ときめいて子育てを

 

 
                                   
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 5月30日(火)晴れ一時にわか雨
 28日の総会が終わって、一息つけるかと思っていたが、忙しい毎日に変わりはない。朝7時半にBabyに出勤して、6月の「Babyだより」を印刷して、赤ちゃんの顔を見て、そのへ。
 このところ子どもたちと遊ぶ時間はあまりなかった。きょうは誕生会「葉っぱのお祝い」で、少・中・長のお祝いをハシゴして写真を撮る。
 年少・ひよこの誕生会では、なのはな組の坂倉先生がパネルシアターをしていた。ひよこ組の子が目ざとくボクを見つけて笑顔を向けてくる。2,3日、ちゃんと相手をしていなかった。

 誕生月の子が前に並ぶ。ひよこ組のりょう君が影に隠れて映らないので、「りょう、ちゃんと立って!」と声をかけると、てらいからか座り込んでしまった。そのまま写真を撮る。顔が見えればまあいいか。

 年少組の給食を見て、ひよこ組へまわった。みきちゃんは、今日誕生祝いでご機嫌だった。ピッカピカの皿を掲げて見せてくれた。ゆうき君はヨーグルトのお代わりを断られて、あきらめきれずにボクにもヨーグルトを指さしている。

 午後、昼寝から覚めた頃、ひよこ組に顔を出すと、先生が「とうま君、おじさんに言えば?」と声をかける。に・とうま君が昼寝のタオルを抱えたまま、「したよ」と言った。「え? トイレでできたの?」「うん」と、とうま君。「それも今日は4回もトイレでできたんだよね」と先生。
 「タオル、たたんであげようか?」ボクはタオルをたたんで、「とうま君、しまっておいで」と言うと、笑顔のとうま君は大事なタオルにこだわらず「うん」と素直に片づけに行く。このところ、みんな成長していくが、一番月齢の遅いとうま君の変化が著しいようだ。この時期は身辺の自立が自信となり、活動意欲を広げていく。

 夕方、オレンジのひよこ組のゆうすけ君、こうちゃんと遊んだ。プールの縁石の上を歩いて、ぶつかったところでジャンケンをする。「ジャンケンポンよ、あいこでしょ」と、ゆうすけ君はリズミカルに唱える。でも、ジャンケンの勝ち負けは分からないらしく、「あいこでしょ」と言うと、「あ、負けた」と縁石を降りた。しばらくやって飽きたので、こんどは縁石の上を汽車になって歩いた。歌の上手なゆうすけ君は「ぼくらを乗せて、シュッポシュッポシュポッポ」と歌いながら歩いた。ボクも一緒に歌った。


 5月26日(金)曇り
 きょうはBabyの遠足。あいにくの曇り空だが、カンカン照りよりはマシだ。そののバスを借りて、福岡橋際の大杉神社でおろしてもらった。12名の2歳児、先生が5人。
 数日前に下見に来たときと打って変わって草丈が伸びているのに先生たちは驚いていた。その草丈に怖くなって泣き出した子がいる。ふじみ野駅周辺のマンションで生活していては、草むらを歩くのは初体験なのだ。でも、シロツメ草の花が咲き乱れる土手の道を歩くのは楽しい。すぐになじんで土手すべりまで楽しめた。土手の後は「その」で楽しみ、最後にBaby卒園の子と一緒に写真を撮った。いい記念になるだろう。

後列左から、遠藤先生、ゆうせい君、あすかちゃん、あやちゃん、さやちゃんかなちゃん、こうだい君、かい君、なおき君
                   ひかるちゃん、さくらこちゃん、りなちゃん、きょうや君、ゆうき君、みずきちゃんと朽木先生
中列左から    ゆきと君                しんご君、ゆうき君、まりこちゃん、こうだい君、ようた君、せいじ君
前列左から 斎藤先生 みくちゃん、しゅんすけ君、かこちゃん、かいと君、ももちゃん、ゆうだい君、みきひろ君、
                                   さきほちゃん、あやかちゃん、ゆうた君、はるき君、ゆうなちゃん


