ときめいて子育てを

 

 
                                   
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 8月26日(土)曇り
 去年は雨による増水で川遊びができなかった。もう「その」のキャンプセミナーは15回を迎えたが、キャンプ場から清流に降りてあそべるのが「山逢いの里」の魅力の一つだから、川遊びができるかどうかで楽しさのレベルが違ってしまう。
 今年は最高の川遊びができた。水がきれいで、稚魚が泳いでいるのが子どもの目にも見える。お父さんと遊ぼう委員が釣堀の浅くて広い一角を借りてくれたので、小さい子でも安心して遊ばせられた。深みのあるところには、遊ぼう委員の理事たちが交代で見張りをしてくれていた。

 急流で遊ぶのは卒園した小学生。弟や妹と一緒に来た子たちだ。
 岩場の淵では岩の上から飛び込みをしていた。1メートルでも勇気がいる。中には3メートルの大岩の高みから跳び下りる子もいた。そのうち、お父さんの一人がその高みから、もの凄い水音を立てて跳び下りた。おとなの”あそび心”が子どもたちの冒険心を誘う。
 自然は危険をともなうが、同時に冒険や挑戦のチャンスをくれる。注意深く、大胆に遊ぼう、と開村式で深野園長が話したが、川遊びがたっぷりできたのは、今年のキャンプセミナーの大きな収穫の一つに違いあるまい。


 8月24日(木)晴れ
 きょう午後、新宿・紀伊国屋のサザンホールで人形劇団プークの「すてきな三人ぐみ」を見てきた。軽快なテンポで物語が予想外に転回していく。正味2時間があっという間に終わった。ドラマを進める踊りもすばらしく、なにかプークが新境地を開いた気がする。
 この人形劇は「その」がやるのは来年度で、今年度は年明けの2月4日(日)に、「3びきのやぎのがらがらどん」と「ぼちぼちいこうか」の二本立てに決まった。その打ち合わせ中に、新宿の公演を知り、「来年度のために見ておいて下さい」と招かれて見せてもらった次第である。今度の二本立ても、有名な絵本をプークがどう劇化するのか楽しみなことだ。

 その前、22日には深野園長、石原主任とともに埼玉県庁に子育て支援課長を訪ね、「認定こども園」のことで話を聞いてもらった。県はこの新しい制度を実施するための条例案を12月議会に提出する予定で、まだ中身はこれから検討する段階なので、具体的な話はできないと、事前に聞いていた。
 こちらは県の方針を決める前に、40年余、幼・保一元化を目指して保育事業をしてきた「子どものその」の努力を知ってほしい、と言うことで、いわば陳情レベルの話に行ったのだった。
 厚生労働省から出向してきたという若い課長は、誠実に話を聞き、資料にもていねいに目を通して、「その」の歴史や理念、現況を理解してもらえたと実感した。「認定こども園」という形での総合施設、幼・保一元化には国の法律にもあいまいな点が多く、県がどう条例化するかは未知数だが、一民間施設の要望をきちんと受け止めてもらえたことは嬉しかった。それだけで気持ちが明るくなった。同行した三人の共通した感想である。ボク自身は、お役所の人と話をしていて、きらめくような知性を感じたのは久しぶりのような気がする。

 知性と言えば、23日夜の職員研修の講師で来てくださった板橋区陽光保育園の男性保育士(写真右手前)も素敵な人だった。
 そのでも取り組んでいるリズム遊びを、乳幼児の発達との関連で解明してくれた。
 赤ちゃんが初めて寝返りを打つとき、体位はどう動き、それを通じて筋肉や神経、骨格はどう成長していくのか。そして、その寝返りやハイハイの過程を省略して育った子どもたち

に、いまどんな運動が必要なのか。…こうした講義を聞いて、床に寝そべってゴロゴロ転がる「どんぐり」のリズム遊びをする。すると、ただ回転すればいいのではないことが実感できた。上げた足をどこへ下ろすか、腰はどうするのか、足指の働きは?…というわけで、「どんぐり」だけでなく、いつもやっている「カメ」「とんぼ」「きしゃ」「かえる」「めだか」などを、講義を聞いては実技を繰り返して、納得もいくし役にも立つ勉強になった。きっと二学期のリズム活動はちょっと変化があるに違いない。


