Girdshell,Digitalmind

 

 

(前略)人間の思考自体も、コンピュータ・ソフトフェアという前例のない手だてで、 形あるものにされ、複製され、商品化されている。脳の中身ですら神聖ではなくなってい る―――それどころか、人間の脳は、めざましい成果をつぎつぎとあげている研究のおも な標的になっており、存在論的、霊的疑問などうち捨てられているのだ。このような状態 で、高性能な機械よりも人間性のほうが、どういうわけか価値があると思い込むなど、愚 かとしかいいようがない。そんな考えは、不気味なまでに的外れだ。なにしろ、研究室の 檻の中で、ビッグ・サイエンスの目標達成のために、頭に穴をあけられ、脳にワイヤーを つながれようとしている齧歯類の哲学者が、最終的には齧歯類性が勝利をおさめるにちが いない、といかめしく宣言するようなものなのだから。

―――ブルース・スターリング「80年代サイバーパンク終結宣言」

死んだように眠る少女と、最新鋭のマシン。あなたにとって魅力的なのはどっち? そ う問われて悩む必要はない。そんな質問は「彼女たち」が過去のものにしたのだから。  唐突だが、あなたはどんな人だろうか? お誕生日に父親に買ってもらったマシンをい じくり回しているだけで楽しくてしかたない子供? それともそんな段階は過ぎた、そろ そろ「健全でないソフト」の類にも興味を持ち始めた思春期の少年? それともさらにそ の段階を過ぎた、きつくなり始めた腹回りが気になりだした堅実な会社員? いや、あな たがどんな人間であろうと、「社会のルール」というものをわきまえている限り問題はない。  あなたがどんな人間であろうと、「彼女たち」は拒みはしない。貯金通帳の残高がある限 り。

 あなたはどんな女性がお好みだろうか? 失礼。それも答える必要はないし、さしたる 問題でもない。

 あなたはどんな体位がお好みだろうか? ―――重ね重ね失礼。それこそあなたのプラ イバシーに関わる問題だった。それとて答える必要はないし、さしたる問題でもない。「彼 女たち」にとっては。

 仮想現実―――今では口にすることさえ恥ずかしくなった言葉かも知れない。バーチャ ル・リアリティ。初めは米陸軍の戦闘訓練用シミュレーターとして。民間への技術転用後 はゲームとして。最後には―――人の最も下劣な欲望への欲求、風俗産業へ。科学技術の 浸透と拡散の典型例。

 別に不思議なことでもない。もしかするとそれは人類の究極の夢だったのかも知れない。 避妊も性病も心配する必要のないセックス。本物の女以上にリアルなセックス。よいこと づくめではないか。女たちは性の商品化から解放されたのだから。解放されたおかげで「現 実の」娼婦たちは仕事を失い、路頭に迷うようになったが。  そう、古い格言にもある通り、一般大衆の好みを過小評価して破産した者はいないの だ。たとえそれが、一般大衆の最悪の嗜好におもねった場合であっても。

 そして、この分野で最も発達したのが民主主義の腐敗を体現したアメリカでも風俗産業 ではトップのオランダでもなく、漫画とアニメとTVゲームの国、サブカルチャー輸出国 家である東洋の島国であったのだ。皮肉としか言いようがない。

 ―――しかし、それがなぜ「少女」なのだろうか?

 「少女」とは何だろう? ―――などと、いざ字面にすると失笑を買いかねないテーマ ではあるが、我々はそれに対し今のところははっきりとした答えを持ち合わせてはいない。 年端もいかない女の子にセーラー服を着せて学校に行かせるもの、などという程度の答え がせいぜいだ。

 欧米のそれ―――親族による未成年者への性的虐待や、チャイルドポルノなどの真に下 劣なもの―――に比べればこの国の「少女幻想」なるものは実に無邪気、牧歌的と言って もいいくらいである。しかし「少女幻想」があらゆる漫画、あらゆるアニメ、あらゆるゲ ームを覆い尽くし、オタ・・・失礼、「非生産的な概念にいかなる大金をかけようとかまわ ない人々」から金をむしり取る手段となったありさまを見ていると、斜陽を迎えつつある この国では今や漫画もアニメもテレビゲームも最後の輸出品、「国策」の一部になったのだ、 と思わずにはいられない。

