崩壊した!」と。運転手はブルックリン橋の反対側で崩壊までの全てを目撃したという。走っていた車は皆立ち止まり、アメリカ人はみんな涙を流したという。 「・・・・・??!!」初めて知らされる驚愕の事実。信じられない、というよりも何も浮かんでこなかった。すぐさま、「NYが攻撃されている」という認識に変わり、空港爆破は現実の恐怖に変わり、WTCだけでなく、マンハッタンの他のランドマーク、ひいては核攻撃によりこのクィーンズ地区も危ないのでは、という不安に駆られた。 「誰がやったんだ?」と運転手に聞いてみるが、まだ分からないという。思わず「イスラム原理主義の仕業か?」と言うと、隣にいた大学教授は運転手がイスラム系であるため、「そんなことは言わない方がいい」と忠告。中東地域にも何度も行ったことがあるオレにとっては、一般のイスラム人と原理主義者は全く違うので、「大丈夫です」と返答し、見た目はその辺のスカシ&チャラチャラ系のお兄ちゃんに見えるかも知れないけど、国際金融に従事し中東も担当していることを伝える。笑。 車で少し走るとマンハッタン方面の空に大きな黒い雲が見えた。最初は「ん?」という感じだったが、マンハッタンの摩天楼に何かが足りないのに気付いた。「ワートレ(WTC)が無い!!」普段ならクイーンズからもよく見えるはずのツインタワーがない。おまけにその方向は真っ黒な雲で覆われている。面食らった。恐怖が現実のものとなって目に焼き付いてきた。車でさまようクイーンズ地区のどこからでも黒い雲は目に飛び込んでくる。2次攻撃や核攻撃の不安が募る。 マンハッタンは閉鎖されているため、とにかく居場所を確保するため空港から最寄りの街、ロングアイランドシティでホテルを探すが、どこも一杯。おまけに道路はどこも逃げ出す人の車で大渋滞。クラクションや怒号で一種のパニックと化していた。 運転手も途方に暮れ、「うちに来い。そこから電話してみよう。それでだめなら今夜はうちに泊まれ。」といってくれた。こういう状況下で長い時間行動を共にすると運転手と乗客という関係ではなくなる。これからどうなるんだろうという共通の不安がある。彼とは現在もメールのやりとりがある。 |
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| 写真現像中 | 14:00 | 歩いてマンハッタンへ 運転手の名前は「ガブリエル」。エジプト出身の50代の優しいイスラム男で、マンハッタンをイーストリバーで挟んだ対岸に住んでいる。彼の家からはマンハッタンの惨事が手に取るように見える。 ようやくマンハッタンにあるオレの会社に電話がつながり、今後の行動を相談する。事態が重大なだけに、むやみに「会社に来い」とは言えないようだ。10分後、再び電話すると、上層部の決断でマンハッタンまで歩いて来いとのこと。全ての橋が封鎖されているが、クイーンズボロー橋は歩いて渡れるとのこと。会社まで行けば、最悪、ホテルがなくともオフィスに泊まることもできる。但し、橋にも爆破予告があり、橋を渡るのは非常に危険な状況らしい・・・ 大学教授はテロが攻撃中のマンハッタンにいくのは自殺行為であり、気が進まないようであったが、「他に選択肢がないんです!それに暗くなる前にマンハッタンに入らないと、この辺りは違う意味で危なくなりますよ!」と半ば脅して重い腰を上げさせた。 |
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| 写真現像中 | 16:00 | もう少しだ! 大きな荷物を持ち、汗だくになりながら我々アジア人2名はクィーンズボロー橋を目指す。途中、朝から何も食べていないことに気付き、開いているデリで食料を買う。すっかり避難民状態だ。。。 途中、大学教授は何度か弱気になったが、例の脅し文句でケツを叩きながら歩き続けた。笑。 この時間になってもマンハッタンから歩いて逃げてくる人の波があり、大きな荷物を持って逆行する我々アジア人2名は不思議に写ったようで、みな怪訝な顔ですれ違っていく。仲には灰をかぶり真っ白になっている人もいる。 橋の上からは燃えさかるローワーマンハッタンが黒い雲を出しながら泣いているように見えた。 |