 8月20日(日)晴れ
 15日と16日、人間ドッグに行った。「この頃疲れやすく、これは単なる老化現象か、それとも病気か」と問診票に書き込んだけれど、誰もそんなことには関心がないようで、これといった会話もなく、ひたすら検査が行なわれた。結果は後で郵送すると言う。病院というものは、ここまで”人のこころ”から遠く離れてしまったのかと苦々しくてならない。
 外出はそれだけだ。子育て支援センターの交付金がらみの書類作りが忙しく、最終の設計、競争入札の準備もあって、旅行にいくようなゆとりはない。1年生になったまやちゃんに会ったら「海に行ったよ。それからラズベリー狩りもした」と嬉しそうだった。いいなあ、と本心で言った。
 それでも気分は夏休みのところもある。炎暑の中、乗馬の練習は週一で続けている。きりえも作った。作りながら、デジカメを三脚につけて、タイマーで写真を撮る。「きりえって、どうやって作るの?という疑問に応えようと思って。

 きりえは下絵描きが半分だ。薄手の画用紙に鉛筆で絵を描く。紙が厚いとカッターナイフで切り抜くとき、骨が折れる。画用紙以外の紙は腰が弱くてやりにくい。絵はなるべく一続きに描く。

 描き終わったら、黒い紙に重ねて、セロテープで止める。以前はラシャ紙を使っていたが、最近は黒く染めた和紙を仕入れる。
 二枚一緒にカッターナイフで切り抜く。事務用の安いので充分だ。一つの線は一息に切る。勢いのある線のほうが美しい。
 絵の部分がバラバラにならないよう、離れているところは橋を架けるようにつなぎを作っておく。これは後で除去する。
すべてを切り抜いたら、下書きの画用紙は捨てる。
 背景の和紙を染める。別に染めた和紙を貼ってバックを作ることもある。

 背景にする和紙の下に、切り抜いた黒い紙の絵を重ねて、仮止めする。下からライトボックスの明かりをつけて、浮かぶ絵に合わせて染めた和紙を切り抜いて貼る。スプレーのりを使うと、水分で伸び縮みしないのできれいにできる。
 台紙に全部色がついたら今度は黒い絵を上にして貼る。スプレーのりを使うのでのりを必要としない箇所には養生をする。
 スプレーのりで貼り、周りを裁断して出来上がり。
 絵というより紙細工といった方がいいかもしれない。まあ、根気仕事ですね。


 8月10日(木)晴れ
 朝「そのBaby」へ行くと、今日も一時保育のぶどう組に、みずきちゃんが来ていた。「その」は夏休みなのでちゅうりっぷ組のみずきちゃんやりなちゃん、れんげ組のこうだい君たちが2,3日前からぶどう組に来ていた。昨日のことだが、「みずきちゃん、そのは止めて、またBabyに来るの?」と聞くと、「止めないよ」と言っていた。
 今朝は会うなり、みずきちゃんが「おじさん、子どものそのは止めたの?」と逆襲してきた。そう言えば、ボクもBabyに日参している。「子育て支援センター」の交付金(国庫補助)が内示されて、急に忙しくなった。
 1歳児の部屋でリズム活動をしていた。プールの前なので、みんな裸になって、<うま>や<汽車>や<カエル>を上手にやっている。<カメ>も手を添えてやれば上手にできる。去年の0歳児から進級してきた子は、大体できた。今年入園した子は全員早生まれだったので、まだ見ているだけの参加である。
 赤ちゃん(0歳児)は温水プールで水遊びをしていた。手作りのペットボトル・シャワーから水がほとばしって散るのを見て、お迎えのお母さんが「あ、面白そう。うちでも作ろうかな」とつぶやいた。
 バルコニーの換気扇の飛び出しにツバメが巣を作っているが、ヒナが4羽孵り、ずいぶん大きくなっていた。

 給食は、おくらを刻み込んだ納豆ご飯だった。子どもたちも結構よく食べる。切干大根とニンジンの煮物も小さい子が多いので、小さく刻んである。事務所で大人たちが食べながら、ある市の保育園給食には「納豆」の献立がないという話題になった。

