Full Metal Technomancer



倒れている男の額の上で得体の知れないサインが明滅する。オトー刑事は顔をしかめた。「心当たりが?」とマギー巡査。 「いや。なんだ、このアローは?」オトーはAR(強化現実)ゴーグルを外してマギーを振り返る。

アローはARO。つまり、強化現実オブジェクト(オーグメンティッド・リアリティ・オブジェクト)のことだ。ARゴーグルを着けてショッピング・モールを歩いてみるといい。本日の特売こちら→、という矢印(アロー)がひっきりなしに浮かんで見えるだろう。それが、アローだ。

「わかりません。トンガとかザンビアの紋章ですかね?パターン認識中です。」 マギー巡査のコムリンクに匿名で通報が入ったのが13分前。裏を取って、確かにこの交差点に売人が一人転がっているらしいことをシティの監視カメラが確認したのが11分前。その時点ではこんなアローはなかった。だとすれば、この11分間の間に誰かがガイシャのコムリンクを弄ってこのアローを表示させたはずなのだが、残念ながらカメラには誰も映っていない・・・ハッカーの仕業だ。今日び、他人のコムリンクに無線でハックしてプロフィール・アローの表示を切り替えるなんて簡単なことだ。 が。

「これですかね?」マギーがガイシャの手首に巻かれたコムリンクの表面にある小さな表示スイッチを切ると、不気味なアローは消えうせた。物理的なスイッチだ。 「ちょっと待て、シティ・コンティニュイティ、当地区の11分前映像を呼び出し。」と、ARゴーグルをかけなおしながらオトー。公共の監視カメラ映像の管理システムであるシティ・コンティニュイティ(継続監視)にコマンドするのに音声は不要なのだが、ついついオトーは声に出してしまう。サブヴォーカライズ(無音化音声)に不慣れな古い世代なのだ。

「該当部位拡大・・・見ろ、巡査」と呼び出した画像をマギー巡査に示す・・・ガイシャの手首の物理スイッチはオフになっていた。 「単なるハックじゃない。」オトーは呟く。倒された時には表示スイッチはオフだった。ガイシャのプロフィールに妙チクリンなアローを書き加えた誰かはここに来てわざわざ表示スイッチを入れたのだ。コンティニュイティには何も映っていないのに。つまり、このハッカーがハックしたのはチンケなBTL売人のコムリンクだけではなく、シティ・コンティニュイティの映像さえも同時にハックされている、ということだった。そこまでしてこのアローを表示させたかったのか・・・それほど、このアローは重要な意味を持っているということだろう。一刻も早く意味を紐解いて・・・。

「パターン照合終了。わかりました。」とマギー巡査。「日本語化された中華文字らしいです。ミート(生肉)って意味です。」

 何のことはない、ハッカーがハッカー以外の人種を、生身の肉体に囚われて仮想現実(VR)空間を光速で移動することなど思いもよらないという人種を、蔑視する時の呼称だ。相手を侮蔑するためだけのサインだったのだ。それがこの、額に“肉”。  腕利きのハッカーならゴマンといる。これほどの手間をかけてまでいたずらを仕掛けずにはいられないいたずら好きで性格が悪い奴もワンサカいるだろう。しかし、この二つを兼ね備えた奴となるとかなり絞られる。オトーはそのうちの一人を知っていた。右手が長い白子のテクノマンサーだ。


「マーリド!マーリド・ザ・ロングライト!」オトーは朝もやのキャフェに入るなり、窓際で本を読んでいる痩せぎすの白人の男に詰め寄った。通り名の由来である不自然に長い右腕−見るからにメカメカしいサイバーアームだ−が本を離れてテーブルの上で揺れた。マーリドが立ってこの腕まっすぐ下におろすと膝を超える。

「おやおや、あまねく慈雨を降らせたもうアラー(彼に永久の栄光あれ!)の名にかけて、オトー刑事。サラーム(ごきげんよう)。どうした?交差点で不義の密売人でも見つけたような顔をして。」
「やっぱりお前か!どうしてお前はそういつもいつも余計な・・・」
「シーっ」

