
毎週週報に掲載の「北部日記」からのピックアップです。
| <10月5日> 神学生のとき、研修のひとつとして、有志で海外の教会を訪問する機会があり、フィリピンの教会を訪れたことがあります。 当時のフィリピンは、独裁的なマルコス政権が倒され、人々の期待を担ってアキノ政権が発足した後でしたが、アキノ政権もまたひとにぎりの富裕層に牛耳られていることがしだいに明らかになり、貧しい人々の状況はいっそう厳しいものとなっていた頃でした。街ではスラムが拡大し、農村でも農民たちが土地や生活基盤を奪われて「国内難民」となる問題が深刻になってきている状況でした。 「アジア唯一のキリスト教国」ともよばれるフィリピンでは、いたるところに壮大な会堂がそびえています。しかし、絢爛豪華な教会にあきたりず、貧しい民衆とともに生きる教会を形作ろうとして献身している牧師や神父も少なくありません。 研修の際、現地の関係者が案内してくれたのは、そういう街なかの貧しい人たちの教会のひとつでした。街の集会所のような質素な一室での礼拝に参加させていただきましたが、ちょうどその日は教派を超えた合同礼拝の日で、プロテスタントの牧師とカトリックの神父がひとりずつ、普段着のままで前に並び、共同で聖餐式を司式しました。そこに日本からの私たちも加わったことをも、皆で喜んでくれたのでした。 主の聖餐が、隔てられているものを共に招いて結び合わせ、この世に平和の希望を告げるものであることを教えられた思いでした。 |
| <9月28日> 私が聖書の中で大好きな箇所が2箇所あります、長いので引用はしませんが、一つ目は「イザヤ書40章27節〜31節」もうひとつは「マタイによる福音書7章7節〜12節」です。 20代前半の私には、この文章の意味が良くわかりませんでした。マタイは何度も読んでいたので、「ふ〜ん、そうなんだ。」位にしか思っていませんでしたし、イザヤ書は、教会から色紙で頂いていたのですが、「ずいぶん勇ましい文章だなぁ」位にしか思っていませんでした。 20代後半の頃からだんだんと意味がわかるようになってきました。これは、ちょうどその頃、非常に辛い経験を何度もしたからかも知れません。 マタイには「門を叩く者には開かれる」とあります。この門が「運命を開く門」だとすると、その辛い経験をするまでの私は、控えめに「コンコン」と叩いて「あ〜、やっぱり開かないや。」とすぐに諦めていました。でも、20代後半の辛い時期の私は、槌でも持ち出して門を破壊する位の勢いでぶん殴ってました。それくらい切羽詰ってました。 でも、そう安々と開かないんです。もう頑丈で頑丈で。何度も疲れ果てて嫌気が差しましたが、イザヤ書の言葉を信じて、尽き果てた元気を無理やりひねり出して叩き続けました。 結局、門が開いたのか、はたまたぶち壊してしまったのかはわかりませんが、とりあえず辛い時期は過ぎ去って行きました。 私はこれからも、門にぶつかったら叩きまくるでしょう。何度も何度も力いっぱい、諦めずに叩けば、いつか必ず開くのだから。神様に「もうちょっと優しく叩いて」と言われたら一考しますが。 (佐々木俊亮) |
| <9月21日> ようやく残暑も一段落、涼しい風の日々になりました。「学びの秋」ということでしょうか、教区でのさまざまな研修や学びの機会が続いています。 9月5日、NCC教育部の大嶋果織さんの講演会がありました。教会学校の歴史を踏まえ、今、教会がこどもとたちと共にどう歩むのか、考えされられました。ここで紹介された、日本の教会学校(日曜学校)100年の歴史をまとめたDVDを買ってあります。皆で見る機会ができればいいですね。 11日は、「9・11」から7年の平和祈祷会では、山本光一さんのメッセージに、「パウロは、迫害した相手から、一番大切なことを学んだ。私たちは、イラクの人々から何を学ぶか」と問われました。 12日、美唄で「炭鉱講座」として、郷土史家の白戸仁康さんの講演を聞きました。美唄の町の戦前から現代にいたる歴史を、炭鉱の消長を軸に、たくさんの写真やグラフで示され、わたしたちの生きる土地と時代をあらためて認識しました。 15日は、「収穫感謝の集い」で、余市の「いのちの園」に行き、6月に種をまいたトウキビやエダマメなどを収穫してその場でおいしくいただき、また「いのちの園」の村上さんご一家(洞爺湖教会員)の暮らしやお話に、「いのち」「食べ物」を学びました。その帰りがけ、ちょっと小樽の港によって釣り。小さな魚をちょうど6匹、収「獲」し、晩のおかずになりました。 キリストの福音は、私たちの生活のあらゆる場面すべてにかかわるものです。信仰の目をもって、生活のすべてから学んでいきたいと思います。 |
| <9月14日> 『北海教区通信』秋号がとどきました。特集「会堂建築あれこれ」として、三つの教会の会堂建築の経験が紹介されています。また、現在、美馬牛福音伝道所と、札幌北部教会が工事中であることも紹介されています。 前後して、美馬牛福音伝道所の会堂建築募金の趣意書も届きました。読みながら、感慨を覚えずにはいられませんでした。 8年前の道北地区集会で、美馬牛の信徒の方が、伝道所の現状を報告されました。信徒数は3名、旭川星光伝道所の清水真理牧師がずっと兼牧をして、日曜の午後、車や汽車で美馬牛に通って礼拝をしています。既に会堂は危険なまでに老朽化し二階に上がることもできず、冬は朝からストーブに火を入れて午後の礼拝にやっと備えています。新会堂を、との願いは、とうていかなわないものとして、将来を思い描くこともできず、それでも今日の礼拝をけんめいに献げる思いをせつせつと語ってくれました。これをきっかけに、道北地区で美馬牛伝道所を支援する動きが始まり、交わりを深め、会堂建築にむけての協力体制を整えてきました。小さな群の信徒たち、またつながる諸教会の祈りが、いま、形となり、来年7月の献堂を目指して工事が始まっています。主のみわざを見る思いです。 ところで、取壊される美馬牛伝道所の現会堂は、約50年前に取壊された旭川豊岡教会の会堂(1906年建築)の廃材を用いて建てられたものです。できれば、百年にわたって二つの教会を守ってきた木材を手にとって、多くの信仰者たちをしのんでみたいとひそかに願っています。 |
| <9月7日> 8月は私共の国では太平洋戦争と原爆の犠牲者を悼む月である。戦争の記録など特別に放送されて本当に過酷・悲惨な時代であった。再びこのようなことは起きてほしくないと思う。この時代を通り抜けてよく生きてきたと思う。あらゆる希望と計画を断ち切られ、只生きるために過ごした日々は本当に厳しい時代だったとつくづく思います。 「戦争は、国家社会の構成員が一丸となって殺人行為に従事している一つの行動です。その際、禁じられている「殺人」は問題となるか、という問いの前にすべての人々が共に立たされている」(カール・バルト)しっかりと心にとめて行きたい言葉です。ヴィーゼルという人の『夜』というドイツの強制収容所でのできごとは、とうてい忘れることのできない場面を知らせてくれます。収容所内で破壊活動の故に捕らえられた3人の中に少年がおりました。死刑台で3人は絞首刑になるのですがこの少年は若さと体重の軽いこともあって長い時間苦悶するのです。沢山の人が見ている、共に苦しみ、悲しみの果てに私のうしろで誰かが叫ぶ「神様はどこだ、どこにおられるのだ。」そして私の心のなかで、ある声がその男にこう答えているのを感じた。「どこだって。ここにおられる―ここに、絞首台に吊るされておられる…。」 「神さまはどこにおられる!」私共のつらい時、悲しい時の永遠の問であります。しかし神、神のみ子は苦悶のうちに十字架にかかられた人類はいつまで主イエス・キリストを十字架にかけつづけるのか! (大野一夫) |
