ときめいて子育てを

2007年版
 

 
                                   
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 9月29日(土)雨のち曇り
 ずうっと天気だったのに、あいにくの雨。Babyの運動会は室内で行われた。日程の変更は全員共働きでは難しく、支援センターのホールが使えるとあって、室内で行うことにしたものだ。
 運動会は青空のもとでやるのが一番だろうが、0歳児から2歳児まで、35名の小さな保育園だし、乳児が多いのだから、室内も「あり」かもしれない。
 公園や体育館ほど広くないだけ、家族はわが子の姿をしっかり見ることができただろう。0歳児のハイハイ競争を見て、1歳児の跳躍や、2歳児の梯子渡り、リズム運動と、成長の跡を見れば、誰でも笑顔がこぼれる。後で写真を見ると、お母さんはいい笑顔が多かった。お父さんはと言えば、表情は穏やかだが、口を固く閉じた、真面目な顔の人が多いのはなぜだろう。心から笑えることの少ない職場で毎日頑張っているせいだろうか。
 大勢の人がいて、すぐにも抱っこしてほしい親が目の前にいて、先生といっしょに活動すること自体すごいことだ。1歳児の先生の話だと、「お母さんやお父さんが見てくれるよ。がんばってやろうね」と言うのに、健気にもコックリしてがんばった。
 2歳児は、三輪車で一回りして梯子渡りにとりつくのだが、カーブして回りきれない友だちに、さりげなくハンドルを動かしてあげる子もいたという。
 こうした細部が親に見えたかどうかはわからないが、こうしたところに成長ぶりを実感して、先生たちはわがことのように嬉しい。


             0歳児


               1歳児


                2歳児

 Babyの運動会は午前中に終わり、親子・兄弟姉妹・祖父母がにぎやかに帰って行った。片付けが済んだあと、パート職員を含め全員で反省会を開いた。

 午後、「その」に戻る。
 雨が上がったので、看板屋さんが看板の取り付けにきた。花をくわえて目をつむるおなじみのウサギをあしらった。赤と青と白ではフランス国旗だが、写真の白に見えるところは実際はレモン色である。鮮やかな色彩で、緑の植え込みに映えている。
 実は、この看板はいつ付けたものか、記録も記憶もないが、相当の年月がたって、色も褪めたが、古くなったせいで、先日の台風でめくれてしまった。危ないというので雨と風の中、深野園長が塔に登り、下の山中さんとどうにか破れた一枚をおろしてくれた。そんなわけで、看板は新しく生まれ変わったという次第。
 大きな看板を付け替えていく手順の巧みさに見とれて、出来上がるまで立ち会った。


 9月26日(水)晴れ
 近所の中沢公園を借りて、Baby運動会の総練習をした。赤ちゃんたちのささやかな運動会だが、道具を運ぶのはかなりの仕事だ。「その」の軽トラを借りて運んだ。
 9時には公園の芝生の上で、園児全員でリズム体操。とんぼ、うま、汽車などをやった。ふだん保育室ではやっている1歳児は、環境が違っては身体が動かない感じだ。0歳児の月例の高い子は座席から芝生に動いては来たが、立ち尽くしている。最初の競技は、その赤ちゃんのはいはい競争である。本番はお母さんが呼んで、そっちへ向かう手はずだが、やはり保育室でできることがここでは出来なかった。
 できても、できなくても、泣いてしまっても、赤ちゃんはそこにいるだけでかわいい。りりあちゃん(上の写真)は、カメラをもったボクのレンズと目が合った。でも動かなかった。
 1歳児の戸板のぼりと跳躍(中の写真)、2歳児の三輪車、梯子渡り、跳躍(下右の写真)も、身体を動かすのが楽しくてやっているのがいい。
 園児の競技が終わってから、子育て支援センターに来ている近所の子どもたちの歌と踊りを園児たちでやった(下左)。 自分の気持ちで踊っているのが見ていてこちらも楽しくなる。


