![]() 「猫髭詩林」 「猫髭贅言」 「猫髭名画座」 「猫髭美術館」 「猫髭忘閑記」 「JAZZ BAR猫髭」 〜猫髭詩林〜![]() 海は藍よりもさらに青く 時は物言わぬ果実のように熟れている。 ――ああ、誰もこんな恍惚たる時をもつ権利がある。 中村稔「鵜原抄」 ――海よりあがる 岩棚をえらび 荒く息づく身体を横たえれば 陽は濡れた背にそそぎ 遠い血の流れを癒す 子どもらの叫喚は 遠く離れたこの岩棚にも響き なおも海は真昼に輝く 近づくものの気配にうなじをかえせば 磯うつ波の音 冷たい飛沫 目をつむり恍惚たる時にひたれば ふたたび目覚め白くはぜる海景 斜めに岸壁は傾く 岩肌に立ち騒いだ波はひとたび去り 去ったあとに海藻をまとう黒磯は浮かびあがる 磯づたいに遊ぶボートの男女は 唐突な磯にひきよせられ かちあう櫂、少女の叫喚 押しよせる自然の光耀にとどめられ立ちつくす海景 海の碧と風の輝きに追憶は溺れる ああ、眩しいほどの感傷もあるのだ 萬象は光にあふれ 海面に遊ぶひとの影は波に浮きつつ なおも日は岸壁の上に 海は逆光に輝く ――熱き背をもて海に入る ひととき身体は水の冷たさを拒み 海になずめば空の明るさ ひとり沖の黒磯をめざす 波に洗われる荒磯に寄れば 翳る水面に飛沫は踊り 伸ばす手を泡立つ渦に押しもどす 三度のち、汐にむせかえる身体を磯の上に運ぶ 怒る肩もて空を仰げば 踝を洗う波の冷たさ かえりみれば汀は遠く ひとの叫喚も高く空にのぼり しばしのち海波に呑まれる 海の色が深まりさらに深く沈めば すでにはやせりあがる波 くずおれる波頭 身体は一瞬にして海となずむ 流されながら白き灯台をめざし 時おり空を仰いでは目をつむる 溺れるか、遠いビーチボール 灯台の白を晩夏の墓標とす 茂雄 『海語り』 ![]() いしたふや 海人(あま)馳使(はせづかひ) わが海語(うみがた)り ぼくの伯父さんは灯台の下の入江に水族館をもっていた(青いタイルを張
りめぐらした小さな半円形の養魚場のようなものだったけれども)。アーチの
下部にはいくつかの通水孔があいていて海水とともに雑魚がながれこんで
いた。それが水族館の住人のすべてであったので、あてにはならんという噂
だった。ぼくはよくこの伯父の水族館に遊びにいった。伯父さんは言葉すく
なに海を語った。
春のはじめごろ伯父の水族館にクジラがはいるという噂がひろまった。あて
にはしねえがといいつつ、クジラを見たことのなかった浜の人びとは好奇目
をよせた。何日も黒山の人だかりが伯父の水族館をとりまいた。けれども水
族館は暗い水をたたえているだけだった。水族館は前にもまして空っぽに見
えた。やがて大人たちがさり、子どもたちも笹竹でほこりっぽい道ばたをたた
きながらさっていった。伯父さんはぼくになにもいわなかった。ぼくはその日
伯父につきまとって離れなかった。伯父さんはぼくをふりかえってしばらく見
ていたが、だまって小屋の戸をしめた。入江では海洋研究所の人たちが白
亜紀層の調査をしていた。そのなかのひとりがぼくに笑いかけた。ぼくは浜
を家まで走って帰った。
季節のかわり目を知らせる白い小さなウサギが波頭を飛びはじめたころ、ド
ックの廃船で遊んでいたぼくの前に伯父さんがあらわれた。日が落ちたらな
、とだけ。夕餉をいそいですますと暮れなずむ道をぼくは伯父の水族館に走
った。伯父さんはカンテラをもってアーチのへりに立っていた。伯父さんは水
族館の中央にある岩に長い板をかけるとぼくを片手でだきあげてわたった。
伯父さんの肩は夜光虫できらきら光っていた。おろされてもしばらくぼくはそ
のごつい手をはなさなかった。黒い水の中に小さな島が浮かんでいた。それ
は青いやさしい目をしてぼくを凝視めていた。ぼくはほんとに長いあいだクジ
ラの青い目を見ていた。伯父さんの手をじっかりにぎって。そいつはずいぶ
んとでかかったのだ。
ぼくの伯父さんとクジラがきえたのはそのつぎの日だった。 一族は魂乞(たまおぎ)をし、ぼくは青いクジラの夢を見て水神(すいじん)樣
(さん)は八つの護符を波に浮かべた。四角い舟は沖でゆれ白っぽい時間が
汀をピカリピカリながれた。
ぼくが成人式をむかえて伯父はもどってきた。その顏は暗く目は青白く、
記憶がとぎれたようでだれだかさだめがたかった。けれどもその後ろ姿だけ
はなつかしい伯父の背中だった。ある晩ぼくは伯父が井戸に水を飲みにい
くのを母屋の二階から見ていた。月の光に伯父はぬめぬめと光る長い尾を
ひきずっていた。
伯父はいまでもぼくの家に寡黙な一族といっしょにすんでいるけれど、ぼく
はもういない。ときどき伯父はぼくに緑色のウロコのついた葉書をくれる。
花信風伯父のそびらの鱗かな 事(こと)の 語言(かたりごと)も 是(こ)をば ![]()
その村の果てにその川は流れ
やがて海をはらむ重いよどみは みぎわに影をはんでためらい 川岸をたどれば すでに寂れた鉄橋のした 穢れ色の雲を縫って陽はそそぎ かたむくままの廃船 六月の束の間の陽射に 海はあつく霧をはらむだろう うちよせられる海鳥の翼をななめに ひとすじの橋に立てば 海からの風に押され 白く河口をのぼりくるものの気配が湿り せまりくる海の声にひたされながら 陽炎は遠く風景をゆらめかせて 海に織られたひとひらの布と つきぬけるばかりの透明とのあわい 海につながれた日々がにじんであわく 流れよ、と囁くものがある 対岸をひとり歩みを運んでいる少女 なにをかんがえているのだろう 音も聞こえない いつからだろう こんな風景に 暗くはばたくようになったのは 陽がひときわ強く家並の影を剥離するその にじむようなひととき 霧がひたすものの底から おしふせられた記憶の泡が 波が沈む、 躊躇っている、 崩れてゆく波がと 鮮やかな放心のうちに いつか叫びのような思いが 記憶の淵に黄泉帰る日のことを 石を投げるように強く信じた海もあった 体が見えない収穫に震えていた日のことを 沈めば楽になれるかもしれないと 苦しい希望も知らずに海はなだれていた しずむ常泉の村 平戸橋のたもと 血をすらかたむけてながれる涸沼川 ![]() 遠くから近づいているという確信を見すてたとき ぼくらはみずからをあやうい均衡のうえにおいた おのずから氾濫してやまない時間のなかで 