マーリドは口の前で人差し指を立ててから、空を指差した。指に従ってオトーが見上げた先には何も無い・・・いや、無があった。つまり、新月だ。
「ラマダーン(ヒジュラ暦9月。この月にはイスラム教徒は日中に飲食しない)の始まりだ。この雰囲気に水を差さないほうがいい。」言われてオトーは周囲を見回した。無数の闇が無数の口ひげを生やしている。いや、闇じゃない。コーヒーあるいは、バタースカッチ色の皮膚だ。今日のキャフェはアラブ人の貸し切りのようだった。平日の日の出時なんかに新月を見に集まるような連中が真面目なムスリムだけだったとして何の不思議があろうか。白人はオトーとマーリドしかいない・・・というか、マーリドの場合は白人というよりは95%の色素欠乏と言ったほうがいいかもしれない。薄緑の目が赤ければ純粋なアルビノと言っても通用するかもしれない。夜空の月の欠落が新月であるのなら、暴夜(アラビヤ)の色の欠落がマーリドだった・・・これではオトーも分が悪い。しかも、明日からこの全員が日中は腹をすかして凶暴になり、夜はお祭り騒ぎでもっと凶暴になるかと思うと警察官としては胃が重くなる。その前に全員逮捕してやろうか。

「それに、アレは俺じゃない。」マーリドはしれっと言い切った。オトーの刑事の勘をもってしても嘘とは思えないほど見事な嘘だった。
「おいおい、寝言はやめろ。さっき、お前が自分の口から言ったばっかりだぞ。交差点に不義の密売人を転がしたって。」
「何の寓意も無く人を裁く権利を持っているのはアッラーただ一人。その密売人が今日、交差点に転がっていたんだったら、そいつは今日、(俺には関係なく)交差点に転がる運命だったのさ。」そう、マーリド本人は頑なにこう信じている。自分の犯行ではなくアッラーの定めた運命だ、と。全く嘘をついている自覚がないおかげで、嘘をつく時の反応とも無縁なのだった。
(不義だから転がすのは寓意じゃないってのか・・・)とオトーは思ったがこの突っ込みを入れるのはやめておいた。無駄だからだ。この手の屁理屈を操るアラブ人に理屈で勝てるとは思わないほうがいい。その代わりに尋ねた。
「アッラーがその運命の成就のために誰の手を使ったかに興味は無いんだ。小物とはいえBTLの売人が一人減ったんだから、ブッチャケ俺達も文句はないしね。俺達が知りたいのは、奴のバックの組織について何か知らないかって事なんだ。」マーリドは目を丸くして、

「アルハムドゥリッラー(アッラーを誉めそやさん)、なんとまぁ。あのコロンビア系のクソ野郎どもをやっつけるためにアッラーに遣わされたのが君だとは、何とも適材適所。残念ながら、俺は何も知らないけど頑張ってくれ。」言い終えた時には既に立ち上がっていた。他のテーブルのアラブ人たちもラマダーンの始まりを確認して三々五々席を立ち帰路に就く。
「マーリド!!」オトーが肩をつかむ。マーリドが、本物の魔霊(マーリド)もかくやという陰湿な微笑を浮かべて言った。
「アッラーもコロンビア人には腹を立てておいでだ。小物のくせにしゃしゃり出てきやがって・・・小さいうちに芽を摘んでおかないとな。そのうちに連絡する。準備しててくれ。」


マーリドは机の上の本をポケットに入れた。表紙には「錠前の基礎知識」のタイトル。


シヴァとミネルヴァ。剃刀担当シヴァ・ザ・バスタードとマトリックス担当ミネルヴァ・ザ・マーリド。無敵のサムライと腕利きハッカー。ハードウェアの破壊神とソフトウェアの知識神。何もかも正反対の二人。典型的な凸凹コンビにして、完璧なチーム。伝説のオーバーロード・エンジェルズ。

シヴァの無敵の秘密は普通のサムライの二倍の速さで射撃ができること。並のサムライが3秒に6連射するところ、シヴァは12連射する。その常軌を逸した速度についていけないサイバーアームからは悲鳴と共に白い煙が立ち上る。その様はまるで過負荷(オーバーロード)にむせび泣く純白の天使。その速射の秘密が誰にも解けない謎である間は、二人の評判はうなぎ上りだった。