| <8月31日> 1978年7月16日、札幌北部伝道所は、臨時総会を開いて「会堂を利用して幼稚園を開設する件」を決議、名称を「太平子供の家」としました。そして9月4日、12名のこどもを迎えての入園式が行われたのでした。 それから30年となるこの夏、後援会がよびかけて「太平子どもの家30周年記念同窓会」を行いました。当日、実際に参加されたのは約80名でしたが、出席できなかった方々からも、たくさんのメッセージが寄せられました。榎本栄次先生始め歴代の牧師(園長)からもメッセージをいただき、ビデオや写真と共に、なつかしく振り返る時をもつことができました。 「太平子どもの家」は、ずっと行政の認可を受けない無認可の「幼稚園」として運営されてきました。公的な補助を受けられないのは大きなハンディでしたが、またそれだからこその自由な活動もできたのではと思います。2001年度以降、「幼稚園」から「子育て支援」の働きへ転換するという大きな決断をなすにあたっても、開設以来うけつがれてきた自由で大胆な創造性が基盤となったといえるのではないでしょうか。 30周年の節目は、はからずも新しい会堂の建築工事の開始という時に重なりました。場所を移り、新しい環境での活動が展開されていくことになりますが、そこでもきっとまた「太平子どもの家」らしい自由な創造性を発揮して、こどもたちと、その家庭のための、よい働きを展開していくこととなるでしょう。そして、これからまた30年の後、ろくろく公園となりの「子どもの家」をなつかしむ多くの人と集うときを思い描いています。 |
| <8月24日> いよいよ会堂建築工事が始まりました。ろくろく公園となりの現地では、着々と工事が進んでいます。日々の現場の様子を「ブログ」で伝えています。教会のホームページからごらんください。 今日、新会堂の定礎式を行います。礼拝の後、みんなで現地に行って、そこで聖書のみことばを聞き、また主への感謝と願いの祈りを献げます。ここに至るまでの主の導きとはからいを思い起こして感謝し、またこれからのわたしたちのつとめをあらためて覚えたいと思います。 「定礎」とは言いますが、今の建物には、実際には構造上の「礎石」があるわけではありません。ですから、定礎式は、むしろ「建築」というひとつの事業の、目に見えない基盤を確認する機会と考えていいでしょう。わたしたちの「会堂建築」という業は、何よりも主のみこころによらなければ、なし得ないことです。また、このわざは、建築委員会でも牧師でもなく、わたしたち北部教会という信仰共同体そのものがみ旨を信じてなしとげていくものです。そうした意味をこめて、定礎式にあたっては、聖書と、そして北部教会の群れ全体をあらわす、記念誌と名簿、そしてそれぞれ記名した色紙を、新会堂の基礎の中にすえることとしたいと思います。 また、この機会に、実際に工事の作業に携わってくださる現場の方々のためにも祈りを献げます。わたしたちの願いと思いとを形にしてくれる、もっとも具体的な協力者です。工事が安全に進められ、皆が気持ちよく作業できるよう、主に願い求めましょう。 |
| <8月17日> 「堪忍袋」という言葉がある。これは、堪忍をする度量を袋にたとえて言う語だ。さて、その「堪忍袋」が神様にはあるのだろうか。私たちは、神様に対してお祈りをする。これはクリスチャンだけではない。一般の人もそうだ。例えば、「幸せになりますように」とか、「健康でありますように」さらには、「お金持ちになれますように」なんて人もいるだろう。とにかく数え切れないほどの願いがあり、それが毎日祈られている。けれども、そんな願いを聞かされている当の神様は、これらの願いをどのように感じているのだろうか。 神様はご自分に似せて人間を作られたが、人間は強欲な生き物。そんな人間欲をいつまでも神様は聞いてくれるのだろうか。むしろ、堪忍袋の緒が切れるのではないかと思ってしまう。自らの欲のために散々破壊した地球を横において、「地球環境がよくなりますように」なんてお祈りしたなら、それこそ神様の逆鱗に触れるのではないだろうか。 では、私たちはどうしたらいいのだろうか。それが何かは私にも分からない。けれども、一人ひとりが何かを真剣に考えることで、神様の堪忍袋が小さくなり、神様の御心に叶う働きができるはずだと思っている。(菅原只行) |
| <8月10日> 我家に小さな庭があり、そこに今年は二本のトマトが赤い実をつけ、一本のぶどうの木がわずかばかり青い実をつけました。 七年前、初めてトマトを育てた時です。店員さんが「よく日の当る所に置いて三〜四週間したら外に植えて下さい」と言いました。忠実に守った私は午前は南の窓、夕方は西の窓に置き、よくよく日に当てて毎日水やりをして大事に育てました。ある日、随分遅くに赤くなった実はそれは酸っぱくて苦いミニトマトでした。ある友人は「トマトは自分では歩きません。もっと自然に」と言い、農業をしている友人は「水は欲しがってからやるように」と言いました。幼少期にいじり過ぎるとこんな風になってしまうのか…と反省した一年目でした。子育てとも通じるのでしょうか。 そしてぶどうの木は、と言えば私も夫も鑑賞こそすれ手入れをしないので年によって小さな房だったり葉ばかり茂ったりしています。 「私につながっていなさい。私もあなた方につながっている」 好きな例え話です。「よい実を実らせるためには毎年新芽を少し残して剪定し、確認が大切。自分自身の生き方も確認してゆくことが必要」との矢島先生の言葉と重なります。又、地球温暖化の影響でぶどうの生育状態も変化しているそうです。又、自ら命を絶つ人の多いこの頃ですが、ぶどうの木のように人とつながることでどんなにか救われるでしょう。 一本のぶどうの木が様々なことに思いを巡らせてくれます。 (杉目裕子) |