 9月24日(月)曇り
 この3連休に修繕工事をやっているので、午前中はそれを見に「その」へ行った。ついでに、注文を受けた年少・ひよこ組のスナップ写真の仕分けに着手した。文庫に長テーブルを置き、重たいコンパネ6枚をその上に並べる。それだけで汗ばんだ。
 焼き増しした写真を並べ、注文票を片手に、順番に拾っていく。あっちから一枚、こっちに一枚…結構歩く仕事だ。ちゅうりっぷ組とひよこ組が終わったところでお昼になったので、きょうはお休みの日だし、終わりにした。
 夕方、池袋へカミさんと、「華氏911」で有名なマイケル・ムーア監督の新作映画「シッコ」を見に行った。

 アメリカには公的な健康保険制度がない。国民の60%は保険会社の保険に依存しているが、利潤を追求する営利企業だから、口実を設けては保険を支払わず、治療を受けられないまま病死する人が後を絶たないという。恐るべきアメリカの貧しさ、非人道性をムーアは容赦もなく告発する。
 映画は同じ資本主義国でも隣国カナダ、イギリス、フランスなどで医療費の無料制度が確立されていることを、取材によって具体的に示す。911事件の後、ボランティアで現場の発掘に参加し病気になった人が、何の治療も受けられないでいるのを、社会主義国キューバで行き届いた診療を受ける姿を、映画は皮肉に描き出す。速いテンポで訴えてくる深刻なアメリカ医療の実態に、息が詰まった。

 ボクは75歳を過ぎたので、来年4月実施の新しい医療制度により、「その」で入っている健康保険を強制的に脱退させられ、後期高齢者医療制度に組み込まれる。そして、途方もなく高額の保険料を年金から天引きされることになるらしい。以前は65歳を過ぎれば医療費は無料だったが、いまは3割負担だ。先日も「念のため血液検査をしましょうか」と医師に言われて、「先生、念のためだったら止めて下さい。患者負担も大変なんですよ」と断った。それに薬代もばかにできない。
 小泉さん以来露骨になった福祉や医療保障の切り捨てだが、映画を見て、お手本はアメリカだったのかと考えさせられた。ほとんど病気なのはアメリカの医療制度だけではない。日本の政治もしかりではないのか。
 民間活力という名の福祉への企業採算の導入、自助努力という名の個人負担の強化、こうした行政改革の目指すものは、アメリカ風の弱肉強食の社会なのだろう。映画「シッコ」は、国民が行動に立ち上がることを訴えているが、これは我々への呼びかけに違いあるまい。


 9月23日(日)曇り
 今日はホームページのOFF会で、一日楽しく過ごした。昨夜から仕込んで、朝始まる前に給食室のガスを借りて栗赤飯を蒸かした。いつも難なくできるのに、なぜか蒸気が上がらない。いつかスノコの竹が膨らんで隙間がなくなり、餅つきに失敗した経験があるので、スノコのせいかと焦ったが、湯はグラグラ沸いており、蒸気はどこにも逃げていないので、原因不明のまま、いつもより10分以上時間をかけて、まあまあに仕上がったか。
 始まると、ボクの栗赤飯は好評で、1.5キロがじきになくなった。他のお父さんたちも珍しい料理を次々作ってくれた。みんなおいしかった。

 座り込んで旺盛に食べている奥さんたちは、勤勉な男たちを見て、「ほんとによく動くわねえ」と感心している。「うちのお父さんたら…」と思っているかもしれないが、なに、この働き者の人たちも家ではあんまりやらないかもしれない。
 帰り際に来訪者があった。「あかねさんと一緒の卒園生です」と、ボクの次女の名前を言った。
 その人の名前を聞いて、「霞ヶ丘?」「そうです」「もしかして53号棟じゃなかった?」「そうです!」
 のりこさんと名乗ったその人は、高校生を頭に5人の子の母だという。「どの子にも、絵本をいっぱい読んで育てています。これ、お母さんも幼稚園の時、読んでもらった…そう言って」。文庫から絵本を借りていっぱい読んでもらったこと、それらの絵本のことを今も忘れないという。
 「わたし、3年保育で入れてもらえなくて、2年保育でした」と聞いて、ボクは突然ひらめいた。「そうだ。跳び箱が上手だった。5段のタテを上手に跳んだ」「そう。わたし跳び箱大好きでした」「跳ぶときのイメージが残っているよ」
 そうだ。この子は2年保育なのに運動神経が抜群だった。絵本も好きだったろうが、友だち関係も深く、豊かだった。後々、3年でなく2年保育にしたことを嘆くお母さんに、ボクはのりこさんの例を何度話したことか。「2年保育だって力を出す子はいる。よしんば今、力を出すには時間が足らなくても、いい体験の中で力を蓄えているならば、いつか花は開く」。
 のりこさんは優しそうな夫と一緒だった。2年生の時、新宿に越して、いつか「その」を訪ねたいとずっと思い続けて、きょうようやく宿願を果たした。休日なのにOFF会をやっていて、会えてよかった。「今度は娘たちを連れて遊びに来ます」と、のりこさんは幸せそうな笑顔で帰って行った。