だが、評判が良くなればハードな仕事がやってきて、運を無駄遣いするようになる。その後の転落の速さときたら笑っちゃうくらいだ。いよいよ運が尽きる時がやってくる。

マーリドは片腕と、生涯の相棒を失った。いや、生涯の相棒の大部分を、と言うべきか。

「・・・・」

薄れ行く意識の中。声が聞こえる。あの言葉だ。確かに聞こえる。あの言葉が。

 そんな悪夢でマーリドはいつも目覚める。マーリドの身体からも色素を奪った色のない悪夢だ。

そして、今やシヴァの右腕はマーリドの肩につながっている。


「ビジョン・スコープ??そりゃ、あるけど、何で拳銃にビジョン・スコープが必要なんだ??狙撃用の拳銃でも作るつもりか?」ドワーフのアーモラーは今にも『最近の若いもんの考えることは良くわからんワイ』とでも言い出しかねない様子だった。 「俺も銃を撃つのなんて久しぶりでさ。撃つとしたらだけど。実際に撃つかどうかはインシャラー、俺としては準備しておくしかないしね。」
「ジーザス、お前さんが銃を撃つって??ハッカーだろ、お前さん。チームってのはないのかい??」
 異教徒の嘆きを聞き流し、マーリドは答える。
「今回の相手は密入国してきたばっかりのチンピラでさ。簡単すぎてチーム一抱え雇うほどの金にならないんだよ。久しぶりにシヴァと二人さ。」マーリドは機械の右腕を叩いた。ドワーフは遠い目で十字を切った。二人はそれぞれの神にシヴァの魂の平安を祈った。

数日後、アーモラーはマーリドの望むスペックを満たすほとんど万能のビジョン・スコープを取り寄せておいてくれた。低光量、熱映像、大光量補正・・・。プレデターに装着すると無駄に大きくなったように見えるが、それでもシヴァの右腕と対比すると心もとない小ささに見えた。テーブルの上で銃を握った右手を見つめながら、マーリドは深く深く精神を集中する。

最低限の広さのマーリドの部屋は、ベッドと小さいテーブルに椅子、そして祈祷用のスペースで尽きている。ラマダーンの今日は日の出から何も飲まず食わず、唾を飲み込むことすらしなかったし、聖地メッカに向かってのお祈りも5回きちんと行った。マーリドにとってはランの前の儀式のようなものだ。イスラーム(神の教えへの絶対帰依)を体現するような生活は精神の集中をいやがおうにも高めてくれる。やがて、虚空に向かってつぶやいた。

「久しぶりだね、イーフリート(魔神)。前みたいに頼むよ。」

 準備完了だ。アッラー・アクバル(アッラーは偉大なり)。


 港湾局の資産であるコンテナ置き場へのアクセスは簡単だった。セキュリティが電子化されているからだ。ゲートの前で立ちすくむマーリドの精神はダイレクトにマトリックスを知覚している。
「出でよ、ジン(妖魔)」マーリドの呼びかけに応じ、準備してあった複合体(コンプレックス・フォーム)群がセキュリティ・コアへの道を開き、ゲートを通過するオーソリティを振りかざし、監視カメラ画像を編集し、最後には侵入などなかったかのように装って、マーリドはうらぶれた港湾施設の中にいた。目指すコンテナ倉庫はとうの昔に廃業した会社のもので、裏口の扉には巨大な南京錠がかかっている。皮肉なもので、今回の仕事のボトルネックはここだった。武装が貧弱なマーリドの侵入経路はここでなければならなかったが、ここから入るのは困難だった。進歩したテクノロジーの産物である電子的なセキュリティは新たに進歩した種族であるマーリド・ザ・ロングライトと相性が良い。テクノロジーから長いこと放置された(ロングレフト)南京錠はどうもね。

「ジニー」 仮想現実(VR)に入ったマーリドは、スレッド編成してこのための複合体を作りだす。特殊なコマンド・プログラムを備えた複合体だ。マトリックス上のアクティブ・スキルソフト・データベースをハックしたり、ハードコピー(本)で勉強までしたりして作り出した複合体。マーリドのサイバーアームに錠前破りを実行させるための。
サイバーアームの感圧センサーの入力に従って、適切なピンを適切な位置まで(誤差1ミクロン以内で)挿入し、そこに適切な圧負荷をかける・・・カシャン。乾いた音を立てて錠が開いた。

