ときめいて子育てを

2007年版
 

 
                                   
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 5月30日(水)晴れ
 きょうは5月の誕生会「葉っぱのお祝い」だった。年少・ひよこ組は10時20分から、年中組は10時40分、年長は午後1時30分からということで、ホームページの写真を撮るボクは、誕生月の子どもたちが冠やペンダントを身に着けて誇らしげに、また恥しそうに前列に並ぶタイミングを逃せない。
 担当の先生がパネルシアターやエプロンシアター、時には手品などで子どもたちを楽しませた後、誕生月の子が呼ばれる。並んだところでシャッターを押す。誰か彼か必ず横を向く。照れて悪ふざけしてしまう子もいる。運悪くわが子が横を向いていてもご容赦願いたい。

 誕生会の写真を撮る合い間に、病児用のベッドを塗り直した。100番の粗いサンドペーパをかけ、次に400番の細かいサンドペーパで磨くとツルツルになる。水性のニスを塗ると、真新しくなった。窓の壁紙も花柄の白いのに張り替えたら、すっかりきれいになった。
 このベッドは二人の娘がまだ小学生だったとき、ベニヤ板を糸鋸で切り抜き、貼り合わせて、2台手づくりしたものの一つだ。三十数年経っているが、いまだにがっちりしている。「暮らしの手帳」に紹介された大人用のベッドを子ども用に縮小して作ったのだが、夏休みの間中、ベニヤ板と格闘した覚えがある。新しくなって、またしばらく役に立つだろう。


 5月27日(日)晴れ
 ちょっと古いが、24日に金勝山に登った翌日、野いちごのジャムを小瓶に入れて登園した。玄関先でらいおん組のりゅうどう君のお母さんに会ったので、ジャムの小瓶を見せると、「ああ、ジャムだったんですか」…りゅうどう君が家に帰って「能登さんが作ると言ってたのは野いちごのジャムだったかな、ジュースだったかな、と悩んでいたそうな。
 一番最後から山を降りて、乏しい野いちごを摘んだらいおん組に行って、小さじの先っちょにちょびっとずつジャムをすくって、なめさせた。「おいしい!」

 スプーンが10本しかなかったので、なめた子にスプーンを洗ってもらう。年長組だから、順番を静かに待てるのはさすがだ。全員に配ったが、半分くらい残ったので、隣のきりん組に行った。「ぞう組とくま組には内緒だからな」と言うと、内緒が大好きな子どもたちだが、「ママには言ってもいい?」「おじさん、妹には?」と味見より内緒の方が関心があるようだ。「うまい」「おいしい」と好評だった。

 さて、きょう27日は保育生協としての総会だった。初めて参加した年少組のお母さんが「大きい組に成長していく過程がよく分かって、出席してよかった」と喜んでいた。
 時間の関係で先生たちの報告は簡潔だが、自分たちの実践を整理して、他のクラスの保護者にまで公開し、知らしめてくれる園がどれほどあるだろう。「その」にいれば当たり前のことの中に、みんなで作り、運営している「子どものその」の素晴らしさがある。
 総会が滞りなく終わった後、何人もの人に「疲れたでしょう」と労わりの声をかけてもらった。

 しかし、ボクは疲れてはいない。総会は大事な集まりであり、お父さんたちの参加も多くて、大きい行事ではあるが、しかし、ボクは総会が終わって疲れたと思ったことはない。「そ」のの総会は、運営に携わっている大勢の理事と職員、善意に満ちたお父さんやお母さんの参加で、粛々と進行することへの安心感がある。疲れるという実感がないのは、”仲間たちの中にいる”安心感のためかもしれない。 


