老成都

[其ニ十ニ]


香火腿

 西御街から人民西路に挟まれたその一画には、独特な形をしたイスラム教の寺院、清真皇城寺があります。天府広場で人民南路側から毛沢東像を眺めると、その左側に位置する場所にあり一目瞭然です。このモスクは新しく、出来てからそれ程の歴史は有りません。このモスクの起源は、咸豊年間(1851〜1861年)まで遡ります。その後民国六年(1917年)に戦災で一部焼失し、民国十三年に修復されました。そして数年前この辺りが天府広場として拡張された際、その建物をまた一新しました。
 以前この付近には、この小さなモスクを中心に、多くのイスラム教徒が暮らす回民街がありました。


    1999年12月 現在の清真皇城寺


    1999年12月 2000年ミレニアムを向える前の飾り付け


 私が習っていた太極拳の先生がこの付近に住んでいた為、練習の始まる前、たまにモスクの近くにあった清真(イスラム)食堂で食事を済ませていました。彼らの料理は、豚が不浄な物との事で、多くの料理には牛肉が使われています。青椒肉絲や回鍋肉等の一般的な四川料理は元より、清真料理独自の料理にも、その多くが牛肉を使っています。でも一番手頃で美味しかったのは牛肉麺でしょうか。


     1990年11月 以前有った清真皇城寺の門


 兎に角、この付近では豚肉はご法度です。料理屋や肉屋全ての店内には、豚に関わる食材をおいてはいけないのが暗黙のルールです。ここに住む漢族の人が、別の場所にある市場で豚肉を買って帰って来た時、剥き出しで豚肉を下げていた事から、イスラム教徒の隣人と大喧嘩になったと言う話を聞きました。それ程、この問題はイスラムの教えを信奉する人にとっては、重要な事なのです。


    1990年11月 地図の上ではもう存在しない永靖街


    1990年11月 左端に見える軒が香火腿を売る肉屋さん


 また太極拳の練習の後は必ずといって良い程、この近くにある肉屋で、香火腿(ハム)を買い出し、それを肴に太極拳の師弟仲間で酒を飲みながら先生の講義を聞いていました。この火腿もやはり牛肉製で、独特の香りがします。これは代々受け継がれてきた回族特性の味付けだそうで、柔らかくこくが有り、海椒(一味唐辛子)と花椒(山椒)を一緒に塗すとより一層味が引き立ちます。先生も一度店主にその秘伝を尋ねた事があったそうですが、絶対に教えてくれなかったそうです。


    1991年2月 清真皇城寺を正面から見たかつての様子


 その後、この地区を立退いた人達は成都東郊に移り住みました。私が久しぶりに先生のお宅を訪れた際、その集合住宅の階下には、かつて香火腿を売っていた一家が住んでいました。何年かぶりに見かけましたが、私の事を覚えていてくれたのはなんだか嬉しかったです。先生の新しい住宅も引越したばかりの様子で、部屋の中は雑然としていました。
 窓からは、国営企業改革の一環で操業を一部停止した川綿一廠が隣に見えます。階下に住む回族の肉屋のおじさんから火腿を買求め、久しぶりに集う太極拳仲間と、裸電球の下でまた杯を傾けます。皆住む場所も、自分達の仕事の様相や取巻く社会環境も著しく変わりました。万人の夢が叶うものではありませんが、誰もが夢を見続けて行く事は出来ます。裸電球の下でいつまでも、夜は深々と更けて行きます。


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