老成都

[其ニ十三]


追捕

 九眼橋から星橋路へ。小さな商店が軒を並べる通りの一郭に星橋電影院は有りました。大学からも近く、閑を持て余していた時、たまにここで映画を見ていました。当時の入場料は1元から2元位ととても安く、時には期待に反して、マイナーでもとても面白い映画に出会えました。当時成都で上映されていた映画を割合で言うと、一番多かったのがやはり中国映画、しかも最新作は峨眉電影公司等の地元製作会社のもの、そして日本の古い映画、また稀に欧米のB級映画も有りました。


    1989年10月 明け方の星橋路


 この峨眉電影公司には色々とエピソードがあります。当時やはり経済的な理由からでしょうか、彼らが映画を作る際、外国人の役者を雇う経費を惜しんで、良く四川大学の外国人留学生を使っていました。台詞は全て吹き替えにんる為、カメラ前で適当な事を言っているだけ良かったのでしょうが、驚く事に、何故か皆ド素人にもかかわらず主役級の配役をしていました。私の覚えている範囲でも、戦争中撃墜され中国人民に助けられるアメリカ空軍のパイロット役、中国のヒーローに助け出される金髪美女等々、色々とあります。その欧米の女性留学生は知らない間に、ラブシーンのシナリオを入れられていたそうで、泣く泣くその役をこなしたと言う話を聞きました。そう言えば私も、戦争アクション物の日本の軍人の台詞を、頼まれて日本語に翻訳させられた事も有りました。今思い起せば爆笑物のシネマワールドです。


    1989年10月 九眼橋から入った直ぐの辺り

 際物の映画は別として、私が成都で見た映画の中で印象に残っているのが、いくつかあります。
 中国の映画で一番印象深いのが、「鉄道遊撃隊」です。この映画は所謂抗日三大映画(確か他に地道戦と平原遊撃戦)の一つであり、日本軍占領下の鉄道破壊活動をテーマとした戦争アクション物です。単なる政治映画と思いきや、期待に反して(?)テンポが良く、白黒でしたけど映像に収まりきれない程の中国の壮大な背景と人海戦術(コストのあまりかからない)が非常にリアルに描かれ、映像だけで圧倒されてしまいました。中でも日本軍の将校役を中国の名優が演じており、本当に憎らしい事この上もありません。劇中主人公がウクレレを伴奏しながら歌う、日本鬼子をやっつけろと言う軽快なリズムの歌がとても良かったです。他の二つも見ようと成都晩報をこまめにチェックしていましたが、如何せん古い映画だけに、私が滞在している間その機会は有りませんでした。それ以外にも戦争アクション物(結局はほとんど抗日映画もどき)も何度も見ましたが、この映画に勝る物は有りませんでした。


    1989年10月 星橋路にあった貸し本屋


 それと、良く古い日本映画も見ていました。当時は版権価格の問題からか、ハリウッド映画はB級映画がたまに上映される程度で、見た回数も数える程です。不思議なもので、日本にいる時は見向きもしないものでも、違った環境で見るととても新鮮です。例えば「伊豆の踊り子」(主演は山口百恵と三浦友和より更に古い高橋英樹と吉永さゆり)、「君よ憤怒の河を渡れ」、「男はつらいよ」、西城秀樹の刑事物(名前は忘れました)等々です。
 中でも「君よ憤怒の河を渡れ」(中文名「追捕」)で主演した高倉健が、中国で不動の人気を博したのも、この映画による影響です。全て吹き替えですけど、中国語で真犯人に詰め寄る健さんも、やっばりカッコ良かった...。お国は違えど見終わって映画館を出て来る男性陣は、皆どことなく健さんを意識してるんですねぇ、いゃ〜笑えます。この映画の影響は最たるもので、田中邦江が劇中で演じる頭のおかしくなった「横路敬二」と言う役名そのものが、何時の間にかちょっと危ない人を指す隠語になっています。友人との会話の中で、あの人は「横路敬二」みたいですね、と言われ(???)説明してもらうまでこの意味が全く分かりませんでした。また薬漬けにしてビルの屋上から自殺をほのめかす言葉、「一直往前走、不要往両辺看。一直走下去、就会落下那藍天里...」は、道順を教える際に言う冗談になってしまいました。(最もこの冗談が分かる人は既に30代後半以上の方だと思いますが...)


    1989年10月 星橋路にあった茶館


 それと良く見たのが「男はつらいよ」(中文名「寅次郎」)です。私の地元が柴又に近いせいもあり、映画そのものの興味より、多少故郷を懐かしむ思いも有りました。シリーズが多いせいもあり、いくつもの寅次郎が上演されました。そして上映される度にいつも館内は満員になり、皆寅さんの行動に一喜一憂していました。
 この時の情景を思い浮かべると、訳の解らない外交活動より、映画がもたらす国際親善がどれほどの効果があるものか、一目瞭然と言う気がします。
 最近の一時期上海に住んでいた時分、休日など終ぞ映画を見る機会は有りませんでした。映画館を取巻く環境が変わったと言うよりも、単純に自分自身の環境が変わった事が原因でした。でもそんな時こそ、あえて映画を見るべきなのでしょう。


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