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誰もが憧れる闘牛士を夫に持ち、幸せな生活を送っていたグロリア。しかし、その生活は長くは続かなかった。ある日、闘牛場で夫のフアンは闘牛の角に突かれ、大怪我を負い、植物状態になってしまう。夫の名声と収入を糧に生きていたグロリアは現実社会の厳しさをはじめて身をもって知ることになる。天から地へと突き落とされたグロリアはアルコールに溺れ、現実から逃れるようにメキシコ・シティへ。しかし、そこでの生活も、荒んでいた。売春婦として呼ばれた麻薬密売組織のアジトで、事件に巻き込まれる。銃撃戦の中、なんとか生き残ったグロリアは強制送還となりマドリードの家へ戻る。
マドリードの家では、姑のフリアが息子フアンの世話をしながら暮らしていた。教養のあるフリアは自宅で近所の子供相手に塾を開き、そのささやかな収入で生活し、マンションのローンも支払っていた。3年間音沙汰もなく、突然戻ってきたグロリアをフリアは責めない。ただ、グロリアが立ち直ってくれることだけを願っていた。そんな姑を見て、迷惑をかけたくないグロリアはメキシコの事件で得たマネーロンダリングの隠れ蓑となっている場所を示したリストを元に、毛皮店に忍び込み、隠されているお金を盗もうとするが失敗する。グロリアは何をやってもうまくいかなかった。就職活動をしても、その低学歴と年齢が邪魔をする。
その一方で、リストを取り返そうとする組織がグロリアの行方を追っていた。使命を負った殺し屋のエドゥアルド。彼はこれまでにたくさんの人を殺してきたが、その人生に疑問を抱き始めていた。彼は自分が人殺しはすればするほど、娘の病状が悪化するのを感じ、神に救いを求めようとしていた。そして、やっとの思いでグロリアを見つけ出す。
印象的なシーンがいくつかある。メキシコの事件で銃弾を受けた若い刑事が死の間際に、たまたまそこに居合わせただけの存在であるグロリアに向かって「俺のことを思い出してくれ」と言う。身寄りのない彼は死んでしまったら、もう誰にも思い出してもらえないような儚い存在なのだ。そして、グロリアは毛皮店に再び強盗に入るとき、こう名乗る。「わたしの名前はマリア・ロバイナ。」あれ?この名前...そう、「思い出してくれ」と言った刑事の名前「マニー・ロバイナ」を覚えていたのだ。他にもカップ&ソーサーのエピソードも印象的。一番、心に残ったのはグロリアが染める洋服。白い服を赤く染め、最後には黒く染める。黒く染めた服はもう二度と他の色には染まらない。グロリアの意志というか、覚悟を感じられてジーンとした。
この映画で忘れられないのは姑のフリアの存在。自暴自棄になるグロリアを決して見放すことはない。自分を見失っているグロリアにできる限りの助言をする。グロリアの無教養が全ての妨げになっているのを知っているフリアは学校へ行くように勧める。自分の道は自分で切り開くしかない。できることはその入り口を示してあげることだけ。フリアの思いはなかなかグロリアには届かない。グロリアだってわかっているのだ。わかっているけどうまくいかない。でも、急がないで、努力すれば、きっとうまくいくようになる。フリアのまなざしはそう語っているように思える。
姑フリアの役を演じるのはピラール・バルデム。ハビエル・バルデムの母親でもあり、ベテランの女優。教養があり、強い意志を持つこの役の雰囲気にぴったりだと思う。一方、グロリア役は世界的にもその名を知られている女優、ビクトリア・アブリル。弱さを持つ女性をうまく演じている。表情の一つ一つを見逃せない。ゴヤ賞では、ビクトリア・アブリルが最優秀主演女優賞を、ピラール・バルデムが最優秀助演女優賞を受賞しているのも納得できる。
新聞・雑誌などの文芸評論や、映画脚本などで活躍しているアグスティン・ディアス・ヤネスの初の監督作品。新人ながら、この作品で、ゴヤ賞で最優秀作品賞をはじめ多部門で最優秀賞を受賞した。
サン・セバスティアン国際映画祭(1995):最優秀女優賞、撮影賞、審査員特別賞受賞
ゴヤ賞(1996):最優秀作品賞、脚本賞、新人監督賞、主演女優賞、助演女優賞、音楽賞、編集賞、製作者賞受賞
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