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青大将でも、その辺にいくらでもいるヨタ蛇でも、しっぽを持ってぶら下げれば、鎌首を上げても持つ手までは届かない。届きそうに思えたら、ブルッと手を振ればまた鎌首は下に下りてしまう。
で、ボクはしっぽをつかんで蛇の頭を岩にたたきつけた。何回かやったが、しぶとく蛇は生きている。諏訪が代わって残虐な作業を続けた。やがて、からだはにょろにょろ動いているが、もう逃げはしないところまで弱った。
諏訪は蛇をぶら下げて、小川のそばへ行き、上あごと下あごを開いて、靴下を脱ぐように皮を剥いた。ボクは経験がなくて、それはできなかった。諏訪は蛇のはらわたとたくさんの卵とを川の水で洗い流した。
「さあ、焼くで」。枯れた小枝や落ち葉を拾ってきて、マッチをする。湿っけているのか、戦時中の粗悪なマッチは火がつかなかった。当時は貴重品のマッチを使い果たしても、火を燃すことはできなかった。
「どうもならんで、うちに帰ったらまたやらんか」と諏訪が言った。ボクは赤裸の蛇をそのまま上着のポケットにしまった。
うちに帰って、上着をその辺に脱ぎ捨てて、また外へ遊びに行った。諏訪との約束はもう忘れていた。
…しばらくして、お袋が畑から帰ってきて、ボクの空色の上着のポケットが薄茶色に汚れているのに気づいた。ずしりと重いので、何が入っているかと手を突っ込んで引き出した。それが蛇だと分かるのに一瞬の時間があったそうな。「キャーッ!」と叫んで、投げ出した。蛇はたたみの上にどさりと落ちる。蛇嫌いなお袋は心臓が止まりそうだった。
それから外で遊んでいるボクを呼んで、怒り狂ったのは言うまでもない。しかし、そういうときでも、お袋は友だちも兄弟もいないところでしか叱らなかった。男の子のプライドを大事にした。
お袋に言い付かってボクは蛇を捨てに行った。そのお袋も故人となったので打ち明けると、実は蛇は捨てなかった。翌日中学の帰りに諏訪と二人で焼いて食べた。骨ばかりみたいな固さで、塩も醤油もなくて、ちっともおいしくなかった。一口しか食べなかった。
実は小学校の何年のときか忘れたが、営林署に出ていた長兄が山林の見回りで捕まえたマムシの干物を持ってきたことがある。いろりの火であぶって食べたが、ボクだけは食べさせてもらえなかった。「癇の強い子にはよくない」と、親父も長兄も口をそろえて言った。そのときすごく食べたかったので、「へんび獲って食わまいか」という諏訪の誘いにすぐ乗ったのだ。青大将とマムシは違うかもしれないが、一口食べて、マムシだって多分おいしいものではないだろうと思った。
今でもボクは蛇は怖くない。そのの周辺で蛇が現れると、先生たちはボクを呼ぶ。ずいぶん数が減ったので、子どもたちに見せた後は自然に帰してやる。
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