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ACT.3 不夜城を見つめて
再び雨が降り出したことに気付いたのは、歌手の二人をロビーまで送り出した時だった。
MA室に戻ると”アフレコ”のために収集されたキャストの方々で、ソコは鮨詰め状態だ。某専門学校の生徒に混じり、本編のレギュラーである参謀や隊員など面識のある方々と久々の再会になったが、私は挨拶もそこそこに効果音の波形編集を再開する。
ヘッドフォンをする事で外部の情報を遮断するつもりだったが、珍しく厳しい檄が飛ぶディレクターの演出に思わず手が止まってしまった。冒頭のナレーションに関する指示だったが、ダメ出しの応酬に皆の表情は重く、指導を受ける本人の声にも動揺は隠せない。筈か”1分30”秒前後の時間を埋めるために相当な時間を消費したが、和やかな空気を一掃する事で現場に緊張感が生まれ、後の作業は比較的スムーズに進行して行った。もしコレが周到な計算に基づいた上での行動だとしたら、叱責を浴びた方には気の毒だが的確な作戦としか言いようがない。
アフレコが完了したのは13時40分で、現段階でスケジュールが”1時間40分”ロスしたことになる。スタッフの方に調達して頂いた、遅い昼食を口に運びながら残りの作業を逆算すると、21時前後の終了だけは、絶対にあり得ないことを確信した。
約1時間の休憩を挟んで、台詞の付いたVTRにBGMの貼り付けを開始する。その間にディレクターの準備した”効果音割付表”に目を通しながら自分の準備したモノの有無を確認する。劇伴がVTRに貼り付いたところで、実際に効果音を録音する準備へと作業は移行。演技というか操作はディレクター自ら行うので、ブースへの指示や判定は私の受け持ちになる。録音は全て、このスタジオで行って来たが、第1話のみバックアップが無いため、今回重複した作業を繰り返す。”コンセントを引き抜く音”や”プラグが外れる音”などシンセで加工が不向きなモノに限って保存されていない。とはいえ、あの1話を録った時は、誰もが続編の可能性を信じていなかったので仕方がないだろう。
試行錯誤を繰り返した結果、効果音の録音が完了した時点で18時は軽く過ぎてしまった。何となく空腹感はあるものの更に時間をロスする分けにも行かないので、皆ソレを口に出さない。録音した効果音の貼り付けが完了すると、私の準備したサウンドとライブラリーを併用した残りの貼り付けを始める。ディレクターの嗜好は充分理解しているつもりだったが、イマジネーションには誤差がある。例えば光線銃の音などだが、未合成のVTRを見たときのイメージでは”閃光”が標的に向かって伸びる音を想定していたが、合成後の映像は短い”光弾”が無数に交差しており、画面を見る限りディレクターの主張は正しい。万事このような調子で録音と修正を繰り返すが、作品の冒頭で怪獣が登場するせいかディレクターはご機嫌な様子だ。(怪獣の存在が精神安定剤のようで助かる)
それでも、足音を一歩ずつ各キャラクター毎に貼り付けるのは辛い。幾らデジタルでも長さを個々に調整し、タイムコードに合わせて入力する操作そのものはアナログだ。我々の地道な努力を嘲笑うように”地団駄を踏む描写”など嫌がらせは絶えることが無く続く。
タイムコードで約10分、大雑把に全体の三分の一が消化した時点でディレクターの大英断が遂に下った。「このままでは、明日が来ても終わりそうもないので、必要最低限の効果音以外は諦める事にします」皮肉なことに本人が終業時間を想定していた21時30分にその裁定は下った。
それから約1時間作業を進めて、22時45分に遅過ぎる夕食と成った。もうこの時点で食欲など無いが、何か食べておかないと後々辛そうだ。
大まかな効果音の貼り付けを完了させると、マスターリングと呼ばれる各音量の調整となる。この時点でエラーを見つけるのだが、ディレクターが自の失敗に激しく落胆していた。登場人物の呼称が統一されていないのだ。シナリオのチェックの時点から漏れていたのかもしれないが、大変な事になった。他の場所から必要な台詞(この場合は固有名詞)を切り貼りして凌ぐ方法もあるが、ニュアンスが狂う恐れがあるし何より不自然だ。ディレクターは暫しの葛藤の末、修正を見送る事を決めた。
