ときめいて子育てを

 

 
                                   
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Babyの運動会

1歳児(月例の高い子ども)の跳躍

 子どものそのBabyの運動会は天候に恵まれて予定通り27日に行われました。
 近くの中沢公園を借りての会場設営で、音響がいまいち不具合であったが、子どもたちはしっかりやった。子どもは本番に強いのだ。
 0歳児、1歳児、2歳児と、それぞれに自分らしく活動して、見守る家族は感嘆の声を上げていた。子どもの成長を目の当たりにして、みんな心を温かくしたことだろう。

2歳児(りんご組)の跳躍


 9月26日(金)曇り
 理事の松本さんからメールが来た。携帯ではほとんどメールしないボクには珍しいことなのだが、23日に種まきをした後、水やりを忘れたので水をかけて下さいとあった、
 きのうパソコンにメールがあったし、園長には同様の電話があったらしい。
 それで水をやろうとすると、もう芽が出ているではないか。すごい生命力。水をやらなくても土の湿りと冷たさ(あるいは温もり?)を種は感知したのだろう。
 30人を超すお父さんたちが子ども連れで参加してくれた。たい肥や腐葉土を運ぶのも、子どもと一緒にやる。
 耕すのは大人の姿が目立ったが、種をまく段階では子どもを主体に、教えながら見守るお父さんたちが素敵だった。
 家庭菜園を借りて一年間畑づくりができれば素晴らしいが、若いお父さんたちにはそのゆとりはないだろう。土曜、日曜の都合のつく日だけ、子どもと一緒に参加するというのは、無理なくできてなかなかいい企画だと思う。
 子どもの目から見れば、大好きな、権威もあるお父さんがまともに相手をしてくれることは、すごく嬉しいことに違いない。こんな風にコミュニケーションが深まっていけば、思春期の難しい時期にもお父さんがしっかり役割を果たすことができるだろう。


 9月24日(水)晴れ
 22日の予定が雨で延びて、きょう「そのBaby」の運動会総練習だった。
 運動会は近くの中沢公園を借りてやる。そのの軽トラを借りて、マットや巧技台などの資材を運んだ。
 0歳児から2歳児まで35人の小さな園だから、運動会ものんびり、ゆっくりの雰囲気だ。

 練習は全園児のリズム活動、続いて2歳児の「キッズソーラン」で幕をあける。
 0歳児は、今年は産休明けで途中入園した子がいて、まだ寝返りもうてず、むろんハイハイもできないので、どうするのだろう。
 誕生過ぎた子やもうすぐ誕生という子は、山にしたマットを這って登る。この子はなぜか先生に抱かれて泣いていた。何かあったのだろう。でもマットに腹這うと、機嫌をとりもどして、上手に登ることができた。目がまだ潤んでいた。
 保育室ではなんなくできていても、公園の芝生の上に敷かれたマットを見ては、マットの端でたじろいでしまう。本番の時はお母さんがマットの反対側で「おいで、おいで」をしてくれる。
 練習では後ろを振り返ったり、周りに目を奪われて、なかなか前には進んでくれない。先生たちは声をかけながら、本人がやる気になるのを根気よく待っている。「待つ」ということが、子どもの主体的な成長のカギになることを、赤ちゃんたちは保育者に教えてくれる。おとなの思いや都合で子どもを動かすのでなく、赤ちゃんなりの気持ちに寄り添って、ゆっくり、ゆっくり育てていきたいものだ。

 1歳児は踏み板の坂道を登り、巧技台から跳躍する。
 2歳児は三輪車をこいで、はしごを渡り、最後に巧技台から跳び下りる。
 1歳児では勇気が出せなくて、先生に手を差し伸べる子が多いが、生まれ月の早い子はしっかり跳べる。2歳児になると、生まれ月の遅い子の中に跳びきれない子もいるが、おおむね自分で跳ぶ。
 保育園の子は、お母さんと離れて過ごす寂しい気持ちもあるだろうが、友だちと多彩な経験を積んで、本来「ひと」として獲得すべき力を身につける機会が膨らむ。家庭にあって、お母さんと公園で遊ぶくらいでは、ここまでの力を育てるのは難しいかもしれない。
 9月27日が本番だ。空はあやしい雲行きだが子どもたちのために晴れるのを期待したい。


