黄金の神々
第六話 神のいかずち
◆ 第一章 伏竜
ヴルスと彼の配下の魔道士たちは気配を消しじっと機会を窺っていた。
二ザンほど前に魔道師の塔からかなり大勢の気がランズベール城に向かっていたのにも気づいたが彼らは動かなかった。
(ナリスさまのお命をお守りするのは俺の任務ではない。向こうは向こうで何とかするだろう。ザブロンやスクール上級魔道師、一級魔道師が十名、それに多くの騎士たちがいる。それでナリスさまがお命を落とすとあればそれまでのこと)
ヴルスはランズベール城に救援には行こうとはしなかったし、またそれがナリスの命令でもあったのだから――ただ一言、『必ず、レムス国王の命を絶て』、と。
ヴルスたちが聖王宮のはずれに結界を張りじっと息をひそめてから、既に半日が過ぎようとしていた、
レムス王のまわりにはドームラン導師、カルバリウス、マハーネロン、ヴァレリウス上級魔道師が三名ほか、一級魔道師が五名、下級魔道師たちに至っては20名ほどが警護していた。
それに対してヴルス側はシャークラン上級魔道師と一級魔道師がひとり、あとの四人は二級魔道師たちである。
いま攻撃しても失敗する確率がかなり高い。
(待て、待つのだ……必ずその時はめぐってくる)
その一ザン以上も前のことである。
ドームラン導師の顔が険しくなるとヴァレリウスたちの方にわずかに顔を向けた。
(その方たちも、ただ今のファイ導師の心話は聞いたであろうな)
(はい)
(信じられません、ボルガー導師さまたちの攻撃が失敗するとは――)
(まさしく――。ボルガー導師さま、ザルバン以下、三名の上級魔道師、一級魔道師が十名、そして下級魔道師が十五人でもナリス殿のお命を奪えなかったとは、向こうにはそれほど、優れた魔道師がいるのでございましょうか)
(うむ、わしもそこが解せぬ。ナリス側には我々と比べたら数十分の魔道師しかおらず、今までの奴らの戦いを見ると必ずこちらの有力な人間の命を狙っている。今度もまた、相違あるまい。となると、ナリスのまわりにはそれほどの魔道師が守っていないと云う判断の元に襲撃が決行されたのだ。ここにきてナリスは自分のまわりにすべての魔道師に警護を集中させたのか――)
(二度目の攻撃はありますでしょうや?)
(難しいであろうな。これまでの戦いで魔道師の塔は二人の上級魔道師ほか数名の一級魔道師を失い、そして今回、大勢の魔道師を失ってしまった。現在、魔道師の塔にはカロン大導師、ファイ導師、ダンギーラ、ギュイ上級魔道師しかおらぬ。一級魔道師があと十数名近くおるとは云え――恐らく動くまい)
(レムス陛下にこのことを伝えるのですか)
(いや、ヴァレリスウス。伝えずともよい)
ナリスはアルカンドロス広場にいた。
背後ではランズベール城が燃えている。
一気に燃え広がった火災を消し止めることは出来なかったし、またその隙を国王軍に突かれるのを恐れ、いつまでも全軍をあげて消火活動に専念することは出来なかった。
「もう我々には、拠点とすべき所はクリスタルにはない、決着をつけるぞ。ルナン、アドロン公」
「はっ」
「聖王宮に対して夜襲をかける。ただし、これは陽動作戦である。ルナンはダルカン聖騎士候とはもうつきあいは長いな」
「お気になさらずに――何事もナリスさまの仰せの通りに」
ルナンはまったく表情を変えずに答える。
「南大門のダルカン聖騎士候の軍勢には私があたろう、ルナンは西大門のマルティニアス聖騎士伯の軍勢に、アドロン公とワリス候は聖王宮前の国王軍主力をお願いします。リーズ伯の一万は東クリスタルにいるバルウス聖騎士候の軍勢の後方からの攻撃に備えてくれ。カラヴィア軍とワリス軍がアルカンドロス広場に入り次第ランズベール門を閉じて塞いでしまえば、バルウス軍はクリスタルの外で孤立する。すぐさま、リーズ伯はアドロン公とワリス候への援軍に加わるように。決着をつけるぞ。ルナンは国王軍の注意をこちらに向けるのが目的だ。くれぐれも深入りしないように」
ルナンは決意を固めているかのようにうなずいただけで返事はしない。
「ワリス候、リーズ伯と供に連絡を――」
ナリスはランズベール騎士団の小隊長に命じた。
ナリスは《パロスの剣》を取りあげた。
(魔道師ども――われわれに注意を向けるが良い)
聖王宮もにわかに慌ただしくなった。