 「どうして?」と聞くと、「どうしてだと思いますか?」と南園長。「嫌いな子が多いからかな」。
 管理栄養士が笑っていた。後片付けが大変だと保育士さんたちが反対するらしい。確かに、0歳児や1歳児は手づかみにもなるから、手も顔もベタベタ、エプロンだって凄いことになってしまう。後始末が大変なのは分かるが、それは大人の都合と言うものだ。大変だって仕事じゃないの、と言いたい。納豆は栄養価が高く、日本人のからだや風土にあった優れた食品だと思うけれどなあ。
 管理上の必要性ではなく、子どもにとってどうかと言うことを、評価の基準にしてほしいものだ。


 8月6日(日)晴れ
 全国保育研究団体合同研究集会の第2日目の今朝は、独りで尚美学園大学川越キャンバスに向かった。駐車場に入るとグリーンの要員Tシャツを着た若い保育士さんがてきぱきと案内をしてくれた。にこやかに感じがいい。
 受付にひよこ組担任の末永先生が要員でいて、「昨日は見えませんでしたね」と言う。昨日はオープニングから参加の予定だったが、Babyの子育て支援センター建設事業に急遽国の交付金(補助金)が内示されて、関連の仕事でつぶれてしまった。昨日も受付をしていたのか。暑いのにお疲れ様。

 会場には全国から集まった人たちでいっぱいだ。珍しい人にあった。 20年前に「その」の男性保育士をしていて、いまは坂戸で保育園をやっている大竹君だ。ひげ面で、要員Tシャツで案内係をしていた。がんばってるなあ。やはり要員の奥さんが「Babyができて、よかったですね」と言ってくれた。みほの幼稚園長の美枝子夫人にも会った。彼女もむかしは「その」の保母さんだった。それから、Babyのゆうた君のママにも会った。「保育室に預けたの」と言っていた。
 ボクは午前は、「ゼロ、1、2歳児の保育実践―子どもの思いにこころを寄せた保育計画・実践づくり」(講師西川由紀子先生)、午後は、「3、4、5歳児の保育実践―幼児期に育てたい対話的知性と対話能力」(講師加藤繁美先生)という基礎講座を聞かせてもらった。午前3時間、午後3時間の講義を根を詰めて聞いたのでいささか疲れたが、とても勉強になった。

 お昼は実行委員会が用意した弁当を食べた。食べ終わったころ、要員の保育士さんたちがダンボール箱を持って空き箱を回収してくれる。全国から参加の1万人を超える参加者を受け入れるために、地元埼玉の実行委員会は1100人の要員を確保したという。
 その要員の総元締め(運営委員長)は、ボクの次女のあかね先生がやった。公立保育園で年長組を担任しながら、この半年、よくがんばった。右の写真の左端が娘だ。子どものころ、抜群に手のかかる子だった彼女を知るボクの友人は、それを聞けば「うそォ!」とびっくりするだろう。本当によくがんばった。明日の最終日が終わったら、ぐっすり眠らせてあげたい。


 8月3日(木)晴れ
 クルマの外気温表示は37度になっていた。アスファルトの上はそのくらいなのだろう。暑い。
 夏休みになって梅雨があけ、とたんに真夏になって、オレンジの特別保育はプールあそびが嬉しい。大井プールで悲惨な事故があったばかりだが、大きいけれど水遊び場の「その」のプールは安心だ。
 子どもたちがまたがっているお兄さんは、卒園生の吉田君だ。電子産業に勤めていたが、保育の仕事がしたくて会社を止め、いま保育学校に通っているという。夏季保育の間、ボランティアをしてくれている。そのの卒園生だけあって、なかなかの好青年だ。
 「オレのこと覚えてる?」と尋ねると、「ちっとも変わらないですね」と、覚えていただけでなく、心遣いもできるのは素晴らしい。資格を取って、いい職場に恵まれることを祈りたい。
 砂場のぶどう棚がいくつか色づいていた。それをもいで洗い、ざるに入れて冷蔵庫で冷やした。「倉田先生、あとでおやつにして」。

