巴山蜀水

[其一]


プロローグ 

 中国は何かと伝説の多い国である。
 悠久の大地と何千年にも渡る人々の歴史が、これらを作り出している所以であろう。
 四川省にも、自然の神々によって造られた伝説の地がいくつかある。四川省の北西部、川西北高原に位置し、省都・成都から400km程離れた所にある九寨溝と黄龍、この二つの渓谷も、伝説の神々によって造られたとされ、広大な原生林の中に、特異で神秘的な景観の幻想世界を作り出している。


    平武から九寨溝へ向う途中の風景


    九寨溝から松潘へ向う途中の風景


 チベット族によって語られる伝説によると、九寨溝は山の神々の恋物語から始まる。遥か昔、山の女神・沃洛色莫(Woluosemo)に恋した山の神・達戈(Dage)が、彼女の為に宝鏡を贈る事にした。しかし宝鏡を渡そうとしたその瞬間、宝鏡は彼女の手を滑り落ち、百八つの塊に飛び散ってしまった。これが九寨溝の湖群の始まりだと言う。


    黄龍への峠道・雪山唖口から見える雪宝頂の頂き


 また、黄龍の伝説は、中国最古の夏王朝の王であった禹の治水事業から物語は始まる。治水の為に、この地を訪れた禹に、東海に住む黄龍が水先案内を務めた。治水は成功し、ここから岷江の流れが始まったとされる。今でも、この地には黄龍を奉る黄龍寺があり、人々の信仰を集めている。


    松潘から紅原に向う途中で見かけたチベット族


 人々は九寨溝を称して「神話の世界」、黄龍を称して「桃源郷」と喩え共に、政府の重点風景名勝区に、そして数年前からは世界遺産にも指定された。
 少数民族の街を通り過ぎ、標高4,000mあまりの峠を越え、地平線の見渡せる草原を走り抜けるバスの旅は、車窓からの風景に飽きる事がなかった。

 つづく...


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