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老成都
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[其十七]
青石橋
成都市内で最も活気ある市場が青石橋でしょう。ここでは生鮮野菜、畜産物や海産物のほとんど全ての食材が売られ、何時行っても人でごったがえしています。まさに成都の台所と言ったところです。また、市場の両側に並ぶ町並みは、解放前の古いたたずまいがそのまま使われており、より一層の情緒を漂わせています。
2000年1月 青石橋市場の入り口
しかし、この辺りにも都市の再開発の足音が聞こえており、現在場所によっては新旧鮮明に混在している場所もあり、妙な違和感が生まれ始めました。
2000年1月 精肉や海産物を売る軒を並べる辺り
私が成都に住んでいた時分なので、もう十年以上も前の話ですが、塩市口の近くで友人のお兄さんが漢方薬局を経営しており、何度も遊びに行っていました。と言うのも学友がそこで漢方薬の勉強をしていたので、冷かしに行っていたからです。漢方薬局の老板(つまりはお兄さん)は市内のこの業界では有名な大酒飲みで、いくと必ず私達もお供をして浴びる程白酒を飲んでいました。仕事もそこそこに、場所を青石橋にある古びた四川料理店に改め、料理を摘みながらと言うよりは、白酒の空瓶が空いた料理皿より多く溜まっていきます。そんなんで、帰り際にはいつもこの辺りの市場をふらつきながら帰って来た事を思い出します。
1991年10月 今でも南側には花鳥市場が有ります
時は移り現在大分雰囲気は変わりましたけど、私はこの市場を見ているだけで今の成都の表情が全て分かる気がします。
2000年1月 買い物客でごったがえす夕刻時
私の知人の多くもこの付近に住んでいたので、この辺りには深い憧憬が有ります。でも今では多くの人が再開発の為郊外に移り住みました。北京の胡同が再開発により取り壊され、地域のコミュニティ-も無くなり、昔から住んでいるお年寄りには深刻な疎外感を与えていると、何かの雑誌で読んだ事が有ります。日本でも老後は田舎でのんびり暮らすと言うライフスタイルに警鐘を鳴らす記事を、つい最近読みました。大手建設会社の企画した、温泉町にある引退者向けの住宅街に移り住んだ人達の投書として、新しく移り住んだ住人は皆我侭に自分の生活スタイルを求めるだけで、地域内での助け合いや譲り合いが全く無く、いざこざばかりで住んでいるのがホトホト疲れた。でも、都会の住宅を売払ってしまったので、今更帰るに帰れないと言う切実な問題でした。
2000年1月 古い壁際に続く路地
成都では、再開発で郊外に移り住む場合、その地区全体が一つの集合住宅に住む様計画され、民生組織もそのまま移す様な政策になっています。とは言うものの画一的な箱物や組織で昔ながらの人としての繋がりを維持して行けるのかどうか、今後その答えは序々に出て来ると思います。
2000年1月 何故か温かみを感じる裸電球の灯り
私も最近は自分の住んでいる場所に、興味を持つと同時に色々こだわる様になりました。こんな事を感じ始めたのは、私も年を取ったと言う証拠なのでしょう。
今、切に願うのは一時期住んでいた者として、彼ら老成都(成都っ子)に、魅力ある街を継承して欲しいと言う期待だけです。
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