 お昼前、Babyに行ってちょっとばかり仕事をした。8月から0歳児クラスに入ったももちゃんと、2歳児で誕生日を迎えるあやかちゃんの写真を撮る。抱き上げてみると、ずしりと重い。「3歳おめでとう。お姉ちゃんになったね」…あやかちゃんは嬉しそうだった。

 午後、また「その」に戻ると、ひかるちゃんと、りょうこちゃんがターザンをしていた。ボランティアの吉田君が面倒をみていた。ひかるちゃんがターザンの長いロープにぶら下がっているので、「すごいな。年少なのにターザンができるの?」とびっくりすると、「私だってできるよ」とりょうこちゃん。
 4月には泣いてばかりで、この理事長日誌にも登場したひかるちゃんだ。「お母さんが見たら、びっくりすると思うよ」と褒めると、ひかるちゃんは穏やかな表情で話し始めた。
 「わたし、生まれる前はママのおなかの中にいたんだよ。もうお母さんの顔をみたくなって、出たいって言ったの。それで病院の先生がハサミでチョキチョキ切って、出てきたんだ。…ママは泣かないでがんばったんだよ」。
 多分、お母さんと繰り返し話し合ったのだろう。筋道の通った文で話せた。そこへ内山先生が来ると、ひかるちゃんは「うっちゃん、ねえ、うっちゃん…」と、また同じ話をした。4月の新学期はお母さんが迎えに来るまでの時間が長くて大変だったが、先生や友だちと遊びまくっているうちに、ひかるちゃんは別人のようにたくましく、かしこくなってきた。


 7月28日(金)曇り
 くま組とぞう組があいついで畑へ行き、トウモロコシを収穫してきた。草ぼうぼうの痩せた畑だから、実も小さかったが、明日夏季保育が終わればしばらくは休みだから、今日しかチャンスがない。収穫は給食室へ運んだ。多分、最終日の明日食べるのだろう。
 みんなが畑へ行っている間に、ソーメン流しの準備をした。1キロ入りの袋を3つ開け、回転釜にたっぷり湯を沸かして一度に茹でた。
 昨日セットした青竹の流しをもう一度整えて、子どもたちが畑から戻るのを待った。くま組もぞう組も喜んで夢中で食べた。

 たっちゃんと一緒の内山先生は食いしん坊だから、びっしり並んだ子どもたちの間から箸を出すのがはばかられてか、ざるのソーメンをじかに茶碗に入れて食べている。「水に流れて冷えたソーメンでなくちゃおいしくないよ」と言うと、青竹の流れからすくって、「ほんとだ。このほうがおいしい」。

 午後は園庭の樹の剪定をしたり、運転手と外回りの片付けをして汗を流した。
 疲れて一息入れていると、オレンジ(延長保育)のかなちゃんが、「おじさん、ケーキができたよ。食べる?」と迎えに来た。見ると、写真ではよく分からないが、なかなか形のいいデコレーションケーキができていた。小枝のローソクが10本は立っている。水で溶いた泥がチョコレート風にかかっている。
 「おいしそう。切って食べていい?」
 「ダメッ」とあやみちゃんがさえぎった。
 「はるかちゃんが家族ごっこしようと言って、作ったんだから…黙って食べたら怒るよ」とゆいちゃん。

 そこへ、はるかちゃんがおがくずを拾って帰ってきて、それでさらにケーキを飾った。「はるかちゃん、ケーキ食べていい?」改めて聞くと、はるかちゃんは、「くらちゃん食べるかなあ?」と倉田先生を見た。
 4人はもしかして全員らいおん組かなあ。ケーキと一緒に記念撮影をすると、ケーキはそのままで、くらちゃんの長縄跳びに加わった。
 オレンジの先生を長くつづけている倉田先生は、今日は青系統の服装だった。いつも赤いシャツを着て、「この齢をして、赤を着て、子どもと元気に走り回っているのよ。われながら偉いわ」と言っている。赤いシャツのくらちゃんの写真は、ボクは紙焼きして進呈する。