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| 写真現像中 | 18:00 | 安堵と新たなる緊張感 空港から避難を開始して8時間。ようやくミッドタウンにあるオフィスに到着。ミッドタウンは落ち着いているように見えたが、人気がなくなっているだけだった。オフィスに到着すると、うちの社員は全員無事が確認されており、ローカル社員は殆どが帰宅。日本人駐在員は全員残っていた。日本人ビジネスマンの悲しい性を感じた。。。笑 ようやくロンドンと日本に自分が無事であることを連絡し、避難民状態から脱出した。どうやら、邦人行方不明者の一人となっていたらしい。。。。汗 会社のテレビで初めて事件の全体像を知った。言葉が出ない。自分の飛行機がハイジャックされなかったこと、空港に爆弾が仕掛けられていなかったことに感謝した。 同時に、WTCで働いている友人達の安否が不安となって襲ってきた。「彼ら、彼女らは間違いなく瓦礫の下だ。。。。」 マンハッタンのホテルも一杯だということで、その夜は大学教授と共に、同じくミッドタウンにあるうちのNY支店長の自宅に泊まることになり、とりあえずの居場所も確保された。 但し、テロの2次攻撃の緊張が襲ってきて、なんでこんな所に居なきゃいけないのか腹が立ってきた。 その夜は、建築学専門の教授とともに支店長宅でテレビを見ながら事件について語り合い、夜中の2時ぐらいまで飲んだ。 ながいながい1日だった。 |
マンハッタンからBBSへのカキコ
避難民からの連絡、率直な思いや感想、くだらない独り言まで・・笑
(投稿日時は日本時間ですので、13時間引いたのがNYの現地時間です)
| 9月12日(水) 未明 |
写真現像中 | 無事です。。。 投稿者:よし 投稿日: 9月12日(水)15時59分31秒 今、マンハッタンにいます。。。。。周りは戦場のようです。。。 いや、これは戦争です。 とっても長い一日でした。。。。。 一生記憶に残る一日だけど、とにかく無事でした。 映画を見てるような、戦争に会ったような、とにかく、大変な一日でした。 日本での騒ぎ振りをテレビでみると、相変わらず的外れですが、 アメリカ人は必ず報復します。間違いなく報復します。 アメリカが支配した20世紀が、今日、終わった感じです。 本当に長い一日でした。 今、命があることを感謝します。 今の感情を素直に打ってみたけど、、、、あはは。。。なんだか変。。。 とにかく無事ですので、日本にいる皆さん、今のところOKです。 ただ、いつロンドンに戻れるかわかりません。 空港、道路、その他交通機関は全て封鎖です。 空港は無期限封鎖だし、電話も一時全然ダメでした。 ハイジャックされて、みすみす自爆する飛行機に乗る気はありません。 真偽はわかりませんがマンハッタンには他にもたくさん爆弾が仕掛けられているという情報です。 うちのビルも目立つランドマークなのでリスクはあります。 NYの近くの細菌兵器研究所に11機ハイジャックされたうちの1機が突っ込んだという 噂もあり、マンハッタンから人々は逃げ出しました。今夜は人気がありません。 とにかく現地でも情報が乏しいのです。 何千人死んだのかもわかりません!!!!!!! 僕のフライトはハイジャックされずに助かりました。 今日は歩いてラガーディアからマンハッタンに7時間かけてたどりつきました。 避難民状態です。今日はなんとか49st 2ndのマンションにいます。 アメリカの威信は大きく傷つき、必ず報復します。 アメリカや中東、特にNYを知らない人は今回の事の重大さは分からないと思います。 日本とは違います。 とりあえずご報告まで。心配してくれた人ありがとう!!!!!!!!! 感謝します。こういうときの応援は本当に元気が出ます。 爆破の写真とか人々の表情を撮影したので、 ロンドンに戻ったらそのときの状況を報告します。 ダウンタウンは閉鎖されていますが、明日行ってみます。 ホント、しゃれになってない。。。。苦笑。 |
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| 9月12日(水) 午前 |