凪いだ海面をわたる風のように皮膚はざわめいた そのざわめきをまた 季節もかぎとったのだ 闇すら晒されたその日々に 汗ばんだぼくらの指うらにはうすい水掻が生まれた 指おれば闇をかぞうるにちかく闇にまどうにひとしく にぎられたものはひとすじの渇きだった 無防備な肉体をもてあまして ぼくらはそれを夏と呼んだのだ いつからこんなになってしまったのか 遠いことのような気もする(ぼくらにはよくおもいだせないのだ) ときおり ぼくらはきみがだれであるかなにをしてきていまなにを かんがえているのか不透明なまなざしの奥をのぞきこんでみたくなる だが それもときおりのことだ 砕かれたガラスに掌をおしあててにじむ焦燥の中心で あつい陽ざしは黄泉帰り 憎みあう夏に孕まれたぼくらはかぎりなく流産をくりかえす それでも(ああ それはほんとうにそうなのか のめりこむほどに 悲しく貧しいままぼくらはそれでもと言ったのか) ぼくらの染色体は その夏よりも激しく氾濫することをひとたびは祈ったのだ 闇すら灼熱にひとしかったその夏に ぼくらは風とすれちがったか ![]() 出自記 私達は何處から來たか、私達は何か、私達は何處へ行くのか。 ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,................. ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,ゴーギャン 水からはじめたのだったその旅は 罅割れた唇に苦い果実をおしあて わたした
ちがふりかえった足跡は化石の耳に似て沈黙の舌をのばし 海は逆光にみちて
わたしたちから海の色を奪った 砕かれた瞳孔から果実はこぼれ 鬼橙の匂い
だけが汀にたゆたった 目ざめるごとにくじけてしまうわたしたちの希望を風
がめぐった つのる風に目をあらわれながら わたしたちは水平線がいつもよ
り膨らんでいるように感じた てのひらから影を落とし 海よりも深く青をは
らんで静かにおしよせてくるものの気配をわたしたちは凝視めた 頭の芯をた
どられた足跡がつぎつぎに掻き消え 逆光が滲みはじめて隈なくつらぬきとお
す瞬間 汀から急激に水がひきはじめてゆくのをくるぶしがつたえた・・・
(わ
たしたちが目ざめたその廃墟には巨大な偶像の首が無数に傾いていた それら
は日没になるとゆっくりそのあぎとで落日を反芻した 石の表情はわたしたち
を恐がらせたが わたしたちに母はいなかったから わたしたちは泣くことを
知らず 悲しみもむくわれることはなかった それでも わたしたちはひとり
ではないということで果敢ですらあったが 夜は眠れぬまぶたに 太陽は地に
ひとつの影しか残さなかったという記憶を幾筋も火のように走らせた わたし
たちは寝くらを蹴って汀にむかい闇の中で荒く火を焚いた 夜の海は蛇のよう
なうねりを見せて篝火にうきあがった わたしたちは松明をかざして夜を泳い
だ)
![]()
ふきつのる風のなかで音はとだえ あくまでも冴えわたった海の彼方から
砕けることもなく近づいてくる津波が見えた 激しい静けさをはらんだ海原の
喫水は空にあり その腹は闇よりも深い色でいただきからさんざめく飛沫が白
い獣のようにあえいでいた かすかに海が匂った まなざしが津波の腕で砕け
る太陽のきらめきにこらえられずゆがんだ刹那 不意打ちのように音がよみが
えった のがれられないという聲が一斉に皮膚を泡だてた わたしたちはわれ
がちに廃墟へと駆けのぼった わたしたちに向けられた石の首には鮮やかな表
情があった ああ そのときわたしたちはお互いを見棄てたのだ 廃墟の壁に
へばりつきふりかえった胸元で恐れが砕けた
・・・・・水のなかにいるのにわ
たしたちは呼吸がつけた それを不思議と感じないまま わたしたちは壁にし
がみつき 幾重にも崩れてくる手ごたえのない波を透明に凝視めていた 恐れ
は遠のきつつあったが真っ直ぐにのばされた腕は壁にきつく爪を立てていた
いつの間にかかたわらにいた者に しっかりと壁につかまっているように喉ま
で出かかった相手の名前を吐き出せずに叫んでいる 見棄てたという記憶をお
しふせてまなざしをそらし 両腕をしっかりとのばさなければだめだとたしな
めている かたわらにいる者の押し黙る時間に耐えられず 許してはいないだ
ろうかと言おうとしたとき 廃墟は倒壊した 転落のふちで なにもおこらぬ
かのように汀で鬼燈を鳴らす者たちが視界をよぎった その無縁さを凝視める
こともかなわず わたしたちは今度こそ本当に窒息の苦しみのなかで水中に舞
いあがった
水の引いたあとでわたしたちの何人かはもどらなかった 空腹と空
腹とはちがう飢えをかかえながら 見知らぬ風景のなかで食べ物を漁った 濁
流のなかから魚をすくうと わたしたちは流木をこすって火をおこし石を焼い
て汀の穴に魚と一緒に埋めて蒸した 食べようとしてふと帰ってこなかった者
たちの名前がどうしても想い出せないことに気づくと 張り裂けるような思い
が飢えすらもつらぬいてほとばしった わたしたちは聲をあげて泣きながら魚
を食べた そのときからわたしたちの無数の旅ははじまったのだ
流れるままに
流れる水をのぞんでわたしたちは旅した 水のよどむところに時はよどみ わ
たしたちのまなざしもまたよどんだ その水のわかれるところ わたしたちも
またわかれることがあった わたしたちは小さな斧でおたがいの名をかたわら
の石に刻み わかれた 逝きて戻らぬ者のあれば そのよしをしるし重ねてそ
の名を刻んだ 刻まれた名は 刻む手ごたえとともに火となってわたしたちの
まぶたに燃えた たたかいに死ぬこともできなかった者たちを眠らせぬために
わたしたちのまぶたはまばたきすら拒んだ わたしたちは無数の旅のひとつに
すぎない わたしたちはその旅のはじめにおいて夜よるの眠りを拒んだひとつ
の旅に その名を刻むことが労役といえばいえたひとふりの斧にすぎない
