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2006年2月、東京放送(TBS)の「きょう発プラス」という番組で大阪市にあるフンデルトヴァッサーデザインによるゴミ焼却場と下水処理施設が「税金の無駄使いではないか・・・」ということで取り上げられたと聞きました。私はこの番組を見ていませんので、内容についてはコメントできません。
しかし、以前にも同じような批判が、あるメディアに掲載されたことがありますので、こうした批判への私の意見を以下に書いておきたいと思います。
施設の機能とは直接関係のない装飾を施したフンデルトヴァサーの建築デザインが「税金のムダ使いだ」と指摘する人々の気持ちは、私にも理解できます。しかし、彼がその建築デザインを通じて提唱した「自然と建築の共生」について考える時、大阪市のゴミ焼却場と下水処理施設の持つ意味は、一概にムダと切り捨ててしまえるような単純なものではないと私は思います
現にヨーロッパにおいては、フンデルトヴァッサーのデザインした建築や彼の思想は、近年、大変に高く評価されています。それは、「人が自然の一部であるように、建築物は環境の大切な一部である」という、現在では常識になりつつある考えを、いち早く提唱した彼の思想が大きく評価されているからです。
もし、こうした彼の考えが本やアート作品でのみ提唱されていたら、その思想はおそらく極く一部の人にしか届かなかったでしょう。しかし、彼は多くの困難を乗り越えて、誰もが目にする都市の「建築物」として自分の理想を形にしました。そのことで、彼の思想は人々が実際に体験のできる、目に見えるものとなりました。彼に機会を提供したのはオーストリアのウイーン市当局の英断でした。そのことで、ウイーン市もまた今日大きな評価を世界から得ています。オーストリア政府もウイーン市を支援し、世界中で大規模な「フンデルトヴァッサー巡回展」を開催するなど、積極的に彼の思想をPRしてきました
こうしてフンデルトヴァッサーの提唱した思想と精神は、「建築という生活に密接な作品」を通じて人々の意識を今も変え続けています
大阪市がゴミ焼却場と下水処理センターの建築にあたって、デザインをフンデルトヴァッサーに依頼したのも英断だったと思います。しかし、行政が予算で建設する以上、その意義をPRし、広く理解を求めていく活動も同時に行わなければなりません
現在、大阪市は無料の見学会を継続して行い、パンフレットなども配布しています。実際に現地施設の担当の方々は、フンデルトヴァッサーの精神を理解した上で、自分の言葉で建物の意義を熱心に説明してくれました。しかし、大阪市が本当にフンデルトヴァッサーの精神に共感し、このゴミ焼却場と下水処理施設を世界に誇る建築として積極的にPRしているかといえば、私にはそのようには思えません。批判的な報道がされるにしたがって「面倒なことにならないようそっとしておいて欲しい」という逃げ腰の姿勢があるようにも感じます。
しかし、税金を使って建設した以上、大阪市には、積極的にこれらの建物の意義をPRする責任があるはずです。そうすることで、使った税金以上の価値を将来に渡って生み出していって欲しいものです。
また、メディアの報道姿勢は実に浅薄だと思います。現にTBSの番組担当者と名乗る人から私のところに事前に電話がありましたが、「フンデルトヴァッサーの建築の意義」などへの言及はなく、事務的な彼の肖像権の話だけに終始していました。大阪市の行政批判をするための道具として、この建築を利用することが目的だったようにすら私には感じられます。
私はテレビ等が「フンデルトヴァサーの建築デザインを批判するのが悪い」とは、けっして思っていません。たとえそれが文化作品であったとしても、公金を使う以上は、そのチェックは大切だからです。
ただし、もし報道するのであれば、事前に十分な内容の吟味と取材をするべきだと強く願う者です。せっかくの大阪市のユニークな試みが、行政の「悪しき前例」となり、公共施設の設計は、無難で、常識的な、誰からも文句のでない設計家に依頼されることになりかねないからです。
より詳しく、大阪舞洲のゴミ焼却場とスラッジセンターについて知りたい人のために、私の文(雑誌「TITLE」2005年2月号/文藝春秋社刊)を以下に転載します。
また、昨年、雑誌「通販生活」がムダな公共事業として指摘した記事への反論を同じ頁に掲載しています。
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