「アッラーよ(その名が永遠に輝かんことを!)、感謝します。」

 巨大な倉庫の中に入り込んだマーリドはピストルを抜いた。マーリドの暗視ゴーグルにスマートリンクの照準線(クロスヘア)が浮かび上がる。同時に、倉庫の内部構造のマップに自分の現在位置のGPSデータが赤い輝点(ブリット)として示されたウィンドウが小さく開く。
「守衛室、第一冷凍保管室を通り過ぎて、ボイラー管理室で右折・・・」
 道順を確認しながら。一枚の扉の前まで来た。幸い、ここまでは誰にも出会っていない。この扉を開くと表の大扉からつながる巨大な空間に出るはずで、そこには偶像崇拝(イスラームでは禁忌)の左利き(左手は不浄の手)のコロンビア人どもがたむろしているはずだった。扉は・・・ああ、なんてこった。これまたロングレフトな感じの旧式のシリンダー錠。敵の至近距離でVR(仮想現実)しなきゃならないとは。
 同じ複合体を使えば、恐らくやすやすと扉を開くことはできる。だが、鍵が開いた瞬間の安全は誰も保障してくれない。マーリドは近くの生きているノードを探った。コロンビア人だって監視カメラくらいは使うはずで、それはどこかしらアクセシブルなノードを作っているはずで、それを利用して扉の向こう側の状況を確認してから仕事に入れるはずで・・・が、あにはからんや。一番近いノードは建物の外らしい。

「ジニー」
 決断した時のマーリドの行動は速い。スレッド編成する複合体を更に即興で改良し、1ミクロンの誤差で挿入されたピンのシリンダーにかける圧力が、今度は1マイクログラム単位で調節される。予想通りやすやすと、しかも、音を立てないようにゆっくりと時間をかけて、シリンダー錠は開いた。

「くそう、余計な体力を使っちまったぜ。」予想外に高度な複合体のスレッド編成を強いられたマーリドはフェイディングに喘いだ。こうなると、精神集中のために意図的に飢餓状態に身を置いていたことが仇となる。一度自覚された疲労は蓄積も早いものだ。
「早目に片付けないと。」こっそりとドアを開き、右手に持ったピストルだけをドアの向こう側に差し入れる。マーリドのゴーグルに新たなウィンドウが開き、ピストルにマウントされたビジョン・スコープの映像が流れる。偶像崇拝の左利きが一人、二人、三人・・・いいぞ。

 マーリドは再度VRした。自分の右腕を動かすのにVRに入るのも不思議なものだが、こうすることでマーリドは自分が身に付けたわけではない技術をプログラムの形で遂行できるのみならず、サムライ並みの速度で射撃を行うことができる。コロンビア人たちは全員、何が起こっているのかもわからないまま撃ちぬかれる・・・筈だった。

「アッラー・・・」三人のうち一人が、人間離れした反射神経でマーリドの射撃をかわしたのだ。「サムライかよ・・・くそっ。出でよ、イーフリート(魔神)。」
「アイアイサーご主人様。一つ目の願い事ですね。」ランプのアイコンの中に控えていた魔神が姿を現す(今回、願いは3つまでかなえてもらえる)。

「参ったなぁ。コイツは計算外だぞ。」コロンビア人を甘く見ていた。チンピラ三人をきれいさっぱり審判の日を待つ人々の列に加えるだけの仕事かと思っていたが、どうやらチンピラ二人とサムライ一人だったらしい。とりあえず、ボーッと突っ立っているわけにはいかないので現実空間に戻り、遮蔽を求めて移動する。ハッカーが(正確にはテクノマンサーだが)サムライと撃ち合うなんて世も末だ。かなうわけがない。軽薄な口調とは裏腹に、マーリドは本気で後悔していた。計画変更だ。最優先は生きて逃げ切ること。
「まず、建物の外に出たら遮蔽がない。」海風の気持ちよい、広大な港湾施設がマーリドの首を絞めている。半分くらい残った弾丸を惜しげもなく捨てて新しいクリップを挿入する。「そうすると、建物の中で何とか相手をまかないといけない。」足音。動く人影。マーリドの射撃がその人影をかすめる。「くそっ」連射。隠れて、撃ってを繰り返す。
「さもなければ・・・例のアレか・・・。」