 7月27日(木)曇り一時晴れ
 一日置いて今日から夏季保育が始まった。25日は一学期終わりの日、午前保育で子どもたちが帰ったあと、この一本橋作りを始めた。
 久しぶりに晴れ上がって、運転手たちは夏まつりのやぐらを壊していたが、ボクは雨で出来なかった一本橋に手をつけた。
 ここは変形の丸太で作った”恐竜”のいたところだが数年たって腐ってしまったので、合宿のキャンプファイヤーの中で燃やしてしまい、新しく丸太の一本橋を考えていた。むかし、新園舎を建てる前に、鉄パイプ製の一本橋があって子どもの人気だった。

 その復活を考えて、すでに丸いコンクリート製の雨水枡を購入してあった。これに丸太を通す穴をあけ、水平をとって、雨水枡を少し地面に埋めた。中に土を入れ、上部はセメントを流し込んで固めた。久しぶりの晴れで、汗を噴き出しながらの作業だった。途中でオレンジ(延長保育)のかなちゃん、あやちゃん、さやちゃんたち、年中組の子が、丸太の上を上手に渡っていくので、少し低めにしておいて正解だったな、と思う。
 翌26日、休園日だったが、セメントの上部をモルタルで仕上げ塗りをし、雨水枡をペンキで塗った。正味の作業時間は2日間で延べ8時間くらいだったと思うが、カッカとやったので陽にも焼けたし、疲れもした。今朝、来て見ると、子どもたちが群がって遊んでいた。作ってよかった。

 今日はオフ会で使った青竹で、年長組の子どもたちに「流しソーメン」をご馳走した。いやあ、大変な人気だった。水量を調節して、送るスピードをゆっくり目にしたが、それでも取ろうとする箸の脇をサッと流れすぎていく。そのうち、だんだん上手に取れるようになって、きりん組もらいおん組もずいぶん食べた。残ったらあとで自分も食べようと思っていたが、回転釜で山のように茹で上げたソーメンは、子どもたちに食べつくされてしまった。冷たい水の中を流れてくるソーメンは、もちろんおいしかったけれど、流れに逆らってすくい取るのも面白かったのだろう。まあこれもいい経験だ。


 7月22日(土)曇り
 夕方から子どものそのBabyの夕涼み会だった。
 午前中は職員が、消防署員の指導で救急救命の講習を受け、午後から保護者会の役員と準備をした。お父さんやお母さんたちは手伝っている雰囲気ではなく、自分たちでまつりを創る意識がはっきりしていて、笑顔で大変な仕事に取り組んでいた。
 先生たちもお母さんたちと一体感に包まれていて、見ていて頼もしい。だんだん「その」姉妹園らしくなってくる。そうした主催者の心意気が伝わってか、地域の参加者は昨年に比べダントツに多かった。卒園生や中途転園の子たちの姿も多かった。

 杉並の保育園に移ったゆきと君も元気な顔を見せてくれた。東京の保育園で自由に伸び伸びと遊んではいない、とお母さんは悩みを話してくれた。
 昨年0歳児のいちご組にいて、卒園するお姉さんと一緒に転園したすうちゃんは、ボクの顔をじっと見つめていた。ボクに特別になついていた子だった。転園した園に会いに行きたい位、4月はボクも寂しかった。
 4ヵ月ぶりの再会だった。園庭で「すうちゃん、抱っこ」と言うと、笑顔で手を出してきた。はっきり覚えているとボクは感じた。すうちゃんはすぐにはお母さんに戻らなかった。なにを、どう覚えているのだろうか。ボクは不思議な、幸せな気持ちの中にいた。 


 7月20日(木)曇り
 雨で増水しているだろうし、草むらも濡れて滑りやすいかもしれない。こんな日にザリガニ釣りに行かなくてもと思ったが、子どもたちはもうその気になっているし、予報では数日は雨が上がりそうもないというので、ボクや運転手を監視員に、荒川河川敷に出かけた。
 運よく午前中は薄日がさすときもあり、子どもたちが糸をたらすと、じきに小さい子どもザリガニが次々にかかった。もしかして、雨で水路の水かさが上がり、流れも早くなって、子どもザリガニはえさがとれず、空腹だったのかもしれない。あちこちで歓声があがる。自分で釣り上げた喜びは大きい。

