遠い太鼓
ひとりの女官が豪華な部屋に来客を告げた。
「タリア伯爵ギイ・ドルフュスの妹君、アレン・ドルフュス様、お見えになりましてございます」
それを聞くと、レンティアの女王ヨオ・イロナは冴え冴えとしたきびしい青い目を女官に向けるとうなずく。
間もなく、女官に案内されて来たアレン・ドルフュスはヨオ・イロナ女王の前に男のように片足でひざまづくと礼をした。
もっとも、アレン・ドルフュスのその姿はタリア伯爵の妹御である姫という身分とは裏腹に凛々しい男装に身を固めている。
「お久しゅうございます。レンティアの女王様においてはお変わりなく麗しきお姿」
ヨオ・イロナ女王は扇子で口元を隠すと上品に笑った。
「これこれ、アレン姫、わらわをからかうものではない。《レントの白バラ》のそなたにそう云ってもらえるのは嬉しいが、長男ももう二十六になる。わらわもそろそろ引退――」
「何をおおせでありましょうか。まだまだ、そのお美しさを隠すのは勿体ないでございます。ヨオ・イロナ女王様あってのレンティアでございます」
ヨオ・イロナ女王は、かつて若い時分に『レントの白鳥』と呼ばれ、肌は白く美貌こそはまだまだ失われていないものの、アレン・ドルフュスをさえ上回る堂々たる体格で、さらに脂肪がついてますます迫力満点になり、近年はドライドンの娘と呼ばれて久しい。
「実は、アレン一生のお願い事がありましてお伺いいたしました。――どうかお人払いを」
アレン・ドルフュスのひしひしと訴えるまなざしに、ヨオ・イロナはまわりの者達に下がるように目配せをする。
やがて、二人きりになるとヨオ・イロナは尋ねた。
「アレン・ドルフュス姫。してご用件とは如何に――」
半ザン後、アレン・ドルフュスは与えられた客部屋に案内されて出て行った。
一人残されたヨオ・イロナは眉間にしわを寄せて厳しい顔つきをしている。
アレン・ドルフュスの話とは、ゴーラ王妃とは名ばかりで人質同然となっているアムネリスを助け出すのに力を貸して欲しいと云うことであった。
旧モンゴールの遺臣たちと力を合わせて、アムネリスを担ぎ上げて再びモンゴールを再興したいということである。
ヨオ・イロナはじっと考え込んだ。
(アレン・ドルフュスには気の毒ではあるが、今は時期が悪い。いずれ――いずれイシュトヴァーンのゴーラは滅ぶであろう。――が今はイシュトヴァーンのゴーラは日の出の勢い。あれを止めるのに、旧モンゴールとタリア勢力、そしてレンティア、さらにライゴールの力を借りたとしても難しいであろう。そのような危険を冒すことは出来ぬ。パロは内乱状態、クムは日和見、そしてケイロニアは他国への内政不干渉を建前としている――やはりケイロニアが動かないことには――。アンダヌスに良い知恵があるかも知れぬや。相談をしてみようかしら)
その日の夜、レンティア王宮では、ヨオ・イロナとレンティア海軍将でヨオ・イロナの長男のカムブ・バウム、摂政でヨオ・イロナの次男イロン・バウム、宰相でもあり重鎮の老サイアス侯爵、若手だがやり手の内務大臣バルン伯爵たちが鳩首を集めて会議を開いていた。
ヨオ・イロナが先ほどアレン・ドルフュスが持ち込んだ話とライゴールのアンダヌスへの相談することを話すると、すかさずバルン伯爵が口をはさんだ。
「あの古狸のアンダヌスは信用がおけません」
その瞬間、ヨオ・イロナの手がさっと動くと、扇子でバルン伯爵の額をピシッと叩いた。
「痛っ!」
ヨオ・イロナは険しい目つきで、バルン伯爵を見据えた。
「じょ、女王様! な、何をなさいますので――」
バルン伯爵は赤くなった額を抑えながら驚いて叫んだ。
「おだまりっ! バルン、お前は確かに若い割にはなかなか切れるが、わらわの前でその様なことを云うのは十年早い。出過ぎたことを言うでない」
「そ、そんな、何も私は――」
再び、ヨオ・イロナの目が激しく燃え上がる。
そこに、サイアス侯爵が仲に入った。
「女王様、ここは私に免じて許して下され。バルン伯爵はつい最近最高会議のメンバーに加わったばかりの青二才。さあ、バルン伯爵、何も云わず下がり給え」
ヨオ・イロナはバルン伯爵が出ていくのを目のはしにとらえるとバルコニーに出た。
夜の潮風が心地よい、静かなさざ波が聞こえる。
(あれは、遠き昔のこと――。そう――もう、あれから三十年も経つのね)
ヨオ・イロナの脳裏に決して忘れることの出来ない思い出が甦る。
レントの青い海は静かな凪ぎの日々が何日も続いていた。
ラゴールから来た商船は港に穏やかに係留されている。
レンティア王宮での午後の謁見が終わり、諸外国の使節団が広間を出ていく。
今日の使節団は今後の中原に、未来に大きく影響を及ぼすであろうと思われる多くの知らせをもたらしていた。
先に出ていったのはパロの内乱が終了して、アル・リース王子が正式にパロ王太子になったことを知らせに来たのであり、次のケイロニアからの使節団もアキレウス皇子が新皇帝として二ヶ月後に即位するとの知らせや、ユラニアからはオル・カン王子が来月、遂にユラニア大公に即位する、というものだった。
