戦後日本文化と建築意匠の相関の研究:森川嘉一郎

情報キッチュ論−はじめに

Introduction, Techno-Kitch

下文は「情報キッチュ論」の「はじめに」の転載である。

はじめに

ル・コルビュジエの時代、形態のモデルは機械であった。
現代、「あらゆる価値の相対化」にともない、このような明瞭なモデルは成立し得なくなったかのように見える。現に過去の時代における「人間」や「自然」や「機械」ほどはっきりとしたモデルは、未だ説かれていない。
しかし、あるデザインを指して、それが新しいか古いか、あるいは良いか悪いかは、過去の時代と同様、一致した評価を下すことができる。すなわち、真の意味での「価値の相対化」などは生じておらず、またモデルの成立基盤が崩壊したわけでもない。むしろ生じたことは、正確には、ある種の強力な〈隠蔽〉だといえる。華やかな「個性化」の下で、あらゆるモノが均質化し、あらゆる場所がディズニーランド化していると指摘されて久しい。今日、この差異の消滅はますます拡大している。こうした傾向と背中合わせにあるのは、すべての事象の情報化と、それにともなうキッチュ化である。
本論は、情報化社会に生じるキッチュの観察を通して、現代の〈隠蔽〉されたモデルを探るための足がかりを得ることを目的とする。それゆえ個々の分析はそれらを並列する段階にとどめ、建築のデザインに直接指針をもたらすような結論はそこから一切導いていない。
本論の構成は、三章の現象論と、一章の作家論から成る。
第一章では、ディズニー文化の造形的特質と日本文化のそれの比較を、ディズニーランドと日本の見せ物を主な題材にして行う。
第二章では、ハイテク戦争と呼ばれた湾岸戦争のキッチュ性に着目し、テクノロジーとキッチュの関係を検討する。
第三章では、日本製品を中心とするモノの、最近顕著になりつつある小児性について、実例のカタログ化を通して考察する。
第四章では、ワーグナー、グリフィス、スピルバーグという、約七十年ずつ離れた三人の大資本型の総合芸術/映画作家の比較を通して、スピルバーグ論を導く。

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last update:7/3/1997