 「まだ釣れてない人いる?」と先生は声をかけて、要領を教えながら、全員が喜びを体験できるように気を遣っている。
 きりん組のしほちゃんが「おじさん、釣れない」と小声で言った。見るとバケツには1匹入っている。「これは〇〇ちゃんにもらったの」
 えさがおつまみ用の「ソフト裂きイカ」だった。「ちょっと待って」。そばの男の子に「するめちょうだい」と頼むと、「一つだけだよ」と厳しい答え。一つもらって、しほちゃんのえさを取り替えた。「そうっとおろして、20数えてごらん。それからそうっと、ゆっくり上げるんだ」
 しほちゃんはすぐに釣り上げた。ヤッタァ!

 ペットボトルで作ったバケツに、ザリガニが佃煮のように折り重なっている子がいる。
 「何匹捕った?」「わかんない。いっぱい!」。こういう子は殆どがえさはするめだ。あの固いするめを手で裂いたやつだ。同じするめでも加工した袋入りの「ソフトなんとか」は、食べては口当たりがいいが匂いが弱いのか、あまりかからない。ちくわやかまぼこ、固い煮干を持ってきた子もいるが、これもザリガニにとってはあまり魅力的ではないらしい。ザリガニは貪欲なので、大人が釣れば、えさは何でもかかるだろうが、子どもでも簡単にかかるのはやはり豚肉かするめだろう。こういう情報は、やる前に親に伝えたほうがいいと思った。

 帰りぎわ、対岸できりん組のゆうへい君が声をあげて泣いていた。「もう帰るよ」と帰りたがらない子どもたちを促すあわただしい時間だった。「ゆうへい、どうした? こっちへ渡ってきな」
 泣きながら、ゆうへい君は言った。「5ひきしかとれなかったぁ」。周りにも3匹とか、5匹の子もいたはずだ。こういうところで泣くのがゆうへいらしい。「ゆうへい。1匹しか捕れなかった子もいるよ。おじさんなんか、前に1匹も捕れなかったことがある。でも泣かなかったぞ」。5匹も捕れなかった子がいるのがわかってか、ゆうへい君は機嫌を直した。

 同じきりん組のそう君が、「おじさん、オレ、6匹も捕ったよ」と、帰りのバスに向かって歩きながらニコニコ顔で言った。そうだよ。5匹にせよ6匹にせよ、集中して、忍耐強く待って、注意深く竿をあげて、ようやく釣り上げた獲物なのだ。その頑張りを自信にしなくちゃね。

 3時過ぎ、Babyへ行く。土曜日が「夕涼み会」で、こちらは共働きの親たちの保護者会主催なので、雨天決行となっている。土曜日は曇りの予報が出たので、思い切って狭い園庭にちょうちんを飾った。寺田主任が手伝ってくれた。先生たちも園庭の草をむしっていた。八大竜王、雨止め給えの心境だ。


 7月15日(土)晴れときどき小雨
 空は晴れているのに、「どの雲からだ?」と不審な小雨がぱらつくこともあったが、夕方、仕掛け花火をセットした後は、これが雨で濡れることもあるまいと、腹をくくった。
 終わるまで天気はもってくれた。「オレは晴れ男だから」と、実行委員長の松田専務理事。
 オープニングの年長組の「かっぱのまつり」もゆかた姿が可愛かった。つづく年少組もあまり踊りにはなっていなかったが、まつりを楽しみにしていた笑顔がすてきだった。十重二十重に取り巻く家族のみなさんも楽しそうでよかった。

 自由の森高校生の勇壮な踊りと八丈太鼓は、石原先生(主任)の娘さんで卒園生の智子さんがメンバーの一員で来てくれたものだが、夏まつりに彩を添えてくれた。
 花火の前に、やぐらから挨拶した。花火を見る人の数は年々増えていくように感じられる。やぐらから見ると凄い人数だ。
 花火が終わって、人並みが帰路につくころ、卒園生の女の子たち数人がやぐらに上がってきた。見ると、富士見市方面の子どもたちだ。まだ仲よくしているのかと思っていると、まなかちゃんが「おじさん、6年生のつどいはお泊り保育にして!」という。