 9月21日(金)晴れ
 雲ひとつない秋晴れだが、日差しは真夏のままだ。気の向くままに久し振り植木の剪定をした。
 アスレチックのそばにある椎の木が3年越し茂るに任せていて、気になっていた。いざ枝を落とし始めると、予想より伸びていて、量が多い。落とすそばから、子どもたちがその枝で遊び始める。
 「おじさん、葉っぱをめえちゃんに上げてもいい?」
 「いいけれど、めえちゃんは病気をしたばかりだから、あんまりあげると、お腹を壊すよ」
 そのうち、「ゴミ収集車でーす。ゴミはこっちへ」と集めて遊ぶ子の声を聞きながら仕事した。植木屋さんが使う3本脚の脚立は安定がよくて使いやすい。ただ、この椎の木は開園した昭和40年(1965年)に安行の田村農園から購入した思い出多い樹木の一本だが、幹に大きな空洞ができ、半分枯れ木状態で、脇から出た新枝が伸びて大きくなったので、格好よく選定するのは難しい。格好は良くないが、よくぞ生き延びてくれたと思う。「その」の40数年の歩みを象徴する大事な木だ。太い枝も半分枯れていて上に乗るのは怖い。枯れないで元気でいてほしい。

 右の写真が剪定後の椎の木だ。一度も実をつけたことはない。
 これ一本で疲れて、アスレチックの年少ランド(平らなスノコ張りのコーナー)で横になった。「おじさん、なにしてるの?」「お昼寝だよ。…まくらがあればいいのになあ」
 木陰をわたる風が心地よい。とんぼ組のひとみちゃんが、手にしていた絵本袋のような布の袋を四つに折って、「はい、まくら」と貸してくれた。すると、ばった組のももこちゃんが部屋からタオルを持ってきてくれた。「ありがとう」それも重ねて枕にした。二人は、ひよこ組のときは一緒によく遊んだ。それからたんぽぽ組に進み、今年はとんぼ組とばった組に分かれて4歳児の生活を楽しんでいる。大きくなるにつれて、顔を合わせることも少なく、あまり遊んでもいなかった。
 そのうち、ももこちゃんがタオルケットを持ってきてお腹にかけてくれたので、騒がしい子どもたちの歓声の中でウトウトした。午睡前の年中組の子どもたちが剪定した木の枝でボクの足をくすぐったり、お腹をつついたりしていたが、浅い眠りの中にいた。突然、砂がバッとかけられた。男の子の高らかな笑い声。眼鏡で目は無事だが、口の中がジャリジャリだ。4歳はまだこういうところがある。「やめろよな。ペッ、ぺッ」


 9月17日(月)晴れ
 きのう、そのBaby職員親睦会で劇団四季の「ライオンキング」を観に、浜松町へ行った。昨年、やはり「その」の職員親睦会で同じものを観ているので、どうかと思ったが、理事長としては不参加の選択肢はないかもしれない。
 行けば、やはり面白い。10年のロングランを続けているというだけあって、スケールの大きさ、仕掛けの面白さ、とりわけ擬人化した動物…というより動物化した人間の動きは素晴らしいものがある。
 二度目でストーリーは分かっていてもテンポの速い進行で飽きさせない。あっという間の2時間50分だった。

 明るいいうちに外に出た。面白かったが、終わってみれば胸の内を満たすものは残っていない。そばにいた先生がひとりごとのように、「すごいサウンドだった…」と言った。そう言えば、静かになってホッとするものもある。「なんだ、こりゃ?」…老いるということは疲れることが先行してしまうのか。