![]() 雨季來りなむ斧一振りの再會 加藤郁乎 Henri Matisse "Musique" ![]() 【雨はあいかわらず少しも降らない。今うちの中庭に物置を建てています。 1900.8.23 ヤルタ。君のAntonie】 α 【ふさぎこんではいけない、はたらくことです】 そうチェーホフはオーリャにいった そのときチェーホフのからだは大地からもぎとら れた樹木だったが かれがオーリャにかたりかけたのは なにもないように静かで た だ白樺がひとすじの光をあびてたっている場所からだった 【新しいことはなにひとつありません】 心の底に鍋があって いつも煮えている (この三年はそうだった) ふきこぼれることはなかったが かわきが息にひとしく風景のなかをながれたとき 海は煮えた (もしも「私の眼」une vue mienne以外のまなざしで世界を見ることができれば この 一本の煙草すら別物に見えるだろう) 目をとじるといきづまった だから つねになにかを見ていた つねに なにかを見ていなかった たとえば 駅の階段をおりてゆく その無数のひとびと あるいは 対面する車内で新聞を読んでいるひとびとが わからない けれども すれちがう電車の入口にもたれている者と目があうとき なまなましいものがある 【新しいことはなにひとつありません】 どうしてもおもいだせない 帰還した日のことを (母がお茶をいれながら よく帰ってきたといってくれた それだけを おぼえてい る) 海をすてた日のことを (「解決は問題が起こっている場所で見つけなければ何処でも見つからないのです」 ぼ くとすれちがいざま死んだひとはそういった 「あたりまえといえばあたりまえですけれど」) 筑波は靄がおりて うすくさす陽は日没のようだった (まだ三時まえだった) とまる駅ごとに黒い顔をした駅員が線路にたっていた β どこか遠いところでざわめく血 (まだそこにある肉は耳鳴りのようだ) すべてを傷つけることなく その血がながれだすこともなくなったのはと おもいだすようなまなざしをたどれば 悪い夢のような あるいは 亡霊のような 【新しいことはなにひとつありません。蝿さえいない】 ぼくのなすべきことは ひとことでいうなら 背信の途に邁進することであって それ以外ではない 過度としてのぼくじしん (ぼくはじぶんのなかでぼくというものになろうとしているものを生きてみたいだけな のだ それが・・・) チェーホフのほほえみ 【わびしいはなしだ】 オーリャのいった【あのえも言えぬ微笑】 (そのほほえみのなかにはサハリンもあれば桿菌Bazillusもあるのだ) ヤルタの窓には途方もなくひろい眺めがあった ロパーヒンは祈った 【神よ あなたは実にどえらい森や はてしもない野原や 底しれぬ地平線をお授けに なりました で そこに住むからにはわれわれも本当は 雲つくような巨人でなければ ならんはずです】とね ぼくの窓からは58日も異常乾燥注意報のはられたいちまいの闇と 午前三時出航の揚繰りのエンジンがひびいてくるだけだ 【おそろしく淋しい わかりますか このおそろしくという意味が】 慣れることができないものたち 【時のたつのが苦しいほどにおそい】 心臓の音に耳がはぐれる夜よる 闇のなかで火を凝視めていると ぼくはぼくが疲労であることを忘れる 凝視めていることでみたされる そういうものであるなら ぼくは感傷をこばまない 闇のなかで火に凝視められながら ぼくはただ火色とよばれる時間になる (そうして ほほえみながらぼくはあなたを殺す) γ わからないことがあるのだ こうしてあることのなかに 頭のなかに檻をひく その檻のなかに関わりという暴力が棲むはずだった (暴力というものにも飢えた) そこにあなたがいるというだけで暴力なのだ (暴力で癒えるかわきもあるのだ) 生きるにひとしい・・・ 年ごとに生きている確信をふかめると ある友人がぼくにいった (そういう人生もあるのだ) なにかを喪失しながらいきている それは自明のことだ だが そのなにかが どこまでいっても不明なのだ ただなにかが見すごされているということが かぎりなく自明にすぎないと そうつぶやいて それから いきをはく その呼吸に δ 【どこか僕の奥底にひっこんでいると君がいうそのやさしさを】 すすむこともひきかえすこともできないこの日々がいつはじまったのか それを うまくrealizeできない けれども まぶたをとじたところにふかぶかとはじまるもうひとつの闇のうちがわで ひとつの闇からひとつの闇へとなしくずしに裏がえされてゆくことにあらがうものを 夢は 石のようにその朝におく 【僕は生きている 健康らしい ただあいかわらず猛烈な咳がでます】 いきをふかくすうたびに胸底でうずくかわきなしに生きられない だからこそ それをかわきとよび はなれられぬものと思うのではないか ぼくがぼくであり それっきりだということが それじたい飢えなのだ そのことが 風景を荒れさせ それだけが ぼくに生きることをおしえる 【僕は生きています 回復期にある人間の状態において 可能なかぎり健康です】 いきている ゆっくりとではあるが それでもいきている そして それだけで 呼吸ることで 癒えるような 途が途であるために それはどのような出発であってもよいのだ 風だけがわたる途を その朝ひとすじの断念がよぎるためには 途はどのようにつづいていてもよかったのだ 途が途であるとき こののちもまた 【僕はヘロインを飲んだ 気持がよく 静かだ】 ふさぎこんではいけない 元気で 君のA 1904年4月4日 ヤルタでのことだ 鶴帰るころと思ひし海の色 久保山敦子 註:【】内引用は中央公論社版『チェーホフ全集』によった。ほとんどが妻オーリャへ の手紙からだが、順不同であり、また、オリョーギンの戯曲『想い出のチェーホフ』の 私的記憶で訳に手をくわえた。ただし、語調を整えるたぐいのトリミングにとどまる。 αにおける「」内引用のみ森有正のパリでのインタビューから。 「猫髭贅言」![]() April 5, Monday 2004 departure from Narita / arrive at San Francisco 成田からサンフランシスコへ ![]() 渡米の朝、巡礼古道をのほほんと散歩していたら、会社のPHSが 鳴り、今夕搭乗予定のUnited Airlineがトラブルでキャンセルに なったよし告げられる。アジャパ!急遽ANAに変更し、取るものも 取りあえず成田空港へ駆けつける。前回もUAのトラブルでデンヴ ァーやボストンの空港を走りに走りまくった。