 みくちゃんやさきちゃん(もしかしたらりさちゃん)も、「そのに泊まりたいんだよぅ」と言う。
 6年生のつどいは例年、小学校を卒業して中学生になる前の春休みにやっている。たくさんの子どもたちが参加してくれるのだが、…ちょうど先生たちは卒園が終わって疲れているし、新学期の準備もある。合宿まではムリだろうな、とすぐに思ったが、あまりに熱心なので、「お母さんたちと相談してみるよ」と一応答えた。
 期待に応えられるかどうかは別として、卒園しても「その」を忘れない子どもたちの気持ちが広がり、「その」は地域に根をおろして存在しつづけることが出来たのだと胸がいっぱいになった。


 7月12日(水)晴れ
 蒸し暑い一日だった。朝のうち、七夕の竹飾りを燃やした。子どもたちが担いできた竹を剪定ばさみで短く切って火にくべる。竹筒が小爆発して花火のような大きな音を出した。
 火をつけたからには燃し切らないと始末が悪い。子どもがいるから火のそばを離れるわけにはいかなかった。1時間あまり火の傍らにいたら、全身汗まみれになって、プールに入ることにした。
 ちょうど年少のちゅうりっぷ組とれんげ組が遊んでいた。立っていると水かけの標的にされてしまうので、泳ぐふりをすると、馬かボートにされてしまうのだった。

 年少の裏庭で、夏まつりのとき、かまどで赤飯をふかすのだが、サクラやどんぐりの木が茂り過ぎたというので、枝を落とした。伐ってみると枝は意外と大きいもので、一山になった。
 片づけて、また汗ぐっしょりになったので、プールに行く。今度は年長のきりん組とくま組がいた。あっという間に取り囲まれて、水をかけられる。目を開けていられないほど激しかった。「やったな!」年長組なら遠慮なくやっても平気だ。敵の倍くらいの水量で迎え撃つ。でも多勢に無勢で終いには逃げ出すしかない。
 午後はぐったりした。目が真っ赤に充血した。血圧が気になって早く帰ったが、これはなんでもなかった。


 7月11日(火)曇り時々晴れ
 朝、ひよこ組のゆうすけ君が職員室から裏庭への通路のところで、「おじさん、カエルがいたよ」と言った。そばにいたゆうた君が、かがんで小さなアマガエルを手にした。
 どうやら見つけたのはゆうすけ君で、捕ったのはゆうた君のようだった。
 ゆうすけ君は、「先生に見せにいこ」と、ゆうた君の背を押すようにして、二人はもつれ合うように、裏庭から部屋の先生のところへ行ったらしい。
 それだけのことだが、4月に入園して三月になると言うべきか、まだ三月しかたっていないと言うべきか、ボクは微笑んで、友だちっていいなあと思った。

 園庭のやぐらにちょうちんがついて、夏まつりの準備が子どもたちの目に見えてきた。朝の集まりの前に、盆踊りの曲が流れてきた。「♪かっぱのまつり」「♪あんぱんまん」・・・1年ぶりなので、先生も振り付けを忘れているらしい。「子どものその音頭」はまだ流れなかった。年長組は見よう見まねでどうにか踊れたが、小さい組はまだまだである。でも、楽しめればよしの軽い取り組みだ。 


 7月6日(木)曇り
 朝、給食室の前でトウモロコシの皮むきを手伝っていた。年少組の子には、最後むき離す力が精いっぱいに見える。きれいに皮をはがして、ひげをむしるのが楽しい。
 その前の日は枝豆むしりを手伝っていた。食材に身近に関わることで、食べる意欲が引き出される。
 明日の七夕を控えて、子どもたちは輪飾りや願いごとを書いた短冊を笹竹に結わえた。入園説明会が終わってホールを出ると、年少組はもう飾り終えていた。年長組は一人ひとりが吊るす場所を自分で考えて、イスをもってきてやっていたし、年中組は笹だけを下においてやっているクラスもあった。