 今朝、そのへ忘れ物を取りに行って家に帰ると、NHKで亡くなったイタリアのオペラ歌手パバロッティの追悼だろうか、オペラ「ボエーム」をやっていた。1988年、サンフランシスコでの録画らしいが、もう終わりかけた最後の場面を見た。このオペラは前に天井桟敷で観たことがあるが、テレビは大事な場面をアップにして見せてくれるところがいい。
 古い外套に別れを告げるパバロッティのアリアが素晴らしかった。死をもって迎える愛の終りに、涙して聴く観客も多いのではないだろうか。
 これを観て、「そうだ」と思い当たったのは、ライオンキングの歌は、すべてマイクに乗って、スピーカーから大音量になって届いていたということだ。オーケストラボックスの音楽さえ、スピーカーから響き渡る。人の声の美しさ、オーケストラののやわらかな響きは感じることができない。ミュージカルというものはそういうものなのかもしれないが、すざまじいサウンドに身を任せて、考えることも感じることもやめて、酔い痴れることが必要なのかもしれない。
 いろいろな舞台芸術があって然るべきだろうが、好き好きでいえば、やはりボクはオペラのほうがいいと思った。


 9月14日(金)晴れ
 きょうは祖父母の保育参観。最近、年長組だけに限定してしまったが、それでもちょうど100名のおじいさん・おばあさんが参加してくださった。
 来てくれるとわかっている子は、受付や玄関口でそわそわしているが、来ないとわかっている子はサバサバしたものだ。お父さん参観とは違う。来てくれればうれしいが、来てくれなくても平気といった具合だ。
 おじいさん・おばあさんと言っても、若い人が多い。不機嫌に黙りこくっている人もいるが、集団の中で見る孫の様子に、自然と顔のほころぶ人が多い。
 どのクラスもソーラン節の練習風景を見てもらったが、これは好評だった。笑顔や拍手でそう感じた。子どもたちも父親参観よりも余裕で見せている。

 ボクは孫が3人いるが、幼いときは他市に住んでいたので、お爺さん参観などに行ったことなく終わった。他市でなくても「その」でなければ、祖父母の参観なんてやっていない。
 核家族化のなかで、子育ての知恵が若い世代に伝えられず、子育てのありようが問われている時代、身近に祖父母がいて、父母とは違う可愛がり方で大事にしてくれることの良さを、この祖父母参観が子どもたちの日常に活かす一助になればうれしい。


 9月8日(土)晴れ
 台風一過、久しぶりに外乗(ガイジョウ)に出た。
 狭山乗馬センターの仲間、女性6人、男性2人の8人が同行の仲間。行先は長野県白樺湖に程近い長門牧場にあるノーサイド乗馬クラブ
 上信越自動車道が台風災害で通行止めになっているというので、急きょ中央自動車道諏訪インターからの遠回りコースに変えたので、知らない道に苦労したが、予約の1時半にはたどり着いた。
 われわれ8人のほかに、上信越道の不通で遅れた6人が加わって、リーダーとともに16人の大部隊で出発した。
 途中でやたらに足の速い馬に乗った仲間と、穏やかなボクの馬を交換した。牧草地の草原を一列になって走るのは爽快だ。
 草原から雑木林の道なき道を行く。台風の爪痕が残る倒木、ぐしゃぐしゃの泥んこ道、石ころだらけの小さな川、急坂のがけ、馬は注意深く下りていく。小一時間もかけて山の崖道を下へ下へと下った。
 やがて身の丈の草や灌木の生い茂る農道に出ると、そのゆるやかにカーブを繰り返す上り坂を一気に駆け上がる。「落馬したら大変」と鞍の上で全神経を張り詰めて、走った、走った。
 …コースは2時間半で、ボクには体力の限界と思われたので1時間程度の別メニューを考えていたのだが、若い仲間が一緒に走りたいと言ってくれて、「やるっきゃない」と仲間入りしたのだったが、どうにかみんなと一緒に完走できた。嬉しかった。達成感で自然と顔がほころぶ。7人は初めてノーサイドに来たのだが、「こんな充実した外乗は初めて」「オーナーがやさしく教えてくれて、好感がもてた」「リーダーのモンゴル青年が歌を歌ってくれたり草原で曲乗りを見せてくれて楽しかった」と大好評だった。
 帰り道は、ボクの疲れているのを配慮して先導車の青年がゆっくり走ってくれてよかった。ただ八王子近くで事故・交通止めがあって、家に帰り着いたのは夜半の11時50分だった。ああ、疲れた。