そして最後に隣国のライゴールからの使節団も謁見を終えると広間を離れて間もなくのこと、一人の小姓がその列に近づくと、素早く小さな紙切れを先頭の一人の若者に手渡し、何気なく去って行く。
若者はその一団の中でももっとも若そうに見えたがどうやら、頭だったものらしく、隣の中年の男に何かひとこと、ささやくとそっと列を離れた。
そこには先ほどの、小姓が待っていた。
「こちらでございます」
小姓と青年は無言で早めの速度で宮殿内を通り抜けると、やがて王女宮の近くに来た。
小姓はまわりに誰もいないのを確かめると、
「私はここまでです。後はあちらの者が」
そう云う小姓の示す先には女官が待ちかまえている。
やがて、青年が女官に案内された部屋には一人の美しい若い娘がいた。
娘は青年を認めると瞳をキラキラさせて青年を迎え、女官に下がるように命じるやいなや青年に抱きついた。
「ああっ、アンダヌスさま。お会いしとうございましたわ。あれから三ヵ月間、どれほどお会いしたかったことでしょう。毎夜、アンダヌスさまを想うと胸がときめいて、眠れぬ夜を過ごしていましたわ」
ヨオ・イロナ王女十七歳――若さ溢れ赤い髪の毛が腰まで届き、その美貌に父国王も自慢の一人娘であった。
青年は年の頃、二十一、二と云ったところか。
二人は抱擁しあうとと口づけをかわした。
いつまで、そうしていたことであろうか、長い時間の後、二人はやっと離れた。
「アンダヌス……」
ヨオ・イロナ王女は恐る恐る口を開いた。
「この前の私の言った事、考えてくれましたの?」
アンダヌスの瞳は複雑な光をともなっいていた。
「ヨオ。俺はあなたを心から愛している」
王女の瞳がパッと輝きを増した。
「それでは、私と一緒に――」
それを遮るように、アンダヌスは静かな声で言った。
「しかし、俺には出来ない。レンティアは小国と言えども、れっきとした王国。あなたはそこの王女――」
ヨオ・イロナ王女は次の言葉を恐る恐る待った。
「俺には夢がある。俺は死にものぐるいで何でもやった。そしてやっと、この若さでライゴールで最大の商船バルドトン号の船長に抜擢され、ライゴール十人衆の末席に加わり、男爵の称号を得た。俺はこれからもどんどん出世して、そして、いづれライゴールの支配者になる。――いや、おれの夢はそんなちっぽけなものではない。ライゴールのかつての栄光を――その昔、ライゴールがランドヴィアと呼ばれていた頃、その版図は沿海州全域はむろん、アルゴス河までその勢力は及び一大帝国をなしていた、あの栄光をこの俺の手で今再び築き上げるのだ」
ヨオ・イロナ王女は悲しそうにアンダヌスを見上げた。
「そ、そんな――それこそ夢みたいな話を私めに信じろとおっしゃいますの」
「そんなことはない。北のゴーラを見よ。この平穏な時代にあって若き荒武者と謳われたヴラド・モンゴールは遂にモンゴール公国の建国を宣言した。――俺もいつか」
「……そうなれば。あなたがライゴールの支配者になれば、父上である国王陛下も私たちのことを許して下さるでしょう。でも、それは一体いつになるの。十年後なの。それとも二十年後なの……」
王女の青い瞳から涙が溢れる。
「そんなに私は待てないわ。私はレンティア王国の一人娘よ、数年後はどこかの国の王族から婿を迎え……」
アンダヌスはそれ以上言わせまいとして王女の唇に自分の唇を重ねた。
夜風に、ヨオ・イロナはハッと現実に引き戻された。
(あなたのいるライゴールは、レンティアからわずか一日の近い距離。――でも、その距離はもはや縮まることのない永遠に果てしなく遠い距離でもあるわ)
何を思ったか、ヨオ・イロナは横腹をひとつ、手のひらで打った。
ポォーン。
先ほどよりやや強く、またひとつ。
ポォーン。
アンダヌスは重臣たちと会議をしていたが、ふと手を挙げて話を止めると耳を澄ました。
「何か?」
タンゲリヌスはふとアンダヌスの素振りに気が付いた。
「しっ! そなたたちには聞こえぬか、あの美しい調べが」
それを聞いて同じくライゴール十人衆の一人でもあり武器商人で有力者コーウィンは耳を澄ましたが波の音以外、何も聞こえはしなかった。
アンダヌスは席を立ちテラスに出ると、暗い海の彼方を見つめた。
そして納得したかのように自分の太鼓腹を右手で力強く打ち始めた。
ポォーン。
そのままアンダヌスはしばらく耳を澄ましていが、またしても
ポ・ポ・ポンポォーン。
(愛している。いまでも愛しているぞイロナ。愛したのは後にも先にもお前ただ一人)
ポォーン。
暗い波間に愛の太鼓はいつまでも響いている。
・コメント
う〜ん、何なんでしょうか、このパロディは、、、私もよく判りません^^;
そしてアレン・ドルフュスはどうなるのか、果たして沿海州は立つのか!
続く、、、って、続きません(笑)