 9月11日(木)晴れ
 晴れてもいくらか秋の気配がする。
 きのうは年中組が歴史民俗資料館で「糸車」を見てきた。運動会のリズムで大きな輪になって糸車を踊るのだが、もう今の時代は生活の中に糸車はない。そこで見学してイメージをしっかり持たせようと、10年も前から毎年やっている。今年も機織りなどのサークル活動をしているボランティアのおばさんたちが面倒を見てくださった。一人ひとり糸車を回して、木枠の糸が、小さなオサに巻き取られていくのを見た。120人全員が体験するのを、最後までていねいに指導して下さる。ありがたいことだ。

 話変わるが、数え年の喜寿ということで、小学校の同窓会があって、9月8日・9日と岐阜まで旅をした。東京から4人で参加した。郷里の高山からバスで来た連中と岐阜駅で落ち合って、長良川の鵜飼を見物する。
 さすが遠出は足が痛い、体調不良などで参加できない人が多く、21人が屋台船で酒を酌み交わしながら、鵜飼の妙技に感動した。
 この年まで同窓会は毎年のようにやっている。ボクは時々しか参加しないので、たまに行くとみんな歓迎してくれて、ありがたい。
 屋形船での宴会に先立って、去年の長野県での同窓会のあと物故した4名の同窓生に黙とうを捧げる。そういう歳になったということだ。

 翌日、織田信長に焼き払われたこともあるという由緒ある寺院などを見学した。ずいぶん歩いた。杖をつき、階段は友だちの腕にすがる人もある。しかし、出てきて参加できる人はやはり元気だ。
 「この年になってみれば、金も地位も関係ないわさ。健康が第一やで」と異口同音。
 仕事の話も、家族のことも、誰もほとんど口にしない。ガキの時分の思い出だけが話題だ。誰も自慢しないし、誰も恥じ入ることがない。この雰囲気が同窓会を長続きさせているのだろう。お互い健康に気をつけて、来年は郷里の飛騨・高山で会おうと約束して別れた。


 9月7日(日)晴れのち夕立ち
 お父さん参観で、「その」はにぎわった。早いお父さんは園庭で子どもと走り回って遊んでくれていた。でも、いろんなお父さんがいる。わが子はどこにいるのか、木陰に座ってひとり瞑想している人もいる。毎日の仕事で疲れきっているのか、知らない人と交わるのは苦手な人なのか…。
 それでも来てくれてありがとうと言いたい。始まってみると、お母さんが意外と多い。兄弟・姉妹が二人いて手分けしている人もいるが、仕事か、仕事のせいにしてか、来てくれない人も少なくない。

 10時近くなったら、ちょうちょう組のももちゃんが「おじさん、お父さんが来ないんだよ」と言う。そばにいた仲良しのとんぼ組さきほちゃんも、「お父さん、来てくれない」としょぼくれていた。
 「なになに、お父さんは仕事なの? それじゃお母さんが来てくれるの?」
 「お母さんなんて来ないよ」とももちゃん。
 「遊んでいるうちに来るって言ったのに」とさきほちゃん。遅いお父さんが待ちきれないのだった。
 しばらくして園バスでお父さんたちが着くと、二人は飛びついて遊んでもらっている。

 こんな風だから、参観と言っても「お父さんと遊ぼう」にならざるを得ない。お父さんは一緒に遊びながらクラスでのわが子の様子をつかんでもらいたいと思う。ひよこ組から年少組、年中組とふれあい遊び、ゲームなどを親子で楽しんだ。年長組のくぎ打ちあそびー自動車づくりも、年長組らしい課題で親子のふれあいを強める活動だった。
 近藤建設の工場からもらってきた端材を電ノコで寸法に切りそろえるのはボクがやった。少しは役に立ってよかった。

 参観が終わって、子どもたちが給食を食べている間、300人余りのお父さんたちにホールで深野園長の話を聞いてもらった。多分、お父さんの役割について、心に届くものがあったと思う。みんなまじめなお父さんたちだ。満員だが、外でふらふらしているのは10人足らずの人だけだった。