困難は更に続き、本日最大の試練が訪れた。録り忘れたのは、主役ロボットがクライマックスで呼称する、必殺技に関連した省略出来ない台詞だ。ディレクターにオペレーターと私。どう逆立ちしても女性型ロボットの声をカバー出来る筈もない。重い沈黙がしばし続くと、途方に暮れる我々を尻目にディレクターはMA室を慌てて飛び出していった。気が付けば、既に日付は翌日に変わっている。近所にいる知り合いでも強引に呼びつけるのだろうか?市販された1話のVTRからサンプリングする手段などを私なりに模索していると、控え室から眠たげなディレクターのお嬢さんが現れた。「備えあれば憂いなしだろ」ディレクターは、父親から演出家モードに切り替わると、素早く指示を与えて録音の準備を始めた。「保険とまでは行かないけど、自分の身内なら万が一の場合、様々な用途に対応出来ると思ってさ」…親バカ撤回。この用心深さは、伊達に辛酸を舐めていない証と言えよう。
「…ターゲット、ロック・オン!」違和感のある明るい声が鬱蒼としたMA室に響いた。流石に子供の声であり、…幼い。しかし贅沢は言っていられない。ディレクターは懸命に指示を繰り返し、どうにか使えそうな台詞を引き出した。
午前1時過ぎにようやく大まかなトラック・ダウンが完了したが、録りっぱなしで放置されたままの主題歌のマスターリングなどが、まだ残っている。朝の録音時は余り気にならなかったが、改めて聴くとやはり声が両者共に固いようだし、最初の音程が低いパートは歌えていない気がする。中盤になると音程がフィットするのか別人のように歌えていて、その落差が凄くアンバランスだ。結論から言うと、やはり歌手の音域を把握した上で作曲しなければ”悲劇の回避”は難しいという事だろうか。何れにせよ、この主題歌は今回で三度目の改修だったので、次回が仮にあるなら別な曲が望ましいと強く思った。
いつも思うことだが”歌える人”を上手くコントロール出来ないことは歯痒いし辛いことだ。
午前2時に、音声に関する最終調整が完了した作品の最終チェックとマスタートラックのダビングを行い、午前3時前に何とか解散撤収となった。24時間とは行かなかったが、往復の移動時間を加えれば、ほぼ1日と言えよう。
雨は上がったが路面は相変わらず濡れていた。今日が日曜日であるにも関わらず、テレビ局に人影が絶えることは無い。私の車と入れ違いに局に到着した車がいたし、ロケ車らしいワゴンは玄関でアイドリングしたままだ。
私は寝静まった世界で”不夜城”のように灯りを灯す社屋を見上げ、長かった一日の終わりをようやく実感した。
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ACT.2 策士、策におぼれない(かも)
…感傷的な気分に浸っている場合ではい。
脊椎反射のような切り返しで、デジタルの件は忘れることにした。これから始まる大事に比べれば、私的な計画の頓挫など些細な事だ。早速ディレクターに用意して頂いた簡易スピーカーをこちらの卓(ミキサー)に接続し、主題歌フルバーションの再生を試みる。ブースから呼び寄せた二人の歌手には初めて聞かせるので、間奏の場所と2番への入りや、サビのリフレイン等々、細かな指示を与えてレコーディングに備える。両者の表情を見ていると、こちらが考えていたほど緊張していないようで、チョッと拍子抜け。(以外と精神的には逞しいようだ)
さて、今回はコレまでの重ねてきた失敗から学んだ教訓を元に幾つか作戦を用意してみた。
1.当日に完璧なリハーサルを追求する事で、声帯を疲弊させない。
2.プレッシャーになるような空気を現場に持ち込まない。(時間の事は、極力口にしない)
3.当事者の体調管理には万全を尽くしてもらう。
端的に言って1と3が満たされていれば、今回の収録に関しては上手く行くような期待があった。この主題歌は音域が万遍なくあり、中域から高域に掛ける声帯への負担はかなりある。そのため当日のリハーサルを執拗に繰り返すと、収録時に声量や音程が不安定になる事もしばしばだ。そのため今回は何度か某専門学校に通う度に練習の方針なども含め、的確な指示を与えたつもりだ。3に関しては最初のレコーディングで体験したことだが、今回と同様に早朝の収録に備えて早起きしたことが徒となり、直後に風邪をひかれたという苦い記憶がある。テレビ番組というのは非情で”放送スケジュール”が最優先事項であり、仕上がりが不味くても作品は期限に収めなければならない。あの日、最悪のコンディションで歌った本人を含め、収録に携わったモノ全てが”砂を噛むような思いで”ダビングを完了させなければならなかった。”歴史は悲劇の繰り返し”などという戯言が脳裏を掠めるが、10周年の記念作で同じ”轍”を踏むわけにはいかない。我々にもささやかながら学習機能はあるのだ。(本当に?)