離陸のGで背もたれ に押しつけられた途端失速して、あわやUターン、機器点検のため 機内で1時間待たされ、そのままダイジョビだから飛ぶという、 オイオイというフライトだった。UAはシカゴをハブとする世界で も有数の空港会社だったが、過当競争で疲弊し、American Airline以外は赤字と、いまは見る影も無い。今回は短い出張なの でカミサンのお絵描き用キャリーバッグを借りたが、安物を主婦 の根性で値切りに値切って二千円なので、キャリーのローラーが 小さく、引っ張って早足になるとギャロンギャロンあっち向いた りこっち向いたり足を突っかけたり、安物の安物たる所以を存分 に発揮した。 贅肉のたぷたぷ走る春暑き ![]() 逃げ水や離陸天地をぐるりと見 ことごとく春愁千々に乱氣流 機内で高所恐怖症(特に乱気流)をまぎらわせるため映画を見 る。まず話題を呼んだエドワーズ・ウィック監督「ラスト・サム ライ」。 ![]()
騎兵隊VSインディアンの西部劇の官軍VS侍版かよ、なに考えて
んだかと、見る前から食指が動かない映画だったが、予想通りい まどきこげな時代錯誤の映画作る無駄に疲れた。主役の渡辺謙は 演技が濃すぎて昔からそりが合わず、真田広之もサントリーの 「膳」のCMはとぼけた味が良かったが、映画では柴犬のように表 情の変化が乏しく、主演のトム・クルーズがまた影の無い二枚目な ので好みではないという(チャーリー・シーンのほうが好み)、 トム・クルーズの出陣で小雪が鎧を着せかける、そのスローモー ションで回りながら撮るキャメラは美しかったが、それとて比較 しては酷だが、ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」の余りに 映画的なラストのケーリー・グラントとエバ・マリー・セイント のキスシーンに比べたら、映画的な映像のリアリティのない映画 だった。 アメリカ人の自虐趣味、というか商業的な媚で描かれていて (原爆に対するI'm sorryのようなもので、返す刀でRemember Pearl Harborとセットになっている)、日本人の自虐趣味も厭な 味だが、要するにわたくしの駄句と同じで喋り過ぎのうえに理屈 が勝ちすぎる映画なのだ。南北戦争の英雄トム・クルーズは女子ど もを虐殺するインディアン討伐に参加してトラウマを持っている が、子どもを殺害するシーンは過剰で、映画として描く必要はま ったく無い。こういう映画的に処理されていない過剰にして説明 的な場面が多く、同じ戦争による子どもの死でも、セルジュ・ブ ールギニョン監督の「シベールの日曜日」の冒頭、パイロットの ハーディ・クリューガーの凍りついた表情だけでインドシナ戦争 における子どもの死と戦闘機墜落による記憶喪失症をストップ・モ ーションとともに始まるJAZZのベースが象徴的に痛みを表現 しきっていた。 ![]() ![]() また、いかにジャン・ピエール・メルヴィル監督のアラン・ドロ ン主演フランス映画「サムライ」が省略の美学の効いた名句のよ うに粋だったかがわかる。 ![]() このフィルム・ノワールにはジム・ジャームッシュ監督も後年 「ゴースト・ドッグ」(副題がThe way of the Samurai)でオマ ージュを捧げていた。あるいは、ジョン・ミリアス監督「風とラ イオン」やジョージ・ルーカス監督「スター・ウォーズ」の黒澤 映画へのオマージュや、クエンティン・タランティーノ監督のハ チャメチャやくざ映画「キル・ビル」のほうが、映画として日本 を換骨奪取している面白さがある。 ![]() ![]() ![]() ![]() 唯一リチャード・カーティス監督の英米合作映画(この粋さは イギリス映画といっていいだろう)「ラブ・アクチュアリー」が 米国を笑い飛ばした洒落のある群像ロマンスで、監督が脚本家で あるため見事な語り口を持ち、英国俳優陣もいい味を出してい た。総勢十九人の登場人物の悲喜こもごもの九つのラブ・ストーリ ーが並行して展開し、最後に大団円を迎えるというオムニバス映 画だが、映画音楽も秀逸で、エピソードを積み重ねる手法ではフ ランス映画の「アメリー」を上回る、近年では稀に見るこじゃれ た傑作だった。特に友人の花嫁に恋する一話は目頭が熱くなっ た。アップの表情ですべてをわからせ、リアクションで余韻を語 るという、言葉がでしゃばらず、映像が映像として活きる見事に 省略のきいた佳句のような一篇だった。多分見るものの誰もが自 分の心に残る話をひとつは共鳴して自分なりのラブ・アクチュア リーをつむぐ映画だと思う。これは猫髭名画座で上映するに足る 作品だ。三度見た。 クリスマスには毎年ティム・バートン監督ジョニー・デップ (わたくしの一押しの男優です)主演の「シザー・ハンズ」を見 てオイオイ泣くのだが、今年から「ラブ・アクチュアリー」がラ インアップされることになる。 ![]() ![]() 心房のひとつが悼む春の空 April 5, San Jose, CA In the shade of great oaks 時差ぼけをジェット音裂く金門橋 サンフランシスコは雨期が終わり昨日からサマータイム。冬に は禿山だったカルフォルニア特有の、乾いた土を霧でこねあげて 盛り上げたようなポコポコした山々が、いまは緑の芝生を刷いた ような春らしい彩りになっていた。空気が澄んでいるので西海岸 特有の眩しさでサングラスなしでは目が疲れる。まぶたの薄く虹 彩も淡い白人であれば尚更だろう。出迎えに来た駐在員Yと一緒に サンホセ郊外の取引先に向かい、徹夜のままひと仕事。初対面だ ったが、元スチュワーデスだったという香港生まれのチャーミン グなマネージャーが、わたくしのプレゼン(歌あり踊りあり漫才 あり)をいたく気に入ってくれ、帰りは車まで見送ってくれた。 これでわたくしの夢だった自分の企画したコンピュータがワール ドワイドで販売される布石が出来たことになる(そうなんです、 毎度毎度馬鹿なコメント付の駄句ばっかり捻ってる猫髭爺さんは コンプタ屋さんだったんですねぇ。恐いですねえ猫が設計したコ ンプタなんて)。 近くのデリカテッセン(サンドイッチ屋)で昼食をとる。 ![]() コーラはセルフサービスなのだが、グラスではなく広口の空瓶 だったのには恐れ入った。わたくしは七面鳥のアボガド和えのバ ーガーを注文。相変わらずカバが食うのかというほどでかくて半 分しか食えず。 ![]() 春愁やそそぐコークの空瓶に 食後、外に素晴らしい樫(オーク)の大木があったので木陰で しばし休息。持参した右城暮石の句集「声と声」を読む。暮石は 大正十四年から昭和二十三年の松瀬青々主宰「捲鳥」参加時代に は古典的な切字も多く安定した俳味があるが、昭和二十四年から の山口誓子主宰「天狼」参加時代から切って捨てたように「け り」「かな」が消える。ために繰り返し繰り返し読んでいると、 また「捲鳥」時代の初心に戻るとほっとすることに気づく。その 序で誓子は一番最近の自選作品に対していい点を与えず「暮石氏 は自分のいい作品を隠してゐるなと思つた」と述べている。しか し、そのなかには、 といった思わず微笑まざるをえないような暮石独特の俳句が含ま れている。 誓子の表現は鏤骨の句であり、芸術として美術館に末永く飾られ る栄光と孤独を持つ。だが、疲れるから家には飾りとうない。わ たくしは墓石の句なら、手ごろな値段の拾い物としてボロ屋の春 秋を彩るだろうといそいそ買い求めるだろう。行きつけの焼鳥屋 「大虎」の壁にかかっている臈纈染の妙月院のカレンダーとお品 書きの間にちょろんと挟んでおいても、熱燗をぐびりながら焼き 鳥を串から歯でこじり齧り、目の端でひそかに愉しむだろう。で も、誓子も、わたくしは俳句を詠みはじめる一年前までは伊勢の 「赤福」にときどきヘボ句をつけてる神主かなんかだと思うてい たのだ(いや、ほんとの話)。まだ、わたくしは暮石のそれ以後 の作品を読んでいないが、なんとなく、「捲鳥」時代の読む者の 心をほころばせる素朴な世界に回帰していくのではないかと思え る。そして、その先に茨木和生がいる。間違いなくいる。 ![]() 風光るオークの下に暮石讀む
駐在所まで帰るフリーウェイ101号線の空にでかい十字架
(クロス)のような雲が掃いており、アメリカは雲もキリスト教 かとつまらんことを思った。 ![]() 春の雲大きクロスのフリーウェイ April 5, San Jose Long Goodbye 長いお別れ ![]() ホテルは定宿のラマダ・イン。このホテルは西海岸特有の古い モーテルの面影を残し、高速インターネットはついていない。着 いたのは十八時半過ぎだが、サマータイムに入ったのでまだ太陽 は輝きを失っていない。 ![]() 美國はや立夏となるやサマータイム 駐在所とサンホセ空港に近いし安いのでよく利用する。駐在所 のマネージャーSが勤続二十年を機に退職し、親父さんの家業を継 ぐため帰国するので送別会を日本人三世のリンダおばさんがやっ ているサンタクララの寿司割烹で開く。 ![]() Sが新人のときから縁があるので、彼は昔話を始めるが、わたく しは過去には100パー頓着しないので(コンプタ屋の開発者が懐古 趣味だったら仕事はかどりまへんがな)、そんなこともあったか ねえとウロウロ、お通夜のようになる。 ![]() 仕事盛りの壮年で、新卒から長年一筋に勤めた会社を去るのに 明確な理由など、実はあまりない。仕事では常に自分が到達した 成果を凌駕することでしか情熱と夢を維持できないから、ある意 味ではつらい作業であり、しかし、餌を拾う以上は、そういった 自己革新を続けない限り、サラリーマンとしての賞味期限が切れ る。Sは帰国辞令で進退の決断を下したが、若い頃の一緒に全米を 飛び回った頃に比べると、既に前線に出ることを恐れる指揮官と なっており、後方支援で戦士の銃後を守れるはずもなく、潮時だ とファミリー・ビジネスに戻る決意をしたように思えた。総括すれ ばSの二十年の功績は大きい。そのつどそのつどの上司によく仕え た。奥さんも楚々とした雪女を思わせる日本的美人で、彼女に米 国式のハグハグをするのがわたくしの再会時の楽しみでもあり (とんでもないやっちゃ)、傍目にも仲のいい夫婦だった。しか し、サラリーマンである以上、その人格は地位と役割のことであ り、常にいまなんぼのビジネスを産み出しているかで、いいひと か悪いひとかが決まる。過去の実績とは墓標に過ぎない。振り返 るものなどビジネスにはないのだ。思い出を語るとき、サラリー マンとしての賞味期限は終わる。思い出に生きることが今を生き ることと等しい意味を持つのは、余生に入った人間だけの特権な のだ。長年の経験で、辞める理由がある人間は引き止められる が、明確に辞める理由が無くて辞める人間は引き止められないの で、黙って話を聴く。ただただ耳を傾ける。最後に親身に話を聞 いてくれる人間が母国にひとりでもいるということだけでSには充 分なのだから。グッドラック。 ![]() 三世の日本飯屋に春惜む Cactus and Mimosa サボテンとミモザ 朝の四時過ぎにYに叩き起こされる。一昨日からサマータイムに 入ったのに、ホテルの目覚ましが直されていなかったからだ。ま たもや取るものも取りあえず(シャワーも浴びてへんがな)サン ホセ空港に向かい、六時十五分発の早朝便に乗り込む。9.11以降 空港の検査は厳しく、外国人は手荷物検査に加えて身体検査も行 うので搭乗に時間がかかる。ビザを持つ者はデジタル写真と人差 指の指紋の照合が今月より必須となった。フェニックスまで二時 間だが、まだ暗いサンホセ空港から離陸すると、雲の上は既に朝 焼けが一面の雲海を染め始めていた。高所恐怖症の癖に、わたく しは窓から下界を見るのが好きだ。特に雲海は見ていて飽きな い。まだ暗い部分は津波がそのまま時間が止まったかのように見 え、雲海がその大波の下で立ち騒ぐ白波のように見える。 ![]() サンホセの夜をのぼれば春の海 ![]() 春愁を押し伏せのぼる離陸かな
飲物サービスが来たのでテーブルを開くと、一面に水着のおっ
