以下の文は、雑誌「TITLE」(2005年2月号/文藝春秋社刊)に掲載された私の原稿です。
大阪舞洲のゴミ焼却場とスラッジセンターに関する内容です。


高安正樹/有限会社スペースキッズ


Hundertwasser in Osaka

過去から来た未来建築

フンデルトヴァッサーのデザインによる2つの工場

大阪の埋め立ての島に、
全身全霊をかけて自分の信じる建築を実現するために闘ったアーティストの
作品がある。


text: Masaki Takayasu(SPACEKIDS)


■建築家は彼等が本来なすべきことを見失った。

フンデルトヴァッサー

雨の日を愛した画家、フンデルトヴァッサーがデザインした2つの工場を訪れた日、大阪の街は朝から冷たい雨に降りこめられていた。車窓を伝う水滴が、いく筋もの流れになって、湾岸一帯は濃い霧につつまれていた。
 車が市街地と埋め立ての島「舞洲(まいしま」を結ぶ此花(このはな)大橋に差し掛かかったときだった。灰色の街に、突然、カラフルな高さ100mを超える塔と金色の玉をのせた建物が現れた。それはとうてい、日本とは思えない風景だった。いや、世界のどこにもないランドスケープかもしれない。荒涼とした人工の島の入り口には、色の洪水のような巨大な建物が、道路を挟むように並んでいた。ひとつは、2000年2月に亡くなったフンデルトヴァッサーのまるで形見のように、同年4月に竣工した大阪市のゴミ焼却施設「舞洲工場」。そしてもうひとつは、今年の4月に施設外観の完成した大阪市の下水汚泥処理施設「舞洲スラッジセンター」だ。
 
多くの建築デザイン作品を残し、「フンデルトヴァッサー建築」という分厚い本が出版されているにも関わらず、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーは建築家ではない。しかし、建築そのものの「在るべき姿」を提案し、建築をまるで生き物のように愛したという点において、彼は特筆すべき「建築アーティスト」だった。
 「私は王です。豊かです」と言い放ち、生涯をかけて夢の宮殿を追い求めた男の建築とは、一体どのような王国だったのだろうか。
 
フンデルトヴァッサーは衣服、住居、社会環境、そして地球までを、肉体の延長として考えるような人だった。彼にとって、世界のすべては分かちがたく結びついた、ひとつの命だったのだろう。だからこそ彼は公衆の面前で衣服を脱ぎ捨て、自分の肌をさらけ出すデモンストレーションをしてまで、「住居(建築)は自分の皮膚と同じである」ことを訴えた。
 自然環境が破壊されているからそれを守るのではなく、はじめから自然環境は自分自身の皮膚と同じことを、アーティストとして表現して見せた。彼にとって、自然が傷つくことは、自分の肌が血を流すような痛みを伴うものだった。
 
樹木を切り倒し、地面をコンクリートで塗り固めたあげく、言い訳のように木を植え、屋上に水田を作るような現在流行の「環境建築」と、フンデルトヴァッサーの理想とした建築では、形は似ているようで、本質はまったく違うと思う。彼にはそもそもの出発点に個人的な「痛み」があった。建築とは、大地から光を奪い取る「必要悪」だという罪の意識が、彼にはもともとあったのだ。
 そうしたフンデルトヴァッサーにとって、建築は自然へのダメージをできるだけ少なくすることが最優先の課題だった。彼の理想とした建築とは、朝に目覚め、夜は眠りに就くような、それ自体が生命体として活動するものだった。「建築の合理主義に反対するカビ(黴)宣言」を彼が発表したのは1958年のことである。多くの人が都市開発に目を奪われていた、いまから半世紀近く前に、建築家が環境破壊の片棒を担いでいることを彼は鋭く指摘した。しかし彼の問題提起は、奇人の気まぐれなパフォーマンスとしてのみ注目され、メッセージの本質は長らく無視されたままだった。
 だがそれから20年あまりを経て、ある出来事が状況を変えた。それまでは紙の上に家を描くか、せいぜい建築模型を発表していた彼に、ウィーン市が市営住宅の建築デザインを依頼したのだ。都市の真ん中にある公共住宅のデザインが、建築には素人の画家に依頼された。そうして、1986年に完成した市営住宅「フンデルトヴァッサーハウス」は、世界中から見学者が押し寄せる超人気スポットになってしまった。画家、フンデルトヴァッサーは50歳を過ぎてから、絵よりも建築作品で注目されるアーティストになった。地元オーストリアやドイツをはじめ、彼のもとには建築デザインの依頼が相ついだ。
 
