ときめいて子育てを

2008年版
 

 
                                   
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 1月31日(土)雨のち曇り
 午後のなって冷たい長い雨がようやく上がった。雨の日は子どもたちも所在ないのか、年長組の手紙ごっこが盛んになる。1月14日に始まって、例年だと、そろそろ飽きが来て下火になる頃だが、今年は一向に衰えない。「おじさんのゆうびんぽすと」は、いつも手紙がいっぱい入っている。
 前回の保育日誌から2週間、親子そのまつりも人形劇団プークの公演もあって、それなりに忙しかったのだが、気持は”手紙ごっこ”に明け暮れていた。
 年中組の窓には鬼の手紙が仰々しく張り出され、小さい組は節分が近づくのに戦々恐々とし

ているようだが、こっちはそれに気を配るゆとりもなかった。年長組との手紙ごっこで、きのうまでに合計で283通の返事をしたためた。
 子どもの方は一日に最高7通の手紙をくれた子もいて、2通、3通はザラだが、返事は1日1人1通と決めている。まとめて283通と数えれば、たいした数ではないが、実は書かれた文字も文も判読できなくて、手紙とにらめっこしている時間が結構長い。何を書きたかったのか、それがわかれば、その子の心に届く返事が書ける気がして、がんばってみる。
 文字も文もしっかりした子も多い。その子に合わせて、「〇〇だけど、〇〇だよ」と表現できる場合もあるが、一行ごと区切って短いセンテンスを心がけるべき相手もある。
 クラスによっては、帰りの集まりの時間などに、先生が手紙を全員の前で読むこともあるようだ。

 「おじさん、てがみありがとう。うれしかったよ」と書いてくれた子に、「てがみをもらうと、うれしいね。てがみは、ひとのこころとふれあうから、うれしいのかなあ」と返信した。
 「おじさんはじがじょうずだね」という子には、「じは、とおくはなれたひとに、こころをつたえるどうぐです。よむひとのことをかんがえて、よみやすいように、ていねいにかこうね」と伝えた。

 担任に代わって手紙を読んだ助手の先生が、「読む人のことを考えて、丁寧に…」というあたりを、子どもたちは「うん」とうなずくように、納得した顔で聞いていたと話してくれた。
 クラス会のため代替に入った別の助手の先生は、理事長の返信を読んであげて、「こんな小さい時に、こんな手紙をもらえて、幸せですね」と言ってくれた。子どもたちの心に何かが残るのであれば、夜半に睡魔と闘うのもいとわないと思える。

 担任が話したのだろう。「えじぷとはたのしかったですか」という手紙が結構多かった。旅行の自慢話くらいシラける話はないが、ボクはエジプトの悠久の歴史に触れた感動をどうにかして伝えたいと模索する。幼い子たちには無理だろうが、自らの言葉の乏しさが悩ましい。


 1月18日(日)曇り
 あいにくの曇り空、朝から寒かった。しかし開会の9時30分にはたくさんの父母や子どもたちが集まっていた。何年ぶりかで紙ロケットの工作を受け持った。助っ人の島田先生と、一日目のまわる忙しさだった。
 ロケット工作は結構時間がかかるので、お客さんの回転はゆっくりだ。部屋に幼児用のテーブルをぎっしり20台並べて満席にしても、外に長蛇の列ができた。日陰で寒いし、多彩なあそびコーナーがあるのに、親子でじっと待っているのはもったいない気がして、しばらくして来て下さいと断ったが、ほかで遊んで戻るともっと長い列になっていて、かえって悪いことをした。

 そのうち200台分用意した紙ロケットの材料が足りなくなって、しまいには兄弟で来ても1世帯1台と制限して、一応行列の最後尾まで参加してもらったが、その後来て下さった方何人かはお断りするしかなかった。
 このロケットは幼児には難しいので親といっしょに作ってもらった。でも、3歳の子が発射しても結構高くまで跳ぶ。手元を離れて高く飛んでいくのは爽快だ。子どもたちは大満足だったと思う。

 親子そのまつりが終わって、先生たちは「土地購入2000万円募金」の訴えに卒園生の家庭に向かって散っていった。ボクはぞう組とくま組の子どもたちの手紙をかかえて家に帰る。
 年長組の子どもたちとの手紙ごっこは始まったばかりだが、結構夜半まで返事を書き続けている。手紙のやりとりは面白い。子どもの意外な面が見えてくる。
 ぞう組のりょう君の手紙に「いつまでもげんきでね」とあったので、「みんながそつえんしてもがんばるよ。100さいくらいまでかなあ」といった意味の返事をすると、翌日来たりょう君の手紙で、「100さいまでわいきられないかもしれないよ。」と引導を渡された。
 くま組のりんかちゃんは、こまがたまにしか回らないと、「おしえてください。おねがいします」と書いていた。文面から真剣な思いが伝わってきた。「給食が済んだら教えてあげるよ」と返事をした。
 給食の後の自由あそびの時間は、何となくゆったりした気分なのだ。りんかちゃんは缶ごまを持ってきた。最初はうまく回せたが、二度目は失敗した。水平に投げられれば回るのだが、「水平に投げる」ということを教えるのは難しい。「もっと遠くを見て、遠くまで投げる気持ちでね」。

 その後、りんかちゃんから「きょうはこまおしえてくれてありがとうございます。またこんどもおしえてください」と礼状がきた。さらに翌日は「きのうはありがとうございました。のとおじさんがかえったあと、たけうまをれんしゅうしました」と教えてくれた。意欲的なこの子の生活ぶりが覗けた気がした。

