マドリードを歩こう!
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Madrid


マドリードを歩こう!

・門はないけど、太陽の門(プエルタ・デル・ソル)

・マドリード文豪地区
・マッシュルームの鉄板焼き
 マドリード文豪地区
  目覚めは決して良くはなかった。帰国を前にして、ネット上の知人たちと前の晩、午前4時ころまで飲んでいた。しかし、心は軽い。今日は今回の旅行の最大の目的の一つである、文豪地区へ出かけるのだ。
 大学でスペイン文学をかじってから、興味を抱き、どうしても行きたい場所の一つが、この文豪地区だった。今日、その念願がかなうのだから、おちおち寝坊もしていられない。
 この文豪地区というのは、プラド美術館の西側に存在ある。その場所に17世紀、その時代を代表する文豪たちがこのあたりに住んでいた。
 その面々というのが、スペイン文学に興味がある人なら誰でも知っているセルバンテス、ロペ・デ・ベーガ、ケベード、ゴンゴラといった超有名どころなのだ。中でもセルバンテス通りにはセルバンテスをもって「自然の怪物」と言わせしめた劇作家ロペ・デ・ベーガの住んでいた家が博物館として公開されている。

 この地区へ行くため、地下鉄をサン・アントン駅で降り、レオン通りを北へと向かう。すると、左手にカルデロン、セルバンテス、ロペ、ケベードの肖像のタイル画に彩られた食堂がある。いかにも、この地区らしい。さらに先に進むと右手にロペ・デ・ベーガ通りがのびている。セルバンテスの遺体が埋葬されている三位一体教会はこの通りにある。その次の通りがセルバンテス通りだ。ここにロペ・デ・ベーガの家はある。この家が午前中しか開いていないことは事前に観光案内所で確認済み。しかし、木の扉は重く閉ざされている。開館時間を示す掲示などはない。仕方がないので、扉をノックしてみると、中から女性が現れた。すぐに中へ通してくれるが、「ここでしばらくお待ちください」と言われ、わけがわからないまま玄関ホールで待つ。しばらくするとその女性がやってきて、解説をしながら館内を案内してくれた。調度品のほとんどは実際にロペが使っていたものではなく、ロペが生きていた時代のものを集めて置いているという。各部屋の使い方もあくまでも後世、推測によって再現されていて、確かなことはよくわからないようだ。しかし、今でもそこにロペが住んでいてもおかしくないような雰囲気が漂っている。
 ゼミの教授がロペに関する本を執筆していて、できれば写真が欲しい、と頼まれていたので、その旨を伝えるが、写真撮影は中庭以外は禁止とのこと。仕方がない。最後に中庭を見学して、事務所で絵葉書と本を買ってロペの家を出た。

 セルバンテス通りからロペ・デ・ベーガ通りへ抜ける道にはケベード通りがある。その名の通り、そこにはケベードと、ゴンゴラが住んでいたのだ。ロペの家からは目と鼻の先程の距離だ。これら文豪たちの人間関係は複雑だったらしい。ロペとケベードは仲が良かったが、共に、ゴンゴラとはかなり対立していたらしい。セルバンテス通りとレオン通りの交わるところに住んでいたセルバンテスとロペとの確執は有名な話。ちなみにロペ以外の作家たちが住んでいた家はすでに取り壊され、別の建物が立っていて、今ではかつて文豪たちが住んでいたことを示す石板だけが目印となっている。
 それにしてもこんな狭い範囲にこれだけの文豪たちが時期を同じくして住んでいたとは驚くばかりだ。

 この地区に興味を持ちはじめて気づいたことなのだけれど、1993年の旅行の時、わたしはロペ・デ・ベーガ通りの一本南にあるウエルタス通りのオスタルに泊ったことがある。”ロペ・デ・ベーガ”や”セルバンテス”という名前のついた通りがあることは当時から知っていたが、足を踏み入れることはなかった。人の興味の移り変わりとは分からないものだ。

1998.3.5

 スペインを歩こう! ナオミのスペイン夢紀行