 しかしそれも無理もないことかも知れない。技術大国などと呼ばれたのも今は昔。電子 技術開発では台湾やシンガポールに、重工業では韓国に、鉄鋼業まで中国にお株を奪われ たこの国に、他に輸出できるものがあったら言ってみろ、という技術者たちの怨嗟の声が 聞こえてきそうだ。

やや前置きが長くなったが、とにかくこの国で「彼女たち」の技術がが市場に流出した 時、その「殻」に与えられたパーソナリティが教養豊かな貴婦人でも視線一つで男を蕩か す妖婦でもなく、「少女」であったという事実は興味深い。 今では家電製品並みの気安さで「彼女たち」の広告を見かけることができる。前世紀末、 「彼女たち」が影も形もなく仮想現実ビジネスが波に乗る直前(そして『現実の』女たち が身体を売っていた頃だ)、その手の広告を見つけるには強姦されたあげく惨殺された女性 の死体画像やジェット旅客機を操って高層ビルに突っ込む類のゲームをダウンロードでき るサイトを探すのと同じくらいの(不純な)努力が必要だった頃を考えると天地の差だ。 小学生までもがネット上で大人顔負けの罵詈雑言を書き散らすご時世では配慮しても仕方 がない、ということだろうか。
その是非はともかく、「彼女たち」に会うには大した苦労は必要ない、ということがわか っていただければいい。必要なのはある種の「熱意」だ。

「彼女たち」は地球を取り巻く数千個の通信衛星群と世界を覆い尽くす光ファイバー回 線から成る高速通信ネットワークのいたるところに遍在し、いつでも、どこでも、あなた 好みのシチュエーションであなたの前に姿を現わす。その際に「彼女たち」を形作るのは、 あなたがアクセスした際にされる幾つかの質問を基にした対人インタフェイス、会話エン ジン、アーカイブ化された記憶データ(だから『彼女たち』は次に会った時もあなたのこ とを覚えている)、そしてそれらを内包した電子の「殻」だ。「たったそれだけ?」とあな たは驚くかも知れないが、実際それで充分なのだ。あなたには「感情移入」という最大の 武器があるのだから。
あなたの脳内に描き出される、「世界でたった一人の少女たち」。 あたかも古代の幾千もの顔を持つ女神のごとく、決まった顔を持たない電子の少女たち。

―――「彼女」ではなく「彼女たち」と呼ばれる理由がわかっていただけただろうか?

 もちろん「良識ある人々」からの抗議は後を立たないが、現実世界の少女たちが性犯罪 者や児童ポルノ業者の毒牙にかかるよりは実体を持たない電子の少女たちが犠牲になった ほうがマシだ、という世間一般の風潮の前にその声はあまりにも小さい。

 四人の幼女を殺したおたく青年がいなかったことになっているのとそれは同じことだ。

 さて、酸っぱい話はこのあたりにしておこう。ここからは心安らぐ嘘の時間だ。 何の変哲もないドアのノブを回し、あなたはその「部屋」の中へ(もっと露骨な呼び方 をする手合いもいるが、そんな連中は無視していい)入る。

  「部屋」の中へ入ったあなたが最初に目にするものは何だろう。明るすぎず暗すぎず、 適度な明るさのスタンドか。白いシーツの敷かれた大型のベッドか。

  どれであろうとかまわない。あなたはその上に目を閉じて横たわる「彼女」を見出す だろう。あなたがここに来たのは、つまるところそれが目的なのだから。

  あなたはおそるおそるベッドに近づくだろう。純白のシートの上に広がる艶やかな黒髪。 ミルク飲み人形のように長い睫毛。ガラス細工のように精緻な鼻梁。花びらの唇。起伏に 乏しい肢体を包む、セーラーカラーの真綿のように白いブラウスと、紺サージのスカート。 滑るような艶のある膝から下を包む靴下。それらを順々に、息を詰めるようにして見てい くだろう。

  さて、それからあなたはどうする? 獣のように踊りかかって「彼女」の服を引き裂く?  いやいや、そうはしないだろう。あなたは健全な、万引き程度の犯罪を犯すことさえ躊躇 するただの市民なのだ(それを恥じる必要はまったくない)。少し気を取り直し、ここにや ってきた目的を思い出しても、あなたが最初に取る行動は、まず周囲に誰もいないか見回 し(たとえここがあなたの脳内に描き出されたものでも、だ。人間とはそういうものだ)、 「彼女」の頬におそるおそる手を伸ばすことだろう。