 きのう・きょうと入園説明会だった。昨日は雨で、例年より参加者は少なかった。第二会場のオレンジ室は使わず、ホールも少し余裕があったろうか。その分、きょうは例年より多かったように思う。
 いずれにしてもボクは説明に集中するのみだ。
 どなたが加入して下さるにせよ、「その」の保育理念や実践内容を理解して、仲間になってほしい。ボクの説明の後、昨日は海野さんが、今日は近藤さんが、「親の立場」で「その」を語ってくれた。事前に打ち合わせもせず、すべてお任せしたが、結構いい話だったと思う。
 閉会後は、二人に松本さん、勝木さんが会場に残ってお母さんたちの質問に答えてくれた。食品アレルギーの子を持って苦労してきた勝木さんいてくれて、同じ悩みをもつ人には力になったと思う。いろんなところで「その」は親たちの善意に支えられているのだ。

 入園希望者が予想以上に多く、しかも雪崩れ現象になって、結局日を置いて抽選することにさせてもらった。ずっと「その」しかないと思ってきた人も、運が悪ければ入園できないわけで、抽選のほかにいい方法も見当たらず、大勢希望して下さったのに、いまはすこしも嬉しくない。


 7月4日(火)晴れ
 朝から暑かった。日差しも出て、プールに水が張られた。文庫委員会主催の絵本勉強会でお母さんたちが集まってくるころには、年少・ひよこ組のプールあそびが始まっていた。
 事前に絵を描いたタイルを洗ったし、プールサイドには新しい人工芝を敷いてきれいにした。子どもたちの明るい歓声を聞きながら、絵本の話を始めた。
 参加者が90人を超えた割には静かで、落ち着いてしゃべれた。それというのもボランティアのお母さんたちが臨時保育をして下さったおかげである。しかも、そのボランティアは、お子さんが卒園した人たちなのだ。

 こんなことは「その」しか出来ないだろう。ほんとうにありがたいことだ。勉強会が終わった後、文庫委員と懇談する場を設けてもらった。一人ひとりから感想を述べてもらった。本人を目の前においては、あまり自由には言えなかったかもしれないが、話し言葉を獲得する幼児期に、絵本の読み聞かせがどんなに大きな位置を占めているか、と言うことはつかんでもらえたと思う。
 さて、明日、明後日は入園説明会だ。頭を切り替えて、また頑張るしかない。


 7月2日(日)晴れ
 昨日1日は年長組の合宿明け。朝食のパンは元気に食べたが、帰りのバスを待つ顔はさすが疲れているように見える。前夜のキャンプファイヤーと忍者ごっこは梅雨の晴れ間に出会えて幸運だった。朝の雨くらいは仕方がないというものか。
 9時から理事たちの夏まつりのやぐら建ての作業と、お父さんのボランティアで園庭整備を予定していたが、あいにくの雨、ボランティアのお父さん12人には順延の電話を入れる。
 理事はまあ多少ぬれてもいいか、と思っていると、なぜかいい天気になってしまった。

 理事も12人集まって、手際よく作業が進んだ。例年午前中に骨組みが終わり、床板などは後で運転手たちが仕上げていたが、今年は午前中ですべて床張りまで終わった。お父さんと一緒に来た卒園の小学生や年長児がコンパネの釘うちを手伝ってくれた。
 途中からお父さんと遊ぼう委員は抜け出して、8月下旬に予定しているキャンプ初心者セミナーの班分けをした。今年は101世帯の申込だと言う。
 日差しもでる暑い日になったが、これなら園庭整備も延期しなければよかった。

 今日はその作業を朝9時から始めた。日が変わって出られなくなった人もいて、園長、守山さんを含め10人で、垣根の刈り込み、園庭整備をした。 高いところに強い園長は、背の高い棕櫚の枯葉を切った。

 植木屋さん用の3角のハシゴでも届かず,棕櫚の幹に抱きつくようにしtてやっていた。それにしても背が伸びたものだ。一番大きいのは開園の年に植えたので、植えてからでも42年なのだ。
 飼育当番の水村先生と一緒に、お父さんが手伝いに来た。動物が多いので飼育当番は家族が手伝いに来る人が多いが、水村さんはむかし理事をした人でもあるので、「みんなで作ったアスレチックやウサギの滑り台がまだあって嬉しい」と懐かしがって帰られた。


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