写真現像中 | 今朝のマンハッタン 投稿者:よし 投稿日: 9月12日(水)23時09分54秒 昨日の惨事から1日たったマンハッタンは朝を迎えています。 人通りは少なく、時折救急車がダウンタウンのほうに向かっています。 人々が暴徒と化すという噂もありましたが、平静を保っています。 いろんな噂が飛び交いましたが、現在は落ち着いています。 ダウンタウンではまだ煙が上がっていて、戦争のようです。言葉がありません。 橋は封鎖され、まだ、マンハッタンに閉じ込められている状態です。 今日も長い一日が始まります。 |
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| 9月12日(水) 夜 |
現在マンハッタンは夜です。 投稿者:よし 投稿日: 9月13日(木)13時39分30秒 夜12時を過ぎました。まだ、時々救急車とパトカーのサイレンが聞こえます。 (通常のマンハッタンでも珍しくありませんが。。。笑) 今夜から51st&Lex Aveのメトロポリタンホテル(旧称ローズホテル)に移りました。 引き続きマンハッタンは平静を保つというか、妙に静かです。 今日、あらためて気付いたのですが、僕も含めてアジア人はこういった危機状況でも 非常にのんびりしています。 というのは、マンハッタンにはいつもよりもアジア人の割合が非常に、非常に多いのです。 昨日のラガーディアでもそうでしたが、1回目の非常危機を知らせるアナウンスで 白人の多くが非難を開始するのに対し、日本人を含む(もちろん僕も含む)アジア人は いつまでも空港内に残っていました。。。。。 危機意識の違いを自ら感じています。 実際、マンハッタンの日本料理店の多くは営業を続けていて、何の不便もなく、 街行く人々は、ラテン系やアジア系の割合が非常に多くなっています。 びっくりするのは、日本人の団体観光客に何度か遭遇しました。 単独の日本人はあまり見ず、群れている日本人が目立つのはなんか感慨深いものがありました。 現在、クイーンズボローブリッジは閉鎖解除となったようですが、これからの 米国の動き次第では、テロの反撃もありえるため、引き続きマンハッタンは緊張しています。 フライトの再開の目途は立っておらず、ホントは明日の夕方の便でロンドンに帰る予定でしたが、 しばらく、マンハッタンにいることになりそうです。 明日は、着替えの服を買いに行き、長期戦に備えようと思います。 現時点での情報では来週の火曜日までフライトの運行はストップということで、 火曜日のJFK−成田のフライトを仮予約しています。 ロンドンには来週の土日までしばらく帰れないかもしれません。 ロンドンからもご心配のメールをいただきありがとうございます。 日本のみなさんからもご心配いただきありがとうございます。 でも、今マンハッタンにいる人々は普通に(かなり普通じゃないですが。。笑) 生活していますのでご心配なく!!!! ようやく長い一日が終わります。 |
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| 9月13日(木) |
写真現像中 | 今日のマンハッタン。 投稿者:よし 投稿日: 9月14日(金)08時11分42秒 今日も惨事とは裏腹に抜けるような青空が広がっています。 午前中、着替え用の服をブルーミングデールに買いに行ったついでに 以前住んでいたアッパーイーストのマンションに行ってみました。 昔と変わらぬポーターがいて、ここに住んでいたことを告げると 覚えており、なんでこんな大変なときにマンハッタンにいるんだ?? とびっくりしていました。 帰りにLex & 60stあたりにたくさんの州兵がおり、物資の供給を行っていました。 緊張感はまだまだなくなりません。 街は橋のある程度が開通されたため、車と人の数は殆ど蘇ってきました。 特に僕のオフィスのあるミッドタウンは通常の顔を取り戻した感じでした。 ところが、12時過ぎにグランドセントラル駅、メットライフビルに 爆弾が仕掛けられた情報が入り、オフィスで働く人々がいっせいに退去する事態となりました。 結局、何事もなかったのですが、人々はさらに不安に陥りました。 僕もさすがに早くマンハッタンから脱出したいと心底思いました。 事件から3日目となり、さすがに精神的にも疲れがでてきてます。 ロンドンとの時差ぼけもあるし、、、、 ホントは今日の夕方のフライトでロンドンへ戻る予定でしたが、 BAは結局キャンセルとなり、来週の水曜日19日のJALで東京に帰ることになりました。 一応月曜と火曜の便にウェイティングをかけていますが流動的です。 それまでずっとミッドタウンにいることになります。。。。 ブルーミングデールの店員と話をしていたら、その人のいとこが事件で亡くなったそうです。 ばらばらの遺体となって発見されたそうです。身元が確認できるだけましともいえるかもしれません。親戚が亡くなっているのに、よく元気に働けるなあと驚きましたが、 真が強く毅然と振舞う彼女にアメリカ人らしい「強さ」を感じました。 |