 5月24日(木)晴れ
 年長組と一緒に金勝山に登った。標高263メートルだから、山と言うよりは”岡”という感じで、若いときは下見に行って一息に登り降りしたものだが、最近はもう今年で最後かなと思いながら、ついて行っている。
 「沼の主なんか怖くない」と歌では歌うけれど、やっぱりふもとの沼の主は怖い。
 ビシャーンと大きな水音がして、「音しか聞こえなかった」という子もいたが、「しっぽが撥ねて音がした」という子もいた。「それッ、逃げろ!」と一目散。
 逃げて、少し先でみんな待っていた。全クラスが無事なのを確かめる…と子どもたちは思っていたようだが、実はこれはおじさんへの配慮なのだ。
 沼を通り抜けた勢いで、先頭のクラスから山を登っていくと、最後のクラスの無事を確認して、それから山道を4クラスを追い抜いて先頭に行き、頂上で写真を撮るというのは過酷すぎる。(前はそれで平気だったけれど…)。今となってみれば、結構山道は急坂だし、延々と長いのだ。
 というわけで、今年は待っていてくれた先頭のくま組とゆっくりペースで登ることができた。それでも太り過ぎの身体は汗を噴出し、胸が苦しい。
 途中で小学校5年生の子どもたちと行き会った。ぞう組の子どもたちが口々に「沼の主に気をつけてね」「危ないから…」と教えていた。こういうところが人を信じ、人との結びつきを大事にする「その」の子の素晴らしいところだ。
 山頂に「大声を出せば、風に乗って家まで声が届く」という新しい看板が出ていた。豆粒のように小さく見える集落を見下ろしながら、「ヤッホー」「ママー」と叫んだ。 今年は野いちご・木いちごが熟れて採りごろだった。熟したばかりで虫もついていない。お弁当広場へ降りていくがけに、美しい朱色の実がいっぱいなっている。らいおん組のサン君が左手首に包帯をしたまま崖を登ろうとしているので、お尻を押し上げてやると、「おじさん、ありがとう」と礼儀正しい。ボクは子どもたちの最後を歩いていたが、

取り残しをビニール袋にいっぱい採った。
 家に帰って、ホーローの鍋でジャムにした。同量の砂糖でグツグツ煮る。香りづけにと思ってレモンを用意したが、味見をすると結構酸味があったので、レモンはやめた。野いちごの香りと舌触りが素朴だ。さて、この僅かばかりのジャムをどうするか。歩きながら一緒に野いちご摘みをした〇〇組の子どもたちに、一口ずつなめさせてやろうかな。


 5月23日(水)晴れ
 真夏日の暑さだった。新河岸川の土手を歩くと、汗が噴き出す。きょうは子どものそのBabyりんご組(2歳児)の遠足だった。そのの3号バスを借りて、そのの近くの土手まで行った。土手はみどりの草が茂り、アカツメグサがきれいに群生していた。

 草に座ってすべり降りると、みどりの道ができる。何度もみんなで上がってはすべり降りた。草むらにテントウムシが結構いた。
 たんぽぽの綿毛を吹いた。けんしん君は上手に飛ばせて、目を輝かせていた。たいせい君はアマガエルを捕って弄り回している。

 土手の上から、カッパが住んでいる濁った川を眺めた。カッパはいなかったが、カモが一羽泳いでいた。
 そのに寄ると、4歳児がどろんこ遊びをしていた。子どもたちが男の先生の顔や身体に泥を塗りつけていた。別のクラスは絵の具でボディペインティングをしていた。どちらも凄いので、Babyの子は黙って通り過ぎていく。
 木陰にブルーシートを敷いてお弁当を食べた。それからアスレチックで遊んだ。結構怖がらずに冒険した。2歳児になって入園したしょうき君は、意外にも舟のアスレチックにタイヤから登った。自分で何回も乗り降りしていた。よほど気に入ったのだろう。

 子どもたちが弁当を食べているとき、ボクは抜け出して、今年度の文庫委員会の第一回の集まりに顔を出し、ちょっとだけあいさつした。そのの文庫ができた頃の話をしたが、まとまりもなく反省しなくちゃ…。
 園庭ではBabyの卒業生たちが来て、一緒に遊んでくれた。ヤギにエサを上げたり、目の見えない鳩に触ったりした。
 帰りのバスも眠くならず、最後まで元気だった。りんご組の部屋に用意してあった午睡用のふとんに入ると、たちまちみんな熟睡したのは言うまでもない。


