タラゴナには数多くのローマ遺跡がある。中でも最もわたしの興味をひいたのは、街から少し離れたところにあるラス・ファレラス水道橋、通称「悪魔の橋
(Pont del Diable)」だった。ガイドブックによると、人気のない寂しいところなので女性一人では行かないこと、と書かれている。彼女たちに会うまでは迷っていたのだけど、話をしてみると一緒に行っても良い、という。3人ならば安心だ。
悪魔の橋に行くにはバスに乗らないといけない。ガイドブックにはバスターミナルからバスが出ていると書かれているので、とりあえず3人でバスターミナルを目指す。道を尋ねながらもバスターミナルにたどり着いたけれど、バスターミナルから出ているバスは長距離線ばかりで、そこから悪魔の橋へ行くバスは出ておらず、近くの
Imperial Tarraco広場のロータリーから出ていることがわかった。でも、どのバスに乗ったらいいのかわからないので、キョロキョロしていると、やってきたバスの運転手さんがわたしたちを呼んだ。
「どこに行きたいの?」
「悪魔の橋」
「じゃあ、あそこから5番のバスに乗って」
教えてもらったバス停で、バスを待っているとさっきの運転手さんのバスが通って行く。彼は「そうだ。そこのバス停だよ」と目配せをして走り去っていった。
しばらく待つと5番のバスがやってきた。念のため、運転手さんに聞いてみると、そのバスであっていた。そのバスだとわかっていても、こうしてあらかじめ聞いておくとその場所に着いた時には教えてくれることが多い。バスは乗るのは簡単だけれど、土地鑑のない人間にとっては降りるのが難しい。この運転手さんも目的地で声をかけてくれた。「ここだよ」と言われて降りたところにはバス停らしきものも何もない。降りた時に運転手さんが「ここをまっすぐ行って右だよ」と教えてくれたのでその通りに行ってみると、標識があった。 水道橋の絵と矢印は松林の方を示している。こんなところにあるのか・・・。松林のところどころに標識があるので、迷うことはない。けれど、本当に松林の中の何もないところを歩いていかないといけないので、1人で来ていたら、不安になって引き返していたかもしれない。思ったよりもバス停から水道橋は離れていた。
水道橋は松林の中をダーッと伸びていた。暮れかかった夕陽に照らされて赤く染まって美しい。橋の上方を見ようと崖を登ってみると、橋が渡れることがわかった。中央の部分まで行ってみるとさすがに高さがある。
悪魔の橋を満喫(?)して、さて、帰りましょう、という時になってハプニング発生。
ドスンと音がしたので振り返ると、一緒に行った女の子が崖で足を滑らせて転んでいた。転び方が悪く、足を捻挫してしまったようで動けなくなってしまった。かなり痛がっている。しばらく様子を見ていると見る見るうちに脚が腫れて来た。どうしよう。とりあえず、陽が暮れるまでにはここを脱出せねば。2人で支えながらなんとかバスの走っている通りまでたどり着く。
さて、バス停はどこだ?バスを降りた時もバス停らしきものは無かったし。降りた場所の反対側なのかな、などと思っていると、街へ戻るのとは反対方向へ向かうバスがやってきて数10メートル先で止まった。
反対方向だけれど、とにかく聞いて見ようと思い、急いでバスへ向かうけれど、捻挫をしているので、思うように歩けない。ようやくバスにたどり着いたときには、運転手さんはかなり苛立った様子だった。
「街に行くバスは?」と聞くと、「いいから早く乗れ」という。乗ってから、「このバスは終点まで行って街へ戻るから大丈夫」と教えてくれた。ひとまず安心。市街地とは反対方向に進むバスはなかなか終点までたどり着かない。意外と終点は遠かった。
バスの乗客は、痛そうにしている彼女に興味津々の様子。1人がわたしに「どうしたの?」と聞いてきた。「転んだの」と言うと、伝言ゲームのようにあっと言う間にバス内に伝わって行った。どうしたものか、と途方に暮れつつも、Imperial
Tarraco広場へ到着し、バスを降りる。どうしよう。病院へ行った方が良いのだろうか。骨は折れていないようだし、とりあえず薬屋に行ってみることにする。二人はスペイン語が全くわからない。わたしの怪しいスペイン語の出番となった。
● ハプニングその後
気休め程度にしかならないけれど、薬屋で買った塗り薬と包帯で脚をグルグル巻きにして安静にする。彼女たちは残り2日で日本へ帰国することが決まっていた。病院へ行くべきか、残り2日、痛みを我慢して日本へ戻るか、大いに迷った。骨が折れていないのが幸い。本人の意向と、今後の予定を考慮して、このまま様子を見ることにした。
翌日、3人でタラゴナの町を歩いていると、引きずっている脚を見て、1人の日本人が声を掛けて来た。
「その脚、こっちでやったの?」
驚いたことにお医者さんだった。「わたしが見てあげましょう」と、公園のベンチで診察。一通りのアドバイスを受けてちょっと安心。でも、こんなところで日本人のお医者さんに出会うとは。不幸中の幸いとはこういうことか。
この後、わたしは彼女たちと別れた。彼女はそのまま予定通りのスペイン滞在を終え、日本に帰り、脚は治ったことを、帰国してから手紙で知った。わたしに出会わなければ、悪魔の橋に行くことも、捻挫することもなかっただろう、と旅行中ずっと気になっていた。彼女にとっては初めてのスペイン、しかも初めての海外だった。大変な思い出ができてしまったもんだと、責任を感じつつも、わたしにとっても忘れられない経験となった。
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