 始まった14日は、くま組に29通の返事を書いた。翌日、また来た手紙に16通の返事を書く。
 16日は、ぞう組に22通、くま組に8通、返信する。手元にこれから返事を書くべきぞう組19通、くま組7通の手紙がある。
 かな文字を習得しつつある時期の子ども宛てだから、一字一字、止める、撥ねる、はらうも正確に書こうとすると、一通はたった100字前後だが、5〜6分はかかる。他の仕事をしながらだから、どうしても夜なべ仕事になってしまうのだ。
 週が明ければ、きりん組、らいおん組が加わる。当分楽しませてもらうことにする。


 1月11日(日)晴れ
 「お父さんと遊ぼう―冬バージョン」凧揚げ・土手すべり・コマ大会の1月10日、朝の9時には給食室は野菜刻みの理事さん達が大忙しだった。大根、ニンジン、ジャガイモ、ごぼう、こんにゃく…量が多いだけ大変だ。ごぼうはお母さん理事の指導で丁寧に笹がきにしていた。お父さんと遊ぼう委員の理事たちが参加者を土手に誘導した後も、野菜刻みは続いていた。
 9時を過ぎて登園したボクは給食室は満員なので、ほかの理事たちと園庭で大きな釜に湯を沸かした。「おじさん、お風呂なの?」と子どもが聞く。「釜ゆでになるかい?」
 この大きな釜はかつて給食室の回転窯だったが、バーナーが壊れて入れ替えるとき、釜だけ取り外し、台を鉄工所で作ってもらって、イベント用にしたものだ。
 最初に使ったのは夏まつりだった。(多分、もう20年くらい前のことだろう)。ビヤホールのコーナーで、モツの煮込みを作った。あいにく雷雨で一週間延期になり、お豆腐を入れたモツ煮は腐ってしまった。いや、その始末の大変だったこと! 忘れもしない。
 今回の豚汁は肉もたっぷり入れ、味噌も5キロ半入れれ、最高においしくできた。
 土手あそびから帰ってきた人たちに一杯100円で売った。風が寒かったせいもあって、たちまち長蛇の列。今年はマイカップをお願いして、使い捨て容器によるゴミを減らそうと、エコの取り組みをした。忘れた人もいたが、持ってきてくれた人は大きなどんぶりもあれば、小ぶりなお椀の人もいて、どうも同じ量にはよそれないようだった。でも、この取り組みはこれからも続けたいものだ。
 楽しい行事には必ず縁の下の力持ちが必要だ。準備してくれたお父さんと遊ぼう委員のほかにも頑張ってくれた理事さん達がいたことを紹介したくてこの記事を書いた。

 さて、肝腎の土手遊びは風が冷たかっただろう。でも、去年は無風に近く、揚げるのが難しかったが、強すぎてもないよりはましで、空に舞う姿が美しかった。
 午後のコマ大会から参加した人も多い。缶ゴマ、木ゴマ、鉄ゴマの部は、参加者が予想外に多くて、2回に分けて行い、決勝戦で優勝者を決めるにぎわいだった。
 ベイゴマ大会は大人・子ども入り混じっての熱戦だった。子どもが勝てば大人からカードを2枚もらえるハンディが付いているものの、カード30枚以上獲得した人で決勝戦となったときは、おとな・こども半々だった。腕に自信のあった深野園長は「サルも木から落ちる」で決勝戦でたらいに乗らず失格したのは残念。今年は3部門の優勝者が全員お父さん。例年のように園児や卒園生がいなかったのも残念だ。


 1月9日(金)雨
 年賀状をたくさんもらった。思いがけない卒園生からのものもある。例年ならすぐ返信するのだが、今年はエジプト旅行で留守にしていた。こちらから出していなかった方にはご無礼をお詫びするしかない。来年必ずこちらからお出しします。

 エジプトは前から行きたかったが、ツアー不成立で2回も待ったを食い、3度目の正直でやっと実現した。海外旅行はそう行っているわけではないが、これまでの12回のどの国よりも強い感銘を受けた。4000年も前にこれだけの文化があったという事実に、圧倒された。色彩も鮮明に残された3〜4000年前の壁画に心を奪わ

れた。古代エジプトの人物画は何故みんな横向きなのだろう。横向きの方が髪の後ろまで描けるからだろうか。ふくろうなど前向きのものもあったが、それは象形文字であって、絵はすべて横向きである。ガイドの説明では絵の描き方の定めはすべて神官が決めたので、画家はその決まりに従って描いた。ギリシャのように画家の自由な意志では描けなかった、ということだった。
 …しかし、この横向きの構図で、子どもたちがソーラン節を踊っているきりえなんて面白いかな、と考えたりした。
 カイロのバザールでアフリカの太鼓を買う。半値に値切った。「あふりかのたいこ」という絵

本で、村から村へ通信に使う手打ちの太鼓だ。「その」でその太鼓をたたいていると、子どもたちが寄ってきた。
 らいおん組のかおりちゃんがエジプトで買ったと聞いて、「おじさん、ピラミットの王様の墓は見た?」と聞く。「見たよ」「中に入った?」「入ったよ」
 かおりちゃんは、エジプトには太陽の神様や星の神様がいることを教えてくれた。いろんなことをよく知っている。「だって、わたし、世界遺産に興味があるんだもん」「大人になったら一度エジプトに行ってみな」とボクは言った。


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