さんのへそが出た海水パンツの下半身の絵が描かれていた。いか にもアメリカ。 ![]() 窓外を見ていると、アリゾナ州に入ったらしく、一面砂漠とな る。ところどころに山がそびえるが一本の木もなく土色の乾いた 山ばかりだ。川も泥川で蛇のようにうねうねと延びている。名匠 ジョン・ウェイン監督の「レッド・リバー」を思い出す。「OK牧場 の決闘」で名高い西部劇の町トゥムストーンの近くのツーソンで 仕事をするのだが、その前にフェニックスで開催されているスト レージ・ネットワーク・ワールド、通称SNWに招待されているの で、まずそちらでヴェンチャー同士をつなぐ仕事をしなければな らない。着陸のアプローチで高度が下がると、砂漠の中に忽然と 高層ビルの立ち並ぶ緑の一帯が出現する。米国有数のリゾート地 フェニックスだ。フライトは乱気流でかなり揺れた。 蛇行せるアリゾナの春赤き河 April 6, SNW in JW Marriott Desert Ridge Resort reunion with old friends 旧友再会 ![]() インディアンの馬を賣りたる春の市 SNWはフェニックス/スカイ・ハーボ空港から二十分ほど砂漠に ポツポツと緑が点在する郊外へ走ると、こんなところにというほ ど大きなマリオット・ホテルのリゾートセンター(プールにゴル フ場付)があり、そこで開催されていた。 ![]() ![]() 道々、ミモザの黄色い花が道路沿いを彩り、中央分離帯はサボ テンが生えているところが西部のリゾート地らしい。気温は30℃ と真夏日で、日差しは服を素通りして痛いほど強く、高地なの か、囀りに驚くと小さなハミングバードが高速回転で羽根を動か しながら空中ホバリングと喉を披露していた。小指くらいの大き さの鳥で蜂鳥というぐらい長細い嘴で花の蜜を吸う。 ![]() 囀りやハミングバード小指ほど 細身で長めの尾をつけたモッキンバードも真似鶫という名の通 りよくチテピルパと喋繰り囀り、尾翼が長いせいか、上下するこ となくほぼ同じ高さに少し羽ばたき、あとは真っ直ぐに滑降する ような美しい飛び方をする。 ![]() SNWの会場で知り合いのコンサルタントたちのコンファレンスに 出て旧交を温める。会場は立食しながら展示会が見学でき、ラン チョン・ミーティングでは、えらく凝った得体の知れないヌーベ ル・キジュイーヌを食わされた。いまもって、形容しがたい素材 と味だった。下痢した。 ![]() ![]() また十年ぶりで、昔二十人、いまや千四百人の雄に成長したヴ ェンチャーの副社長までになった旧友Pに偶然再会した。イギリス 人でキャンディをキャンダイと発音する。バブル倒壊後の企業の 統廃合を何百社と一緒に手がけた戦友でもある。昼夜をわかたず 仕事をし、月曜日に出てきて土曜日に帰宅する毎日だった。ため にPは長年連れ添った妻子に愛想をつかされ離婚。欧米では家庭を 大事にしないやつはクズなのだ。わたくしもクズの最たるものだ が、ギネスブックに載せようかというほど、わたくしの部隊は上 から下まで社内結婚という男女交際範囲の狭さでは世界に冠たる 仕事馬鹿の集団だから、奥さんたちも匂いでわかるほど汗臭い旦 那たちの仕事に理解が届いているということだろう。家庭と仕事 とどっちが大事なのと詰め寄る欧米型のタイプは誰もいない。み な家族を思いながら仕事に打ち込んでいる宿六どもを大切に思っ てくれている。いくら説明してもわかってもらえない文化の違い のひとつだ。 Pは、いまは再婚して(実はその相方との見合にはわたくしも立ち 会っている)第二の人生を送っている。ミネアポリスに長年暮ら していたが、カルフォルニアへ引っ越すということだった。四週 間前にサンフランシスコにあるセキュリティのヴェンチャーに移 ったということで、欧米人は狩猟民族のせいか、入社から退職ま で一社主義というのは無能の証拠で、より給料の高い、自分の能 力を発揮できる会社へ移ることがステータスとなり、転職は、そ れだけどこを渡り歩いてきたかでキャリアになるところが日本と 違う。日本では腰の軽いやつとみなされる。共通の友人の消息を 話し合うが、元の会社に留まっているのは二三人しかおらず、買 収劇の中、創立者の社長以下みな別の道を歩くのが海外の常だ。 わたくしのように何十年もひとつ会社にいることなど滅多にな い。長い間には鬼籍に入った者もいた。シリアス?シリアス。七 月に日本で再会を期して別れる。 ![]() 御無沙汰の再會に咲くミモザかな April 6, Scottsdale, Arizona Mountain Shadows Resort and Golf club 山陰ホテル 世界的に有名な方向音痴だから、VOLVOのナビ付を借りた。日本 ではでかいが、アメリカのだだっぴろい五車線道路ではそれほど 大きくは感じない。見上げるようなコンボイがぶんぶん走ってい る国だからだ。 ![]() しかし、どうしても目当てのホテルがナビに入らない。ホテル に電話しても住所は正しいし、昔からあるホテルだというので、 とりあえずストリートの番地だけ適当に入れて夜道を走る。アメ リカのフリーウェイはどこも暗い。闇夜の鴉より黒い。日本のよ うに等間隔に外灯がないためだ。ナビの音声を頼りに走り続ける と段々すれ違う車もなくなり、インディアンが雄叫びを上げて襲 ってきそうな山影が月光に浮き出てくる。こんなとこで強盗に襲 われたら一発だなと、FMのラップを聴きながら(うっせえんだけ どね)指示通りに近くまで来て番地を頼りにのそのそ目当ての住 所に入っていくとゴルフ場ではないか。ゴルフ場のなかにあるホ テルであり、名前もマウンテン・シャドーズ・リゾート・アン ド・ゴルフクラブという。通された部屋は中にミニバー付のでか い部屋で、カーテンを開けたら目の前は本当にゴルフ・コースだ った。月が出て、山影と椰子の木のシルエットを浮き彫りにして いる。満月だった。 ![]() 行く春にアリゾナの月の遥けく フロントでヴェンチャーのCEOと出会い、バーでソノーランとい う地ビールを飲みながら今後のビジネスの話をする。童顔のまだ 三十五歳という若さで、わたくしが初めてあったときは二十九歳 だった。あれから六年になるのだ。わたくしが知っているヴェン チャーを二社買収させ、いまやロサンゼルス界隈でベスト二十社 にはいる急成長を遂げ、六月に自社ビルを建てるので招待するか ら来てくれないかと頼まれる。家も新築したそうだ。わたくしは こういう若者たちがパッションとドリームを持って仕事に取り組 む姿を見るのが好きで、その成果はわたくしが所属する会社も享 受するのでお互いにWIN-WINの関係といえる。