教会や家具工場、地区暖房施設のリデザインや温泉保養施設、学校などの建築デザインを、フンデルトヴァッサーは次々と手がけていった。それまで無味乾燥な箱のようだった建物を、改修前が想像もつかないほどにリノベートした彼の作品は、建築界の冷ややかな反応とは対照的に、建築界以外の人々から熱狂的な支持を集めた。そして「環境」が社会の重要なキーワードになるにつれ、彼の建築思想は「環境建築」としても大きな注目を集めるようになった。
 
そうした彼の建築デザイン作品が日本にも3か所ある。なぜか、大阪に集中している。彼のデザインの特徴であるコテコテの増殖感覚が、大阪にピッタリはまっていると感じるのは、東京者の偏見だろうか。

■創造する者のみが生きている。創造しないのは死ぬことだ。
フンデルトヴァッサー

フンデルトヴァッサーのデザインによる工場を訪れた日、私たちは偶然にも、朝と夕、一日に2度も同じ運転手さんのタクシーに乗ることになった。実はこの運転手さんがフンデルトヴァッサーの大ファンで、車中、あれこれと説明をしてくれた。車内にはフンデルトヴァッサーの描いた舞洲工場のスケッチ画のコピーまであり、その余白には、たくさんのラクダが描かれていた。ボールペンで描かれたラクダの意味を運転手さんに問うと「私にはこの建物がアラブの宮殿に見えます。だからね、ちょっといたずらして、砂漠のラクダを描き加えました」とのことだった。
 
フンデルトヴァッサーも他人の建築写真に勝手に筆を加えていたが、自分のスケッチにまさかラクダを描かれるとは思っていなかっただろう。運転手さんのあまりにも「フンデルトヴァッサー・イズ・オン・マイサイド」的な解釈に思わず笑ってしまったが、その一方で、「彼のデザインによる建物がどうしてこんなにも人を惹きつけるのだろうか」という疑問が、ムラムラと湧いてきた。
 
一体どうして? もちろん写真からもわかるように、彼のデザインした建築は一見してファンキーな要素に満ちている。草屋根どころか、屋根には樹木が植えられている。屋根だけではなく、ところどころの窓からは木々が空間に枝を広げている。一般には水平が当たり前の床は、うねうねとカーヴがつけられ、ゆるやかに波をうっている。やむを得ず垂直に造られた壁は、まだらに彩色され、不規則に配置された窓が独特のリズムを刻んでいる。そのうちの多くは実は、「見せ掛けの窓」で、周辺には曲線の縁取りが幾重にも描かれている。駐車場の仕切りまでもが、上から見ると、まるでフリーハンドの筆記文字のように流れを描き、草が植えられている。あくまで均一であることを拒否し、ともすれば威圧的になりがちな建築の要素をくつがえす試みが、随所に施されている。
 
しかし、物珍しいデザインへの好奇心以上の魅力を、彼の建築デザインは秘めている。私が実感したのは「全身全霊をかけて自分の信じる建築を実現しようと闘ったアーティスト」への素直な感動だった。フンデルトヴァッサーほど、作品と生き方がクロスした作家は珍しい。彼は人生そのものが作品だった。人生に王として君臨した生き方への共感が、多くの人々を今も彼の建築作品へと向かわせるのだと思う
 
