老成都

[其五]


帰去来

 私が成都に住んでいる時、昼時に近くの麺屋で面(ラーメンと言うよりはうどんに近いかも知れません)を食べるのが楽しみの一つでした。大学裏手の培根路にある良く行く麺屋は「帰去来」という名前で、狭い店内昼時はいつも人でいっぱいでした。毎度注文する物が同じだったためか、座るだけで何時の間にか店のおばさん(年齢的にはお姉さんだったかも知れません)がお決まりの面を出してくれました。私がいつも食べていた面は、「清湯面」(醤油味の湯面)と「紅油抄手」(辛子味噌入りワンタン)です。当時この面二杯分の値段は、日本円で10円位のものでした。ワンタンを四川では抄手と言い、辛子味噌を入れるのが普通です。私はこの店でこれが一番好きでした。


    
1989年11月 四川大学裏の培根路には毎日、市が立つ


 当時、店には老板(店主)夫婦とそのおばさんの妹さんがいて、店を切り盛りしていました。おやじは無愛想な職人風です。でも一度街中でばったり会った時は、めかし込んでいて、何だか恥ずかしそうにしていたのを覚えています。奥さんはとてもてきぱきしていて、いくら店が込み客が沢山いようと、注文と勘定を間違えないので、その記憶力には驚きました。そしてその妹さんが、富田靖子(若き日の?)そっくりで、日本人留学生の間では、靖子姉ちゃんと呼ばれアイドル的存在でした。何人か写真を取ろうと頼んだ人もいましたが、彼女はいつも店の裏に逃げてしまいました。私は気まずくなって店に来にくくなるのも何なので、結局彼女の写真を撮る事は出来ませんでした。でも彼女の存在は別として、この店の面は凄く美味しく、ほとんど毎日の様に行ってました。


    
1989年11月 培根路にあった帰去来


 この店で作られる包子(肉まん)は、特に美味しく朝だけ売ってました。直ぐ売りきれてしまうので、一度どうしても食べたくなり、徹夜して次の日の朝早く買いに行った事があります。あまり早く来すぎた為、店が開いてなく、ちょうどその靖子姉ちゃんが店を開けている最中でした。その寝起き顔の初々しさが、非常に印象的で今でもはっきり覚えています。
 その後聞いた噂では、結婚して郊外の新都県に移り住み、そこで麺屋を開いているとの事です。またこの店の老板も今は変わってしまったみたいです。


    1994年8月 前にある二つの鍋はだし専用です


 四川風ファーストフードを小吃と言い、ほとんどが麺類です。市内にあるいくつかの有名な小吃の店として、人民中路の「担担面」、提督街の「鐘水餃」、總府路の「夫妻肺片」等が有りました。不思議なものですが、その街に住んでいる時は、何時でも行けるとの思いからか、有名な店にはそれ程行かないものです。
 成都の小吃は中国全土でも有名です。特に「担担面」は日本でも沢山の店で売られています。私も日本でラーメン屋に行く時はいつもつい注文してしまいます。でも一度として、本場に近いものを食べた事が有りません。本場の担担面はスープがほとんど無く、とても辛い辣椒醤(辛子や豆枝等を発酵させて作った味噌)を使っています。成都に住んでいた時は、毎日の様に食べていたので、体がその味を忘れられないみたいです。


    2000年1月 華興正街、小吃は街中到る所に有ります


 小吃は、普通これら麺類等を指す総称ですが、四川の俗語ではけちな人の喩としても使われます。食事を簡単にすませる事に起因しているのですが、要はそれだけ四川人にとって、食は大切な物なのでしょう。成都の友人と話をしていて、あいつは小吃だからと言うので、最初てっきり面好きの人と勘違いしましたが、本来はこう言う意味だったのです。


    
2000年1月 半辺橋市場の小吃屋


 今ではこの街が帰去来(帰り去っては、又来たる)になってしまいました。これからいくつの帰去来を見つける事が出来るのでしょう。期待したいものです。
 

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