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秋葉原は、すっかりオタクの“趣都”と化した。 その秋葉原の風景が、今年から2006年にかけて、大きく変貌する。街を彩る看板や商品が変わるというレベルではない。スカイラインが描き替えられ、空が日に日にえぐられていくような事態が、始まろうとしているのである。 再開発の完成予想図だけを見ても、小綺麗なビルが2つか3つできるというくらいのイメージしか、わかないかもしれない。完成予想図のたぐいは、街のゴミゴミした部分を描き込まなかったり、また透視して描いたりするものなので、しかたがない。模型写真にしても、白く清潔な感じに造られているので、スケール感がつかみづらい。 しかし、取材先の鹿島建設で模型の実物を目にし、さまざまな角度から眺めてみて、驚いた。既存の秋葉原の街並みと比べて、あまりに巨大なものが建つのである。街の風景のスケール感そのものが、変わってしまうのである。 頭に描いてみて欲しい。中央通りの、電気街を。しげく行っている人なら、アニメイトやとらのあな、アソビット・シティが立ち並ぶ、オタク街となった今のアキバの風景を、思い浮かべることができるだろう。そのとらのあなやアソビット・シティの背後から、横幅が視界に収まりきらないような巨大なガラス張りのビルが、それらオタクビルや中央通りを、見下ろすようにそびえることになるのである。いったいこのご時世に誰が、何のために、そのような巨大なビル郡を建てるのか。 山手線と中央通りに挟まれた、この広大な都有地には、もともと神田青果市場があった。その青果市場が1989年に大井埠頭に移転した後、しばらくはスケートボーダーの遊び場になっていたり、駐車場になっていたりと、要はこの超一等地を、都は長い間放ったらかしにしていたのだ。 ところが、そのようにのらりくらりと土地を遊ばせることが、許されないような情勢になってきた。結局2000年になって、東京都はこの土地を、民間に売却する構想を発表する。そして「ITセンター(仮称)」なるものをそこに建てることを条件に、開発事業者を決めるためのコンペを行ったのである。 秋葉原は電気街なのだから、ITに関する施設を、という発想なのだろう。つくばエクスプレスが2005年度に開通し、秋葉原と筑波研究学園都市が結ばれるので、“産学連携”も謳うことができそうだ、という背景もある。そうして昨年、鹿島建設・NTT都市開発・ダイビルの3社グループがコンペによって売却先に決定され、今年五月より本格的な工事に入っている。 すでに建設され始めているこの「ITセンター」とは、いったいどのようなものなのか。31階建てと22階建ての2棟からなる、その巨大な容積には、何が入るのか。鹿島建設の秋葉原開発事業室の担当者に取材した。 「計画自体が推進中なので、中身についてはまだ固まっていない部分も非常に多い。大枠としては、コンベンションホール、イベントホール、子供のためのデジタルワークショップ、ITを使用したアートを展示するためのスペース、産学連係のためのサテライト連合大学院や教育センター、IT分野の起業家を支援するインキュベーションセンター、IT企業のためのオフィススペース、情報を発信していくためのプレゼンターションセンター、そしてサーバー機能をもったデータセンターなどが入る」 ――秋葉原は現在、オタク文化の日本一の、すなわち世界一の中心地になっている。これを目当てに訪れる海外からの客も、目立ってきている。これは計画に反映されるのか? 「秋葉原にはさまざまな層の方々が来られるが、特定の層にスポットを当てた施設を設けるという考え方は、いまのところしていない。ホールの中にスタジオを設け、クリエイターなどを養成するブースは計画中だが、具体的にどこのどういったカルチャーを持ってこようというものではない」 現段階では、特に積極的にアニメやゲームについて意識しているということはないらしい。 しかしこれは、当然の配慮かもしれない。というのは、鹿島建設はまさにこのITセンターの隣に、『TOKYO
TIMES TOWER』という40階建ての高層マンションを建設中だからだ。同じく鹿島の秋葉原開発事業室でも、このマンションの方の担当者の答えは非常にストレートだ。 「オタクの街というのは、マンションの販売にあたってマイナス。分譲マンションを買われるのは、どちらかというと安定志向の方々。20年、30年と住み続けるつもりで、一般的には買われる。そうした安定志向と、オタク系の嗜好とは、やはり相反する。お客さんから、ITセンターはオタク系の集合になるのかと聞かれたりするが、いやそうではないですよという話をすれば、だいたいご納得いただける」 上昇志向的な高層マンションとITセンターが、文化的下方志向現象たるオタク文化の中心地に、巨大に並置される。その境界面で、いったい何が起こるのか。まずは日々刻々と鉄骨が建ち上がっていく風景を楽しみながら、その対決を待ちたい。 ※本稿はPONG!誌(扶桑社、2003年7月)に寄せた記事を編集したものである。 |