巴山蜀水

[其五]


蜀南竹海 (ShuNanZhuHai) - 〈忘れられた憂谷〉 

 成都北駅の切符売り場前の広場は、少し霧が立ち込めていた。成都で初冬を迎える頃のいつもの光景である。宜賓行き始発列車の切符を求めたが、駅員の無情なる「没有」のお言葉。私が中国で最初に覚えた言葉が最後の最後迄帰って来るとは思わなかったが、元々宜賓迄一日の列車の本数が少ないから致し方ない。諦めかけ出発をずらそうかと思っていると、ダフ屋に声をかけられた。彼が持っていたのが、偶然にも宜賓行きの二枚の切符。座席を示す札が貼って無く、問いただしてみると必ず座れるとの事。疑ってはみたものの、後戻りする気も無く、割と安い手数料を上乗せして切符を買い取った。
 列車に乗ってみて切符が安かった訳がわかった。切符の指定席はなんと空の郵便貨物車だった。冷たい鉄板の上に新聞紙を広げ腰を下す。貨物車と言っても窓があるので中は比較的明るく、同乗者もまばらだったのでゆったり出来た。成都から宜賓まで約8時間。まあこれから日が昇り暖かくなるし、南に向うのだから、どうと言う事はないだろうと中国の友人と二人で納得した。以前列車で新彊ウイグル自治区に行った時、超満員で席が無いどころか通路にも座れず、ボイラーの石炭の上で一晩過ごした事があるので、それに比べればまだ天国と思う様にした。
 私と旅をしてくれる友人とは成都に来て以来の付き合いである。間もなく中国の留学を終え日本に帰る私に付き合い、今回一緒に旅してくれる事になった。言ってみれば卒業旅行みたいなものだが、それ程思いを込めたものでは無く、ただお互いに竹海に行ってみたかったから、話し弾んで旅は道ずれになった格好である。この時、1991年10月の記録と記憶を辿りながら、今この旅を振り返る。


    
竹海の竹の回廊


 竹海とはそのものまさに、竹の樹海である。四川省の南部、江安県と長寧県の境に位置する。面積は約4万kuにも達し、そこには数十種類の竹が育成している。四川は中国において竹の有数な産地だが、その多くがこの付近で産出している。ここは観光地としても有名で、四川のガイドブックには必ず登場する。しかし、さほど人々に知られていないのは、あまりにも交通の便が悪く、旅行条件が困難だからだと思う。実際行ってみて、この大変さは肌で実感した。


    
岷江と金沙江が合流した後、長江の流れが始まる


 列車が茶色に染まった怒涛の様な流れの金沙江に架る鉄橋を越えると、宜賓の街に着いた。ここ宜賓は中国の名酒「五糧液」の産地である。この他にも色々な白酒を造っているみたいで、街中白酒の甘ったるい匂いが充満していた。竹海に行くには、ここから長寧迄バスを乗り継ぎ、長寧から竹海までまたバスを乗り換える事になる。


    
長寧付近の村にある古い街のたたずまい


 バスから見える畑には、バナナの木が生い茂っていた。もう既に南国の気候帯に入っているのだろう。宜賓から長寧に行く途中、バスのタイヤがパンクした。中国の内陸、しかもそのまた田舎と来れば道路の整備はひどく遅れている。一般的に言って、どんなに辺境でも国境付近の道路はほぼ完全舗装されている。国防上の理由からだが、雲南省に行った時は特にそう感じた。四川等それ以外の内陸の辺境は優先順序に応じて、後回しにされている様である。


    
竹海への入り口付近


 長寧から竹海迄一日に数本のミニバスが出ており、それに乗り約一時間程で竹海の麓の村についた。ここから更に竹海の入り口迄バスに乗り換え、今晩はそこにある国営の招待所に宿泊する事にした。宿泊料は一人2元(当時の換算レートで約40円)。この時の宿泊料の安さは今でも、一緒に旅行した中国の友人と語りぐさになっている。この日は宜賓で買い込んだ白酒を二人で飲みふけり、竹の囀りを聞きながら眠りについた。


    
断崖絶壁に造られた仙寓洞の寺


    
一歩外に出れば下までは断崖絶壁


 翌朝は早めに宿を出る事にした。竹海の見所は竹の樹海その物だが、他にもいくつかある。その一つに仙寓洞の寺がある。ここは断崖絶壁に作られた寺で、南宋時代に造られた由緒ある寺だ。直ぐ傍の崖に目をやると、遥か下の方には棚田が広がっていた。さながら空中寺である。ただ残念な事に、ここに有った仏像の何体かは文革の影響を受けたらしく、首から先が新しく作りなおされた物がいくつかあった。文革の影響がこんな辺境の地迄及ぼされていた事に改めて驚いた。ここは宿泊が可能で、値段を聞くと国営の招待所より更に安かった。トイレの穴を覗くと遥か下迄断崖絶壁になっていた。


    
寺にある石窟の一つである慧眼識奸邪


 竹海で面白い光景を見かけた。竹を潰し、その繊維質を利用して紙を作る農民がいた。別に観光客にみせると言う訳ではなく、本当にこの付近で仕事に携わっている様で作業はひっそりと行われていた。この竹製の紙は主にお葬式の際、死者が冥土でお金に不自由しない様燃やされる紙幣にされている。近年この紙幣を作れる職人がすっかり少なくなったと聞いたが、いずれは工業製品化されてしまうのかも知れない。でもやはり手作りでつくられる紙幣の方が有り難味がある。


    
竹の繊維を水に透かし紙を作る


 竹海でのんびりし過ぎたせいか、帰りのバスに乗り遅れてしまった。仕方無く麓の村迄歩いて行こうとしたが、地図で見るよりは距離は長く感じられた。約三十分程歩いた後、別のバスが通りかかったので、乗り込んだ。バスは満員で、どうにか入り口のステップにしがみ付く感じで、麓の村迄下りる事で出来た。そしてその日は江安まで向い、この街に泊まる事にした。


    
歩く途中に出合った道端の道祖人


つづく...


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