| <8月3日> 私は認知症の高齢者が生活するグループホームで働いています。ここに勤めるまでは認知症というものがよくわからず、本人は苦しみというのはあまりないのだと思っていました。ところがそれはまちがいでした。日中穏やかに過ごしていた入居者さんが夕暮れになると急にそわそわしだし夜間徘徊がはじまるということがよくあります。 夜間居室から出て来て「奥さんここどこなの、私なんでここに居るの?」と不安になったり、「私何もわからなくなっちゃった、助けて」と言って混乱してしまう人などがいます。不安が不穏になり不穏から色々な問題行動が起こってきます。本人は何もわからないから苦しくないのではなくてわからないから傷つき苦しむのだということがわかりました。又このような問題行動はなぜか夜間に多く起こるということも分かりました。 グループホームはたいてい夜間の勤務者は一人です。一人で9名の入居者さんのお世話をします。その仕事内容はとてもハードです。このような夜間の不安の対応をしつつ車椅子利用者のトイレ誘導。オムツ交換。2時間おきの巡回。その他に調理、洗濯、記録記入などの雑用をこなします。時には熱発などの体調不良者が出たり、転倒事故が起こる事もあります。夜勤者は気の休まる暇がありません。 日本の認知症介護の現状はとても貧しいと思います。せめて夜勤者を二人にして、ゆき届いた介護ができるような基準にして欲しいです。(松本直美) |
| <7月27日> 長い間、祈り備えてきた会堂建築の工事が、まもなく始まります。 今、施工契約にむけて、工事の経費の見積もりをすりあわせる作業も進めています。施工は、メデル蝦名建業株式会社にお願いすることとしています。 ご存知のように、現会堂も蛯名建業さんによるものです。当時、小さな群れであった札幌北部伝道所にはとうてい力が及ばないと思われた会堂建築の計画でしたが、蝦名さんが引き受けてくださり、厳しい制約の中、よい建物を建ててくださいました。 当時の榎本栄次牧師は、建築にあたり「基礎をしっかりすること」「骨組みをしっかりすること」「グラスウールを充分入れること」「赤字をださないこと」と条件を出し、「これさえ充たされたら、あとはベニヤをはったものでもかまわない」と言ったそうですが、これらの条件は、今回の設計に当たった北海道建築工房の小室雅伸さんの方針とも重なります。基礎と構造、そして断熱とコスト積算にこだわり、内装・装飾は極力はぶく設計です。蝦名さんとも息のあった作業を進められそうです。 とは言え、このところの資材等の急騰もあって、財政的にはぎりぎりの計画です。これから外部に多くの支援をお願いしなければなりません。わたしたち自身、祈りを合わせ、力を注いで、この計画の実現を願い求めていきましょう。 |
| <7月20日> ☆先週の日曜日、毎年恒例のソフトボール大会が行われました。今年の北部教会は、去年の主力だった*藤J・*藤*史の二人を欠いて危ぶまれていましたが、ふたを開けたら3試合を全勝、堂々の優勝でした。K世と*る投手をはじめ、こどもたちも大活躍。いっぽうでその後ひそかに筋肉痛に泣いていたのは・・・。 ☆14〜15日、教団の常議員会が開催され、かねて問題となっていた「退任勧告」に関連して「北村教師に対する戒規申し立て」が山北議長から提案されました。未受洗者への配餐を理由に、教師委員会が戒告・停職・免職・除名といった処分を行うよう申し立てるというものです。常議員会がそういう申し立てをすることは規定になく、「このような提案じたいが違法だ」と退席者が相次ぐ中、多数決で決定、教師委員会にはかられることになりました。これに関し、「聖餐を理由に互いを退けない」という札幌北部教会の「声明」も紹介されましたが、常議員会での議論に反映されることはありませんでした。 ☆17日の教区常置委員会で、札幌北部教会の会堂建築計画が承認されました。「楽しそうな会堂ですね」「夢があっていいなあ」などと励まされました。すでに教会の土地の交換については登記手続きが完了、建築確認申請の手続きをすすめています。着工は来月はじめの見込みです。資金面では、教区に借入を申込み、またいっぽう全国募金を呼びかけるための趣意書を作成中です。この計画が、み旨にかなって導かれるよう祈り続けましょう。 |
| <7月13日> 円山の小さな認可外保育園でSさんに偶然出会った。保育関係で知り合った仲。しばらくぶりなので、次々とたまる話をしている内に、「え〜っ、あなた、矢島さんの奥さんってわけ? 知らなかった。それじゃ、牧師夫人ってこと?」「一応、まあ。」「昔、うちの教会の牧師が決まるまで代務者として来て下さってたのよ。」「へ〜、先生がクリスチャンとは今の今まで私も知らなかった。隠れクリスチャン?」「いや、違いますよ。堂々と教会に通っていますよ」「そうか。私はやっぱり逸れクリスチャンなんだ」 この時、この4月から月に一度、朝日カルチャーセンターの講座で「古代オリエント文明と旧約聖書」を学んでいることをSさんに話した。矢島は神学部の学生時代から旧約聖書に関心を持っていた。彼の聖書の横に二冊の岩波文庫、池田裕著「旧約聖書の世界」と山我哲雄著「聖書時代史」が並んでいるのが気になっていた。朝日新聞の案内で山我哲雄の名を目にしたとたん、受講することにしたと動機を話した。すると、Sさんも早速、講座の参加手続きをされ、5月から一緒に旧約聖書を学ぶことになった。講座が終わると夕食介助に戻るまで、Sさんと美味しいコーヒーと語らいを楽しんでいる。「教会の旧約聖書を読む会に出てもピンとこなかったの。でも、聖書が生まれた歴史的背景をこうして学ぶと面白いね〜」「ほんと、旧約聖書の聖句、物語やパレスチナ問題が身近に感じられるね」 Sさんとの出会いにおまけがついた。矢島が10数年前にイスラエルを旅した時の写真がどっさり整理しないままになっている。何と、その旅に山我哲雄先生もご一緒だったと判った。写真の整理の手がかりをいただけるかも知れない。出会い、学び、つながりに感謝!感謝の日々。 (矢島満子) |
| <7月6日> テレビのBS朝日で放送されている、韓国ドラマの商道(サンド)というのが好きで見ています。 ドラマの内容は、苦難を乗り越えていく商人の話です。主人公の名前はイムサンオク、サンオクの父親は宮廷の訳官(中国語の通訳者)になりたかったのですが、宮廷内の不正等にあい訳官の試験さえも受けられませんでした。サンオクは幼い時から父に中国語を習い、訳官になるよう教育されてきました。青年になってもサンオクの家は貧しいので、父子は商人の荷を運ぶ馬子(まご)になりました。そこで父子は運んだ荷のことで商人の罠にはまり罪人になりました。父親は死刑、サンオクは助かりました。サンオクは訳官になることをあきらめ、知恵と才能を駆使し誠実な商人になっていく、という物語です。 ドラマのせりふで「商人は金を残すものではなく、人を残すものだ」と何度か出てきます。その言葉が印象的で、商売をしていたら利益ばかりを求めてしまいますが、人が財産なのだと思わされました。それと同じに私は神様から育てられている、この世に残されているという自覚があるだろうか?勝手気ままに生きていませんか?と自分に問うた時にもなりました。(山本弘子) |