 9月7日(金)晴れ
 30ミリの丸棒を買ってきて、厚さ5ミリ程度の輪切りにし、真中にボール盤で穴をあけて、クルマのタイヤを作った。木工の材料だ。
 昔はビール瓶のふたに釘で穴をあけ、ふたつを向い合せにセロテープで巻いて、子どもといっしょにタイヤを作ったものだった。でも、最近はビール瓶のキャップは手に入らない。そこで木の丸棒を輪切りにしてタイヤにしたというわけだ。
 トラックを作って年長組に見せると「ちょうだい、ちょうだい」と大騒ぎだ。「あげないよ。ほしければ、自分で作れば?」と挑発する。

 材料がそろったら、自動車を作ろうと約束する。
 「できたのは持って帰っていいの?」
 「もちろん」「じゃあ作る!」
 と言われても、120人の年長組だから、480個のタイヤを作らねばならない。楽しみにしては重たいか。

 きのうは深野園長からソーラン節を教えてもらった。初稽古にしては、びっくりするほどうまい。この子たちのリズム感、フレーズ感というのは素晴らしい。胎児のうちからリズミカルな音楽を聴いてきた底力とでもいうものだろうか。現代の子どもは素晴らしい。発達したメディアは、子どもに新しい力を授けてくれたのだろう。

 本当に器用で賢い素敵な連中だ。年少・年中組のときから、「大きい組になったらソーラン節」と思って、先輩の踊りを目に焼き付けてきたこともある。いよいよその時が来た、と期する思いも強いのだろう。やる気満々だ。
 練習が終わった後、くま組担任の屋良先生が、「子どもたちってすごいですねえ。”僕のは深野園長と違うんだよなあ。園長のはもっと力強いもの”って、自分の踊りを振り返って言うんですよ」と感嘆していた。


 9月2日(日)曇り
 昨日から二学期が始まり、きょうは早々とお父さん参観だった。保育参観と言っても「お父さんと遊ぼう」の感じでもある。年中組のリズム遊びは普段の保育の姿を見る形だが、ひよこ組ははじめから「ふれあい遊び」だった。お父さんやお母さんが来てくれれば、遊んでくれるものと思っているから、それが自然化もしれない。大好きなお父さんと一緒に遊べば、「その」がもっと好きな場所になってくれるだろう。
 年少組のふれあい遊びはシーツをハンモックにして子どもを揺すぶって遊ぶ。シーツに乗せて走る競争をしたクラスもあった。写真はたんぽぽ組。子どもと先生が4人のお父さんで揺すって、盛り上がった。
 そののHPのトップ写真はれんげ組で、ここではシーツの上に7人もの子どもが乗ってしまって、先生が「これじゃ多すぎるかも…」と言うのを、「なに大丈夫だよ」とたんぽぽ組の美奈子先生が乗ったのを見ていたボクが言って、みんな笑顔で盛り上がった。
 年長組は子どもとお父さんでくぎ打ち遊びをした。金づちを家庭から持ってくることにしたら、そもそも窯づちのない家庭が多いのに驚かされた。ということは、お父さんもくぎ打ちの経験があまりないかもしれない。…ということで、前日先生たちにかつて木工を課題保育でやったころの経験を話した。
 金槌の持ち方、持つ位置、親指の役割、肘をあげて柄を水平にすること、打ち始めの手加減、血豆を恐れず力をこめて打つことなどを、子どもだけでなくお父さんにもしっかり伝えることを確認した。
 ビー玉を転がすパチンコ台のようなものを作ったが、お父さんの中にはプロもいて、素敵な凝ったパチンコ台のできた人もいた。自分のやりたい気持ちを抑えて子ども中心にやってくれるお父さんもいる。
 昔から「ぬすっと心と大工心は誰にもある」というが、作るというのは楽しい。子どもにとって木工は大人の道具を使う緊張した遊びだ。全神経を集中する。これを機会に木工が保育に復活するのを期待したい。


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