豹頭の仮面
最近サイロンでひとつのものをめぐって賭の対象となり、人々の熱はエスカレートしていた。
それは、ケイロニア王グインの豹頭が本物か仮面かということであった。
シルヴィア皇女を娶ってからは、グインは普段は黒曜宮にいることが多く、たまに外出するといっても、双ヶ丘の黒竜将軍の公邸に出向くくらいであるから、一般市民はグインを間近で見ることはあまり無い。
「やっぱり、あれは仮面だろう」
「グムラン、何を言ってやがる。グイン豹頭王は神話の生けるシレノスだぞ。あれが仮面のはずがない」
「そうかなあ。精巧な作り物だと思うんだけどなあ」
そんな下々の噂をよそに、ここ黒曜宮でも――。
「ハゾス殿」
ハゾスは声のする方を振り返る前から声の主に気がついたので、少し眉をしかめながら振り向いた。
「これは、ダナエ選帝候、何かわたくしに御用の向きでも」
ダナエ選帝候ライオスは手をすりすりしながら、ハゾスに近づいた。
「他ならぬ、ハゾス殿なら知っているのではないかと思いましたので――」
ダナエ選帝候は下目使いにハゾスを見上げた。
「ケイロニア王グイン殿は豹頭は本物でしょうか、それとも仮面でしょうか。私が見た限りではどう見ても本物にしか思えないのですが――」
「さあ、どうなんでしょうかね。本物のようにも思えますし、良くできた精巧な仮面といえばそう思えもなくもない」
「またまた〜。ハゾス殿ならグイン殿から聞いたことがあるでしょう」
「いや、ありません。どうしても知りたいというのならケイロニア王に直接伺うか、それとも――」
「それとも?」
「グイン殿のひげを抜いてみるというのはいかがです」
「ひッ!」
ダナエ選帝候は素っ頓狂な声を出した。
「そ、そんな、恐れ多いこと――」
「それが一番確かでしょうなあ。痛がれば本物でしょうし、別段変わりがなければ仮面でしょう」
ハゾスはしらじらしく云った。
「そんなことをしたら、ゼノン将軍に殺されかねや知れません」
しかし、ダナエ選帝候はなおもハゾスに食い下がった。
「だって、そうでしょう。あれが仮面だとしたら――」
「したら?」
「もし、あれが仮面ならば、蒸れるでしょう、臭うでしょう、顔は洗わないのでしょうか?」
「ふむ、特別、考えたこともないな」
「ここだけのお話ですが、シルヴィア王妃も嫌がりますでしょう。――噂によると、近頃、ケイロニア王と王妃さまの仲は疎遠だとか」
「これこれ、滅多なことを云うものではありませんぬぞ、ダナエ選帝候」
「ハゾス殿。ハゾス殿は見たことはありませぬか? ケイロニア王が仮面を脱いで、時々密かに仮面を洗っているところを?」
「グインが? はっははは」
「あれが仮面とすれば、見た目、生え際、さわり心地、どれも本物と変わりません。噂に聞く、ランドック特別製の仮面と云うことでしょうか」
「さあ、わたくしには想像もつきかねますなあ」
「私の鋭い推理によると、あの豹頭は本物だと思うのですよ」
「ほう。なぜ?」
「その理由とは――ここが大事です。グイン殿は、ノスフェラスから中原、そしてキタイ、また中原、やがては全世界を股に掛け、冒険につぐ冒険をこなしました。いくらランドック特別製の仮面といっても、戦いに明け暮れるグイン殿が身につけたのでは、その消耗度も桁違いに激しく、時には兜をかぶっての戦の連続――痛まないはずがありません。やがて、はらりはらりと、一本、また一本と豹頭から毛が抜け落ちます。予備の仮面があるとは思えませぬ」
そういいながら、ダナエ選帝候はまだ若いにも関わらず、うすくなった自分の頭をなでた。
「最近、不穏な動きを見せるゴーラ王国。その、きたるべきゴーラとの戦で、イシュトヴァーン王の前に颯爽と立ちふさがる禿豹の勇姿――では格好がつきません。皆の笑い者です。伝説の汚点となります。あれは本物に違いありません」
(皆の笑い者はオヌシの方ではないのか)
ハゾスはそう思ったがさすがに口には出さなかった。
サイロンに夜がくる。
シルヴィアの事で悩んでいるグインの頭部は、日々、ストレスで薄くなりつつあった。
そんな豹頭に密かにヴァルーサが育毛剤を毎夜つけているのを知る者は少ない。
・コメント
1999年8月に「グインの小部屋」に投稿した考察(笑)をパロディに書き改めました。
本当にグインの豹頭はどうなのでしょうか。
ヤンダル・ゾックの竜頭、アウラ・シャーの猫頭、そしてグインの――。