「何だ?あいつ?」一方で、マーリドに対峙したサムライも脅威とない交ぜになった違和感に驚いている。体つきや殺気といった点では、つまり、戦場を走る肉食獣であるサムライ特有のオーラという点では、相手は素人同然に見える。なるほど、射撃が上手い素人はいる。だが、あいつは、射撃が上手いだけではなく、速いのだ。強化した反射神経を持っていなければできないほどの応射。
試しにもう一回、カバーから射撃姿勢をとる。間髪おかずに弾丸が飛んでくる。絶対に普通の人間の反射神経ではあり得ない。
「やっぱ、ワイアード(反射神経を強化した人種)だ、あいつも・・・」だとしたら、随分と貧相なサムライがいたもんだ。しかも、随分とアンバランスな腕。「肩コリひどいんだろうな、あいつ。」なんて、敵のことなのに余計な心配をしてしまう。それほど、サムライとしてのマーリドは弱々しく見えた。
 とにかく、撃たれるのがいやなら一つのところに留まってはいられない。距離をつめれば、肉弾戦に持ち込めば、あんな虚弱ッキーには負けようがないだろう。
 そして、戦いの経験値の差は隠しようがない。サムライは思うとおりに距離をつめる。しかも、マーリドの方はサムライを見失っているという体たらくだ。射撃は上手くて速いが、余りにも簡単すぎる獲物。猫のように後ろから忍び寄り、相手の気が完全に他所を向いている隙をついてライフルを構える。心の中で喝采。「貰った!!」
その時、信じられないことが起こった。右肘を曲げて右肩の上に銃を構えていたマーリドが、振り向きもせずに後方に向かって射撃したのだ。しかも、その正確なこと!!弾丸はアーマーを貫いてサムライの肩に命中した。まさか、不意打ちのつもりが不意打ちされようとは。しかも、振り向いたマーリドの驚いた表情はどうだ。このまぐれ当たり(でなければなんだというのか)に一番驚いているのはマーリド自身のようだった。サムライの中で何かがブチ切れた。
「素人が、ふざけんなっっ!!」コケにされた。あんな弱そうな奴に。腕からブレードを出してマーリドに切りかかる。「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」その姿は究極にサムライ。戦の鬼さながら。マーリドは銃を捨てて右腕からスパーを出して防戦する。防戦する。サムライの攻撃がことごとくマーリドの右腕に防がれ、逆にマーリドの右腕の攻撃がサムライの隙をうかがう。だが、その表情ときたら・・・事の成り行きに一番驚いているのは、そして、事の成り行きに一番ついていっていないのはマーリド・ザ・ロングライトなのだった。そして、左手で拳銃を拾い上げながら言う。
「さすが、サムライ。現実空間ではお前さんは俺よりも速いってこと?ロング・オア・ライト?(間違ってるか、正しいか?)」
「何言ってやがる!!」矢継ぎ早の攻撃。マーリドは防戦一方・・・当たり前だ。相手はサムライなのだ。反射神経の強化をし、格闘術を身に付けた戦闘マシーン。一方のマーリドは生身で、武芸はからっきし。初めから戦えるはずがないのだ。なのに、防戦一方とはいえ、やり取りは互角だった。この状況の異常さにサムライは気付くべきだった。よく見ればわかったはずだ。マーリドの動きが右腕から始まって身体が右腕に引っ張られていることに。余りにもアンバランスに長いため、右腕の死角に入ることが困難であったのは事実だ。だが、冷静でありさえすれば気付けたはずだ。自分が戦っている相手が、マーリドの右腕「だけ」だということに。
 そして、極限のスピードで戦っているサムライと右腕の傍らで、銃を持った左手がノロノロと動いた。「残念ながら、俺の方が手数が多いみたいだな。」サムライの全速の攻撃を全て右腕がかわしきった後で、マーリドの左手がサムライに銃を突きつけた。

「あの言葉が聞こえるか?」


「アッラーよ。」

 マーリドはサムライの亡骸の横に座り込んだ。マジで死ぬかと思った。こんなのは、二度とごめんだ。汗が滝のように流れ落ちていた。次からは、どんな相手でも油断せずにちゃんとチームを組もう、と心に誓った。傍らに剃刀がいるだけでどれだけ心強いことか(そんなわけで、この後、マーリドは無益な肉体労働を避けるためにチームを組むのだが、それはまた別の話だ)。あとはオトー刑事に連絡して、新興BTL売人一味を殲滅した手柄をくれてやって・・・そうしたら、日の出までに思う存分、食おう。それから、酒も。こんなことがあった日だ。少しくらいなら構わないだろう(イスラームでは飲酒は罪であり、敬虔なムスリムは一滴も口にしない)。

「ご主人様?」イーフリート(魔神)から、つまり今までマーリドのゴーグルと銃のビジョン・スコープの映像を元にサイバーアームを操っていたマシン・スプライトからタスク終了のメッセージが届く。「ああ、いいよ。待機していてくれ。」移動はマーリドが行ったが、攻撃と防御はスプライトに丸投げだったわけだ。スプライトが去ると、不思議なことにオーバーヒート気味の右腕から白い湯気が立ち上った。昔のように。シヴァの右腕をシヴァとマーリドが二人で操っていた時のように。


それはまるで、右腕に残っていたシヴァの魂の一部が空に還っていくかのようだった。



−− FIN −−

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