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巴山蜀水
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[其八]
塩都自貢 (YanDuZiGong) - 〈塩の都〉
宜賓から成都へと帰る途中、私達は自貢に寄る事にした。位置的にはちょうど宜賓と成都の中間地点にある街である。夜遅くに着いた為、駅の近くの洋服屋の二階に宿をとることにした。部屋にはベッドと机、それに洗面器とコップしかない粗末な部屋である。でも値段も安いし、建物も戦前のものらしく、なんとも言えない情緒が味わえた。
自貢塩業歴史博物館門前
この街には塩井(塩の鉱山)があり、このお蔭で昔から四川省の中でも栄えている街である。経済的に潤っていたせいか、四川省の中でも一際奇麗(清潔)な街として知られている。
塩を牛耳る者は太古から権力者として君臨していた。人間が生きていく為に必要な物なので、当然の事なのだろう。そう言えばサラリーマンのサラリーとはラテン語で言う「塩」の事で、ローマ兵の給料が塩で支給されていたのに由来するらしいから、その呪縛の大きさが計り知れる。
また三国時代の英雄「関羽」は、劉備につかえる前は塩の密売人の用心棒をしていたのも有名な話である。そのせいか、今でも華僑の間では、義理堅く、商売人を守ってくれる神様として、アジアの到る所で彼の塑像を見かける事が出来る。
中国全土で最も塩業が栄えた所が陝西省と言われている。その為中国全土どの街に行っても陝西会館と言う陝西人の宿泊施設が有り、外地での商売人の出先機関として機能していた。成都でも陝西街の一角にこの陝西会館が有り、ホテルとして利用されていた(ホテルの建設ラッシュ以降、今は他の用途に使われている様である)。
大門(正門)の様子
四川で塩の鉱山が有る街として有名なのがここ自貢だが、その富の象徴的建物が塩業史博物館として、残されている。この建物自体は塩業組合の会館として作られたそうだが、今では塩業の発展を伝える博物館として使われている。でも展示物より、その建物に備え付けられた彫刻の素晴らしさに目が行ってしまった。
建物内にある彫刻
自貢の街が最近になり、また別の意味で有名になった。それが恐竜群の化石の発掘である。1.35億年前のジュラ紀の数々の貴重な恐竜の遺跡が排水溝の工事中に発見され、その規模の巨大さから現在でも発掘が続いており、その発掘現場の上にそのまま博物館を造ってしまった訳だから、そのスケールの大きさは圧巻だった。たまに日本で行われる中国恐竜展云々と言うのは、ほとんどこの地から発掘されたものが展示されている。
日本に帰り何年かした頃の話だが、この恐竜展の興行の話を持ちかけられた事がある。生憎私にはその方面の経験が全く無かったので断ったが、気持ちの上では、四川省の物が何で有れ紹介されると言うのは、少し嬉しかった。
恐竜博物館前
友人は別の用が有るので、私は別れてここから成都に帰る事にした。ここから成都に向う際に乗った列車からは、地平線に沈む夕日が見えてとても奇麗だった。通りすぎる街並は早回しの映写機のフィルムの様に過ぎ去って行った。
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