建築界の人々からは、エキセントリックで幼児的なデザインと笑われても、彼にはゆるぎない自信があったはずだ。だからこそ、彼は机上で夢想するだけではなく、実際に自分の理想とする宮殿を世界にいくつも造りあげることができた
 
その昔、人は土地と自分を結びつけるために「神話」を必要とした。ただの表層的な地面ではなく、「神聖な何かが宿る深い場所」と感じることではじめて、人は土地との関わりを結びあってきた
 
そうした特別な場所は、生活には必要がなくとも、魂にとっては大切な場所として守られてきた。そこに立つと、何故かは知らず、魂がグラッとするような不思議な気分になってしまう場所。仕事や生活だけで閉じていた時間が破け、少しだけでも世界が拡がって感じられるような、新しいなにかが生まれる「深い場所」。
フンデルトヴァッサーの建築を前にして、立ち去ろうとしない多くの人々は、無意識のうちに「現代の神話」を読み取っているように私には思えるのだ。まるで植物と一体化したような建物に、忘れかけていた大地との絆を取り戻し、塔の先端にある黄金のサークルを見上げて、都会の空にもさまざな色合いの光が降り注いでいることを実感する。
 
建築とは本来、その空間に身を置く人を見守り、内なる創造力を引き出すべき装置だと思う。しかし、いつしか建築は権威的で人を脅かす存在にすらなった。だからこそ、フンデルトヴァッサーは訴えた。建築とは、そこに暮らし、働く人がクリエイティブに生きる手助けをし、人の魂を守る大切なベールになるべきだということを。彼が半生をかけて訴えた建築へのアプローチは、アタマではなく、自分のココロとカラダを極私的に信じるという、アーティストならではのシンプルな手法だった。私にはそれが、前近代的であると同時に、また、激しく未来的な建築のあり方に感じられる。
 都市の排泄物を大気と大地に還すための2つの巨大工場。その塔を、雨上がりの西日が染めるころ、金色のボールを旋回して、一羽のカラスが工場の樹木に帰ってきた。舞洲のさらにその先では、産業廃棄物による海の埋め立てが、現在も進行中である。フンデルトヴァッサーが批判した、人間による自然破壊。その槌音が響くたびに、カラスは羽をバタつかせた。まるで、謙虚さを忘れた人間へ抗議するかのように。














以下の文は、
「通販生活」2005年春号誌上の記事
「公共事業クイズ」
(page200 掲載文)についての、私の反論です。


(その通販生活誌の記事の主旨は、
”大阪市舞洲工場建設は税金の無駄使い”というものですが、
他誌の記事なので文面までの紹介はいたしません)


通販カタログ誌である「通販生活」の連載記事、「公共事業クイズ」は、ユニークな内容で、私もこれまでは楽しみに読んできました。
 さて、2年間続いたこのコーナーの最終回(通販生活2005年春号)で、フンデルトヴァッサーが建築デザインを手がけた「大阪市舞洲工場」が取り上げられています。
 ところがその記事が、実に的外れな趣旨で書かれていると感じましたので、反論したいと思います。付記ですが、私は「通販生活」誌の長年の定期購読者でもあります。

同誌に掲載されたこの「公共事業クイズ」の編集意図は、”税金でムダな公共事業をしている事例を訪ね、そのアホらしさを広く知らしめるもの”だと、私は理解します。そして、これまでの記事は、その意図が十分に反映された、読み応えのあるものでした。
 ところが、最終回の「舞洲工場」の記事では、意図が曖昧なばかりか、この建物(公共事業)の果たしている役割が誤解さえされかねない記事になっています

通販生活の記事を読むと、どうやら主旨は、「ゴミ処理場にみえない奇抜な外観デザインが、よろしくない」ということのようです。
 そしてそのゴミ処理場の正面ゲートに大阪市が掲げている「エコロジー、技術と芸術の融合シンボルとなるようデザインされています」というメッセージに対して、記事は、『そうしたシンボルにはなれへん、なれへん!』と、コメントしています。

