巴山蜀水

[其十三]


青神 (QinShen) - 〈中岩寺〉 

  成都に住んでいた時分、週末近郊に旅行に出る際、南方に向う場合は南站(南駅)から列車に乗っていた。遠出する場合には、特快(特急)に乗るのがほとんどだったので硬座の指定を取る為にも、始発の北站(北駅)から乗る事になる。そもそも南站で止まる南方向けの列車は全て慢車(鈍行)で乗客も少なく、席を気にせずとも座れたからである。
 四川で初めて慢車に乗った時は、驚きの連続だった。ある駅で列車が速度を落とし止まり始めると、前にいた人が次で降りるのか荷物をまとめだした。すると突然窓を開けるなり、走る列車から飛び降りた。窓の外を見ると、何事も無かったかの様に、そのまま平然と線路から遠ざかっていった。あっけにとられていると、客のまばらな車内で同じ様に何人もの人が窓から飛び降り出した。一瞬私も飛び降りねばならないのかと思ったが、何の事は無い彼らは皆無賃乗車だったのである。スピードの遅い鈍行列車だからこそ出来る芸当(常識ではしないけど)なのだろうが、身体をはってそこまでするとは恐れ入った。


    涅槃仏の様に見える翠微峰


 そんな話は兎も角、近郊に旅行した中で、青神には強い印象を持っている。土曜日の夕刻列車に乗り、眉山で下車。その夜は街外れの招待所に泊まり、翌早朝バスで街外れ迄行き、三輪タクシーで中岩寺まで。スピードを出してカーブを曲がると、三輪はやはり安定性が悪い。横転しないか心配になり、何時の間にか荷台の中で、前かがみになっていた。荷台を覆った幌の外には、竹林と田園の混在する典型的な四川の農村風景が見える。早起きで眠かったせいか夢見ごこちの気分の中、まるで鄙びた映画館で見る映画の様に、流れる風景は幻想的に見えた。


    岷江の岸辺にある中岩寺


 青神県から南に9km、岷江の東岸の辺に上岩、中岩、下岩、と「蜀中名勝記」にも記された三岩山がある。古くは「川南第一山」、「縮地小峨眉」とも称されていたそうで、今日では三岩を総称して「中岩」と言われている。近くに住んでいた蘇東坡も良くここを訪れていたとの事で、元来は唐代から彫られ始めた大小の石仏二千五百余体が有る。


    
蘇東坡の命名とされる喚魚池


    千仏長廊にある首の無い石仏達


 しかし、ここもやはり文革の影響を余す所無く受け、そのほとんどの石像が破壊され尽くしている。かつては千仏長廊とも呼ばれ、山道の両側には数多くの石造が有り、「蜀中名勝記」を表した曹学曰く「百千万億仏、如恒河沙数」とその数の多さに感嘆していた。他にも伝説の中で、神虎として度々人畜に被害をもたらしたと言われる「猫猫石」や、千仏長廊の終わりには流杯池、別名太極池等が有る。


    巨大な猫猫石


    流杯池こと、太極池


 価値観は再び変わり、今度は観光資源開発としてまた注目を浴び始めたが、その色鮮やかな看板が返って虚しく思えた。人の造った物は人の都合に因ってその度に壊されるのかもしれないが、この自然の風景だけは往時の賞賛を今でも存分に伝えている。


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