下級魔道師たちが頻繁に反乱軍の動向を報告しに《閉じた空間》から姿を現し命令を受け取ると姿を消す。
「南大門でダルカン候の軍とクリスタル公率いる軍が戦闘状態に入りました」
「西大門付近でマルティニアス伯の軍とルナン候騎士団とが間もなくぶつかります」
「カラヴィア公軍とワリス候軍が聖王宮正面に展開しています」
次々と入る報告にリーナス宰相がてきぱきと命令を下す。
「東クリスタルのバルウス聖騎士候にすぐ戻るように連絡を」
「既に行っております」
リーナスはレムス一世に剣の誓いをするとネルヴァ候たちの方へ寄ってきた。
「ネルヴァ候、マース伯、ドームラン導師、ヴァレリウス。後は頼みましたぞ。聖王宮には王室騎士団を半分残します。残りの半分を率いて私も討って出ます」
ドームラン導師はうなずくとカルバリウス上級魔道師に数名の魔道師と供にリーナス宰相の警護をするように命じる。
リーナスはその後、いくつかの打ち合わせを済ますと副将と騎士たち、それにカルバリウス上級魔道師と数名の魔道師に囲まれて広間を出ていった。
◆ 第二章 決着
(リーナス宰相が動いた。ブリュリュー、しくじるなよ。チャンスは一度きりだ。俺がリーナスを襲うと同時にお前はレムス国王に攻撃をかける。俺の動きを知らせないためだ。助かると思うな。他の者は俺の命令があるまで待機せよ)
ヴルスは心話で伝えた。
(はっ)
ヴルスはそのまま数タルザンじっとしていたかと思うとすっと姿を消し、同時にもう一人の魔道師の姿も消えた。
レムス一世が控えている大広間に《閉じた空間》から躍り出たブリュリューの電撃攻撃は、護衛の騎士一人を倒しただけであった。
一斉に国王側の魔道師たちの気が自分に向けられると、ブリュリューは命辛々そこを脱出した。
ドームラン導師が命じる。
(マハーネロン、奴を逃がすな)
すっと、その場から三名ほどの魔道師の姿が消える。
リーナスたちが聖王宮の出口付近まできたときだった。
ヴルスが彼らの後ろに現れたと同時に、カルバリウス上級魔道師とビラン一級魔道師に閃光を放った。
勝負は一瞬で片づいた。
リーナスの回りにいた三名のうち二人の魔道師は一瞬で葬り去られると、残った一人の魔道師がヴルスに炎攻撃を仕掛けたがあっさりとバリヤーで跳ね返された。
ヴルスは続けて小さな閃光を残る魔道師に放った。
「くわっ」
魔道師はばったりとその場に崩れ落ちる。
ヴルスはじっくりとリーナスに目標を定めた。
リーナスは剣を抜くと数名の部下と供にヴルスに立ち向かった。
「魔道師が――ッ」
が、そこまでだった。
ヴルスの両腕から凄まじい閃光がリーナスたち襲うと全員、声を上げる間もなく吹き飛ばされた。
ヴルスは倒れている騎士たちに冷たく一別をくれると念を凝らした。
(今より二十タル後に全員でレムス国王を襲う)
聖王宮内の警備していた騎士たちがリーナスたちが襲われたのに気づき騒ぎはじめているが、ヴルスは気にせずに時間を計った。
十タル経過した。
(ヴァレリウスよ。――ヴァレリウスよ聞こえるか。――気がつかなかったのか、お前の大事な主が死んだことに――)
次の瞬間、ヴルスの姿が消えた。
駆け寄ってきた騎士たちが驚いて騒いでいるところにヴァレリウスが忽然と空中より姿を現した。
「おぅ!」
一人の騎士が、叫び声をあげると同時に、
「おのれっ! 魔道師めっ!」
ヴァレリウスめがけて剣をふりかざした。
「うわっ」
ヴァレリウスは慌てて剣をよけた。
「間違えるなっ! 私だ、ヴァレリウス副宰相だっ」
そこまで言ってヴァレリウスは近くに倒れているリーナスに気づいた。
「坊ちゃん。――リーナス坊ちゃん」
駆け寄ったものの、既にリーナスの息は無かった。
「誰が――。先ほど俺に心話で呼びかけた奴か」
ヴァレリウスははっとした。
(ま、まさかっ)
大広間あたり一帯は混乱を極めていた。
突如、現れたる魔道師たちの襲撃者にたちまち国王側の魔道師や騎士たちが倒される。
すぐさま、レムス一世を守りながら反撃に移る騎士や魔道師の塔の魔道師たち。
ヴルスの最大の力を振り絞って放たれた閃光はドームラン導師のバリヤーを突き破るとドームラン導師の体は塵とかした。
すぐさま次の体制に入る。
その目がレムス一世の姿を捕らえた。
「陛下ッ! お覚悟!」
二人の騎士がレムスの前に立ちふさがる。
ヴルスの両腕の先から青白い閃光が放たれた。
(あっ!)