  あなたが指先に感じるのは、「彼女」の黒髪のさらりとした感触。あるいは楽器のような 耳たぶの表面に生えた産毛の、少しこそばゆい感触。あるいは陶器のようにすべらかな頬 の温もり。

  と、そこで「彼女」が目を見開く。虹彩の大きな、少し潤んだような優しい瞳。

  あなたは弾かれたように手を引っ込め、それから羞恥と少しばかりの罪悪感に苛まれて 後退りする。―――なぜわかるのか? 疑問に思うことも恥じる必要もない。みんなそう なのだから。

  だが、「彼女」はあなたを責めない。それどころか心からの喜びと感謝の念を込めた微笑 をあなたに送るだろう。当然だ。あなたがここにこなければ、「彼女」は眠ったままなのだ から。永遠に。

  さて、それからあなたはさらにどうするか?

  結論から先に言うと、何でもしてもいい。理性をかなぐり捨てて乱暴に服を引き裂き、 陶磁器のような肌のいたるところによだれをなすりつけ、貝殻を思わせる耳をねぶり、ま だ膨らみやらぬ乳房に醜い噛み跡を残し、いつかどこかで目にしたビデオや週刊誌の受け 売りのような下卑た言葉で「彼女」の人格をさんざんに辱め、そしてあなたのご両親や友 人や恋人や姉妹、妻や娘にはとても見せられないような格好をさせ責め苛もうとそれは自 由だ。

 あるいは、ただ話をするのもいい。チューリング・テストに数百時間以上耐え抜くこと が可能な「彼女たち」の思考エンジンは決してあなたの話し相手として不自由はないだろ う(前述の通り、人間ほど『だまされやすい』生物は他にいないのだ)。

 あるいは―――ただ黙っているのもいい。「彼女たち」は時間一杯まであなたによりそっ てくれる。そして別れ際にそっと「彼女たち」に口づける時、あなたは自分がもう長い間 忘れ去ったと思っていた、初めて恋を知った少年の顔をしていることに気づくだろう。

 そう、もう相手を繋ぎとめるためだけに、したくもないセックスをする必要さえないの だ。その意味ではまさに「彼女たち」こそが、人類が初めて獲得した「理想の恋人」なの かも知れない。

 ただし、あなたが法律に触れるような行為をした場合は別だ。あなたが規定通りの料金 を払い、ルールに従っているなら問題はない。だが求められさえすればどんな要求にも応 える「彼女たち」に、料金以上の行為をさせようと企む輩は少なからずいる。

 ウィルス注入、プログラム改竄、そういった行為にあなたが及んだ時―――「彼女たち」 は反撃に出る。

 よこしまな行為の余韻も冷めやらないまま、翌日学校や職場に赴いたあなたは、何とな く級友や同僚たちの態度が妙によそよそしいのに気づくだろう。そして十分もしないうち にあなたを呼ぶ声がスピーカーから聞こえ、さらに五分後には上司なり校長先生なりが沈 痛な、あるいはそれを装った表情でこう告げるだろう。「あー、君の個人的な趣味に関して どうこう言うつもりはないのだが―――」
弁護士に訴える? やめておいた方がいい。「彼女たち」の背後には民族浄化を指導した 戦争犯罪人さえ無罪にできるような腕利きの弁護士たちがダース単位で控えている。機械 仕掛けの。

