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ているようだが、こっちはそれに気を配るゆとりもなかった。年長組との手紙ごっこで、きのうまでに合計で283通の返事をしたためた。
子どもの方は一日に最高7通の手紙をくれた子もいて、2通、3通はザラだが、返事は1日1人1通と決めている。まとめて283通と数えれば、たいした数ではないが、実は書かれた文字も文も判読できなくて、手紙とにらめっこしている時間が結構長い。何を書きたかったのか、それがわかれば、その子の心に届く返事が書ける気がして、がんばってみる。
文字も文もしっかりした子も多い。その子に合わせて、「〇〇だけど、〇〇だよ」と表現できる場合もあるが、一行ごと区切って短いセンテンスを心がけるべき相手もある。
クラスによっては、帰りの集まりの時間などに、先生が手紙を全員の前で読むこともあるようだ。
「おじさん、てがみありがとう。うれしかったよ」と書いてくれた子に、「てがみをもらうと、うれしいね。てがみは、ひとのこころとふれあうから、うれしいのかなあ」と返信した。
「おじさんはじがじょうずだね」という子には、「じは、とおくはなれたひとに、こころをつたえるどうぐです。よむひとのことをかんがえて、よみやすいように、ていねいにかこうね」と伝えた。
担任に代わって手紙を読んだ助手の先生が、「読む人のことを考えて、丁寧に…」というあたりを、子どもたちは「うん」とうなずくように、納得した顔で聞いていたと話してくれた。
クラス会のため代替に入った別の助手の先生は、理事長の返信を読んであげて、「こんな小さい時に、こんな手紙をもらえて、幸せですね」と言ってくれた。子どもたちの心に何かが残るのであれば、夜半に睡魔と闘うのもいとわないと思える。
担任が話したのだろう。「えじぷとはたのしかったですか」という手紙が結構多かった。旅行の自慢話くらいシラける話はないが、ボクはエジプトの悠久の歴史に触れた感動をどうにかして伝えたいと模索する。幼い子たちには無理だろうが、自らの言葉の乏しさが悩ましい。
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