| <6月29日> 先週、日本キリスト教会の北海道中会(教区にあたる)の教師研修会で「こどもと共にささげる礼拝」というテーマで話をしてきました。札幌北部教会でのとりくみなどを紹介して欲しいということで、スライドを含め1時間半の話と、その後1時間ほどの質疑の時間をもったのですが、信徒も含めて60名以上の参加者があり、関心の高さがうかがえました。 北部教会だけでなく北海教区全体の現状もあわせて紹介しようと資料を整えていくなかで、多くの教会で「こどもも教会の大切なメンバー」という意識が深まっていることを改めて認識しました。これは、「どうやったらこどもが教会に来るか」という問題ではなく、「教会を形作っているのは誰か」という問題なのだ、と再確認させられたのです。 また先日は、教団の「教区伝道委員長会議」が「高齢者への伝道」をテーマとして開催されました。ところが、協議の中で「高齢者を伝道の対象としてその方法をあれこれ考えることより、まず教会の中にいる高齢者の賜物を認識しよう」と指摘され、「高齢者には、ゆたかな信仰、霊的な力が与えられているのであり、それをしっかり受け継いでいくことが教会にとって大切だ」という認識を共有するにいたりました。 北部教会では、年配の信徒が、礼拝でこどもに信仰のお話をしたり、こどもの家で若いお母さんやこどもを手助けしたりというかかわりがごくあたりまえに行われています。また、こどもたちも、礼拝の椅子を並べたり、バザーで働いたりと、教会の一員として活動しています。実に、ここにこそ、日本の教会の希望があるのかもしれません。 |
| <6月22日> 東北地方で大きな地震が起き、多くの人々の命と生活を苦しめています。教会関係では直接大きな被害はないようですが、地域や信徒の生活は、これから厳しい影響が懸念されます。先日の中国・四川省での大地震の報道も続いている中、自然のスケールの前に人間の営みが、いかに小さなものであるか思い知らされます。まもなく北海道で開かれるサミットは、「環境」を大きなテーマとしていますが、人間が地球環境をうんぬんすること自体のおこがましさをさえ考えてしまいました。 讃美歌「こすずめも、くじらも」は、こどもたちも大好きな歌ですが、少しわかりづらいところがあります。「こすずめも、くじらも、空の星も、造られた方をたたえて歌う」「大地震も、嵐も、稲光も、造られた方に助け求める」とありますが、こすずめやくじらが神をたたえるのははともかく、いったい大地震や嵐が神に「助け求める」のでしょうか? 実は、原詩を直訳すると「すずめの神、くじらの神、渦巻く星の神。被造物は畏れ、被造物はたたえる」「大地震の神、嵐の神、突風の神。被造物は嘆き、被造物は助けを叫ぶ」となります。すべてを創造し、支配される神の前での、人間を含めた被造物の姿をうたっているのです。 美しく精妙な命と自然の不思議さに触れるとき、わたしたちは、それを造られ支配される神を畏れ、賛美します。それとともに、人間をはるかに超えた猛威をふるう自然の力に直面するとき、それをも造り支配する神にむかって、嘆き、助けを叫び求める被造物のひとつとしてのわたしたちを思わされるのです。 |
| <6月15日> 東京・秋葉原での事件について、連日報道されています。新聞に、加害者がインターネットに書きこんでいたという日記のような文章が掲載されていました。読むと、この社会の抱える問題が見本のように並んでいるのに慄然としました。 「親が教育熱心で、小さい頃は親の期待に応えるいい子だった」という家庭や教育の問題。「青森から、自動車関係で中部地方へ」という、経済構造・地方格差の問題。「容姿に劣等感、彼女ができない」という若者の価値観の問題。「派遣社員として厳しい労働条件で働き、雇用は不安定でリストラの不安にさらされていた」という労働問題。「携帯電話とインターネットをいつも利用、ゲームに出てくるナイフを買い、秋葉原に」というデジタル化社会の問題。さらには「ワイドショーに出る」「この書き込みも、さらされるだろう」「こんなコメントが出されるだろう」という書き込みには、マスメディアの問題・・・。 そう考えると、社会のひずみがひとりの人格に集中してこれをゆがめ、怒りと絶望に追いやり、多くの人の命を傷つけ奪うに至らせたとも言えます。だとすると、この事件が起こったのは、けっして、この一件だけの、偶然の、特別な例ではないということであり、ますます暗い思いにさせられます。 それだけではありません。こうした社会のゆがみによってふくれあがった怒りと絶望が他者への攻撃に向かうことを利用するのが、軍隊であり戦争であることは、歴史が教えています。異常に高まっている社会のひずみの圧力を、軍事の推進力にしようという企てが進められることのないよう、いっそう心していかねばなりません。 |
| <6月8日> 「シン チャオ!(こんにちは!)」「コー ホエ コン?(元気?)」「ディー ダウ?(どこ行くの?)」これは私がベトナムで最も耳にしたベトナム語です。バイクタクシーやシクロ(人力車)の運転手、飲食店の店員や旅先で出会った人など、町を歩けば、とにかく色々な人からこのように声をかけられるのです。初めのうち、私はこれを「嫌だなぁ。どこへ行こうと私の勝手でしょ。少しほっといてくれたらいいのに。」と思っていました。常に誰かに自分のすることが監視されているようで、気味が悪かったのです。しかし、いつの頃からか、そういう人たちとのおしゃべりを楽しんでいる自分がいました。会うと必ず自転車を止めて、立ち話をしているのです。そして、知らず知らずのうちに、彼(彼女)らから元気をもらっていることに気付かされました。 以前日本語学校で一緒に働いていたサン先生と、日本人とベトナム人の違いについて話したことがありました。会話の中で彼は、「僕は日本人が好き。でも、日本人は何となく、人との関係に距離をおいている気がする。そこがちょっと寂しいかな。ベトナム人はね、色々な人と仲良くなりたいし、相手のことをもっと知りたいと思うから、壁をつくることを嫌うんだ。」と言っていました。その時、孤独が原因で起きた、日本の自殺や餓死などの事件がふと私の頭をよぎりました。もしベトナム人のように、しつこいぐらいにその人に注意を払う人がいたら、その人は助かったかもしれない、と。 日本に戻った今、あのおしゃべりが懐かしくて仕方がありません。 (後藤絆奈) |
| <6月1日> 先々週の土曜日、*谷さんから送られて来たメールで、藤原先生が天に召された事を知り、いてもたってもいられず日曜の礼拝後、札幌へと飛びました。そして月曜の夜、東京に戻ったのですが、体力的にはきついものでした。実は、学生会の行事を執行部の一人として企画・運営したり、授業で発表を一つしたりと、目まぐるしい週を過ごした後だったのです。しかし、へとへとになりながら東京に帰って来て気づいた事がありました。不思議と心が生き返っているという事です。 理由はすぐにわかりました。告別式でそらち先生を通して語られた、藤原先生の説教に大きく支えられたのです。藤原先生は、苦しみの中にあるときこそ、視点を変え小さくても感謝出来る事を見つけなさいと、メッセージを残されました。神学校に入ってから二ヶ月、日々の生活の中で細々とした問題を抱えうんざりし、どんよりしていた私に、先生のメッセージはまさにピンポイントでした。私に欠けていたものは、まさに感謝でした。そして感謝を少しずつ思い出していった時に、私の心は少しずつ息を吹き返し、問題に向かっていく勇気が起こっていきました。藤原先生との出会いに、心から感謝しています。 さて、なんだかんだ言って(?)、神学校の日々はとても充実しています。授業は、積極的な質疑・批判を先生の方から求められる雰囲気で、ぴったりです。学生会や寮生活などでは、ぶつかり合いながらも少しずつ信頼関係を作ることが出来ています。そんな中、川崎にある「M教会」を出席教会に決めました。 Blessings! (佐藤真史) |
