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●「本来なら辞められてもしょうがない…」
「攻殻機動隊」では”音響”にもこだわりたいという確固たるビジョンが押井監督にはあり、劇場版「パトレイバー2」(以下「パト2」)との差別化を図るべく、音楽を任せる川井憲次にも「パトレイバー」シリーズとは異なるアプローチで挑みたい意志を伝えます。監督の思想は”川井節”を構成する要素の解体から楽想の再構築を図るという方法論を望み、結果的に「本来なら辞められてもしょうがない…」というほど厳しい条件を提示しました。それは『あるタイミングでピアノが鳴り、ストリングスが流れる』などの一種のパターンを先ず封印する事から”川井”らしさを排除し、「パト2」の時に出過ぎてしまった”川井節”を制限することで作品としての差別化を図りたいと考えたからです。しかしこの時点で音楽に関する具体的なアイディアが存在したわけではなく、偶発的に聞いた川井が所有するタイの太鼓の深い余韻が、あの奇抜なサウンドの足掛かりとなります。
●…プロが存在しない?
太鼓にコーラスを重ねるにあたり、ビブラートの利いたクラッシック系の”声”が太鼓の余韻がかき消すという難題がいきなり行く手を遮ります。紆余曲折の末、ようやくブルガリアン・ボイスを用いることへと辿り着きますが、ソレは当地の民謡の一種であり、発声の出来るプロの合唱団が存在しないことが判明すると、再び計画は破綻しかけます。(プロが存在しない事はコントロールが図れないと言うこと)この窮地を救ったのが”民謡”が日本にある非クラッシック系の発声ではないかという川井の機転で、「らんま1/2」というアニメで仕事をした経験のある、お囃子のプロを招くことでこの問題をクリアーします。(民謡のプロが選択された事が、日本語で歌詞を組み立てる事に発展したと思われます。)
●「全世界に恥をさらす恐れもありますね」
太鼓と民謡の声を使う方針は決定したものの、ソレをどのように加工し楽曲を作ればよいのか誰にも分からないことがレコーディングの初日に判明し、当日は太鼓の録音のみで終了するという前途多難な状況で劇判づくりはスタートします。これまでのノウハウが完全に通用しない状況下で、なんとなくを積み重ねていった録音結果に自信のある当事者など存在するわけが無く、『全世界に恥をさらす恐れもありますね。へんちくりんな民謡がフワァ〜とか鳴ってて、これは恐ろしいですよ』と川井は相当のプレッシャーを覚悟しながら見通しのつかない作業を繰り返します。『コンセプトとして洋楽っぽくせずに、エスニック音楽を目指したいが特定の民族音楽ではなく無国籍なサウンドを目指すことで映画音楽としてとして成立させたい』押井監督の発想が具体化すると、使用楽器の制限という新たな規制が設けられます。ピアノ、ハープ、金管楽器、木管楽器、パーカッション(民族楽器で使うモノだけは可とし、「功殻」ではガムランの低音用のモノを用い、ソコでも女性の柔らかい手のひらで叩いた特殊な効果を使うなどの試行錯誤を繰り返します)など通常使われる楽器は殆ど使えなくなり、川井の負担は更に増して行きます。
●”U2”に勝って、凱旋
押井監督には川井憲次の実績に対し絶対の信頼を寄せていましたが、最終的にストリングをミックスしたサウンドにさえ完成した画像に音楽が符合するかは自信が持てませんでした。「…ダビングが完了した音に絵を合わせると異様に合っていた」という驚きのコメントからも、ギリギリまで不安が消滅しなかった危惧が伺えます。スポンサーの親会社が音楽関係の企業であることから音楽に多大な関心を寄せられた事も巨大なプレッシャーとなりましたが、海外の劇場公開時に決定していた”U2”による主題歌がエンディングに流れるという決定事項が、ビデオ・バージョンのみに差し替えられるという快挙は、プロデューサーから送られた最初の賛辞となります。作品のビデオ・セールスは海外でも概ね好評でビルボードのチャートで到達した実績が、日本国内のセールスでの免罪符へと化けます。
●最後に…
「パトレイバー」の最初のビデオ・シリーズのインタビューでも押井監督は、アニメーションの演出という理詰めの作業では、音楽の効果は絶対であり、作品のイメージは音楽で殆ど決まってしまうから、予算の無い現場でも3割から4割は掛ける価値があると言います。「攻殻」でも、通常以上に音楽効果に比重を置いた姿勢で挑み、音楽を担当した川井と共に究極的なサウンドを目指し、持論の正当性を見事に証明しました。当の川井自身も今回の仕事に満足したというコメントを残しており、両者の幸福な関係が何時までも続くことを願って止みません。
※参考文献「攻殻機動隊・PERSONA・押井守の世界」(徳間書店)等・参照しました。
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