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親父は昔風の職人で短気だったが、芯から仕事好きな人で、焚き火の傍らで砥石を使うときは穏やかで、幸せそうでさえあった。
ある日、親父が言った。「一分三間って分かるけ?」。
もちろん小学生の私には分からなかった。「オリも、じさまから教わったんや」。
…手元で一分(3ミリ)狂えば、その先の誤差は三間(5メートル余)にも広がる。たとえどんなに忙しくても、手元の曲尺をいい加減にしてはならない。…それはいい仕事をしたい職人の心意気というものだ。私は焚き火に木っ端をくべながら、この格言を反芻した。
何年かして、戦争が激しくなり、親父は軍需工場の建物を請け負った。こんどは親父に頼まれて、学校が終わると、走って街はずれの現場へ手伝いに行った。小学校6年生になっていた。三寸角の柱に抜き穴を掘るのが私の仕事だ。今は機械であっという間に開けられるが、そのころは電動工具というものはなく、すべて手作業である。手回しドリルで穴をあけ、ノミで仕上げる。ひとつ抜き穴をあけると、駄賃に3銭くれた。親父は行く末大工にしようと思って、励ましの駄賃だったのだろう。
しかし、特攻機が抱えて飛ぶ木製のガソリンタンクを作るその工場は、腕のいい大工を必要としていたわけではなかった。抜き穴は抜けてさえいればよかった。私が丁寧に、親父から見ればグズグズやっていると、「もうええ、もうええ」と、声が飛んできた。「一分三間」は平時の格言だったのだ。
長じて、これは親父の遺言だと思うようになった。「一分三間」は職人の心得にとどまらず、誠実に生きるものの姿勢でなければなるまい。だが、根っこのところで怠惰な私は、まあいいか、あとで、の連続で、手元の曲尺をきちんと生きることは難しい。
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