| <5月25日> 札幌北部教会の協力牧師であり、北海道クリスチャンセンターの館長であった藤原亨牧師が、5月15日、天に召されました。この日、病室をお訪ねした直後でした。枕元で聖書を読んで祈り、「今日はこれで失礼します。また来ます」と告げると、かすかに口を動かして挨拶してくださったようでした。12時30分ごろ病院を出たのですが、まもなく容態が急変、12時54分、その生涯を閉じられたのでした。 札幌に来られて2年、北部教会での交わりは、長いとは言えませんでしが、しかし、教会の交わりの大切な一員となってくださり、さまざまな会合や集会にも喜んで参加してくださっていました。 昨年7月の会堂建築懇談会の際、最後に「みんなこれまでよく話し合ってきたと思います。ここで、もう、建築委員会に具体的な計画案の作成を付託し、次回からはその検討に入ったらいいのではないでしょうか」と発言されました。今思えば、この発言が、会堂建築計画の具体化にむけて一歩を踏み出す後押しとなったのでした。 牧師として、これまでいくつもの教会の会堂や幼稚園の建築にかかわってこられた藤原先生が、この時期の北部教会においでになり、だいじな一言をもって会堂建築の歩みを促してくださったことに、主の深い配慮を思わずにはいられません。 きょう、臨時総会で、会堂建築の決議をはかります。教会の決断に、神さまの導きがあるように祈ります。 |
| <5月18日> ☆先週、ペンテコステの礼拝を献げたあと、茶話会の時をもちました。とくにかまえたプログラムではなく、短いスピーチと歓談に過ごしましたが、明るくさわやかな午後の光の中、のんびりとりとめのないおしゃべりに、心地よいひとときでした。 ☆ミャンマーでのサイクロン、中国での大地震と、たてつづけに大きな災害がアジアの国々を襲っています。現地の人々の恐怖と悲しみはどれほどでしょう。太古から現代にいたるまで、わたしたちの生活と深い関係にある国々のできごとです。ささやかでも支援の手だてを考えたいと思います。 ☆6月に入ると、今年度、新たに牧師を迎えた諸教会の就任式が下記のように続けて行われます。どの教会もしばらく無牧師の期間を経てきただけに、喜びもひとしおでしょう。共に喜び祝いましょう。 6月 1日 千歳栄光教会 (卜部康之・杉岡ひとみ) 6月 8日 余市教会 (小西陽祐) 6月15日 興部伝道所 (伊藤大道) 6月22日 士別教会 (難波真実) ☆来週の礼拝後、臨時教会総会を行い、会堂建築の決議についてはかります。長い間、教会の課題として祈ってきた会堂建築の計画です。だいじな一歩を踏み出すことができるよう、主の導きを祈ります。 |
| <5月11日> 新聞で紹介されていた『銀文字聖書の謎』(小塩節著 新潮選書)という本を読んでみました。推理小説のような題名ですが、聖書とヨーロッパの精神をめぐる壮大な歴史をつづった内容です。 紀元4世紀、古代ローマ帝国の衰退がきざしていた頃、今のブルガリアにあった辺境の小さな村で、ウルフィラという司教が聖書をゴート語に翻訳する事業をなしとげました。ゴート人は古代ゲルマン民族の一派で、今はもうその言語ともども滅んでしまっていますが、ウルフィラの訳から6世紀に書き写されたゴート語聖書の一部が奇跡的に今日まで伝わり、スウェーデンの国宝として保存されているのです。 「ゴート語聖書」は、古代ゲルマン民族に関わる貴重な資料としてくわしく研究されてきましたが、それだけではなく、ヨーロッパのキリスト教史、ひいては精神のありように巨大な影響を及ぼすものであったことが明らかになってきました。ウルフィラは、文字を持たなかったゴート人のために「ゴート文字」を作って翻訳を進めたのですが、そればかりでなく、新しい言葉を用いてキリスト教を伝えようとしたのです。もっとも重大なのは、「神」を表す「グス」という言葉を工夫したことでした。これが英語の「ゴッド」やドイツ語の「ゴット」などの語のもととなったというのです。 きょう、ペンテコステは、聖霊が「炎のような舌」として現れ、人々に信仰のことばを与えた日です。信仰は、ことばと不可分です。信仰はことばにあらわされ、ことばで伝えられます。ことばの重みを改めて思います。 |
| <5月4日> 「ホームレス中学生」という本がある。父親の「解散」宣言によって15歳の少年がホームレスになってしまい。公園生活を余儀なくされていく。やがて友人や周囲の心優しい大人たちの支えによって、衣・食・住が整えられた彼は、自分の生きる道を歩んでいく。 少年は一度犯罪の誘惑にかられる。コンビニのパン売り場の前で空腹のあまりパンを盗もうか葛藤していた。その時、お母さんの顔が浮かんだのである。もしお母さんが見ていて、そんなことをしようとしていると知ったら、どんな顔をするだろうか。それを考えると、とても盗む気になれなかった。腹の虫が負けた。 人が生きていくときにさまざまな葛藤があり、行動を決定していくための基盤となるものがある。クリスチャンであれば聖書のことばであり、キリストの愛である。 4月17日に名古屋高裁で、イラク派兵の違憲判断が出された。航空自衛隊が行っている多国籍軍の空輸活動は違法であることと、平和的生存権が憲法で認められる権利であることを示した。 日本の国が行動を決定していくための基盤となるものは日本国憲法でなければならない。 空腹を抱えた15歳の少年の行動の基がお母さんであったように、私たち日本の大人の判断の基は日本国憲法でありたいと切に願う。 (後藤学) |
| <4月27日> ☆先週、教会総会を行いました。新年度の教会の主題が「岩の上に建てる」と定められました。会堂建築に臨むわたしたちを導く主題です。会堂建築に関連し、土地の移転について、真剣な討論が長時間にわたってなされ、結果的には提案どおり可決されました。教会の歩みの上で重大な決断です。さまざまな思いを結び合わせて新年度の歩みが始まりました。 ☆総会での役員選挙に際しては初めて予備選挙を行いました。候補に挙げられた方々の発言もあり、改めて役員のつとめについて考える時が与えられました。役員会が「男性中心」「高齢化」と言われる教会も多いのですが、北部教会は「女性中心」「若返り」となりました。どうぞよろしくお願いいたします。 ☆太平子どもの家では、今年もボランティア保険を申し込みます。ふだんはあまり関われなくても、なつまつりやおもちつきなどの機会に年に一度でも協力してくださるつもりの方は牧師までお知らせください。 ☆例年にない暖かさに、庭の桜がもう咲きました。いつもはゴールデンウィークがちょうど花見だったのですが・・・。温暖化を心配しつつ、それでも次々に咲き始めたさまざまな花を楽しんでいます。花には罪はないのですから。さて、来年の今ごろには、どんな花を見ていることでしょうか。 |
