巴山蜀水

[其三]

黄龍 (HuangLong) − 〈黄龍の住む山

 九寨溝を後にし、次なる目的地黄龍を目指す。九寨溝から黄龍のある松潘への道程も、また険しい。昨日までとはうって変わって快晴。こうなると、砂埃がものすごい。車とすれ違う度に砂埃が舞い上がる。窓の隙間から砂埃が舞い込み、あっと言う間に、たたけば埃の出る身になってしまう。6時間後には松潘に着いたが、距離的には100km程しか走っていない事になる。


    
古いたたずまいを残す松潘の街並


 松潘の市街は城壁で囲まれ、昔を偲ぶものがある。
松潘県誌」によれば、この地は古代において嘉城と呼ばれ唐代には松州と称していた。さらに明代には松州と隣の潘州と合併し、松潘と呼ばれる様になったと言う。岷江上流に位置して、チベット、羌、回、漢の四民族が同居する松潘は、歴史上辺境の重要な要であり、今でもこの地方の交通の要所となっている。宿はメインストリートに面しており、辺りには市がたっていた。露店でチベット族のナイフを見つけて、早速購入。値切ってみたが、結局あまり変わらなかった。


    
黄龍まで4,000m以上もある峠越え


 
松潘から黄龍へは、標高4,328mの峠をバスで超えていくことになる。黄龍までは52kmしかないのだが、この峠越えに時間がかかる。峠から岷山山脈の主峰・雪宝頂が(5,588m)が望め、きれいな雲海が見渡せた。
 黄龍に着いて駐車場から少し歩くと、黄龍の切符売り場がある。ここから黄龍後寺までの7.5kmの道程となる。黄龍寺が建てられたのは明代。前寺、中寺、後寺と三つの寺が建てれら、黄龍寺と総称される様になったが、現在残っているのは、中寺と後寺だけである。まず陪源橋を渡るが、前寺はこの付近にあったという。山道をしばらく登ると、迎賓彩池にでる。


    
黄龍の中で最も池の多い争艷池群


 黄龍の渓谷内には、全部で3,400以上の彩池があり、エメラルドグリーンの色彩を放っている。これら彩池のできた原因は石灰岩で出来た地表面に雨水が注ぎ、浸食が進んで凹凸のある奇怪な段丘状態を造りあげた事による。なかでも争艶池群は、池の数及び面積においても最大で、色とりどりの池がある。黄龍で最も美しい所といえる。


    
黄龍後寺と玉翡峰


    
伝説の黄龍を奉った黄龍後寺


 接仙橋を渡り中寺まで来ると、既に半分来たことになる。ここまで時間を考えて急ぎ足で来たが、流石に3,000mを越すと息がはずんで来る。今日は空も晴れ渡り、黄龍後寺の後方に玉翠峰の頂が見える。この地方は天気が不安定で、こんなに晴れる日は珍しいという。
 陪源橋を渡ってから約2時間半、黄龍後寺に着いた。ここに黄龍寺の正殿があり、中に羅漢像が何体かある。寺のある場所は標高3,538m。寺の裏に五彩池があり、全部で400前後の池が集まっている。


    黄龍寺後方にある五彩池


 時計を見ると、バスの発車までにまだ余裕がありそうなので、五彩池の先へ進んで見ることにした。山道を見つけ、あまり高くない丘に登ってみた。登りだすと見かけより高く、息が切れる。どうにか登り着いて振り返ると、黄龍寺と五彩池が一望のもとに見えた。はるか向こうの山並みまで見渡せ、ほんとうに素晴らしい眺めだ。腰を下ろし、景色を見ながらくつろぐ。はっとして時計を見ると、もう時間があまりない。最後はバスの駐車場まで走る羽目になってしまった。


    黄龍寺と五彩池の眺め


つづく...

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