しかし、彼らから見 ると、自分たちの会社の方針を無償でアドバイスしてくれるコン サルタントが、兎小屋に住んでいるのが不思議でならないらし く、十人が十人、なんでおまえはコンサル会社を起こさないんだ と聞く。ビジネスには王様と奴隷と、そして哲学者がいる。王様 の独裁も奴隷の快楽もわたくしは取らず哲学者の孤独を取るとい えば格好がいいが、ひとには分がある。ひとを使うということは 従業員の家族の責任まで背負い込む覚悟が必要で、わたくしの両 手は自分の家族を守るに足る大きさしかない。組織では和シテ同 ゼズ、我レ只ダ足ルヲ知ル。出世は馬鹿が馬鹿の壁にぶちあたる ためにするものだ。 April 7, Wednesday Tucson, Arizona Go West 西部へ 時差ぼけで早朝四時に目覚める。熱帯のジャングルのような囀 りに起こされたのだ。逗子の朝もまた囀りに起こされるが、歌の それぞれは、これは四十雀、これは鶺鴒、これは鶯、鶫、鵯と聞 き分けられるが、いわば外国語の囀りに囲繞されているという感 じである。空は明るいが月は椰子の蔭にまだいる。 ![]() 午前中はSNWに顔を出し、レキシントンにあるヴェンチャーの CEOと話をする。ビジネス・デヴェロップメントのVPは最近では滅 多に見ない白人至上主義の豚野郎で、こういう馬鹿は軍隊でうだ つがあがらなかった手合いに多いが、CEOはさすがに紳士で、目か ら鱗が落ちたとわたくしの話を喜んでくれた。もうこの会社はア カンと思っていたが、やはりキーマンは聞く耳を持つ。VPのほう の紡錘系の体型をした眼鏡のチョビ髭のドアホウが講義をするの で、行きがかり上聴くことになったが、類は類を呼ぶで、どうや ったらそこまで太れるのかというオバサンが彼とハグハグしてお り、彼女がわたくしの後ろの席に座るや、テーブルにあった皿一 杯の飴を講演(ヘボ)中も、おのれは齧歯類かといった勢いでバ リバリ噛み砕き、あげくイビキをトドのようにぐおうぐおうと掻 き始めたので、なるほど自制心と公共心を同時に無くすとこうな るというのがよっくわかった。アメリカのCMは速射砲のように あれ食えこれ食えとまくしたてるので自制心が無いとトドになり やすい。アメリカの甘味料や味付けの甘さは、甘いなんていうレ ベルではない。これでもかというほど甘どろしい。入れ歯も溶け る。 立食の昼食を終えて、ナビにツーソンの取引先をインプット し、フェニックスから一路ツーソンまで百六十八マイルを走る。 ![]() フリーウェイ10号線に乗って、郊外に出ると、ただひたすら 平原の中を真っ直ぐにインディアンが出そうな山を見ながら、走 り続けるだけである。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() PICACHO PEAKといういかにも西部劇でインディアンが出そうな 岩山があり、ピカホと発音するのだろうか、多分インディアンの 聖地なのだろう、そういった山があちこちに平原に見える。 約二時間のドライブのあと、アリゾナ大学と近接する取引先に到 着、初対面の老開発者と話をしていると、共通の友人の名前が出 てきて、そこから一気に話が進展し、やはり人脈というものは大 事で、とりあえず布石は打てたと、ほぼ今回の渡米の仕事は終え たことに安堵する。 帰り道、豪雨に見舞われる。左手に夕陽が輝いているが右手は真 っ黒な雨雲がすだれのように垂れて、雷まで光っていた。 ![]() ![]() 木犀やけふもひとりのひと間なり 空白の日記や昨夜の月重く 障害といふ二文字や曼珠沙華 秋冷の片足でとる新聞紙 ふと見れば吾ももへじや案山子さま 案山子さま吾は一人で立てませぬ 新米の炊けて乾燥注意報 からつぽの湯呑転げて今年米 笑ふことそれが大事とすいつちよん 新走酌めばサタデーナイトかな 弁当にりんごのうさぎ体育の日 団栗や体操してる駐在所 面一本竹刀の音や天高し 点点で終はるメールへ月の雨 錦木やひたいに白き濡れタオル 解熱剤ゆるりゆるりと通草かな ゆめも青うつつも青や渡り鳥 光差す雑木紅葉や咳ひとつ 松毬の青く祝の届きけり さやけしやまためぐりあふ山のいろ かもめさんのWEB句集『案山子さま』は、平成十五年十一月四日、 WebPage「きっこのハイヒール」に、その秋にかもめさんが詠んだ句から二 十句をきっこさんが編集して掲載し、その五日後、清水哲男さんの WebPage「増殖する俳句歳時記」に揚句の「さやけしやまためぐりあふ山の いろ」が取り上げられ、一躍「かもめが飛ぶ日」になった。 わたくしがかもめさんの句に出逢ったのは、「きっこのハイヒール」の「俳句de しりとり」と馬場龍吉さんの「俳俳本舗オンライン句会」というしりとり俳句コー ナーの、句集十六句目に置かれている通草の句をはじめとする一連の闘病 吟を見てからだった。作品やヘルパーのひとのメッセージから消息をたどる と、かもめさんは、重度の障害をかかえ、寝返りを打つことも叶わず、右半身 不随で発語も不自由で、わずかに動く左手で刻まれた五七五は、やがて地 力で寝返りを打てた喜びを綴りはじめるなど、まなざしだけが祈りのように希 望のように、苦しみに打ちひしがれながらたどりついた言葉であり、それは 歩いて自在に触れてという写生とは全く異なる沈黙の写生であり、その沈黙 の飛べない翼が紡ぎ出す言葉には、声を失ったがゆえに海の泡と消えた人 魚姫のような青空を恋う切なさと切実さがあった。 右足も右手も私春の雪 半襟の薄くれなゐや雛の酒 抱きしめて抱きしめられて糸瓜花 一身をあずけしままに天花粉 気だるさや夢の後先蝉時雨 白桃やいつそ右手はすてようか 十薬に埋め尽くされて夏の果 芋の葉やくにの父母とおになく 手のひらの鳴らぬくるみや草の花 右手足叱られてゐる檸檬かな 露光る庭の千草や車椅子 水中の右手屈伸しじみ蝶 希望といふ言霊おもし竹の春 流星や止まつたままのオルゴール 萩さいて右に左に寝返りす 小鳥来る右手の胡桃動きをり ふんばつてふんばつて立つ九月かな ねこじゃらし涙の訳は言ゑぬまま 水澄むや羊水とただ書いてみる たたかえとまたたたかえよ赤のまま 口ずさむ案山子の歌や月上る 衣被をのこをみなは夢をみる もうやめてここでおわりとすいつちよん 濁音の発声練習小鳥来る いづこより入り来て秋の蝶となり 烏瓜かなしびの嘘つかれたり 初紅葉けふという日の過ぎにけり 御神籤は病平癒と秋芽吹く 解熱剤ゆるりゆるりと通草かな しりとり俳句という、前の人の句のなかの言葉を使って次のひとが句でつなぐ という、多作多捨と音数律を右脳に覚えさせるだけのコーナーにも関わら ず、深く心に残り、あまたの歳時記をそれからひもとくにおよび、特に通草の 句はかもめさんの代表作になるだろうと思うと同時に、通草を詠み込んだ句 としては他の追従を許さない名句ではないかと思うまでになった。