レムスの目には自分に向かって襲いかかる閃光がゆっくりと近づいてくるように思われた。
(――グイン。僕は――グインッ。僕は、第二のアルカンドロス大王になってパロを――)
それが、レムスの脳裏に浮かんだ最後の叫びであった。
一瞬、遅くヴァレリウスが大広間に空中より姿を現した。
ヴァレリウスの目に映ったのは白く輝く閃光に身を打ち振るわせてどっと倒れ込むレムスの姿だった。
「おのれッ! 貴様だったのか。ヴルス――ッ」
次の瞬間、ヴァレリウスとヴルスの双方から青白い電光と閃光が放たれ一瞬交錯したかと思えたが、ヴルスの回りには素早くバリアが張られ電光を遮っていた。
「がぁ――ッ」
叫び声と供にヴァレリウスの左腕が千切れ体が吹き飛んだ。
ヴァレリウスは激しい痛みを抑えながらもカッとヴルスを睨みつけた。
「死ぬがよい、灰色の目の魔道師よ」
そう言うなり再び、ヴルスの右手から先ほどよりは小さな閃光が放たれヴァレリウスを襲った。
閃光は大理石にぶつかりまぶしく輝いた。
「くっ。逃げたか――まあ、よいわ。あれでは長くもあるまい」
ヴルスは回りにさっと視線を向けると、ぞくぞくと近衛兵たちがやってくる。
「もう良い。王は死んだ。引き上げるぞ」
そう言うなり、ヴルスの姿は空間に溶けるように消えた。
グインは、はっと目を覚ますと頭を上げた。
ノスフェラスの夜は冷える。
馬車の狭い中ではシルヴィアとマリウスが横になって静かな寝息を上げている。
グインのトパーズの瞳からひと滴の涙がこぼれ落ちる。
(レムス。――お前なのか)
◆ 第三章 聖王
すべては厳かに進んでゆく。
聖王になるための三つの試練、ひとつはヤヌスの塔においてヤヌスに聖なる王として認められること、二つ目にはジェニュア大神殿においてヤヌス十二神に十二の誓約を行うこと、そして最後にヤヌスの塔の地下深く眠るというアルカンドロス大王と対面し認められることである。
アルド・ナリスは今、ジェニュア大神殿においてパロ聖王の戴冠を終え、ただひとりヤヌスの塔の地下に入っていった。
パロ内乱が終結して十日あまり、クリスタルに平穏と静けさが戻りつつあった。
多くの血が流れた。
マール公、ランズベール候、ルナン候、オヴィディウス、リーナス、――リギア。
ダルカン聖騎士候、マルティニアス聖騎士伯、タラント聖騎士伯、ローリウス伯、ロイス護民長官、その他多くの聖騎士伯、聖騎士たち、――クリスタル市民。
アルカンドロス大広場での戦いはレムス一世の死が伝わった後もしばらく続いた上、ランズベール城から燃え広がった火事がアムブラ一帯まで燃え広がり、多くの焼死者を出してしまった。
普段ならこの様なときに真っ先に駆けつける、護民騎士団や王室騎士団、クリスタル騎士団が戦闘に入っていたため、また多くの戦死者を出していたので人手は全く足りず、火事は燃え広がりアムブラのほとんどが焼失の憂き目にあった。
レムス一世が死に国王側が破れると地方にかなりいた国王派の貴族たちも抵抗をやめアルド・ナリスに恭順を示し忠誠を誓いおとなしく従った。
五日ほど過ぎると、マルガよりベック公が護送されてきた。
もとより、ここに至ってはベック公はアルド・ナリスにあがらう姿勢は見られなかった。
もともと彼はパロとパロ聖王家に忠誠を誓う人間であったことが、逆に幸いし今や唯一と思われるアルド・ナリスがパロ聖王になることに不服を申し立てるつもりはなかったのである。
また同時に国王側に味方したとしてそれぞれの邸に軟禁状態にあったネルヴァ候やダーヴァルス聖騎士候たちも、アルド・ナリスに忠誠を誓いパロ聖王として認めるという条件で禁足をとかれ自由の身になった。
ベック公がクリスタルに戻った翌日にアルド・ナリスはパロ聖王を宣言し三日後にパロ聖王式典を行うと発表した。
そして、今日、アルド・ナリスはその頭上に太陽王冠をいだき、リンダ王妃に微笑みを見せるとヤヌスの塔の地下へと入っていったのである。
三ザン、四ザンと時が過ぎると、宮廷内の人々にひそひそ話が聞かれるようになった。
そして、夜に入るとひそひそ話しは少しずつ、ざわめきとなり急速に広まっていった。
眉をひそめたネルヴァ候はベック公に話しかけた。