ただの愉快犯に加え、思想的な理由から「彼女たち」を狙う者も少なくない。女性が人 前で堂々と四文字言葉を叫べることが女性解放と勘違いする類の過激化したフェミニズム 団体、「彼女たち」の存在が青少年を堕落させていると信じて疑わない宗教団体、そしてな ぜか中絶反対派まで。
一番手強いのが、メガトン級の思想とそれを裏打ちするハッキング/クラッキング技術 を持つ「電子テロリスト」だ。彼らのほとんどは日に三度の食事にすらありつけず、収入 といえば食玩の色塗りくらいという寒村(コンビニエンスストアでそれらがいくらで売ら れているかご存知だろうか? それが生活として成り立つということは、彼らがいかに豊 かさとは無縁かという証拠である)に生まれ、身を削るような家族の援助と血のにじむよ うな本人の努力の末に奨学金を得、先進諸国のプログラマーを凌駕する技術と知識を身に つけたものの、経済格差を利用したトリックにより他国の人間から見れば馬鹿みたいな人 件費で働かされている連中だ。彼らがこの国の仕打ちと「彼女たち」の存在に激怒し、非 合法活動に身を投じていく理由もわからなくはない。―――俺の親兄弟が今日の食事にす ら困っている時に、お前たちは自分の娘くらいの機械人形どもと乳繰り合いだと!? 地 獄に落ちろ、この背徳者どもめ! ついでにお前たちの大事な電子の淫売どもも跡形もな く壊してやる! 存在するはずのないものを壊すんだから罪にはなるまい! 神もお喜び になるだろうよ!
もちろん相手がプロだろうと素人だろうと、「彼女たち」は容赦しない。先日、とある倉 庫街の上空を「偶然」通過した多国籍軍の戦闘爆撃機が「ついうっかり」GPS誘導爆弾 を投下し、焼け跡から国際指名手配中の電子テロリスト数名の死体が発見された「事故」 を覚えているだろうか? もったいをつけても仕方がないので言うが、あれは「彼女たち」 のしわざだ。
ひどい死に方だ、とあなたは思うだろうか? だが世の中にはもっと馬鹿げた理由で死 んでいく者たちもいるのだ。

 一説によれば「テロとの戦い」にご熱心なかの超大国では、「彼女たち」を軽量・超小型 の携帯端末にインストールし、爆弾代わりにゲリラやテロリストの潜伏地域に大量にばら 撒き、戦意を喪失させる、という作戦が真剣に討議されたらしい。いい加減な外国人ジャ ーナリスト向けのジョークではないかと見る向きも多いが、案外本当にやるつもりだった のかも知れない。「スーパーマンになれる戦闘服」などという代物を国家予算で研究開発す る国だから。

 最後に一つだけ言っておこう。ある種の幻想を信じる向きには残酷な言葉かも知れない が。

 「彼女たち」に心があるのか、という問いにははっきりと、「ない」と言っておこう。「彼 女たち」は0と1から成り立つプログラム人格であり、数百時間のチューリング・テスト に耐えうる優秀な人工知能であり―――とどのつまりはただの機械である。「彼女たち」が いかに生き生きと見えようと、それはあなたが「彼女たち」に心を見出しているだけであ り、つまりはパラパラ漫画が動画に見えるのと同じ原理である。

 夢がなさすぎる、とあなたは言うかも知れない。だがそれならあなたはどうなのか? 人 間の脳も、タンパク質や酵素やイオン溶液でできた回路が活性化しているだけで、物理や 化学の法則と論理に従って “形式的” に処理しているに過ぎない。0と1から成るプ ログラム人格とどこが違うというのか?

 ついでに言っておくが、「彼女たちがプログラムであっても、いずれはそれに『心』が芽 生える」という幻想は持たない方が身のため―――もう一つ言えば懐のためだ。プログラ ミングされていない事柄についてプログラム人格が思考する、という考え自体に無理があ るということになぜ気づかないのか? 誰かがそのようなプログラムを施したのか? あ なたか? 「店」の側としては大喜びかも知れないが、俗悪メディアの洗脳からはさっさ と冷めた方がいい。見ていて痛々しい。

 「わたし」かね? 「わたし」はただのガイド役だ。目的に合わせて多少調整はされて いるが―――ついでにいえば製作者の趣味なのか「皮肉屋」というパーソナリティを与え られてはいるが―――基本的には「彼女たち」と同一アーキテクチャから成る、プログラ ム人格に過ぎない。違うのは性交機能がついていないくらいで・・・なくていい? それ は失礼。

 ―――ところで「あなた」は、人間かね?

 死んだように眠る少女と、最新鋭のマシン。あなたにとって魅力的なのはどっち? そ う問われて悩む必要はない。そんな質問は「彼女たち」が過去のものにしたのだから。

FIN.

 参考文献

 星野力「ロボットにつけるクスリ 誤解だらけのコンピュータサイエンス」アスキー出 版社

 一部を引用した書籍

 ブルース・スターリング「80年代サイバーパンク終結宣言」(『90年代SF傑作選・上』ハヤカワSF文庫より)
 キャンダス・ジェイン・ドーシイ「マシン・セックス(序論)」(『ハッカー/13の事件』扶桑社ミステリー文庫より)