 5月25日(木)晴れ
 朝、年長組山登りの記事をホームページにアップロードしていて、10時過ぎにそのに着いた。年少組が散歩に出かけていく。プールサイドにはひよこ組が帽子をかぶって並んでいた。そのまま散歩について行った。
 いつものように最短距離で土手に着くコースを選んで、土手と民家の間のU字溝を渡ろうとすると、ゆうすけ君が「水がないよ。ここイヤだ」と言う。
 田植えが始まって、U字溝の用水路を満々と水が流れているところで遊んだらしい。いつの散歩だったのか、そこでまた草を流して遊びたかったのだろう。

 きょうは土手の花を摘んだり、テントウムシを探す計画だった。ゆうすけ君をなだめて土手に上る。
 に・とうま君がたんぽぽの綿毛を長い茎ごととって、吹いた。風に乗って、よく飛んでいく。何本もやった。4月、とうま君は靴を脱がなかった。背中のリュックも下ろさなかった。保育室へ入れるだけでも大変だった。それって、1月生まれで幼いせいだったのか、感性の鋭敏さのせいだったのか…と、今は不思議に思う。
 「あ、いた」と、とうま君の指さすところにテントウムシがいた。つづいて2匹見つけた。袋に入れて持たせたが、ちょっと怖いらしく、袋を返した。みきちゃんが欲しそうにしているので、「あげてもいい?」と聞くと、ホッしたようにうなずいた。
 それからも草の間を飛ぶテントウムシよりもっと小さい虫を次々発見する。シロツメ草の咲く土手を跳ねるように歩くとうま君に4月の面影は見えなかった。


 5月23日(火)曇り
 金勝山の山登りに年長組に同行した。前夜、町内会の相談役3人の打ち合わせを終えてから支度をして、朝5時起きで「山菜おこわ」を蒸かした。いつも薄味になるのを工夫して、まずまずの出来栄えだった。
 さて、沼のほとりに陣取って、子どもたちが沼に影を映さないように、抜き足差し足でいざり、水音とともに「でたァ、沼の主だ!」と一目散に逃げるのをカメラに収めた。
 少し先で全員待っていてくれたので、追い抜く必要がなく助かった。途中で木立の中の急坂を登る子どもたちを撮影して、遅れた分を走って登る。

 気持ちはヒョイヒョイと子どもを追い抜くのだが、姿はドタドタしていたことだろう。先頭のぞう組に追いついたときには、汗ぐっしょり、足元はふらふらだった。「オレ、死ぬ。苦しい。死んじゃうよ」とわめいていると、「わたしも苦しい。これじゃ死んじゃうよう」と共感してくれた女の子と手をつないで、最後の胸突き八丁を登った。とめどなく汗が滴り落ちる。
 この山道を登りきるのだから「その」の子どもたちはすごい。オレだって昔は・・・なんて言っても始まらない。年少組のときから散歩で新河岸川の土手を歩き回ってきた成果だ。「足は第二の心臓」などと言う。歩く力は血液を脳にちからいっぱい送り込む力に繋がる。足の力は運動能力だけには留まらないものなのだ。
 山菜おこわの弁当を食べて、シートに横たわり、リュックを枕に眠ってしまった。ぞう組のたっちゃんに起こされて、それから赤鬼の池へ冒険に行く。
 観光バスで園に帰ると、出迎えの先生たちに「ただいま。無事に帰ったよ」と子どもたちは嬉しそうに報告して部屋へ走っていく。「沼の主が巨大化していてさあ…」と告げた子もいた。

 夜、そのBabyの会計監査。無事終了して、9時半帰宅。シャワーを浴びて、死んだように眠った。


 5月20日(土)曇り午後にわか雨
 子どものそのBabyの子育て勉強会が9時からなので、8時には出勤した。もう一度発言要旨に目を通す。初めて赤ちゃんを預けて、不安なお母さんも多いだろうと思い、日常生活を写した写真パネルを21枚用意した。右の写真も遅番のパートの先生に絵本を読んでもらう2歳児の一こまだ。
 事前に出欠は聞いていたが、その日になって都合をつけてくれた人もあり、34世帯中26世帯の出席だった。ご夫妻での参加も11組、職員も加わってかなりの人数だった。
 パネルを用意したのはよかった。子どもたちの姿を