- 私は「通販生活」の以上2点の指摘は、まったくお粗末だと思います-

以下、その趣旨を記します。

第一の反論です。
 ゴミ処理場が、どうして奇抜な建築デザインであってはいけないのでしょうか? 舞洲工場をデザインしたアーティストのフンデルトヴァッサーは、建築というものが無個性で、画一的・常識的なデザインになることで、知らず知らずのうちに人間の意識を拘束し、その自由を奪うものであることを積極的に指摘した人です。その思想がベースにあって、日本の舞洲工場をはじめ、海外でも多くの建築デザインをしたのです。
 フンデルトヴァッサーは、欧米でつとに有名な”アーティスト”であり、建築畑の人ではありません。一見、奇抜に見えるフンデルトヴァッサーの建築デザインの根には、あえてこうした建築デザインをしてみせることで、人々に「自由な発想で表現のできる尊さ」を示したといえます。
 また「効率最優先の現代建築」に対して、いち早く警笛を鳴らしたのがフンデルトヴァッサーでした。彼の建築思想を詳しく述べることはしませんが、彼の指摘は、半世紀を経て、現代の建築家に大きな影響を与えているものと考えます。
 ゴミ処理場に見えないゴミ処理場があることは、街を豊かにこそすれ、貶めるものではない、と私は考えます。逆にいえば、なぜゴミ処理場は一見してゴミ処理場に見えなければいけないのでしょう?
 「通販生活」誌記事と同じように、この舞洲工場のデザインを”下品”だと感じる人がいるかもしれませんが、実際に現物を見てみると、ひとひとつのセラミックタイルの深い奥行きや植物と一体化した造形など、下品な感じはまったくありません。それどころか、ひじょうに良くできている建築です。

「ドイツ平和村」や「チェルノブイリ原発事故」などを長期で取り上げるなど、私はこれまでの「通販生活」誌は、<人間の自由を奪う暴力>に常に批判的な視点をもつ数少ないメディアだと思っていました。しかし、今回の「公共事業クイズ@」の記事は、単なる「見た目」のインパクトだけを狙った浅薄な記事にしか読めませんでした。

第二の反論です。
 フンデルトヴァッサーが半世紀前に提案した「環境建築思想」は、自然環境と建築という2つのものを結びつけた「元祖」といっても過言ではない、世界的意義をもった建築思想です。そして大阪市の舞洲工場は、日本におけるフンデルトヴァッサーデザインの建築として稀少かつ意味のあるものです。建築を学ぶ学生や、その指導者が、この舞洲工場を見学したことで、建築とエコロジーの問題に目覚めている事例を、私は数多く知っています。

現在、ヒートアイランド、地球温暖化の影響もあり、多くの建築(物)で、屋上緑化や雨水利用、太陽光発電などが取り入れられていますが、こうした発想を建築に結びつけた先駆者が、フンデルトヴァッサーなのです。その生き方は、以前、テレビの特別番組でも報道されました。
 生活の中でエコロジーを考えるのは「通販生活」誌の大きな特長だったはずなのに、今回の単なる興味本位なフンデルトヴァッサーの記事は、どうしたものでしょう。メディアが自分で自分の首を絞めているようなものと言わざるをえません。

最後に、当の「通販生活」誌で、公共事業として舞洲工場が法外な税金を浪費しているかどうかの肝心な検証が、まったくなされていません。私自身が以前に大阪市に取材したところでは、そのような事実は見られませんでした。また、建築デザイン費としてフンデルトヴァッサーに支払われた支出も、けっして法外なものではないと認識しています。

私は大阪市のスポークスマンではありません。フンデルトヴァッサーの思想に以前より深く共感する一個人です。そして、私以外の同じ人間のためにも、この文をまとめた次第です。

下写真は、フンデルトヴァッサーデザインの、現存する建築物。
自然環境と共存する彼の建築物は他にも多くあります。

 

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