 5月20日(日)晴れ
 きょう75回目の誕生日を迎えた。娘や孫たちが祝ってくれた。
 この年まで元気に働いていられるのは幸せなことだと思う。子どもたちに囲まれて、いつも元気をもらっている。忙しいと言えば忙しいが、忙しさを楽しんでこなしているのも、健康の賜物だ。
 通っていた乗馬クラブから75歳の誕生を迎えると、平日の騎乗料が無料になるという案内が届いた。「いつまでもお元気で乗馬ライフをお楽しみ下さい」とある。このところ身辺多忙で、もう4ヵ月も馬に乗っていない。そろそろ重たくなった腰をもちあげようかなあと思っている。
 6月にはいると、毎日、地域班会議があるので、5月中に1回行って億劫になってしまった気分を解きほぐさなくてはならない。
 その前に5月27日は保育生協の通常総会、その前日はBabyの理事会が予定されている。やっぱり乗馬は無理かなあ。


 5月19日(土)曇り時々雨
 午前中、Babyの「子育て勉強会」だった。共働きの忙しい人たちなので、9時半には開始した。「勉強会」というのは、そので言えば「合同クラス会」だ。新学期に園の保育方針を総括的に伝えようとする。規模の小さい園なので、0歳児から2歳児まで、一緒に聞いてもらう。
 今年は「子どもの気持ちによりそう保育ということの中身」をテーマにした。子どもの心の動きを感じ取りながら、みずから伸びようとする気持ちを手助けして、寝返りする力の獲得ひとつにしても、より早くではなく、より豊かにを信条としたいということを話した。

 2歳児の親は全員参加してくれたし、忙しい中をご夫妻での参加も多く、ありがたいことである。こちらの意図がどこまで伝えられたか、それは後日の感想文を読まなければ分からないが、自分なりに準備をして、終わってみれば、かなり疲れていた。
 こういう園としての主張を父母に伝え、父母と保育者の協同の基盤を作ろうとする営みは、他の園ではあまり行われていない。「依存しながら自立する」乳幼児にとっては、親と保育者が共通の育児観をもつことが大事だと思うのだが…。
 「勉強会」の後、保護者会「ひよこの会」の総会があり、お母さんたちがしっかり運営してくれて、スムーズに終わった。

 午後は「その」で一年生の集いに参加した。2ヵ月ぶりに会う子どもたちは、興奮して、大変な騒ぎようだ。学校の首尾を聞くと、「楽しい」という声が圧倒的だ。「楽しいけど…」と語尾がにごる子もいたが、「友だちはできたよ」と、その辺はそのっ子らしい。
 運動公園まで一緒に行った。嶋田先生の一人娘かなちゃんと手をつないだ。「だあれ? おじさんちの子?」とみんなに聞かれた。「きょうだけおじさんちの子だよ」と言うと、元ぞう組のゆみちゃんが「シマちゃんちの子じゃないの?」と見破った。
 「友だちって、こんなにいいものなんだ」と感嘆させられる。みんな幸せそうだった。いつかその友情も現在の陰に隠れて、おぼろなものになっていくのだろうか。伸びゆくものの非情を感じた。


 5月14日(月)晴れ
 年長組の子どもたちが園庭の畑に、大豆の苗を植えている。牛乳パックのプランタに大豆をまいて、芽が出て、ころあいの苗になったのを、うねに穴を掘り、肥料を少しまいてから植えつける。
 畑にじかに大豆をまかないのは、カラスにほじくられて「一粒は一粒のまんま。夜になったら元なしよ」になるかららしい。「もっと大きい穴をあけて。深く埋めないと倒れてしまうよ」と先生は必死に声をかける。やったことのない作業だから、見通しを持つというのは難しいかもしれない。深く植えなければ倒れるというイメージはなかなか浮かんでこないのではないか。

 5月27日にひらく保育生協の通常総会の議案書を印刷した。土曜日の理事会で結構修正意見が出たので、日曜日に手直しして、今日は印刷に持ち込めた。例年連休明けの大仕事だが、まずは印刷までこぎつけられて、よかった。普通は総会の議案書など印刷屋に頼むものだろう。今年の総会は第54回。してみれば54回も手づくりで議案書を作ってきたわけだ。

