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ボクの家の下隣に穏やかな老夫婦が住んでいた。子どもたちはみんな立派に独立してまあまあの暮らしぶりのようだったが、ただ末娘のせっちゃんは出戻りの「満州花嫁」で、まわりに不憫がられながら親と一緒に暮らしていた。
貧乏長屋には珍しい、「掃き溜めに鶴」のような美しい人で、女学校へ通っているときから近所のガキどもの憧れの的であった。
それは戦争が終わった1945年(昭和20年)の秋のことだった。
「軍人と官員」にも書いたが、ボクは軍人になる夢を奪われて途方にくれ、小学校時代の恩師を訪ねた。恩師は「軍人はもうダシカン(だめだ)で、これからは官員やなぁ」と、こともなげに言った。言われてボクは大ショックを受ける。その先生は軍人になる道も、官吏になる道も、親の跡をついで大工になる道も承知の上で、幼い純真な子どもに、「軍人になるしか道はない」と教えたのだ。
欺かれたことに気づいて、ボクは泣いた。泣いても心は晴れなかった。
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