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巴山蜀水
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[其六]
棘人懸棺 (JiRenXuanGuan) - 〈天空の墓標〉
棘人(棘の下に人偏有り)とは、古代西南地方の少数民族の一つで、歴史上では、三国の蜀漢時代に諸葛孔明が南征した際、孟獲率いる南蛮として登場したのが有名である。彼らは現在の何の民族に属するかは諸説有り、絶滅説や漢化説もあるそうである。しかし、彼らの実在を証明しているのが懸棺の存在である。懸棺とは、断崖上に吊るされる様に懸けられた墓葬様式であり、今でもそのままの状態で保存されている場所が洛表と言う所にある。私達はそこに向った。
断崖に吊るされる様に葬られた棘人の棺
江安から共県(共の左側に王偏有り)への道程は、共県を経由しバスで約5時間、更にバスを乗り換えそこから約3時間位の時間を要す。
江安から共県へ向うバスの中で、旅の疲れからか眠ってしまった。バスの揺れで暫くして起きると、胸のポケットからお金が100元ばかり抜き取られているのに気がついた。ハッとしたが後の祭りである。バスの中はごったがえしており、誰が盗んだのか全く見当がつかない。お金は計三箇所に分けて所持していた。旅に使う大金は胴巻きの中、小銭は小銭いれの中、そしてその日に使いそうな分を胸ポケットに入れており、その分が盗まれていた。四川の田舎へ旅する時、服装は中山(人民)服、鞄は人民解放軍の背嚢といつも決めており、周りに溶け込む様に気をつけていたので、こんな事は今迄いっさいなかった。それでも私の考えが甘かったと言う事なのだろう。一般的に言って、四川は中国でも貧しい所と言われているが、この辺りは更に輪をかけて貧しい所だったのだ。バスに乗りこんで来る乗客は、靴を履いていない人が何人もいた。出くわした泥棒にしてみれば、私が汚い格好を装っていても、まだお金を持っていそうに見えたのであろう。
懸棺のある場所に歩いて向う途中の風景
この事は中国の友人には告げず黙っていた。もし更に何かトラブルを起こせ反って面倒になる。この辺りはまだ外国人には開放されていない地域だからである。元々胸ポケットに入れた分は、強盗に遭った時の見せ金にしようとも考えていたので、諦める事にした。
共県から洛表へ向う道は更に険しかった。途中通った渓谷の崖下には、真新しい転落したバスの残骸も見うけられ、ここでは寝る気にもなれず、バスが転落しそうになった場合の脱出方法迄あれこれ考えながら目的地へ向かった。
重点保護文物の指定を示す石碑
洛表の町に着くとその日の宿をバスの停留所の直ぐ前にとった。ここならば翌朝早いバスに乗り遅れないで済むからである。早速懸棺のある場所迄、途中農民の人に道順を聞きながら二人で歩いた。
およそ一時間程歩くと、懸棺のある場所に着き、前には看板が出ていた。現在でも朽ち果てず残っていた懸棺はそれ程無かったが、古代の技術て断崖に棺おけをぶら下げるこの風習には驚いた。ただ聞いた話では、歴史上何度も盗掘にあっており、棺の中はほとんど何も無いとの事である。
断崖に吊るされた懸棺
懸棺のある近くにあった洞窟からの風景
ここは観光地として体裁はとっているものの、本当に辺境だった。観光客は我々二人だけ、宿に帰る途中に食事の出来る場所すら無かった。
今迄中国の多くの地域を旅して来たが、これ程の辺境がまだ存在したと言う事に新鮮な驚きを覚えた。
つづく...
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