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老成都
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[其ニ十一]
菜花
私が最初に成都を訪れたのは1986年の夏です。でもその時は、開放間もないチベットに行く事が一番の目的で、成都は単なる中継地としての意味合いしか持ち合わせていませんでした。その後、私が四川に対して愛着を持つ様に感じたのは、二回目に訪れた1987年の春からでした。
1987年3月 宝鶏に向う途中の車窓
1987年3月 成都平原に咲く菜の花畑
学生時代最初に訪れた中国が何故か性に合い、長期の休みに入る度に、中国各地を旅していました。当時の中国の物価は驚く程安く、貧乏な旅行ですけど一月4〜5万円も有れば、各地を回る事が出来ました。
そんな中、季節は真冬から春先へ。氷点下マイナス10数度もある新彊の旅を終え、暖かさを求める様に南へと向っていました。列車に乗り蘭州から成都まで、約25時間の硬座の旅です。列車は真夜中宝鶏に到着すると、その進行方向を変え成都へと向います。そして日が昇り辺りが明るくなり始めた頃、景色は一夜にしてがらりと変わります。丁度列車が険しい省境を越え、広元駅に近づく頃でしょうか。三月上旬の成都平原は遥か彼方まで、こげ茶色の大地と緑豊かな山林が広がっています。その時一月以上の旅を続けていた私にとって、言い様のない郷愁を感じると共に、幼い頃に見た懐かしい日本の原風景を見る様な思いでした。そして所々には、一面の菜の花が咲き誇っています。雪に覆われた荒涼とした砂漠を抜け、土煙で覆われた黄土地帯を抜けて来た私にとって、黄色い花弁の色がより一層目に焼き付きました。この時の菜の花の強烈な印象が、その後の私の進路を決定付けてしまったみたいです。
1991年3月 春の到来した成都の農村風景
成都に住んでから三度の春を経験しました。冬の終わりから春先にかけ、「倒春寒」と言う四川盆地特有の寒さと暑さが目まぐるしく変わる時期が有ります。そして四川の春は菜の花の開花と共に訪れます。
中華料理で使う油が、即ち菜種油です。また、この菜の花は季節の料理としても格別です。新芽を摘み、オイスターソースでからめる様に炒めます。この料理が街中のレストランのメニューに登場しだすと、春を体で噛み締める事が出来ます。
1991年3月 華陽鎮郊外の菜の花畑
日本でも野に咲く菜の花を見つけると、あの時の感慨を思い起し、春の到来を感じます。
長く険しい蜀道のトンネルを抜ければ、きっとそこには暖かな日差しの中で、一面の菜の花が咲いている。日々の生活もそんな思いです。
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