見るうちに、お父さんたちの表情が緩むのが分かった。お父さんたちに話すのは難しい。笑うべきときにも笑わない。私語もせず、まじめに聞いてくれるのだが、話すほうはなかなか油がのらない感じなのだ。でも、話し終えると、律儀に拍手をしてくれた。
 終わってすぐ、職員会議を開いて感想を聞いた。それぞれ「よかった」と思ってくれたのは、自分でも力を入れたところだったり、新発見を話したりしたところだったので、まずはホッとした。

 12時半に「その」に行く。午前保育のバスはもう帰っていた。深野園長が開口一番、「おめでとうございます」と言った。一瞬、Babyの話がうまくできたことを褒めてくれたのかと思ったが、次の瞬間には「あっ、今日はオレの誕生日だ」と気づいた。そう言えば、朝からすっかり忘れていた。しかし、誕生日がめでたい歳でもない。とりあえず家に帰って、老体を横たえ、ひと眠りした。

 夕方、孫娘が貸衣装で「成人」を迎えた記念写真を撮るというので、川越のスタジオに向かった。黒い雲に向かってクルマを走らせていると、16号のロジャース手前で突然、豪雨に襲われた。

 ワイパーを急回転させても一寸先が見えない。どこかに停めたかったが、視界ゼロでは安全な場所を探すこともできなかった。前に走るしかない。ようやく信号で右折した。商店の駐車場に入って命拾いをした。いくつになっても命は惜しいものだ。
 スタジオの待合室などで写真を撮る。
 誕生日だから帰りはうまいものでも食っていこうと言ったが、大相撲が気になって、真っ直ぐ帰宅した。把瑠都が雅山にあっさり負けてがっかりだ。いま、栃東は何を思って見ているだろうと胸が痛む。
 自分で西友まで刺身を買いに行き、老妻が白いご飯を炊いて、二人で74歳の誕生日を祝った。


 5月17日(水)曇り
 雨が降らなくてよかった。曇り空だが、雲に切れ目があって、薄日のさす瞬間もあった。
 きょうは遠足ごっこ。年長の山登りの練習会の意味もあって、年長組は遠出する。
 春の遠足のない小さい組は、遠足ごっこで


        土手の上のひよこ組


   わあい、ピョンピョン広場だ(年少組)

なじみ始めた土手の道で遊ぶ。
 ひよこ組と一緒に出発した。おしっこに連れていって、出発までが大変だが、花も緑もいっぱいの土手へでれば、みんないい表情になる。でも、カメラマンのボクは、すぐひよこ組と別れて、年少組、そし


     ちょっとこわいなあ(年中組)


      水の中はいい気分(年長組)

て対岸まで行く年中組と、”おっかけ”に忙しい。南畑方水路の取水口に近い急な石畳の土手を降りるときには、「こわい、こわい」と泣き出す子がいる。年中組でも新入園児なのだろう。「座って降りな、お尻をつけて…」と言われても、立ったまま見下ろすと、かなり急坂ではある。
 泣いている子の手をつないで、草むらから降りた。河川敷の広場でお弁当を広げた。「みんな、今日のお弁当にはきゅうりがあるからね」と屋良先生が大声で話している。「かっぱが食べたくて来るといけないから、あんまり川のほうへ行っちゃだめだよ」。
 ひよこ組と年少組は園にもどって弁当らしい。年中組から離れて園に帰り着くと、もうみんなパンとコロッケのお昼を食べていた。年長組にはいけなかった。深野園長に写真は撮ってもらった。


 5月16日(火)曇りのち雨
 となりのれんげ組が散歩に出かけたが、ひよこ組の先生は空模様を気にして、散歩の予定を三輪車に変えた。これは正解で、まもなく小雨が降ってきた。
 三輪車は運動会の前に、二学期になって取り組んできたが、少し早めにやってみようと、倉庫の奥から出してきた。
 初めてのことは先生にも発見の喜びがある。華奢なは・とうま君が意外にもすいすいこいで走った。乗るのを嫌がる子もいたが、足こぎの4輪車もあって、一応全員が乗った。最初にしては楽しめた。