手元にあ る歳時記や博物誌から通草の句をあげて、最後にもう一度かもめさんの句を 置いてみる。 鳥飛んでそこに通草のありにけり 高浜虚子 二三顆のあけびさげたる岩魚釣 飯田蛇笏 通草下げ吉祥天に逢ひに来し 坂口緑志 通草食うときはまさしくうわの空 松下雅静 むらさきは霜が流れし通草かな 渡辺水巴 あけび割れ狐は親を忘れたり 橋關ホ あけび熟れ文は三くだりにて足れり 橋關ホ 広縁や通草も空に割れるころ 宇佐美魚目 通草熟れ柳生古道のこりけり 谷迪子 通草吸ふ我に鴉の囃しけり 加藤三七子 つゆじもに冷えてはぬるむ通草かな 芝不器男 飯盛山あけび悉皆裂けてけり 百合山羽公 通草手に杣の子山の名を知らず 南部憲吉 通草熟れ消えんばかりに蔓細し 橋本鷄二 通草蔓ひつぱつてみて仰ぎけり 深見けん二 八方に水の落ちゆく通草かな 大嶽青児 一つ採りあとみな高き通草かな 嶋津香雪 黄檗の寺は明るし通草の実 森慶一 解熱剤ゆるりゆるりと通草かな かもめ いずれも佳句だが、かもめさんの二物衝撃の静かな呼吸はゆるやかにその なかでも輝いていることがわかるだろう。わたくしの知る限り、通草を詠んで 異和を求めたのは歌人の齋藤茂吉だろうか。『赤光』に次の見立ての一首 がある。 屈まりて惱の切片を染めながら通草のはなをおもふなりけり かもめさんの通草は、「暑い夏の日盛りに路傍に置かれた氷の上に自分の 名前を刻みそれを誰かに知ってもらいたいという欲求」(アーサー・ミラー) はひとだけのものではなく、通草もまた、ここにあるというそれだけを知っても らえればそれでいいと、静かに名指されるのを待っているかのように置かれ ている。 解熱剤が血くだをめぐり、横たわる半身へとスローモーションで降りてゆ き、視界もまた薬の幻惑でわずかに熱を帯びたまぶたまで閉ざされようとす る、その薬の意志を許さぬ冷たさに、意識が不安とあきらめにざわめくはざま で、ふと見やる目のすみに、淡く哀しき紫の形が見えるともなく見え、その色 と形は静かに熱とともに引き潮に残された貝殻のように通草という名を与えら れ、ひとたび名づけられれば、それはゆるぎない言葉を呼んでまなざしも意 識も紡錘の形に包み込まれてゆく。 「何を君らは渚の波、眠る子どもと呼びなすのか」(シュペルヴィエル)という ように、ここには物と意識が同時に出逢って、通草と名づけられる行為によ って、うっすらと哀しく色づく紫を目に届ける。 ゆるりゆるりというゆめとうつつをたゆたうようなオノマトペが、最後の「切 れ」を潮騒のようなルフランに変え、人がふと何ごともなく「わすれられない 思ひ出せない 海のやうな 波のやうな むいみなルフランがほしい」(吉原 幸子)と願う祈りにもひとしい時間へといざよわせ、ひねるものである句をまる で平安の王朝歌人のように歌う姿に変えてゆく。 歌うように句を詠むひとがここにいる、という驚きが、わたくしのかもめさん に出逢ったときの驚きだった。かもめさんの歌うように詠む句を読むという行 為は、存問そのものでもあった。 句集の最後に置かれた「さやけし」の句を読めばわかるように、これが十七 文字の俳句か三十一文字の短歌かの違いはどうでもいいほどに、見事に歌 われており、景のなかに作者がいるのか作者の中に景があるのか「また」と いうふたたびめぐりくる歳月だけが残る世の常が、湖水に落とされた朝露の 余波のようにかすかにひろがる。この余韻はまためぐりあうことのはかなさを 含むがゆえに、季節を、時代を超える。 たとえば、それは中原中也が歌った「また来ん春と人は云ふ」の子を失っ た哀しみにつらなるかもしれない。 あるいは能の「熊野」における「いかにせん都の春(平宗盛)も惜しけれど 馴れし東の花(病気の熊野の老母)や散るらん」と哀れを誘う「花は春あらば 今に限るべからず、是は徒なる玉の緒の、長き別れとなりやせむ」の母恋う る思いにも。 また劉希夷「代白頭吟」の「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」の老いの 哀しみにも。 けれども、やはり、この歌うような調べは、「散る花もまた来む春は見もやせ むやがて別れし人ぞ恋しき」という菅原孝標女の「更級日記」の調べが、か もめさんのこの最後にとめおかれた句には照応するように思えてならない。 かもめさんの天性の調べは王朝時代から飛来したのではなかろうか。 さやけしやまためぐりあふ山のいろ かもめ 猫髭餘語@:わたくしはここにあげられた句のほとんどを控えているため、き っこさんがどういう思いで句の構成を並べているのかがわかる。はじめは「ひ とり」「空白」「重く」「障害」「片足」でかもめさんの置かれている境遇を提示 し、案山子さまの魂の歌で山となる。この山を受けて、明るさと軽さが支配す る七曲を経て、一転暗く転調し、点滴を思わせる「点点」から「ゆめ」と「うつ つ」のあやうさを経て、最後の「めぐりあふ」まで「光」と「祝」が希望を届ける という構成になっており、必ずしもかもめさんが作句した日付どおりではな い。名調教師と名馬の美しいコラボレーションを見るようだ。 猫髭餘語A:贅言と餘語@は、昨年霜月七日にかもめさんのWEB句集感 賞として寄せたものだが、掲示板の文字制限上、割愛して載せざるを得な かったので、今回全文を載せることにした。かもめさんはいま療養中で俳句 を詠める状態ではないと仄聞するが、近い将来、その沈黙の翼に力がよみ がえり、ふたたび空の青海の青にも染まず飛翔することを祈ってやまない。 沈默の翼しづけし風光る 猫髭 「猫髭名画座」 |