 9月5日(金)晴れ
 年長組がソーラン節の初稽古をした。
 ホールに敷いたござに座って、真剣に園長の話を聞く。
 運動会の午前の部の最後を飾るソーラン節は、小さい組からの憧れだった。いよいよ自分たちがやる時が来た。まなざしは真剣そのものだ。去年の年長組のようにカッコよく踊りたいという意欲が、真剣に聴く姿勢だけでなく、荒れる北の海や激しい漁師の仕事をイメージする力を、この子たちにもたらしている。

 この頃はソーラン節も現代風にアレンジしたものが多いが、「その」は格調高く昔風に「漁師の踊り」を踊る。
 「これはニシンという魚を獲る漁師の踊りだ。北の海は荒れて、船は揺れる。足をしっかり踏んばって漁をするんだ。ヘラヘラ笑いながら踊る踊りじゃないぞ」と、園長は厳しい。「いいか、両手の指を合わせたこの形は、船を表している。右に左に揺れているんだよ…」

 真剣に話を聞いたあと、園長を見ながら踊ってみた。みんな結構サマになっている。真剣な表情で踊っている子もいるが、ヘラヘラじゃないけれど、楽しそうに笑顔の子もいる。ソーラン節が踊れるのが嬉しくてたまらない気持が伝わってくる。 初稽古だけれど、テープの音楽に合わせて踊ってみる。初稽古にしては上出来だった。それがわかるのか、ホールを出る子どもたちは明るく、誇らしげでさえあった。

 ホールの前のプールでは、年少たんぽぽ組が模造紙を広げて絵の具遊びをしていた。
 赤、青、黄色の絵具を絵筆にとって、好きな絵を描く。絵というより絵筆を滑らす感触を楽しんでいる。じきに紙ではなく自分の体がキャンパスになった。後でお風呂(温水プール)に入れるのを知っているので、思いっきりできる。腕に伝わる絵筆の感触、おなかの冷たいくすぐったい感触、いま感覚が発達する時期なのだ。鋭敏な感性、”かしこいからだ”は、開放的なあそびの中で育まれるのかもしれない。 


 9月1日(月)晴れ
 きょうから新学期が始まった。子どもにとっては後半の夏季保育の延長で、新学期という認識があるかどうか。
 運動会の競技で三輪車を使うひよこ組(2歳児)は、初日から三輪車で遊んだ。最初は平らで抵抗の少ない室内からだ。
 物置から助手の先生と三輪車を運んでいると、たんぽぽ組のけんご君が目ざとく見つけて「三輪車、やりたい」と言う。去年ひよこ組で楽しんだのを思い出したのだろう。「ひよこ組が飽きたら借りようね」。
 部屋では三輪車にまたfがって、足で床を蹴っ

て動かしている子が多い中で、ひろたか君とゆう君は上手にこいでいた。3月生まれのばんびちゃんも活発な子だけにペダルを踏んで動かしている。二人休んだ子はどうだろうか。いずれにせよ、まねっこ大好きな2歳児、友だちを見習いながらじきに全員うまくこげるようになるだろう。

 話変わるが、ボクの所属している年金者組合で後期高齢者医療保険の保険料と介護保険料に対する異議申し立てを行うというので、ハラに据えかねるボクも参加することにし、異議申し立ての理由を下記のように書いた。若い人にもぜひ考えてもらいたい。

 「私が平成20年3月に納入した健康保険料は、別紙給与明細書の通り13,600円でした。年間約16万3千円です。3月末をもってこの健康保険組合を強制脱退させられ、後期高齢者医療制度に強制加入させられて、431,170円の保険料が課せられました。実に、一夜明ければ2.65倍です。
 いかなる理由があるにせよ、このような急激な負担増は法治国家として断じて許されるものではありません。

 若い時の健康保険料は掛け捨ても同然で、私はあまり医者にもかからず働いてきました。(15歳から76歳の今日まで61年間も!)
 掛け捨てに見えた健康保険料は、文字通り年老い、医療を必要とするときのための“保険”であったはずです。それを今になって43年間加入していた健康保険組合を強制脱退させ、このような支払不能な高い保険料を課すのは全く納得できません。
 憤怒やる方なく、ただちにこの保険料の決定を取り消すよう要求します」。

 ちなみに、私の年金から天引きされる介護保険料は、年間64,800円、後期高齢者医療保険料と合算すると年間50万円に近い負担だ。自民・公明政権への国民の怒りは当然だと思う。


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