| <4月20日> ☆先週、会堂建築懇談会を行いました。設計者の小室雅伸さんに来てもらって質問や要望を述べ合いました。熱心なやりとりに、3時ごろまでの予定を大幅に超え、終わったのは5時でした。この日の話し合いに基づいて手直しした案を、27日午後に検討することとしました。また、現時点での設計案に基づいた模型も作ってきてくださいました。2階に置いてありますが、よくできているので、内部にカメラをつっこんで写真をとってみました。参考にご覧ください。 ☆農村伝道神学校に入学した佐藤真史さんから手紙をいただきました。すぐれた先生たちに出会い、なんだか「すごい」所だと感じているということです。いずれ「北部日記」に近況を書いてくれるようお願いしておきました。 ☆超教派の集まりである札幌キリスト教連合会の総会が15日に行われました。新年度の委員長に、聖公会聖マーガレット教会の大町信也牧師が選出されました。 ☆太平子どもの家も、いよいよ新年度が始まりました。太平子どもの家の開園は1978年9月ですから、今年30周年を迎えます。ちょうど、建物が新しくなる節目に重なります。ふさわしい記念の行事を計画していく予定です。 ☆名古屋高裁が、航空自衛隊のイラク派遣は憲法9条違反との画期的な判断を示しました。原告としてキリスト者もかかわってきた裁判です。厳しい時代の中にあって、恐れずあきらめず平和を作りだす働きに取組むことの大切さがいっそう明らかに示されました。 |
| <4月13日> 昨年4月の教会総会で「新会堂建築について2008年度中の着工を目指し、具体的な取り組みを推進する」と決議されました。それ以降の主な動きを振り返ります。 5月27日 会堂建築懇談会で北海道建築工房の小室雅伸氏と話し合う 6月17日 会堂建築委員会、会堂建築にむけてアンケート配布 7月8日 懇談会 アンケートに基づき、全員が発言 9月30日 建築委員会、これまでの経過と論点をまとめた「会堂建築に向けて」の資料を作成・配布 10月7日 懇談会 資料に基づき、具体的な方針について話し合う 役員会、土地の交換について交渉を進めることを決定 11月11日 役員研修会で会堂建築の方針や手続きについて協議・確認 12月9日 建築委員会、「会堂建築のための予約献金のお願い」を配布 1月27日 懇談会 予約献金に基づく会堂建築資金計画を提示 小室氏作成の設計案(第1案)について検討 2月21日 建築委員会、懇談会での意見をまとめ、小室氏と協議 3月20日、23日 建築委員会、小室氏の第2案について検討 3月31日 建築委員会、第3案について小室氏と協議 4月6日 懇談会のための資料配布 今日の会堂建築懇談会では、「資金計画」「土地」「基本設計」について報告・協議します。着工にむけてまた一歩前進する機会となるよう願います。 |
| <4月6日> 4月、新年度が始まりました。教会学校のこどもたちも、進級・進学のときを迎えます。 J君が、山形県の高校に入学するため札幌を離れます。長く教会で愛されて育ってきたJ君ですが、キリスト教に基づくその学校を自分で選んで進学を決めました。いつも率先して遊んでくれたJ君がいないと、とくに小学生の男の子たちが寂しがるでしょうが、帰省ごとの成長ぶりを楽しみにしたいと思います。 小学校から中学校へは二人、小学校に入るのがひとり、そしてひとりが幼稚園です。いつのまにかそれぞれ大きく育っています。 いつも来ている子どもたちのほかにも、何人かから進学の知らせなどをいただきました。ふだん顔を出さなくても、教会学校を覚えていてくれて、嬉しい知らせをわかちあってくれることに、いっそう嬉しい思いです。 また、前任地の旭川の教会の教会学校の何人かが、札幌の学校に進学するとの知らせもいただきました。かわいかったこどもたちが、もうそんな年になったかとびっくりします。「札幌に行ったら、ぜひ北部教会をお訪ねするようにします」との連絡に、心励まされます。 Sさんも農村伝道神学校の入学式を終えました。東京の日本聖書神学校からは「新校長に今橋朗牧師が就任しました」との知らせが届きました。それぞれの新しい歩みが祝されますよう祈ります。 |
| <3月30日> イースターを終えてほっとした、というわけでもないのでしょうが、熱を出して寝込んでしまいました。 月曜日の夕方から具合が悪くなり、夜には高熱と頭痛でダウン。翌朝の早天祈祷会にも出席できないほどでした。さっそく病院にいって、薬を処方してもらいました。これまで、こんなときは、丸一日も寝たらなんとか回復していたので、そんなつもりでたかをくくっていたのですが、2日たっても3日たってもいっこうによくなる気配がありません。水曜日の聖研祈祷会にも出られず、急ぎの仕事にも手をつけられません。 これではまずいと、解熱剤の助けをかりて、数日振りにパソコンを開き、緊急の要件を片付けたのですが、薬の効き目がきれたとたん、ひどい悪寒と震えが・・・。 もう一度医者にいって、検査してもらったのですが、原因がまだどうもはっきりしません。けっきょく、この一週間、家族以外にはほとんど顔をあわせませんでした。 これまで、入院したことも手術や点滴を受けたこともなく、牧師になってからは日曜日の礼拝に病気で穴をあけたこともありませんでした。とくに健康管理に気をつけているわけでもなく、ただただ健康に恵まれていただけだったのですが、もうそろそろ与えられている恵みに甘えっぱなしというわけにはいかないようですね。 |
| <3月16日> 教団で2年に一度行われる「宣教方策会議」に、北海教区の代表のひとりとして参加してきました。 始めに主催者の教団宣教委員会の委員長からのあいさつがあり、その中で、かつて教団で策定した「宣教基本方策」と「宣教基礎理論」について、「今日では存在すら認知されていない」と述べられました。そこで「北海教区では『宣教基礎理論』に基づき『伝道圏伝道』に40年来とりくんできている」と指摘したところ、「北海教区のことは知りませんでした」と言われました。 また、神学校の教授による発題の中では、「日本国憲法が自由を保障しているように、教団の『教憲』が伝道の自由を保障し、それに基づいて教団の各教会が伝道の自由競争を展開することで教団全体の伝道が活気づく」と述べられました。「北海教区では、『諸教会の自由競争』どころではない。他に教会がない地域で、教団以外の教派に属する人さえ含めての共同体の形成が課題となる。教憲に基づいた場合、『競争原理』ではなく、『統合原理』に基づく伝道の可能性はないのか」と質問したところ、「では、北海教区では、どのように受洗者が生みだされるのか聞いてみたい」というので、北海教区新長期宣教計画(1993〜2004)のまとめを思い出しながら、「むしろ地方の小規模教会が、宣教協力に支えられながら受洗者を輩出し、教区全体の教勢を支えてきた」と紹介しました。 「自由競争」至上主義が教会にも浸透しつつあるのでしょうか。「競争」より「統合」「協力」を大切にする北海教区でありたいと思いました。 |