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| 9月14日(金) | 写真現像中 | 9月14日(金) 今日は朝から雨。夕べは雷雨がひどく、雷がなるとどこかのビルが爆発したのかと思ってしまい。緊張感が走る。救出・復旧作業は雨のためにやりずらくなるだろう。朝から東京へ電話するなど、忙しい時間を過ごした後、ランチは気晴らしに韓国レストランへ。久しぶりに焼肉をたらふく食べて精をつけた。(ロンドンでは狂牛病のため控えている・・・苦笑) 午後からはビールと美味しい焼肉を食べ過ぎたため、デスクで昼寝をしてしまった・・・笑 その後、JALのオフィスへ行き、19日のチケットを購入した。ものすごい日本人が順番待ちで、なかには怒っているおじさんもいた。こんな状況で怒っても仕様がないのに・・・こういう輩は視界にも入れたくない。遅くとも19日には帰れることになったら少しは元気がでてきた。 夜はNY支店の連中と金融監督庁検査の打ち上げ&少しは元気をつけようということで、日本料理屋「淀」に飲みに行った。飲まないとやってられないというのが正直なところであり、まわりでたくさんの人が亡くなっており僕らも同業関係者であることを思うと、やはりしんみりとした飲み会となった。 滞在しているホテルのすぐそばにも消防署があり、犠牲になったFire Fightersが何人もいて、彼らの写真が貼られ、周りにはたくさんの献花が置かれていた。 明日はダメ元でJALのスタンバイを狙ってみよう。 |
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| 9月15日(土) | 写真現像中 | 9月15日(土) 朝、タクシーに乗り、一路JFKへ。一部の橋やトンネルはまだ閉鎖中で、ようやくでJFKに行ってみるとJALのターミナルは意外と空いていた。これはひょっとしていけるかな!!??と思いつつ、職員に聞いてみると、1000人がスタンバイだとのこと・・・・汗。お金やコネ、どんな手を使っても無理だとのこと・・・・諦めてANAのターミナルの様子を見に行くと、デルタと同じターミナルということもあり、ターミナルの入り口で既に長蛇の列となっており、ターミナルに入るだけで1時間以上かかる。。。実はANAはUAの機体を使っているため、アメリカンキャリアとしてみんな敬遠してるという情報もあり、少しは期待していたのに・・・・ とにかく様子見が目的でもあり、諦めて帰ろうとすると、今度は帰る手段ががなかった・・・汗。 タクシーもなく、バスはしばらく来ないようであり、途方にくれる日本人も多かった。タクシープールのおじさんに聞いてみると、リムジンならあるということなのでそれを使おうとしたら、マンハッタンまで125ドル!!一人で125ドル使うのももったいないと思い、近くにいたお金がないという女子学生2人に、もったいないのでお金はいいから一緒にどうですか?と誘ってあげたら、悪いのでいいです。とのこと。おれって、そんなに怪しく見えるのかなあと思いつつ(笑)、困ったときはお互い様という気持ちも一気に興ざめし、ああ、そうですか、の一言で立ち去った。笑。ちゃんと人を見て発言して欲しいなあ!!!!爆 一人ででっかいリムジンに乗っても、つまらなかった。笑。遠くにいた日本人も誘ってあげればよかった。。。。 マンハッタンに戻り、本格的な長期戦に備え、PCの付属品やスーツ、衣類を購入。歩き回ったのと、水曜日までここにいなければいけないという気持ちで、かなり疲れきった。。。戦争がはじまったらさらに滞在が伸びる可能性もある。。。あんなに大好きだった街、世界中で一番好きな街なのに。。。。さすがに早くロンドンか東京に戻りたいと思った。 一番怖いのは、報復が始まったら、今度は別にWTCのようなランドマークでなくても、普通のオフィスビルや、ホテルにもちょろっと爆弾を投げ込むようになること。