ところが、8時30分を回ったのに立ち上げに手間取り、定刻通りに収録を始めることは出来なかった。(物理的に必然となる絶対時間)早くも作戦2に関する試練が襲うではないか。仕方ないので簡単なリハーサルを一通り行い繋ぐが、作業は一向に終わりそうもなかった。(…既に私の方がテンパっているし)
9時を回ってようやく録音開始。リハーサルと異なり収録は個々で進めることになった。最初のパートの方の録音を完了させてから、それに合わせてもう一方が歌うという形式になるが、単純に録音時間は倍掛かる。(30分押しているのに、コレは痛い誤算だが、声量とかも個々に異なるので修正の手間を考えると仕方がない措置だ)テレビバージョンとフルバージョンは分けて納めるが、比較的ミスも少なく順調に録り終える事が出来そうだった。
…が、パートナーの歌手の方から”フルバージョン”の方に関して”ダメ出し”が出てしまった。実はハモリのパートは、音程の関係で主旋律を歌う方が”オクターブ”低く最後をハモるのだが、構成的に最後のリフレインは両者の役割を入れ替えることを直前に私が指定したのだ。二人でハモっている時は、分からなかったが個別に歌うと音程が合っていない。ハモリパートだけ、後でダビングという方針で何度か録り直したが上手く行かない。録音を中断して私もブースに入って簡単なリハーサルを試みるが、両者が間違えずハモれるのは絶望的な確立だ。おまけに最後のパートは音域が高く、録り直しの弊害で懸念していた声帯への負担の兆候も徐々に感じられた。
仕方がないのでパートを入れ替える方針は諦めて、当初の予定通りの録音を再開する。2番手の方もミスが少なくて助かるが、声の固さは若干在る。しかし、”音程と歌詞の間違い以外は基本的に目をつぶる”というのがディレクターとの有事の際の取り決めだ。歌い続ければ調子も上がってくるが、同時に声帯は確実に消耗する。贅沢は望めない状況なので、私はレコーディングを切り上げた。時間は10時を少し回っている。予定されていた1時間はほぼ使い切った事になるので、人事は尽くしたことになるだろうか。
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2003年12月6日(雨)
●その15「おそらく、いちばん長い一日」
ACT.1 デジタル・レコーディング化計画の挫折…
セットしたアラームを聞くまでもなく、同日午前5時前に目覚めた。夕べの作業を確認すべくPCに電源を投入し、OSが起動する間に各機材も立ち上げる。ソフトが開くと、レベル調整が粗いサンプルの放つノイズがヘッドホーン越しに頭へ響いた。辺りが暗いのは、日ノ出が遅いだけでない事が微かに響く雨音から連想できた。…やはり雨は降ったようだ。
確認作業に30分は費やしただろうか?結局のところ、現時点でエラーを確認しても改修する余裕など無いはずだったが、老婆心というか慎重に構えすぎたのが裏目に出たようだ。電源を落とすと素早くシステムを解体して、準備した大型ケースに各種機材を収納し大きめのビニール袋で梱包する。それでも収まらなかったミキサーやサンプラーは、クッションを巻いて別ケースに移して何とか車に搬入。時計を見ると6時近かったので簡単に身支度を済ませ、ナビを某放送局にセットした。土曜の早朝という事を考慮して、一般道からルートを選択。途中コンビニで簡単な朝食を調達し、効果音源関連のCDを再生しながら再びハンドルを握る。路面は僅かに濡れているが車中に積載した機材はどれも衝撃厳禁なので、安全運転厳守を心掛けよう。
7時半を回った頃にスタジオに到着。受付で手続きを済ませて通行証を受け取る。相変わらず私の実名は読みづらいようなので読み仮名を振っておく事も忘れない。インターホンで私の到着が報告されると、しばらくしてディレクターが重い表情を引きつらせて現れた。眠そうなのはお互い様だが、向こうは無精ひげが放置された事で翳りにもリアリティがあった。
控え室に機材を運ぶと、ホワイトボードに落書きをする少女を呼び寄せて「うちの娘だよ」とディレクターから紹介された。よく見れば本編の登場人物の一人のようで、役者の有志を拒んでまで使ったディレクターの意外な親バカ振りに少々戸惑った。
7時45分に総称”MA室”と呼ばれる録音編集スタジオに入り、今朝解体した機材を再び組み上げる。流石に自分でも手慣れた作業となったが、ハード・ディスクの損傷等を含め状況を把握したいので若干焦り気味だ。束ねたコードを抱えていると、最初の録音のためにスタジオ入りした歌手の方々が到着した。私はシステムの稼働に全力投球するため室内の奥にある録音ブースへ彼女たちを案内すると、しばらく待つように告げて作業を再開する。
オペレーターの方が一段落したようなので、双方のデジタルによる出入力はどのように接続するか尋ねてみると、こちらのシステムを一瞥しながら「…コアキシャルだけか…」と呟いただけで考え込んでしまった。要するに我々のような民生レベルではデジタルと言えば、コアキシャルかオプチカルによる端子をイメージするが、放送用の規格はキャノン(プラグ規格のことで、カメラで有名な企業名とは異なります)が主流であり、当然デジタル・ケーブルもキャノンタイプの端末しか扱わないという事らしい。私は苦渋の選択をし、アナログによる入出力が可能なことを確認すると、赤と白のステレオプラグを自分のデジタルミキサーに接続した。デジタルで作ったデーターをアナログで出力するが、受ける側はデジタルだという何とも不毛な結末に全身の力が抜けそうに成った。良く見ればそのステレオケーブルも何処かにあったビデオデッキから持ち出したようで、黄色の映像端子が繋がれないままぶら下がっている。
半月以上も掛けて試行錯誤を繰り返したデジタル化計画は、この瞬間に音を立てて崩れて行った。(泣)
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