老成都

[其三十]

摸福

 今から十数年以上も昔の話、旅行で二度目に成都を訪れた際、街中で偶然知合った日本語の通訳の方に、北郊の新都県にある宝光寺に連れていってもらった事があります。この寺は川西平原でも一番大きな規模を誇るそうで、中でもここにある五百羅漢は特に有名です。
 相伝によると寺は東漢(後漢)の建立で、隋代に拡張されて名石寺と呼ばれていました。唐代に起きた安史の乱で、長安を追われた時の皇帝・僖宗が一時滞在した後、宝光寺と改名され今に至っています。


    1997年1月 宝光寺の山門の裏手にある大門


    1997年1月 五百羅漢堂の入口


 蘇州の西園でも五百羅漢を見た事が有ります。あちらも有名で見応えが有りましたが、個人的には宝光寺の方が仏像一体一体の表情がとても個性的に見えるので好きです。この羅漢堂内部の回廊は、丁度「田」の字の様に仏像が配置してあり、羅漢の数は全てを数えると実際は五百七十七尊あるそうです。


    1997年1月 東林園側から見える舎利塔


 何度目か後に訪れた際、功徳を施して寺宝室を見せてもらいました。中には水晶で包まれたお釈迦様の遺骨(仏舎利)や四川出身の台湾の高名な画家・張大千の水月観音画、また岳飛直筆の出師の表等がありました。
 岳飛が書の題材として何故「出師表」を選んだのか、書の分からない私でも愛国心の強かったその人物像と人となりが伝わって来る気がします。


    1991年10月 羅漢堂へと続く回廊


    1997年1月 斎堂に面した寺内の様子



 一方の仏舎利はカンボジアから贈られた物らしいです。内戦で国を追われ、中国で亡命生活を送っていたシアヌーク殿下(当時)から、お礼として寄贈されたそうです。
 話しは変わりますが、彼の無頼の女性好きは中国の巷でも噂になっていたとか。ある時中国民航機に乗った際、スチュワーデスにいきなり抱きついたそうですが、毅然とたスチュワーデスに平手打ちを食らったそうです。当然なのでしょうが、彼女に対してお咎めはなかったとの事です。


    1987年3月 摸福をする参拝者


 この寺を訪れて以来、成都の中で一番好きなお寺になりました。成都に住む様になってからと言うもの、良くここを訪れていました。

 寺の山門の裏手には「福」を象った大きな壁があります。参詣者が、目を閉じてこの「福」に向って歩き、もし手がその字に届けば幸せになれると言われています。これは「摸福」と呼ばれており、成都の他の寺でも行われています。そうは言っても、皆真剣と言う風ではなく、ニコニコと遊び半分で彷徨していました。その姿は象徴的でもあります。仏教で解く所の幸福に向って歩く、その毎日の姿が大事と言う事でしょうか。私にとっての毎日も宛ら摸福です。


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