「遅いですな」
「遅いと云われてもそれがしには、良くは判りませぬ。前レムス国王の時は余りにも早かったので、今回はアルカンドロス大王も腰を落ち着けてアルド・ナリス陛下と話をしているのではありませぬか」
ベック公は下手な冗談を言った。
さらに一ザンもするとリンダ王妃が青ざめた顔をしてやってきた。
「ファーン。わたし不安で仕方がないわ。これからヤヌスの塔へ参ります」
「王妃さま、それはなりませぬ」
ネルヴァ候が慌てて諫めた。
「ヤヌスの塔の地下に入ることは聖王となる者としての最後の試練でございますれば、他の者がみだりに入ればアルカンドロス大王の怒りをかい、万が一にもナリス陛下の御身に良からぬ事を招く恐れもございます」
「わたしはヤヌスの塔の地下に入ろうというわけではありませぬ。心配でここでじっとしていることが出来ないだけです。近くでナリスの無事を願い祈りたいのです。ワリス聖騎士候殿、カルロス聖騎士伯殿、わらわについてきてたもれ」
リンダは大勢の女官や聖騎士たちに囲まれて出ていった。
その隙間からはスニの小さな姿が見え隠れする。
既に日はとっぷりと暮れ、暗闇があたり一面をおおっている。
そんな中、ヤヌスの塔一帯には塔の内外問わず、煌々と篝火や松明が焚かれ真昼のように明るかった。
再び長い時間が流れた後、リンダは意を決するとワリス聖騎士候に命じた。
「ワリス候、ヤヌスの塔の地下に捜索隊の出動を命じます」
ワリスはぐっと返事に詰まった。
「そ、それ――は。――リンダ王妃さま、パロ聖王になるための試練は何ぴたりと言えども邪魔をしてはなりませぬ。もし、そのようなことをして、ナリス陛下のパロ聖王としての承認が――」
鋭い声でリンダは遮った。
「パロ聖王より、ナリス陛下の無事の方が大切です。直ちに聖騎士を地下に派遣しなさい」
「お待ち下さい。ヤヌスの塔の地下はアルカンドロス大王が眠る極めて神聖な場所であり、しかも複雑な迷路になっており、迂闊に我ら一般の者が立ち入ることは許されません。それがしの一存ではその様なことは出来ません。ジェニュアの大司教殿やベック公やネルヴァ候のご意見を伺わないことには――。重臣たち全員は聖王宮にて控えておりますので、今しばらくお待ち下さい。それがしがお伺いをして参ります。カルロス聖騎士伯殿、後をお頼み申す」
そう言うなりワリス聖騎士候は馬に騎乗すると部下たちと供に聖王宮に向かった。
リンダはヤヌスの塔の内部の地下入口のところでじりじりしながら待った。
傍らにはスニが心配そうにリンダにぴったりと付き添っている。
「遅いわ。遅すぎるわ。カルロス伯殿、一体どの様になっているのか確かめてきて下さい」
カルロスもまた部下を引き連れて聖王宮へと向かった。
その直後であった。
「ナリスッ、ナリス――ッ。何処にいるのッ! ナリス――ッ」
さっと、リンダの体がおどった。
「あっ!」
「リンダさまっ」
「王妃さまが――ッ」
リンダが単身、地下入口から中に駆け下りていったのだった。
回りにいた侍女たちはリンダの思いもよらぬ行動に驚いてオロオロと声をあげてうろたえた。
デビ・アニミア女官長が近くの近衛隊隊長に慌てながらも命じる。
「リビウス隊長、リンダさまが――リンダさまが行ってしまわれたッ。すぐに部下を連れて王妃を連れ戻しなさい」
「し、しかし――」
リビウス隊長も部下も古代機械があると云われる反対側の地下入口と違い、この世の果てに続いているともいわれ、パロ聖王となる者以外の人間が入った場合は、その者達に恐るべき運命をもたらすと云われるアルカンドロス大王の眠るヤヌスの塔の地下にはおいそれとは入っては行けなかった。
「ひめさま――ッ」
と、叫び声があがると小さな影が地下入口に飛び込んでいった。
「あっ! これっ、スニッ――行くでないッ」
静まり返ったヤヌスの塔に小さな足音とリンダの名を呼ぶ声が聞こえるばかりだった。
――が、それも、やがて聞こえなくなった。
―― 第七話につづく ――
・コメント
グイン・パラレル・ワールドです。
パロは新しき時代を迎えます。
イシュトヴァーンのゴーラは?
ふぅ〜。グイン大活躍、しませんでした^^;