| <3月9日> ☆今、教団で問題とされている聖餐式をめぐって、先日の一日修養会でも話し合いました。これにもとづいて先週の役員会で「声明」を決議しました。別紙をごらんください。 ☆今日の全体協議会では、例年の「教会活動報告」「教会活動計画」「教会会計」の他、「教会役員の選挙方法」「会堂建築にむけての手続きなどの流れ」についても協議・報告します。また、その後、3時ごろから各委員会での協議の時間も予定しています。どうぞご参加ください。 ☆会堂建築のため、「教会債」をさっそく提供してくださった方や、次年度に予約いただいた献金を早くお献げくださった方々もあります。週報記載の「会堂建築基金」は、こうした金額も含まれた額になっています。皆さんの会堂建築への熱意のこもった数字です。 ☆教会総会の準備も進めなければなりません。今回は、総会資料に掲載する各委員会報告などのていさいを見やすくそろえようと相談しています。書記から各担当者に見本を用意しますので、参照してください。 ☆神学校入学のため札幌を離れる*藤さんに、次週の礼拝で証をしていただきます。イースター礼拝後の愛餐会では送別のときを持ちます。お覚えください。 ☆野・・・子さんから御手紙が届きました。簡潔なことばに、これまでのご労苦と、今後への希望がうかがえます。それぞれに、春の光のおとずれを心から願います。 |
| <3月2日> 5年前、この北部教会に牧師として招聘をいただいたときの条件に、「任期は特に定めないが、5年ごとに総括を行い、その後就任継続について忌憚のない意見交換をしたい」とありました。具体的にどのように「総括」「意見交換」を行うか役員会で相談して、先週の一日修養会で「教会の歩みをふりかえる 〜これからに向けて〜」とのテーマで話し合うことになったものです。 はじめに、牧師と教会の働きをめぐって4名の発題がありました。「牧師の働き」、「太平子どもの家について」、「礼拝、祈り、交わり」、そして「聖餐について」です。それらをふまえて分団協議、最後に全体での協議の時間を持ちました。 発題も具体的でしたので、分団でもすぐに活発な発言がかわされ、とくに、牧師の働きと教会の交わりをめぐっては、いろいろな希望や反省の意見がだされました。また聖餐をめぐってもそれぞれの考えを述べあうことができました。 牧師の働きについて、「説教がわかりにくい」「忙しそうで相談しづらい」など、心すべき意見がありました。また教会としても「互いにもっと声をかけあおう」「牧師のために祈ろう」などと励ましあう意見が交わされました。牧師にとっても教会にとっても、これからにむけて課題を確認する大切な機会になりました。た |
| <2月24日> わたしたちの教会は、他の教会の人たちからは「バザーに燃える教会」「ソフトボールの強い教会」「社会に関心の深い教会」「こどもたちが元気な教会」などといったイメージでみられているようです。でも、「祈祷会が多い教会」ということがあまり知られていないのは残念です。 毎朝の早天祈祷会では、『信徒の友』の「日毎の糧」に従って聖書を読み、またそこに示されている教会、また北海教区の祈祷日課に示されている教会を覚えて祈ります。 毎週水曜夜の聖研祈祷会では、日曜の礼拝の説教ではとりあげられる機会の少ない聖書の箇所を学ぶことにしています。先日から旧約聖書の「ヨブ記」を学び始めました。聖書研究のあと、さまざまな課題を挙げて祈りをあわせます。 月に2回、水曜朝10時からの祈祷会では、年間の教会の主題「キリストによってひとつになる」にかかわる聖句をとりあげ、それを中心に比較的自由に語り合います。そしてやはりさまざまな教会や人々のことを覚えて祈りあいます。 祈祷会で大切なのは、そこで祈られる課題を共有することだと思っています。個人の祈りとは別に、集まって祈ることの意味がそこにあると思うのです。祈りの前に語り合い、あるいは順に祈られる祈りに耳を傾けて「まことに」「そのとおり」の意味をこめて「アーメン」と言う中で、祈りの課題を共有する交わりが深められるのです。 |
| <2月17日> 先週の礼拝後、教会バザーを行いました。、ここ何年か経常会計を補うため行われてきている教会内部でのガレージセール方式のバザーです。それぞれの家庭から、思いがけない「珍品」が放出され、また教会員どうしという気楽さもあって楽しいひとときでした。 今回は、CSのこどもたち主催での「紙飛行機とばし大会」も開催。紙を一枚50円で購入し、思い思いに紙飛行機を作って飛距離を競います。結局、参加したのは、おとなやこども、20人以上。二人ずつ飛ばして勝負し、最後まで勝ち抜いたT歩くんが優勝賞品のキャンディーレイを獲得しました。 土曜日には、札幌キリスト教連合会で昨年から続けている「礼拝について学ぶ会」が北部教会で行われました。北部教会の「こどもと共にある礼拝」について学びたいとのことで、実際に日曜日の礼拝とほぼ同じプログラムでの礼拝を体験しました。 せっかくの機会にこどもたちがいなければ何にもなりませんから、下村家・久世家のこどもたちを総動員。いつもとさして違わない数のこどもたちが参加するはずでした。ところが、うちの子たちが、同級生たちに声をかけ、いつも以上にたくさんのこどもたちが・・・。 こどもたちの存在と働きは、いつも北部教会のエネルギーとなっています。主が、こどもたちを通して教会に生命の力を注ぎ、いきいきとした交わりと出会いを導いていてくださると信じるのです。 |
| <2月10日> 教会の暦では、イースターの前、40日間は「レント 受難節」として主イエス・キリストの苦難と死を覚える日々とするのが、古くからのならわしです。この「レント」の始まりの日が「灰の水曜日」です。今年はイースターが3月23日ですので、2月6日が「灰の水曜日」でした。 ところが、実際には2月6日から3月23日までは40日以上あるのにお気づきでしょうか。というのは、キリストの復活の日である日曜日は、「レント」の日数に入れないならわしだからです。 先週の水曜日の祈祷会のとき、なぜ「灰の水曜日」と言うのかと質問がありました。旧約聖書には、悔い改めのしるしとして、灰を頭からかぶったり、灰の中に座って嘆いたりする場面が記されています。キリスト教会でも、受難節に際し、悔い改めのしるしとして灰を頭や額に塗るようになりました。その灰も、前の年のイースターの前の週の「棕梠の主日(枝の主日)」に、キリストのエルサレム入場のしるしとして用いた枝(葉)を燃やした灰が用いられました。 レントの期間は、古来、克己と修養につとめ悔い改めをなすべき時とされています。個人的に、この期間には何かを自分に課してつとめる方もあるかと思います。教会では、2月24日、一日修養会を行います。今年は、牧師着任後の五年間を振り返ることをテーマとしています。教会も牧師も、これまでをかえりみて弱さや過ちを率直に認め、そして新たに歩みださせる主の恵みを受ける心備えをしたいと思います。 |