 夕方、Babyのめろん組の子どもたちとプランタにナスときゅうりの苗を植えた。
 めろん組というのは、Babyで朝夕の保育を受け、日中は「その」に通っている子どもたちだ。年長組の畑づくりと違って、3歳児が10人、4歳児が5人という構成だから、自分たちでやるということには限界がある。でも土を混ぜたり、プランタに入れたり、苗にじょうろで水をかけたり、みんな張り切って手伝ってくれた。
 てんやわんやの作業中は写真を撮る余裕はなく、終わって記念写真を撮ろうと言ったときは、バラバラだった。年中のこうだい君が「きょうはオレたち、いいことしたよなあ」と誇らしげに言った。


 5月8日(火)晴れ
 年長組が”いちべえ沼”へ出かけた。「え?行くの?」とボクは悔しがる。
 いちべえ沼というのは「その」が勝手に名づけた遊水地だ。「その」から新河岸川の土手を下流に向かうと、運動公園があって、次に老人福祉センターがある。その先の道路を突っ切ってまたしばらく行くと、砂川掘と新河岸川の合流点に遊水地がある。高い土手の上から見下ろして、さあ、いくぞ、と池の探検なのだ。
 カメラを園長に貸した。卒園アルバムに貼る春の散歩写真を撮るつもりらしい。「やっぱり今日しかないのかなあ」とボクは未練がましい。

 子どもたちより一足先に、今度事務長代理となった山中さんを伴って、県庁に向かった。昨年「認定こども園」の認定問題で何回かお会いした子育て支援課長は、新設の少子政策課長に転出されたが、席は同じ部屋で隣り合っていた。「やあやあ」という感じで再会した。新年度は互いに忙しいので、落ち着いたら「その」を見に行きたい、「ぜひ来てください」と言うことだったので、都合を聞いた。
 「そうだ。課長を紹介しますよ」…少子政策課長は気さくに子育て支援課の新課長を引き合わせて、「無認可だけど、ずうっと幼保一元化でやってきた園なんです」と、「その」を紹介してくれた。
 柔らかな感じの女性課長と初対面の挨拶を交わし、Baby子育て支援センターの写真を渡して、交付金のお礼を言う。二人の課長に、認定こども園担当の職員を加えて、都合のいい折に「その」と「そのBaby」を見学に来てくださることになった。

 それから山中さんと消費生活課へまわった。保育生協としての定款改正について、行政側の見解を聞く。市の合併で「上福岡市・大井町…」と表記された定款上の地域名を改正しなければならない。今国会に生協法の改正案が提出されているので、その結果を見て、来年以降に改正するのが適当との印象を受けて帰った。

 いちべえ沼に行った子どもたちはどろんこになって帰ってきたらしい。泥のパンツやズボン、靴が山のように脱ぎ捨ててあった。給食を食べたら片づけるのだろう。
 職員室にれんげ組のそういちろう君がいた。「昼寝じゃないの?」。園長が脇から「寝たんだよね。すぐ目が覚めちゃったけれど」と助け舟を出す。
 「吉田先生が待ってるよ」。「せんせい、いないもん」。「いま、帰ってきたってば」
 そういちろう君は束の間、ボクを見て、飛び跳ねるように部屋に向かった。吉田先生が大好きなんだ。きのう、れんげ組で彼とあつき君とで変身あそびをした。大きなかごにうずくまった二人に昼寝のタオルケットをかけ、ボクが魔法をかけると、オニの子に変身して、恐ろしげな目つきをして部屋を一回りする。面白いので何回もやった。そのときの信頼関係が、まだそういちろう君とは続いていた。
 遅バスを待つ時間、また二人でふざけて遊んでいると、ちゅうりっぷ組のみきひろ君が来て、「おじさん、きょうは誰と遊んだ?」と聞く。昨日も聞かれた。みきひろ君がBabyにいたときは、もう少し身近だったかもしれない。みきひろ君は前のように遊んで欲しいのだろう。「きょうは仕事が忙しくて、誰とも遊べなかったんだ」。みきひろ君の目は宙を泳いで、何かを考えていた。
 なかなか誰とも遊んで上げられなくて一日が終わる。それでも夕方はどっしりと疲れを背負っている。


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