 年中組がリズムをしていた。毎週やっているが、機会がなくて見るのは初めてだった。カメラを持って壁際に座ると、助手の先生がみつばち組のまいかちゃんを連れてきて、「ほら、おじさんに上手なリズムを見せてあげな」という。
 年少のときからクラスの動きから飛び出してしまうことの多かったまいかちゃんだが、ボクとは折り合いが悪くない。隣にからだをくっつけて座った。
 そこへ同じクラスのゆうま君が来て、二人の間に割り込もうとして小競り合いになる。「こっちへ来れば?」ゆうま君は素直に反対側の隣に席をとった。
 リズム運動が始まった。さすが年少に比べれば走るのが速く、勢いがある。まいかちゃんはその渦中を走っていたが、ゆうま君は先生の腕にぶら下がって、ふざけっぱなしだ。「ゆうま、ちゃんとやれッ」とボクは怒鳴った。チラッとこっちを見て、それから普通にやる気になったようだ。
 「かめ」のとき、ボクの横から出発するまいかちゃんに「写真撮ってあげる。胸をはってね」と声をかけると、とても上手にカメになった。すかさずゆうま君が隣にきてカメラに入る。
 連休から手がけてきた保育生協総会の議案書を、今日午後に刷り終わった。ほっとひと息だ。


 5月8日(月)曇りのち雨
 久しぶりに朝からBabyに行く。1歳児の散歩のお供をした。
 バギー車に乗る子と先生と手をつないで歩く子に分かれた。Babyの前の道を真っ直ぐ歩いて、消防署に曲がる交差点を直進し、次の信号も直進して、ゆっくり歩いていく。左手にリズムタワーを見ながら突き当たりまで、ずいぶん遠い。そこに区画整理組合が作った小さな遊歩道があった。
 道が連続した太鼓橋になっている。1歳児が遊ぶにはちょうどいい。バギーを降りてみんなで遊んだ。
 生まれ月の早い子は太鼓橋を行ったり来たりして楽しそうだが、4月に入園した早生まれの子たちは、這って坂を上る子もいるが、怖がって先生に抱きつく子もいた。先生が道脇の草の中からだんご虫を見つけて、「ホラ、だんご虫…あれれ、まん丸になっちゃった」と言うと、みんな興味深く覗き込む。
 この辺は歩道がゆったりとってあって、小さい子を連れて歩くのはラクである。でも、「その」の近くのように新河岸川の土手のような自然があれば、幼い子も目を輝かすに違いない。途中の道端で、たんぽぽの穂を採って吹き飛ばすのをやって見せたが、前夜の雨でぬれているせいか子どもの息ではあまり飛ばなかった。


 5月6日(土)小雨
 あさ5時半に目覚めたら雨が降っていた。9時頃にはいったん止み、空が少し明るくなってきた。10時半、狭山乗馬センター到着。このままもちそうな様子である。
 仲間は運のよさを喜んで馬装に精を出した。一度ほかの馬場で練習をして、12時過ぎに本番に向かおうとしたとき、また雨が降ってきた。
 音楽が鳴り始める。入場行進曲に続いて、出場の曲に変わった。3月に乗馬祭の余興に発表会をやったが、今日は他のカドリール班2組と共演の発表会なのだ。これで半年の練習の決着がつく。
 雨の中、演技は始まった。ボクの愛馬ミントンは観客に少し興奮気味だが、抑えられないほどでもない。まずまずの出来だった。後肢転回(同じ位置で後肢を使って180度回転させる)は苦手だったが、なんとかうまくいった。無事終わってよかった。仲間もみんなホッとしていい顔をしていた。


 5月6日(土)晴れ
 一年生のつどいに99人集まった。
 3月21日の卒園のお祝いから、数えてみるともう46日目だ。
 さぞかし再会を楽しみにしていたのだろう。保育室で、散歩に行った運動公園で、旧交を温めるほほえましい風景に出会った。
 多分、夏祭りや運動会で散発的に会うことはあっても、全員で一堂に集まるということは、次の6年生のつどいまではないだろう。
 でも、新しい学校生活は楽しみも苦しさもいっぱいある。それにのめりこんでいける子が多いだろう。感傷はいっときのものでいいのだ。