そうなると、気をつけようがない。 夕方、これまたうまいもんでも食べなきゃやってられないということで、「山口」に行って、たらふく刺身&すし&地酒をかっくらった。笑。「すしはNYに限る。」という言葉があるように、NYのすしは本当にうまい。日本のお寿司屋さんには悪いけど、日本よりずっとうまい。客の正直な気持ちだし、おおくのNY日本人は当たり前と思っています。日本人がんばれ!!!笑。 ホテルに戻る途中、例の消防署があり、夜だというのに多くの人々が立ち止まり、献花と記帳をしていた。俺もNYにお世話になった一人として。今の俺があるのはNYに住んだおかげという気持ちもあり、また、NY時代にお世話になった金融機関、弁護士の人々も亡くなっていると思われ、追悼の気持ちが溢れてきたので、近くのデリで白い花を買って献花し、記帳した。近くにいたFire Fighterに「お前も知り合いが亡くなったのか?」と聞かれ、「まあ、そんなもんだ。悲しいよ。」と答えた。3年前はWTCの某弁護士事務所に通って案件をクローズしたことがあった。あの弁護士も死んだんだろうなあ。。。。 |
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| 9月16日(日) | 写真現像中 | 9月16日(日) 今日は久しぶりに寝た。昨夜ホテルに戻ってから10時には寝て、朝2時に起きた。また眠れないのかと思いつつ4時までうだうだしていたら、眠気が襲ってきて、目が覚めたら11時だった。ここ1ヶ月ぐらい、プライベートでもいろいろあって、眠れない日々が続いたが、さすがに疲れていたのかぐっすり眠れた。ただ、今後のスケジュールを考えると、19日までNYにいるのはどうしても厳しいので、攻撃されるリスクはあっても、アメリカンキャリアの航空会社を狙ってみることにした。電話は全然繋がらず、ようやくノースウェストの17日便がとれたのは2時過ぎ。航空関係者が知り合いに多いこともあり、最後はNY在住のNWA社員にも相談して、17日のフライトをアレンジした。 テレビでは引き続き事件の番組を24時間やっており、現場ではまだ(!)煙が出ている。 明日からNYSEは再開される見通しで、少しずつ復旧の目途が立っている。フライトもようやく目途が立ってきた。すこしほっとした。 |
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| 9月17日(月) | 写真現像中 | 9月17日(月) 今日はようやくNYから離れることができる。でも、やはり寂しい。こんな事件があっても、やはりここで暮らしたい。 気合を入れて早起きし、ホテルからロンドンの秘書に今後のアレンジを指示し、会社へ一度行って挨拶をし、ロックフェラーにあるNWのチケットオフィスで無事チケットの現物をGET!これで空港の入り口で入れなくなるという事態はなくなった。 再びホテルへ戻り、事件の当日親しくなったタクシードライバー「ガブリエル」に迎えに来てもらう。マンハッタンは月曜日で本格的な再開の初日ということもあり、渋滞がひどい。ガブリエルもかなり遅れて到着。 いろいろあったマンハッタンともお別れをして、Triborough Bridge経由でJFKへ! JFKではめちゃめちゃ空いており、拍子抜け。NWAのラウンジでゆっくりして、少し昼寝もした。久しぶりに日本人をたくさん見た。 日本人の女の子は化粧が濃い。最近の女の子はホント化粧濃いよね。。。汗。韓国人と日本人、多いよね。。。大汗。 果たしてすっぴんはどうかな??笑。 そして中身とおつむの方はどうかな。。。。爆。 本題に戻って、、、、こんなくだらないことを思うぐらい、NYの状況は落ち着いてきたということで、一路東京へ。笑。 離陸時は多少緊張したが(いままで何十回フライトのってんねん!笑)、アラスカを越えると、もう中東からの攻撃はないだろうと思われ、ほっとした。 あーあ、東京でもいろいろ面倒くさいことあるからなあああああ。 まあ、無事に生きて帰ったから感謝してます。 でも、今度はロンドン行きのフライトが問題だ。。。戦争が始まったらロンドンにも帰れない。。。。 |
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