| <2月3日> 先週の日曜日、会堂建築懇談会を行いました。経過報告、予約献金の集計に基づく資金の見通し、そして設計者から示されたたたき台としての設計図について、説明の後、活発な意見交換がなされました。 資金については、全体の必要額として設定された7000万円という金額に対し、6000万円以上を確保する見通しが示されました(ただし、これには教会外からの献金の見込み額も含まれます)。これは驚くべき数字です。教会員ひとりひとり、決して余裕のある経済生活をしているわけではないのに、現段階で既にこれだけの献げものを決意していることに、会堂建築にむけられたそれぞれの真剣な祈りを感じました。残りの金額をどうするのかについても意見が交わされましたが、北部らしく、明るく前向きな話し合いとなりました。 設計についても、スクリーンに映し出された図を見ながら、次々に意見が出されました。全体として、やはり積極的な方向の意見だったと思います。たとえば、礼拝堂と、こどもたちの遊ぶホールの関係について、「二つを完全に分離せず、ある程度共有したら」という意見が何人かから出されたのですが、「面積=経費の削減」という消極的な理由ではなく、「こどもと共に」「開かれた教会に」という北部教会の宣教の姿勢に基づく前向きな理由だったのは、とても意味深いものでした。 これからいっそう具体的な作業に取り組んでいかねばなりませんが、教会としての大切な方向性をいつも確かめつつ進めていきましょう。 |
| <1月27日> 学生時代の友人など、キリスト教についてまったく知らない人から、「牧師って、どんな仕事?」と聞かれることがあります。ていねいに説明すればきりがありませんが、簡単に言う場合には、日曜の礼拝説教とその準備がだいじなつとめであることを説明して、「毎週毎週、レポート提出があるようなものだよ」というと、なんとなくイメージしてくれるようです。 今、遠方にいるある方からほぼ毎月御手紙をいただいています。ひとりで熱心に聖書を読み進めているのですが、わからないことがあると問い合わせてきます。このごろではかなり難しい質問が多くなり、こちらもよく調べたうえで「レポート」をまとめてお返事しなければなりません。 水曜日の祈祷会でも、聖書について調べてお話ししますが、そこから質問や感想などで話が発展していくと、レポートを提出した上での「口頭試問」のようになることもあります。 聖書や神学について調べ、学ぶことは、基本的にはとても面白く、興味深いものです。奥深さはきりがありませんから、時間もいくらあっても充分ということはありません。読もうと思って買ってきてもまだ手をつけていない本もだんだんたまってきています。 しかし、「レポート」のままでは教会の説教にはなりません。単なる「研究」ではなく、そこからさらに、具体的なひとりひとりの「生」にかかわる「いのちのみことば」を聞き取り、伝えなくてはならないのです。はたして「レポート」以上のものを提出することができているでしょうか。 |
| <1月20日> 先週、北海教区の年頭修養会が行われ、北部教会からも26名が参加しました。今年は石狩空知地区が担当し、こどもの人権を守るために働いている弁護士の坪井節子さんの講演を中心としたプログラムでした。 「子どもたちに寄り添う ―いじめ・虐待・少年犯罪の現場から―」という題での講演は、具体的で熱のこもった、そして重いものでした。わたしたちには想像もつかないような、こどもたちをとりまく社会の現状を示され、その中で苦しむ子どもたちの息づかいやうめきを伝えてくれました。 そして、「人権〜人間の尊厳を守るための権利〜とは何か」という問いを立て、現場での体験の中から、次の三つのことばで「人権」を表してくださいました。それは「生まれてきてよかったね。ありのままのあなたが生きていていいんだよ」「ひとりぼっちじゃないんだよ。一緒に歩いてくれる人がいるんだよ」「あなたの人生は誰も代わってあげられない。あなたが歩くんだよ」という三つです。そして、これらこそは教会が神のメッセージとして語り続けてきたことばではなかったか、と指摘されました。 わたしたちの教会も、子どもに関わる問題について、とりわけ「太平子どもの家」の働きを通して、関心を持ち続けてきました。上の三つのことばは、そうした歩みの中で大切にしてきたことと重なります。励ましと、導きと、そして志とを新たに与えられた年頭修養会でした。 |
| <1月13日> 先週の新年最初の礼拝で、「新年の抱負」との題のお話を聞きながら、はて、では自分の「新年の抱負」はなんだろうと考えていました。 この日の晩、壮年会の新年会が会堂で行われました。年修のための手仕事に残っていた女性の会のメンバーも加わって、いっしょになごやかに鍋をつつくことに。席上、ひとりずつ「新年の抱負」も含めて自由に語っていくことになりました。それぞれ順々に、これまでを振り返ってとか、今考えていることとか、これからへの思いとかを語り、それをじっくり聞きあう、よい時を過ごすことができました。 順番が回ってきたら何を言おうかと考えながら皆さんの話を聞いているうちに、今の自分の課題は「自分に向き合うこと」ではないかと思えてきました。これまでもずっといろいろな仕事を抱えてせっせと取り組んできて、それはそれでたいへん充実していて別に不満もないのですが、それらはどれも、自分で積極的に「これをやりたい」と手を挙げて取りかかったというよりは、むしろいろいろな事情で「お鉢が回って」きて、いわば受動的に引き受けてきたものがほとんどなのです。だとすれば、いま自分からやりたいと思うことは何だろう、自分はほんとうは何をしたいのか、そもそも自分は何者なのか、ということを、もうちょっと深く考えてみるべきではないかとふと思ったのです。すべてが新しくされるクリスマスの光の中で、自分自身もまた照らされることを覚えます。 |
| <1月6日> 新しい年、2008年を迎えました。年末年始には、これまでを振り返り、来るべき年への思いをつのらせるさまざまなイベントや企画が重なります。今年はテレビも新聞もおもしろい企画があまりなかった中で、4日の北海道新聞に掲載された、哲学者の鷲田清一さんと内田樹さんの対談が、いちばん興味深いものとなりました。 「『幼児化ニッポン』の明日は」と題したこの対談は、今の日本社会の問題を「幼児化」というキーワードでとらえ、「わたしたちは、どうしたら成熟した『大人』になれるのだろう?」という問いかけから二人のことばが展開していきます。「幼児化」というとらえ方も面白いところですが、「今の人の未熟さは消費者であることの宿命」「自立しているというのは決してインディペンデント(独立的)なのではない。インターディペンデント(相互依存的)な仕組みをどう運用できるか、その作法を身につけること」「両親の間に価値観の葛藤がないと、こどもには成熟のチャンスがなくなる」「ディベートは話し合う前と後で考えが変わったら負けですが、対話は前と後で変わっていなければ意味がない」「何か見えたら、それを通して正反対のものも同時に見えてくる」「内面で葛藤していること、つまり複雑さが成熟の条件」など、はっとさせられることばが飛びかっていました。 新しい年も、けっして明るくまっすぐな時代ではないでしょう。しかし、課題を負って隣人とかかわっていく中でこそ、わたしたちは、成熟への道をたどるのかもしれません(エフェソ4:13)。 |