 長瀞へ引っ越したまさひで君といっしょに、弟のみきたか君が来た。みきたか君はひよこ組を終えると転居先の保育園に転園した。去年のひよこ組は女11人の中にただ一人の男の子で、居心地が悪かったわけではないだろうが、ひときわ甘えん坊だった。ボクにもなついて、一年間を通じて日に一度は必ず抱っこしていたものだ。
 そのみきたか君が1ヵ月あまりで元気な男の子にヘンシンしていたのには驚いた。会って抱っこすると、ずしりと重かった。からだ全体がしっかり固くなっていた。「そののときの倍くらい汚してくるんですよ」とお母さんは喜んでいた。そのと同じような方針の保育園があったのは幸運だった。「ここにいたから、新しい園にすっとなじめたのだと思います」とお母さんは言ってくれたが、活動に関わる姿勢はその子その子でまちまちでも、集団の活動の中で子どもはひそかに、確実に力を蓄えていくものなのだ。
 みきたか君は、長いひよこ組の歴史の中で最初に自力で缶ゴマを回せた達人だった。キラリとしたものを持っていた。一年生と一緒に運動公園へ散歩に行ったが、途中は智美先生の手を離れ、自由に土手を上がったり降りたりしながら歩きとおした。またいつかおいで。


 5月2日(火)
 5月4日が休日になって以来、子どもの日のお祝いは2日にやらなければならなくなった。たいていは晴天だが、今日はあいにくの雨だ。
 9時ごろ一度止んだが、10時前にはまた降りだして園庭での行事はムリということで、年中組の4クラスにそれぞれ縦割りで集まって、お祝いの催しを行うことになった。ひよこ組はちょうちょう組に出向いて、年長のくま組、年少のちゅうりっぷ組と一緒にやるという。
 さて、ちょうちょう組まで連れて行くのが結構骨が折れる。「靴は履かなくていいよ」と言っても、靴を履きたい子がいる。自分で履けなくてもだ。

 靴を履いていく、と自分で決めると、先生の言っていることが心に届かない。履くイメージにこだわって、柔軟には対応できない。自我の芽生えとはこういうことなのだろう。
 先生は、よそのクラスへ大勢で行って、帰り靴を探すのも大変になるのではないかと、先を読んではだしで行かせようとするが、子どもには今の自分のイメージしかない。
 昨日から早バスに変わって、朝からボクにべったりだったはるかちゃんは、幸いはだしでも平気、手をつないでちょうちょう組に行った。お兄ちゃんと同じマンションのお姉さんがくま組で、同じグループなので、着くや否やにいにいのところで、並んで座った。助かったァ。
 くま組の先生が司会して、つどいが始まった。鯉のぼりも5月の太陽もなかったが、こじんまりと楽しいお祝いになった。年長組が「畑のポルカ」を歌ったが、5番まで長い歌詞を間違えないで凄い。

 隣の部屋、そのまた隣と覗いてみたが、やっていることはみんな違って面白い。ちょうちょう組では年長組がリズムの「ウサギ」と「カメ」の模範演技をやった。
 隣のみつばち組の部屋では、年長組が去年の運動会で踊った「糸ぐるま」をやって、小さい組に見せていた。異年齢での交流の後、恒例の柏餅を食べる。例年、あんこが嫌で食べ残す子が結構多いのだが、今年は少なかったように思う。
 柏の葉は、新しい葉が生まれてくるまで、古い葉は散らないので、子が生まれて跡継ぎができる縁起を担いで江戸時代に食べる慣わしができたと言う。

 終わって帰るとき、靴を履いてきた子はやはり靴にこだわった位だから、誰も忘れずに履いてきた。給食はカレーライスとサラダだった。はるかちゃんも自分で座って、自分でスプーンを持って食べた。おいしくて2回お代わりをした。そろそろひよこ組から抜ける時期が近づいてきたようだ。


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